報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「稲生家の夜」

2018-05-31 21:36:27 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[5月11日18:00.天候:晴 埼玉県さいたま市中央区 稲生家]

 宗一郎:「威吹君にイリーナ先生までお越しになるとは……!盆と正月が一緒に来たようですな!」

 役員車から急いで降りて来た宗一郎は、家の中に入ると驚嘆した様子だった。
 もちろん、威吹やイリーナが一泊することは既に伝え済みではあったのだが……。

 当然ながら、この2人の歓迎会が行われた。

 宗一郎:「威吹君には前々から渡したい物があったんだよ」
 威吹:「渡したい物?それは何でござるか?」

 宗一郎が出したのは、化粧箱に入った金時計だった。

 宗一郎:「昔は勇太の護衛だけでなく、魑魅魍魎迫り来る我が家を守ってもらう為の契約の品として銀時計を送らせてもらった。今回は金時計を送らせてもらう」
 稲生:(時計が2個あっても、あんまり嬉しくないんじゃ?)
 威吹:「御尊父殿。某(それがし)は既に銀時計を1つ頂戴した。如何に御尊父のお気持ちと言えど、某には無条件でこれを受け取る理由が見当たりませぬ。ここは1つ、お気持ちだけ頂くという……」
 宗一郎:「そうか。それは残念だ。時計の裏には明朝体でキミの名前を彫ってあるのだが」
 威吹:「如何に特注品と言えど、某には……」

 と、威吹が固辞していると……。

 宗一郎:「昔に渡した銀時計の色違いと言ってしまえばそれまでだ。だが、銀時計と全く一緒なんだ」
 威吹:「仰る意味が、よく……分かりかねまするが?」
 宗一郎:「勇太にも同じ物をプレゼントだ。まだ、誕生日プレゼントには早いがな」
 稲生:「えっ、僕にも!?」
 宗一郎:「勇太にも同じく、名前を彫ってある。威吹君とお揃いなのだが、実に残念だ。当の威吹君が要らないと言うのであれば……」
 威吹:「そういうことであれば、喜んで頂戴致しまする!」
 マリア:「『武士に二言はない』とか、昔言ってなかったか?」
 威吹:「オレは武士じゃねぇ!」

 威吹は人間より少し長い舌を出した。

 イリーナ:「あらあら。可愛いわねぇ……」

 イリーナは目を細めてワインを口に運んだ。

 宗一郎:「イリーナ先生にございましては、後ほど報酬の方をお支払い致しますので……」
 イリーナ:「契約満了まではまだ日がありますから、慌てなくて結構ですよ」

 そして、宗一郎はマリアにも何かを渡した。

 宗一郎:「女性に懐中時計というのは、いささかイメージが湧きませんでしたので、腕時計にしました。これでいかがでしょう?」

 化粧箱を開けると、中には女性用の腕時計が入っていた。

 マリア:「あ、ありがとうございます」

 色合いは稲生や威吹のもらった金時計と同じもの。
 だから、材質は同じなのだろう。
 こちらも文字盤の裏に、名前が彫られていた。
 但し、女性用腕時計は小さいので、フルネームは彫れない。
 マリアのイニシャルが彫られていた。

 イリーナ:「クロックワーカー(時を駆ける魔道師)の弟子として、相応しいものをもらえて良かったね」
 マリア:「え、ええ……」

 何故かマリアは複雑な顔をしていた。

[同日23:00.天候:晴 稲生家2F勇太の部屋]

 威吹:「さーて、明日も早いし。そろそろ寝ようか」

 威吹は稲生のベッドの横に布団を敷いて、就寝の準備をしていた。
 既にいつもの着物は脱いで、単衣だけになっている。

 稲生:「ねぇ、威吹」
 威吹:「何だい?」
 稲生:「夕食の時なんだけど、父さんから時計をもらったじゃない?」
 威吹:「ああ。ボクはあまり恩着せがましいことをされるのは嫌いなんだけど、ユタ絡みであるのなら話は別だよ。もちろん、大事に使わせて頂く」
 稲生:「それはいいんだけど、マリアさんはあんまり嬉しそうじゃなかったね」
 威吹:「ああ、なんだ。そんなことか。あの魔女も演技が下手だな」
 稲生:「演技?」
 威吹:「上手く付き合えば支援者になってくれるのがユタの父上だろ?あの魔女達にとって。だからこそ、例え嬉しくないものでも、好意でもらったら、もう少し嬉しそうな顔をすればいいのにさ」
 稲生:「欧米人はそういうところ、シビアだからねぇ……。でも、どうしてマリアさんは気に入らなかったんだろ?確かに、クロックワーカーの弟子として、時計は結構シンボリックなアイテムなんだ。もちろん、シンボリックなだけで、僕はまだ先生が時計を魔法具として使う所を見たことが無いけど……」
 威吹:「簡単な話さ」
 稲生:「えっ?」
 威吹:「あの魔女も、ボク達と同じ物が欲しかったのさ。特に、ユタとお揃いの物がね。複雑な顔をしたのは、もちろん御父上に対する気遣いもあったのだろうけど、ボクの時計ともお揃いになってしまうから、それは嫌だったのだろう。でも……という所じゃないか」
 稲生:「さすが既婚者。……あ、でも父さんもなんだけどな……」
 威吹:「ユタの父上は、まだユタとマリアの関係について、そこまで深くは考えていないのかもしれないな。気づいていないのか、或いは気づいているのだが、気づかないフリをしているか……」
 稲生:「そんな……」
 威吹:「ま、いずれにせよ、この贈答品に関しては、悪意は無いようだがな。ま、いいじゃないか。そろそろ寝よう」
 稲生:「う、うん」

