白鷺だより

50年近く過ごした演劇界の思い出話をお聞かせします
     吉村正人

白鷺だより(452) 清水邦夫の「冬の馬」

2023-10-29 15:24:47 | 観劇

清水邦夫の「冬の馬」

 久しぶりの新劇の観劇だ、久しぶりの清水邦夫だ 今まで数々の清水作品を上演している大阪放送劇団からのご招待がありÅアンドHホールがある千里中央まで出かけた 客席にはかって一緒に芝居した多賀勝一、西園寺章雄ら「新劇オジサン」の姿を見掛けた

 1992年の作品なので56歳の設定の主人公である「親子」たちは清水と同じ歳だ 堂崎茂男演じる吉村研一は大学教授だった父が「老楽の恋」で若い女(なんと自分と同じ歳)と駆け落ちされて捨てられた過去を持つ元全共闘の翻訳家だ

駆け落ちして二人で小さな時計修理の店を開くが旦那に先立たれ今は銀時計の制作を細々と波子の実の息子透の元嫁美枝と二人で営んでいる波子(増田久美子)の店に研一がやって来るところから始まる 

堂崎は膨大なセリフを二日目のせいか何度か詰り気味でもなんとかこなしたが「タバコ」の吸い方一つとっても「全共闘」らしくなく 様にならないのならタバコを吸うのをカットした方がいいと思わせる程であった  (頭はいいかつらで似合っていた)  増田もややもするとセリフは詰り気味だったが 持ち前の強情っぱりで本心を口に出来ない不器用な女を好演した そういえば一番喫煙が様になっていた

同じ歳の「親子」の歪んだ「恋」、歳の離れた兄弟(研一と透) の親子ごっこ それを覗き見する隣のケッタイな親子がかき回しはじめると俄然面白くなる 

( この母親役で中村美代子は紀伊國屋演劇賞を授賞)   

かって四年間、病気の治療(カリエス)で共に暮らしたこの店で聞いたレコードをこんどは二人で又聴いている絵で幕となるのだが今回の間では絵にもならない (曲の指定があるとはいえ) 曲を変えるか、このまま行くのなら もっと離れていてユックリ近づく手もあったのでは

タイトルの「冬の馬」とは太平洋戦争末期、軍用馬の産地・木曽では次々と馬が徴用され、ついには一頭もいなくなった 馬のいない生活に張りや支えを失った人々は無気力になり喧嘩や殴り合いばかり、冬になるとそれが一層酷くなり誰もが酷くなっていった その時「空になった馬小屋に馬がいることにしたらどうだろう」と言い出した者がいた すると皆の生活に張り合いが出てかっての生活のリズムを取り戻した つまりいないものがいると思い込み、それによって生活に張り合いを出し、人間の尊厳を取り戻せるとする夫に死なれてもなんとか背筋を伸ばしていきようとする波子の遊びのこと

この作品は1992 年に初演された

作・演出 清水邦夫/  美術 朝倉摂/   照明 服部基

米倉斉加年/松本典子/中村美代子

シアター・X 

 

 


白鷺だより(451) 故 千草英子さんのこと

2023-10-14 12:01:30 | 人物

故 千草英子さんのこと

訃報 

千草英子さん (93)本名 梶本英子 元松竹新喜劇劇団員 12日、老衰で死去 松竹家庭劇を経て1991年に新生松竹新喜劇の旗揚げに参加、2014年に退団するまで名脇役として活躍し代表作に「鼓」などがある

僕の千草英子さんの記憶は昭和50年(1975)大阪三越劇場での北條秀司作・演出「王将」の舞台である 僕にとって初めの商業演劇の舞台監督で27歳、彼女は45歳でいわゆる北條天皇の「お気に入り」女優であった その彼女が舞台稽古の最中に役を降ろされて小さな楽屋で泣いた 勿論芝居が不味かった訳ではない 第一幕で「小春」役で出た彼女が第二幕で三吉の後妻役で出て来たのが演出家が気に入らなかったのである 結局津島道子さんを小春の代役に呼んで「解決」したのだが けだし、がめつい後妻役は目を見張る名演技で千秋楽には僕と同じく「北條賞」を授賞した

そして彼女が家庭劇から新生松竹新喜劇に入って来た時を同じくして僕も新喜劇の芝居を手伝うようになった 新喜劇での代表作「鼓」は平成7年と平成23年日本香堂で演出させて貰った 千草英子さんの大ファンであった脚本家の池田政之さんは彼女を主役に「おばあちゃんの立候補」(平成8年)を書いた(演出は僕) 

池田さんは僕のこのブログのファンである 特に松竹新喜劇を愛するが故の悪態記事がお気に入りだ

その池田さんのブログの千草さんへの追悼文を読んで思い出したが 千草さんの新喜劇時代の代表作は「鼓」だけではない 「お祭り提灯」の世話役お勘である  元々男の役( 勘太) を女性に変え「お勘」、後年 この芝居を新橋演舞場で演った時、大阪を代表するコメディエンス紅壱子( 当時は萬子かな)  がゲスト出演でこの役を演じ、その怪演ぶりを絶賛された 紅曰く「松竹座でこの役を千草英子さんが演ったのをたまたま観てまして いつか演りたいとおもってました」と言った こうして芸は継承されるか?

新喜劇時代 彼女に師事して弟子になり名前をもらったのが千草明日翔である

彼女と同じくミヤコ蝶々、京唄子、芦屋雁之助公演などで脇役を通し たまには殺陣の指導もした河波勝は彼女のご主人である(平成14年没)

芝居が撥ね二人並んで中座の楽屋(これはもう中座でなかったら駄目だ)を出て行く姿を何度みたことか

家庭劇時代からの盟友高田次郎さんと同様新喜劇においてなくてはならぬ脇役に徹した、こんな女優はもう二度と出て来ないだろう    合掌