白鷺だより

50年近く過ごした演劇界の思い出話をお聞かせします
     吉村正人

白鷺だより(191)イギリス日記(一日目)

2017-01-26 14:43:30 | 日記
イギリス日記 一日目

25年前の平成4年僕は一人でヒュースロー空港に降り立った
出来たばかりのシアタードラマシテイで翌年上演する「RETURNN TOFORBITONN PLANETTO」(「禁断の惑星への帰還」)の打ち合わせと下見の為だった
その頃ロンドンで大ヒットしていたこの作品はブロードウェイにも進出する話もきていた作品だがドラマシティ杮落し公演の「ミスター・アーサー」と同様「先物買い」のイメージであった 案の定さほどヒットもせず日本ミュージカル界にもなんの影響も与えずひっそりと終わった 

平成10年自由学園を卒業したばかりの娘のもと(18)が写真学校留学のためロンドンに一人で来た 卒業 帰国以来それから約20年その間ロンドン五輪の取材などで行ったことはあるが 今回は我々英語が苦手な二人の通訳兼カメラマンとしての参加である しかし本人はいわば「原点回帰」の為という意味合いが強いようである

1月18日
9・00~伊丹発
羽田のANAラウンジで娘とドッキング
一緒に行動するメンバーは6夫婦と単独男性と娘の15名

11・40~羽田発 飛行時間12時間半
機内食は2回 あとはひたすら映画鑑賞
同じビジネスシートには芝居の勉強か某有名男優のご子息が乗っていた

マダム・フローレンス 夢見るふたり」 メリル・ストリーブ ヒュー・グラント
1940年代ニューヨーク社交界のトップマダム・フローレンスは本人純粋なまでの音楽好きでそのために出費も惜しまず いつか自分もソプラノ歌手になる夢を持っているが自分が音痴であることを知らない 夫は彼女の夢を実現すべく腕のいいボイストレーナー兼ピアニストゴメス(サイモン・ヘルバーグ好演)を雇い小さなリサイタルを開く すべてのマスコミを買収したおかげで好評 気を良くしたマダムはこんどはカーネギーホールで開くと宣言・・・しかしこのマダムには音痴とは別の大きな秘密があった

「君の名は。」大ヒットした映画 こういう機会でしか見れないと思い見た 大ヒットの理由が判らない
 
「CAFE SOCIETY」ウディ・アレンの新作 1930年代のハリウッド内幕もの いつものユダヤ人の生活ぶりが克明に描かれる 大量の有名人が名前だけ出演するのもミソ
ハリウッド映画プロヂューサーのおじを訪ねて就職した主人公は夢破れ恋も破れ(なんとおじと三角関係)ニューヨークへ逃げ帰るがそこでカフェを開き成功する そしてハリウッドからやってきたおじとかっての恋人と再会するが・・・・

{Genius} 「ベストセラー 編集者バーキンスに捧ぐ」という邦題だった
1920~30年代有名だったトーマス・ウルフという作家と彼を作った編集人との葛藤を描いた作品で この編集人は「華麗なるギャスピー」やヘミングウェイの著作を世に出した男で トーマス・ウルフは「天使よ故郷を見よ」「時と川について」「汝再び故郷に帰れず」「くもの巣と岩」の四作品の長編小説のみ残した作家で日本では米文学を専攻した人しか知らない作家ではある 彼の愛人でパトロンだったアイリーン・バーンスタインは当時有名な演出家であった この三者が入り乱れての葛藤の映画である

[MISS STEAVENNS] 主人公は高校教師で演劇祭に参加する生徒を引率する話 主役のリリーレーヴもいいとは思えない 
この話は日本では受け入れられない

12時間半ひたすら食事と映画鑑賞とシートを並行までに倒しての睡眠でそんなに長さを感じないビジネス席であった

15;25 ロンドン着

このバカでかいヒュースロー空港に二度目の到着
今回は車椅子をお願いしたのでインド系の空港職員に押してもらってターミナルの拠点へ
そこから電動自動車に乗り換えて入国審査場まで一気に 他のみんなは歩いて一時間近く歩いて さらに入国審査も「FAST」の方へ並べる さて25年前は黒人の審査員に早口にまくしたてられ立往生したが 今回は一行全員での審査で簡単に
25年前は陰気で真っ暗な空港だったが今はオリンピックも通過して明るくなっていた

バスにて
クロイドン(CROYDON)ロンドン南東にある小さなベッドタウン 
クロイドンパークホテル泊

クロイドン駅前まで歩く コンビニを探索 
駅前の「サブウエイ」でサンドウィッチを買って(あまりにも大きくてハーフ)部屋で食べて寝る