 稲生は室内を消灯した。

[同日同時刻 天候:晴 稲生家1F客間]

 イリーナ:「さーて、明日は上の階のコ達に起こされないようにしなくちゃね。そろそろ寝ようか」

 客間に設置されたエアーベッドに横たわるイリーナ。
 マリアは隣の折り畳み式ベッドの上にいた。

 マリア:「…………」
 イリーナ:「マリア、いつまで不貞腐れてるの?いいじゃない。貰える物は貰っておきなって」
 マリア:「私は……まだ公認じゃなかったんですね」
 イリーナ:「そりゃま、正式な挨拶をしたわけじゃないんだから、そりゃしょうがないでしょ」
 マリア:「だからって!……何度も勇太と一緒に、こちらにお邪魔してるというのに……」
 イリーナ:「勇太君の御両親にとって、あなたよりも威吹君の方が付き合いが長いからね。そして、実際に威吹君は彼らからの信用を勝ち取る活躍をした。その成果でしょ。マリアはまだその成果を出していないんだから、これから出して行けばいいのよ?」
 マリア:「…………」
 イリーナ:「そういう高価な時計がもらえただけでも、ある程度の信用は得ているという証拠よ。信用できない者に、何か高価なものをあげたりしないでしょ?」
 マリア:「……もう寝ます」
 イリーナ:「はいはい、お休み」

 マリアは掛布団を頭から被って、不貞寝するような感じになった。

 イリーナ:「……ってことは、電気は私が消さなきゃならないってことね。若い弟子を持つと大変だわ」

 2階の稲生の部屋は、リモコンで照明の明るさが調整できるのだが、客間は違う。
 イリーナは渋々ベッドから出ると、天井から吊り下げられた照明器具の紐を引っ張って消灯した。

 イリーナ:(私の占いでは、マリアと勇太君の仲は……)

 心の中で言い切らぬうちにイリーナはベッドの中に入り、すぐに寝入ったのである。
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“大魔道師の弟子” 「大宮に到着」

2018-05-31 14:08:29 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[5月11日15:22.天候:曇 JR大宮駅]

 稲生達を乗せた列車は、順調に東北新幹線の上り線を走行していた。
 利根川の橋は、さすがに新幹線であってもトラス橋である。
 それを越えたら、すぐ左手にラウンドワンのボウリングのピンが見えて来る。
 更に南下すると東北自動車道と立体交差するが、夜間は高速道路のオレンジ色の街灯が整然と並んでいて実に神秘的な感じである。
 昼間は、ただ単に立体交差しただけという感じだが。
 もっと進むと、上越新幹線と北陸新幹線の共用線路が並行してくる。
 それだけではなく、埼玉新都市交通ニューシャトルの軌道もその横に付く。
 そうなると、大宮はもうまもなくだ。

〔♪♪(車内チャイム)♪♪。まもなく、大宮です。上越新幹線、長野新幹線、高崎線、埼京線、川越線、京浜東北線はお乗り換えです。お降りの際はお忘れ物の無いよう、お支度ください。大宮の次は、上野に止まります〕

 稲生:「何だか、あっという間だったなぁ……」
 威吹:「さようだな」

 ところで、随分と中途半端な時間に帰る稲生達だと思う。
 それには理由があった。

 マリア:「師匠が到着したらしい。やっぱり、私達の方が遅かった」

 マリアは水晶球を見ながら言った。

 稲生:「ありゃりゃ。やっぱりそうですか。“はやぶさ”は満席で取れなかったんですよ」
 威吹:「……というよりは、3人まとまった席が取れなかっただけの話では?」
 稲生:「はははは……。まあ、そうなんだけど」
 マリア:「まあ、師匠のことだ。どうせ、アイスクリームでも食べながら待っているさ」
 稲生:「それもそうですね」
 威吹:「本当にいいのか、それで?」

