前年のアカデミー賞を主演女優賞以外総なめした「イブの総て」が日本で公開されたのは昭和26年のことである マーゴ役のベティ・ディヴィス、アン・バクスターのイブ主役二人をを除いて助演男優賞のジョージ・サンダース 作品賞や監督賞、脚本賞などを受賞した
おそらく北条秀司はこの映画を見ている
大女優マーゴに弟子入りした田舎出の新人イブがいつしか人気も「力」も上回り 作家や批評家に取り入りマーゴさえも利用しスター女優へのし上がっていく・・・
これをそのままやると当時の新派がどんな風だったか知らないがどの劇団にも同じような話があるので余りにもリアルな幕内物過ぎる
だから女剣劇一座の話に書き換え「女剣劇朝霧一座」として市川翠扇、水谷八重子(初代)伊志井寛、大矢市次郎で上演したのが昭和34年
この年は演劇界が不況で次のような文章が見られる
この年の毎日新聞に「観客動員に四苦八苦」という記事が出る 「今年の上半期を見ると毎月の演劇興行は歌舞伎座はじめ各劇場が苦慮している ほとんどを団体客に依存している現状で この団体客に事欠くと惨憺たる結果に繋がっている かくて(当時新派の常打ち小屋であった)明治座は昨年通り休場し ほかの劇場は猛暑に挑んで企画に苦心した
(明治座評判記による)
昭和30年代の上州の田舎町 かっては全盛を誇った女剣劇もストリップに押され今や落ち目の三度笠 二代目朝霧恵美子(渡辺えり)一座も旅回りの憂き目に合っていた 恵美子はとある駅前の食堂でバッタリ昔の恋人で今映画スターになっている嵐玉之助(段田安則)に会ってパトロン兼恋人の朝倉(村田雄二)の目を盗んで付き人小夜子(キムラ緑子)だけを連れて二人で旅館にしけこむ そこで逃亡犯の捜査の警察に起こされるが危機一髪のところを小夜子の機転でマスコミと朝倉からスキャンダルを免れる 恵美子の身代わりになった小夜子は玉之助の愛人として評判が上がる 朝倉はこれを利用して小夜子を売り出そうとして舞台に引きずり出し成功する 一座は小夜子人気で評判を上げる 先代の法要の席で小夜子は朝倉に色気仕掛けで座長の座を譲るように迫る その人気を利用して女剣劇の復活を願う朝倉と小夜子の思惑が一致して密談が纏まる その後一人になった小夜子がつぶやいた恐ろしい一言とは・・・(ここで一幕が終わる)
この一座の殆どを新派の女優たち(おそらく新派1月公演「家族はつらいよ」不参加組と思われる)で固め、といっても昔は娘役でならした女優も今や結構いい年になってしまって 必然的に老優だらけの劇団になってしまっている 劇中劇の国定忠治や踊りや三味線は出来ても見るから年老いた人ばかりであるから「朝霧一座」の行方も知ったものじゃない これじゃあストリップに押されても太刀打ちが出来ない
むかし北条天皇が新派の名作を持ってきて扇雀(現藤十郎)主演で梅コマの演出をやった時必ず使わなければならない新派の若い女優がいた 事情が判らない最初は制作にこれはどういう女優かと聞くといわゆる先生の「お気に入り」という答えだった
この女優が今回も出ていてるが(そういえばこのシリーズの「有頂天旅館」にも持ち役と思われるいい役で出ていた)あれからかれこれ40年近く経つわけだから いくら若いころの話とはいえ現在の年齢が知れるというわけだ
新派の男優陣でいうと二枚目役者Tは三代目恵美子が取り入る劇作家役であるが 昔の色気もどこへ行ったやらこれまた残念ながら精細がない あとMやSも出ているがかっての精彩がない また昔からよく知っているこれまたTさんが出てるが 40年以上も前と同じような役をやっていてしかも当然年だけ取っていて見ていて涙が出て来た
さて助演陣は老齢の為精彩は欠くが主役格四人はよくやっていると思う
キムラ緑子は実年齢よりも半分以下の年齢の役をうまくやっていて違和感なんてない
可愛い二十歳そこそこの女優の卵に見える それがあるから二幕目の復讐編になってのぐんぐんのしていく変化がよく効く
渡辺えりも 小夜子の計画を知らないとはいえ二代目座長を諦め三代目を小夜子に譲る懐の深さをチラッと見せ いわゆる座長らしさを見せた だから二幕目で小夜子の正体がバレた時の怒りが大きいのも判る
この二人の「女の闘い」は新派の常套手段とはいえ面白い
二枚目役者役の段田も色気プンプンでいい芝居だ 強いていえばもう少し二枚目でタッパがあれば・・
村田雄吉はタッパもあり押し出しもいいが 金持ちの興行師には見えないのが辛い
色々問題点も多いがこの四人が繰り広げる北条先生の芝居論讃歌、役者讃歌となっている
「日常生活に追われて喜怒哀楽を押し殺している人たちに笑ってもいいんだよ 泣いてもいいんだよと伝えるのが芝居なんだ その為に命がけで演劇をやってるんだ」・・・いいセリフだ
辛口の復讐譚で姉の復讐を果たして劇団を潰した小夜子が去っていくところで終わればいいものを(元の脚本は劇団を崩壊した小夜子は役者の弟子とアメリカに旅立つらしい)無理やりハッピーエンドにしてしまって(ダブル座長のせいか)果たしてノー天気な演劇讃歌のカーテンコール(なんと二人は宝塚スタイルでタップを踊る)で終わってしまっていいのかしら つぶれるべき劇団はつぶれるのが正解だ
新派では初演のあと水谷八重子(二代目)波野久理子のコンビで再演したというが さてどんな出来だったのやら
(2月18日松竹座にて観劇)