北原白秋の「怖い詩」
金魚を歌った童謡と云えば
赤いべべ着たかわいい金魚/ お目めを覚ませば御馳走するぞ
赤い金魚はアブクを一つ/昼寝ウトウト夢から醒めた
「金魚の昼寝」という歌が有名だが童謡界の大家北原白秋にも金魚をテーマにした童謡がある その驚く内容の詩を知ったのは30年程前、水谷豊主演の火曜サスペンス劇場「立花陽介地方新聞社通信」の中だった 主人公が発見した死体の側に「金魚を一匹突き殺す」と書いたメモ紙片が落ちていた やがてそれは有名な詩人北原白秋の詩の一節だと判る
北原白秋(1885〜1942)といえば明治から大正にかけて活躍した詩人、歌人、童謡作家で「からたちの花」をはじめ「ゆりかごのうた」「この道」「待ちぼうけ」「ペチカ」などの童謡を今尚歌われている名作の作者として名前を残している
その彼がこんな怖い詩を残している(アルス社刊「白秋童謡集・とんぼの目玉」収容)
母さん 母さん どこへ行た 紅い金魚と遊びませう
母さん帰らぬ 寂しいな 金魚を一匹突き殺す
まだまだ帰らぬ くやしいな 金魚を二匹 締め殺す
なぜなぜ帰らぬ ひもじいな 金魚を三匹 捻ぢ殺す
涙がこぼれる 日が暮れる 紅い金魚も死ぬ 死ぬ
母さん こわいよ 眼が光る ピカピカ 金魚の 眼が光る
( 横溝正史ならこの詩の内容通り一人目は突き殺され、二人目は締め殺され、三人目は捻じ殺される連続殺人事件になるのだろうがこのドラマではそうにはならなかった気がする)
案の定、この詩は発表当時、批判を受ける
中でもライバルであった西條八十は
「子供の有する残虐性が何ら批判されることなく、歌われているのは如何なものか、こんな童謡はとてもじゃないが自分の子供に歌わす気にはならない」と批判した
これに対して白秋の反論が見事だ
「ある作家(西條八十)が私の数百編の中の一篇「金魚」をもって不用意にも単なる残虐視し而も私の他の童謡にも累を及ぼすまでの小我見を加えた 私は児童の残虐性そのものを肯定するものではない 然し児童の残虐性そのものはあり得ることである 私の「金魚」に於いても児童が金魚を殺したのは母に対する愛情の具現であった 母親への思慕の念が強く帰らぬ母を待ち続ける寂しさや心細さが増す余り、無力な金魚を次々に殺してしまう この衝動は悪でも醜でもない」
かの詩は童謡として書かれているので当然曲がついている 今聴くと明るい曲調で「実にあっけらかん」に「殺害」がうたわれている