白鷺だより

50年近く過ごした演劇界の思い出話をお聞かせします
     吉村正人

白鷺だより(366)昭和41年 新喜劇激動の一年(2)

2019-12-28 16:11:39 | 松竹新喜劇

    昭和41年 新喜劇激動の一年(2)

 5月京都新聞より
  「天外が倒れたと思ったら 今度は寛美が退団 二枚看板を相次いで失った松竹新喜劇は今月は南座で京都公演 蝶々雄二、五郎八、千葉蝶三郎ら座員が総力を挙げて劇団の立て直しにかかっている また寛美の穴埋めに小島秀哉 中川雅夫ら若手を起用するなど随分思い切った作戦を打ち出している」

五月南座
 昼の部 金をこしらえる機械 滝の茶屋にて 赤ちゃん赤信号(蝶々)
 夜の部 番人のいる恋 古い笑顔 灘の「きむすめ」(蝶々)

 ミヤコ蝶々過労の為休演 代役は「灘のきむすめ」は鶴蝶 鶴蝶の代役は白河淳子 赤ちゃん赤信号は酒井光子が代役
 まさに踏んだり蹴ったりの状態だ
 その上この公演の後 小島慶四郎が千秋楽をもって退団

 寛美・慶四郎は東映の俊藤プロデューサーの口利きで東映やくざ映画に出演

六月中座 蝶々出演
 昼の部 リモコン夫婦 思い出の街 豆菊はんと雛菊はん
 夜の部 甘い汐風 希望ヶ丘0番地 息子の唄

七月新橋演舞場
 昼の部 山の宿にて 思い出の街 豆菊はんと雛菊はん
 夜の部 子を抱く花嫁 エライ・ヤッチャ 息子の歌

 このエライ・ヤッチャは後年阿波の女というタイトルで僕も蝶々さんでやった

 この新橋演舞場公演で蝶々雄二が退団 また五郎八、中村あやめが八月限りで退団を発表

東映でくすぶっていた寛美の耳にも「客の入りが悪くて天外先生も社長を辞めなあかんようになる」との噂が聞こえる

株式会社松竹新喜劇は社長の天外の病気治療 寛美の離脱などで業績が悪化 そのため根本的な立て直しが必要となり八月末をもって解散
九月劇団松竹新喜劇は松竹直営の劇団として再出発

九月中座 曾我廼家十吾特別出演となっているが実際は出演していない 金田龍之介が参加
 昼の部 紅い花白い花 風に立つ母 お礼参り奇談(金田龍之介)
 夜の部 ほら吹き天国 八月十五日 銀のかんざし(小島秀哉)

10月京都新聞
「幹部俳優がゴッソリ抜けて大揺れに揺れた松竹新喜劇が幕を開けた 三年前劇団を去った明蝶がゲストとして心機一転を狙った興行だが確か彼が一枚加わったことで舞台にゆとりと膨らみが出てきたことが大きな収穫と言える」

十月南座
 昼の部 湖畔で逢いましょう 故郷の土 花ざくろ お祭り提灯の収入減夜の部 馬鹿に付ける薬 大阪Ⅰ淋しい男 一日の奥様 城崎みやげ

 劇評のように好評だったが事態はもっと深刻だった 寛美復帰の策略が密かに動いていた

 寛美が久しぶりに家に帰ると母親が言った
「松竹はんから鬘作りたいて電話来ましたで」
「そんなしょうもない話、東映の間違いやないんか」
「いいや確かに松竹やった」 この話はどこまで本当か

10月13日 報知新聞
「寛美復帰を速めた大きな理由は営業上の問題だ 今年の四月寛美を除籍した後の新喜劇は役1500万円の収入減という結果を招いた
入場人員に換算すると役一万人の動員減となるが寛美が復帰すればこの一万人が観客として戻って来ると計算したわけだ」

10月17日 大阪日立ホールにて復帰記者会見
「しみじみ感じたのは役者は一人になったら弱いものさと言うことです 私は新喜劇から離れたら値打ちのない人間だということがよくわかりました 早くお客さんの前に出たかった 除籍されている間 面倒をみてくれた東映に感謝します」

