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絵本の話を中心に、好きなもの、想うことなど。

船越桂 私の中のスフィンクス展@三重県立美術館

2016-04-02 14:29:22 | 好きなもの・美術館や展覧会

3月のお彼岸の頃、久しぶりに夫の実家がある三重へ
帰ってきました。

ちょうど三重県立美術館で、船越桂さんの彫刻の展示
あったので、電車で津まで。

船越桂さんの彫刻作品は、本の表紙などで目にしていますが、
実際の作品を観るのは初めてでした。
三重県立美術館も、数年前に、近くを通って外観は見ているのですが
実際に中に入るのは、こちらも初めてです。


正面の階段を上り、右へ折れる‥


手前に見えている手摺の階段をまたすこし上ったあたりが入口でした。

全体的に人が少なくて、窓から見える緑も美しく、落ち着いたとても
よい美術館でした。




自分の中の思い入れが強いのか、たまたまの偶然が重なっただけなのかー。

気になっているものや、読んだ本、これから知ろうと思っていたのものなどが
自分だけにわかる糸口で、あっと繋がっていく瞬間が時折訪れます。

年代別に3部構成になっている展の、最初の部屋に入り、ぽつんぽつんと
展示された彫刻の一体いったいを観ていく中で、とても不思議な気持ちが
起こり始めました。

その部屋は1980年代頃に作られたものなので、衣服を着た木彫半身像。
いわゆるフツーの人の形をしています。
白いシャツだったり、セーターだったりを着ている「その人たち」は皆
大理石の玉眼を持っているので、どこかを静かに見つめていますが、
決して見ているわたしたちと、目が合うことはないように、わざと位置を
ずらしてあるのだとか。

そこに居る人たちは、テレビドラマで目にした『わたしを離さないで』の
登場人物から得たイメージと重なっていました。
カズオ・イシグロのその小説を未読のまま、少し前までやっていたそのドラマを
観ようと試みましたが、演じる子役たちのワンシーンを観ただけで、見続ける
自信がなくやめたのでしたが、本は近いうちに必ず読んでみようと思っていて‥
その自分だけが知っている「事柄」が、目の前に船越さんの彫刻となって
現れたのでした。

この、ひとつめのあっ、が、(大袈裟に言って)予知夢であったなら、ふたつめの
あっ、は、既視感でした。
知っている、と思いました。何を、と問うまでもなく小川洋子の小説セカイというか、
本の中に流れている空気、本の中の人たちが住んでるいるのは、「ここ」だったのです。
(図録からも、とても伝わってきます。東京大学総合研究博物館小石川分館で
撮影しているです。そして小川洋子さんも寄稿されています)


静かな、自分だけの興奮に包まれて、次の部屋、そのまた次の部屋へと
年代が進んでいくにつれ、異形の像が現れ、裸体が中心になっていきます。
「スフィンクス・シリーズ」と呼ばれているものの、最初の印象は、それらが
その人たちが、とても大きいということでした。
そして、異様なありえない形‥背中や肩から手や腕が生えている、
ひとつの体に二つの顔、肩まで届く長い耳‥は、思いのほか違和や嫌悪の
感情を呼ばず、私の中ですっと落ち着いていったのです。

目に見えるもの、見えないもの。
生きているもの、いないもの。
その境目は、どこにあるのだろう、ふとそんなことを思いました。


図録の冒頭で、桂さんご自身もこう書かれています。

「人間の存在」は、外から見えているものと見えていないものとの両方で成り立って
いるはずだ。そういう考えから、ここ二十数年、作品を作って来た。それらの
「作品」は人によっては、「異形」と呼ぶ人たちもいる。



最後に、作品につけられたタイトルがあまりにもステキなので、いくつか。

銀の扉に触れる

森へ行く日

消えない水滴

遅い振り子

壁際に立つ山

肩で眠る月

森のようにひとり 




コメント (3)
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