万福寺 大三島のつれづれ

瀬戸内・大三島 万福寺の日記です。
大三島の自然の移ろいと日々の島での生活を綴ります。

阿修羅像随想

2009年09月10日 | Weblog
天平のみ世に光明皇后の請願によって興福寺金堂の諸像が造立され、今日まで伝蔵されて来ていることは本当に有難いことです。
 これらの天平の諸像が乾漆造りという手法によるよりリアリテイックであり、心の内奥までの表現が限界まで近寄っているように感じられます。
 東博、九博とこれからこの様な興福寺金堂の仏像や諸像が興福寺意外での展覧はもうないだろうと云うことを聞きました。
 いろいろな方が類稀な「阿修羅像」の表情と表現についてご専門からのコメントが新聞などに掲載されていて成程と思います。
 阿修羅像の奇異に思える3面6肢の立像は何を表現しようとしているのかを直接像にお会いしてみて私なりに教えていただいたように思えます。それは阿修羅像の周りは拝観者で近寄れないものですから双眼鏡でお顔を拝見いたしておりました。それで気づいたのですが正面のお顔は眉間に苦渋の皺が彫り込まれていますが決して忿怒を我慢したり押さえたりしている表情とは思えません。むしろ宗教的な心象の表現、柔軟な心に一瞬転換する相貌と感じることが出来ました。左右の顔の表現は阿修羅が仏教に帰依しても尚かつ「忿」と「怒」の心がもたげてくる心の相を表現したものであろうと感じました。
 それでは正面の相貌表現の原点は何処にあるかと考えますとそれは「慚愧心」ではなかろうかと味わいました。
阿修羅の慚愧、 仏智の光に照らし出された自己の忿怒心を恥ずかしく深く呵責すると云う宗教的至上の境地を表現しているように感じました。だから6肢の2肢が正面で合掌の姿をしているのでしょう。眉間の苦悶の皺は自己の本性として抱えている闘争性をかたくなに慚愧する心の痛みを表現した苦悶の表情と感じたのです。

 往復10時間を超える運転、阿修羅展の館内の時間は40分足らずでしたが、疲労感は全くありません。有難い拝観であったように思っています。1300年前の天平人の尊いメッセージをこの眼で聞かしていただいたような心地が今しております。      住職
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阿修羅像拝観

2009年09月10日 | Weblog
9/9ご晨朝の勤行をしながら不遜ながら「やっぱり行っておこうと・・・・」
8月の終わりに北九州へ行く予定があり足を延ばして太宰府にある九州国立博物館で開催されている「阿修羅展」を見ておこうと計画を立てていたのですが寺での「音楽フェス」と重なってしまい行くことが出来ませんでした。
 昨日終日他の予定がない日でしたので日帰りで行って来ようと午前9時頃車で出発いたしました。九州方面へ車を走らすのは初めてでカーナビが唯一の頼りです。
到着時刻を見ると午後2時30分頃を指しています。もしかしたら入館が出来ないかも知れないなどと思い巡らしながら一路九州へ走り続けました。
 高スピードで走り続けた所為か2時頃には九博へ着いたのですが、もの凄い人と車です。ヤット駐車してチケットを求めるとなんと気が遠くなるような長蛇、「200分」待ちと張り紙がしてある地点より随分後が最後尾なのです。まだ残暑がある中を遅々として進まない列に加わってひたすらに「忍」の一字。「阿修羅展」は「我慢地獄」・・・・。それにしても並んでいる人は女性が多いなア、それも中年以上の、ウイークデイのこともあるのでしょうが、・・・。これは「王子」ブームの範疇で理解できるのかも知れません。あのナイーブな憂い漂う端正な相貌は「阿修羅王子」さまと魅了されるのかも知れません。
 アナウンスで今日の閉館時間を1時間30分延長いたしますとのこと、それでも館内で展示物を拝観したのは30分少々、帰りも唯だひたすらに車を走らせて、その日の内午後11時55分に大三島に帰っていました。ご苦労さまでした。
 画像はヤッと行列が館内に入りそのロビーで数十分、博物館の建物は放物曲線が基本になって超斬新、2面が全てガラスがはめ込まれているのです。七夕飾りのように見えるのは「博多山笠」の一つが展示されていました。  住職
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