十一月中座 藤山寛美復帰第一回公演
 昼の部 どろんこ娘たち 横堀川 親指小指 はっぴとズボン
 夜の部 恋と花束 大阪ぎらい物語 男の湖 城崎みやげ

この月より寛美 連続無休公演を開始 小島慶四郎も復帰 東映女優 御陵多栄子 新加入

十二月中座
 昼の部 恋は唄に乗って 誓文払い 下積みの石 ヤキモチは踊る
 夜の部 あたたかい冬風 佐藤壺 濡れている幸福 阿保かいな

かくして揺れに揺れた松竹新喜劇の一年は終わった

 10月17日 報知新聞
「寛美復帰を速めた最も大きな理由は営業上の問題だ 今年四月寛美を除籍した後の新喜劇は赤字が続き約1500万円の大赤字となった」

藤山寛美記者会見
「しみじみと感じたのは役者は一人になったら弱いものだということです 私は新喜劇を離れたら値打ちのない人間だとよく解りました 早く劇場のお客様の前に帰りたかった 除籍の間面倒を見てくれた東映に感謝します」


白鷺だより(365)昭和41年 新喜劇激動の一年(1)

2019-12-28 12:06:42 | 松竹新喜劇
  昭和41年 新喜劇激動の一年(1)

 前史
  昭和39年10月1日 松竹新喜劇 株式会社として発足

  昭和40年9月13日 南座夜の部 「はるかなり道頓堀」に出演していた天外が第一幕終了後三階便所の帰り廊下で倒れる
  かねてからの脳溢血が再発し 軽い右半身不随を興した 役者としての天外はしばらく主演中止

翌月歌舞伎座公演「上方喜劇大合同」は天外抜きで十吾、ミヤコ蝶々・雄二、かしまし娘に寛美ら新喜劇のメンバーで上演

  昼の部 みなと三文オペラ(カシマシ)アットン婆さん(十吾)ご挨拶 恋の周旋屋(蝶々)
  夜の部 ぼんぼん物語 愛の小荷物 ご挨拶 海を渡る億万長者

 その年は11,12月中座を天外抜きで何とか乗り切って いよいよ激動の昭和41年を迎える

 一月は南座にミヤコ蝶々・雄二をゲストに迎え再出発しょうとした)

 京都新聞より
「正月の南座は例年通り松竹新喜劇の初笑いで開幕 今年は座長の天外が休演の為今一つの寂しさを感じるが、それだけに新たに劇団入りした蝶々・雄二の初舞台がクローズアップされてくる 新喜劇の舞台が極彩色で描かれた錦絵だとすれば二人の占める部分だけは彩りが淡白で画材がまるで違って見える その原因は新喜劇のカラーがしっかりした演技を土台にしているのに比べて二人の芸質があくまで漫才の掛け合いを基調にしているからだろう」

一月南座
 昼の部 お茶漬けべっぴん屋 回転木馬にて(蝶々) 新・三等重役
 夜の部 おめでたい事情 大阪ぎらい物語 流れ星ひとつ(蝶々)

寛美「あほやなあ」より
「蝶々さんも私も舞台にでる確かにお客は笑う 二人の一挙手一投足に観客が興味を持っていると思い込む 笑いを期待してる筈だと これはある種のジレンマではないのか いつも満塁ホーマーを打たなければいけないバッターと同じ心理でいつのまにか重い不安が自分の背後にやって来る これが孤独というものであろうか」

二月中座
 昼の部 国道808号線 ちいさな嘘 花粉(蝶々)
 夜の部 ファミリー人形 この星空 養子ときつねうどん(蝶々)

三月御園座
 昼の部 恋は唄にのって 花の下から 養子ときつねうどん
 夜の部 社長の靴 ちいさな瞳 花粉

 朝日新聞 「寛美を食い物 金融暴力団6人 債権250万円 山分け」の記事
 NHK藤山寛美を一切使わないと明言

4月は新喜劇は久しぶりの休みだった
その休みの間に衝撃が走る事件が起る

4月7日 松竹新喜劇は同劇団の藤山寛美を除籍処分と発表 寛美の借金問題が原因


 (2)に続く 

白鷺だより(364)女の小っちゃな反乱 

2019-12-03 15:10:27 | 松竹新喜劇

        女の小っちゃな反乱


今年の新喜劇のメインは山田洋次演出の「家族はつらいよ」でありもう一本はかって「さいなら」や「祇園小唄」のタイトルで上演された「舞妓はんと若旦那」である 
今のタイトルは新生になってからしばらくした平成7年のことでこれは僕は見ている
陽二郎に八十吉 清香に川奈美 番頭に文童 姉に酒井光子 新吉に玉太呂という配役であった 
陽二郎と文童の番頭との掛け合いが面白かった記憶がある

この初演は新喜劇誕生の3か月後昭和24年2月であり 現代劇であった
配役は陽二郎に十吾、清香に宇治川美智子 番頭に天外 姉に浪花千栄子 のちに何度も主役を演じることになる寛美は若干二十歳の若者で幕開けの賑やかしの楽士その一であった
この作品が昭和24年に書かれたこと(館直志)に驚く 
戦後とはいえまだ四年日本はまだまだ男社会であった
そんな時「さいなら」の一言で男を捨て 別の男の元に走る女を描いている
このことは劇団内で天外の嫁でもあった浪花千栄子の影響が大きいと思われる 
浪花は十吾一派の女形を嫌い 女役は女優で行くことを宣言し この芝居でも芸妓に九重京子、小百合京子、仲居に湯川小夜子と女優を起用して女将役の曾我廼家秀蝶以外は使わなかった
このことが彼女の生涯を左右する大事件を生むことになるのだがそれはまた別の話・・・・
金の力にあかして身請けをしょうとする主人公が清香の心を計るため無理心中を持ち掛けたことに愛想が尽き 自分を想ってくれている男と
「さいなら」の一言を残して去って行く清香は新しい時代の象徴と言えよう

今回大抜擢でこの陽二郎役が植栗芳樹である 彼は中途半端な二枚目が仇となった
いい男になりすぎて熱演すればする程二人を一緒にさせたいと思わせておいての大逆転は客に「あれ?」と思わせて幕となる
八方美人ではなく もっと金持ちのいやらしさ、恋敵の新吉に対する馬鹿にした態度が旨く出たら今の役作りで良く そうじゃなかったら
アホ役で勝負すべきである

もともと十吾師匠をこの役にしたのは彼のアホ役を生かすため・・・彼はのちに「わてがこの頃阿保役をするとお客さんが「十吾は寛ちゃんの真似をしてる」と言わはる えらい時代や、寛ちゃんも偉うなったもんや」と言っていた阿保役で陽二郎をやった筈だ 
番頭役の天外とはのちの「親ばか子ばか」のような掛け合いが見られた筈だ それにしても文童の元気のなさはどうしたのか

もう一本の「家族はつらいよ」も同じようなテーマだ 
母親の誕生日に父親がプレゼントは離婚届だと宣言される そんな母親のちっちゃな反乱に右往左往する一家の話だ
この話は九月に同じ松竹座でやった新派公演「家族はつらいよ」と同じ設定である 女優陣が強い新派とは違い 女優作りに力を使ってこなかった新喜劇に女優に演技力を求めるのは酷な話だ 母親役Iは思ったよりよくやっていたが どう見ても一家とは見えない
もっと良き一家の姿を見せてそれが母親の離婚届一枚で次々と化けの皮がはがれて行く そんな設定が理想だが
天外、扇治郎が客席に語り掛ける演出はテーマがどの客にも当てはまるものだからなかなか良かった

新派もみた客によると 大きな違いはうな重と上カツ重の違いとラストは新喜劇の方がいいということだ
あと母親と兄嫁が標準語圏内出身なことも気になる もっと大阪弁がバンバン飛び交う世界を予想していたので

この公演の打ち上げの席で山田洋次監督がある役者に名指しで「余計な芝居で笑いを取るな 台本通りの芝居をしろ」と叱咤したらしい
今や歌手芝居に引っ張りだこの彼の生きざまを気に入らない他の劇団員は溜飲を下げたことだろう
又こんなことでくじける彼でもないだろう

おまけ
家族はつらいよ 配役比較表

        
    映画 新派 新喜劇
父   橋爪 功    田口守   澁谷天外
母   吉行和子   水谷八重子  井上恵美子
長男  西村雅彦   喜多村緑郎  曾我廼家八十吉
嫁   夏川結衣    石原舞子   川奈美 彌生
長女  中島朋子   瀬戸真純    泉しずか
婿   林家正蔵   児玉 真二  曾我廼家寛太郎
次男  妻夫木聡   喜多村一郎  藤山扇治郎
恋人  蒼井 優    有本由香   浅野藍香
女将  風吹ジュン  波野久理子  里美羽衣子


                             (11月15日 松竹座にて観劇)