 威吹が呆れる中、列車はホームに滑り込んだ。

〔「ご乗車ありがとうございました。大宮ぁ、大宮です。車内にお忘れ物の無いよう、ご注意ください。14番線に到着の電車は……」〕

 稲生達はホームに降り立った。

 威吹:「この駅に来るのも、久方ぶりだ……」

 威吹は懐かしそうに言った。
 不老不死同然の妖狐からしてみれば、それほど長い時を経たというわけではないのに、妙に威吹には懐かしく思えたようだ。

 稲生:「そうだね。じゃ、取りあえずイリーナ先生と合流しよう」

 ホームからコンコースに下り、そこから新幹線改札口を出る。

 稲生:「先生はどこにいらっしゃるでしょう?」
 マリア:「向こうのカフェで、アイスでも食べてるさ」

 マリアは東口を指さした。
 そこで稲生達、在来線コンコースの人波をかき分けるようにして東口に近い改札口を出た。
 これで完全に、松島海岸駅で買ったキップは全て回収されたことになる。

 マリア:「多分、あの店だ……」
 稲生:「最近、リニューアルされたカフェですね。あそこで作者が紹介された女性と会う度にフラれるそうです」

 こら!

 マリア:「あー、いたいた。師匠〜!」
 威吹:「相変わらず、暢気な婆さんだ」

 イリーナは若作りの魔法で、見た目30代半ばほどの女性の姿をしているのだが、威吹の目には誤魔化せなかったようだ。
 もっとも、威吹とて齢400年以上は過ぎているのだが。

 イリーナ:「マリアは心の中で、威吹君は実際に声を出して私の悪口を言ったわね?」
 マリア:「ええっ?!」
 威吹:「は?オレが?いつ?……え?いや、あんた婆さんだろ」
 イリーナ:「

 ガッコーン!(何故か威吹の頭上に金ダライが落ちて来た)

 威吹:「……いってぇ……!おい、コラ!」
 稲生:「威吹。イリーナ先生に、年齢のことを言うのは大変失礼なことなんだよ?」
 威吹:「妖狐の世界じゃ、齢4桁は既に老翁の域なんだがな!」

 威吹は頭を押さえながら文句を言った。

[同日16:00.天候:晴 埼玉県さいたま市中央区 稲生家]

 稲生達は大宮駅からタクシーに乗って稲生家に向かった。
 魔道師達はリアシートに座り、威吹は助手席に座った。
 シートベルトを忘れずに締める辺りは、人間界にそれだけ長く住んでいたことの証であろう(アルカディアシティの辻馬車にはシートベルトは無い)。

 稲生:「すいません、そこでお願いします」
 運転手:「ここでよろしいですか」

 稲生は財布の中から料金を出そうとした。

 イリーナ:「いや、いいよ。アタシのカード使って」
 稲生:「あっ、すいません……」

 マリアがイリーナから預かったゴールドカードを出す。

 威吹:「懐かしいな……」

 威吹が先に降りて、稲生家を眺めた。

 稲生:「威吹、多分母さんは中にいると思うから、一緒に行こう」
 威吹:「おお、そうか」

[同日17:00.天候:晴 稲生家]

 威吹が勇太の母親の佳子に挨拶すると、佳子はとても驚いていた。
 客間はイリーナとマリアの師弟が使う為、威吹は勇太の部屋に布団を敷いて寝ることにした。

 稲生:「布団なら余ってるからね」
 威吹:「ふっ。本当に、懐かしいな」
 稲生:「そうだねぇ……」
 威吹:「ユタが顕正会を辞めたことで仏の加護が無くなったことを知った悪い妖(あやかし)共の襲撃が激しくなり、ボクが泊まり込んで護衛したこともあったな」
 稲生:「そうだね」

 高等妖怪たる妖狐・威吹の睨みにより、多くの中・下等妖怪達は稲生勇太襲撃を躊躇したが、それでも威吹の監視の隙を突いて勇太を襲おうとした者は多かった。

 威吹:「おお。2階のシャワールームはまだ稼働させているのか?」
 稲生:「そうなんだ。マリアさんが気に入ったみたいでね」
 威吹:「おいおい。急ごしらえの設備で、脱衣所は無いのだぞ?ユタが部屋にいても使うのか?」
 稲生:「そうなんだ」
 威吹:「ユタ」

 威吹はポンと勇太の肩を叩いた。

 威吹:「『据え膳食わぬは男の恥』という言葉について、今一度勉強しようか。この場合、女が無防備な姿で湯浴みをしていることに端を発し……」
 マリア:「おい!

 いつの間にか、マリアが勇太の部屋の前にいた。

 稲生:「あっ、マリアさん!?」
 マリア:「ディナーの前に、シャワーを使わせてもらうよ。……そこのアホ狐は首輪付けて、リードで繋いでおけ」
 威吹:「オレは犬か!」

 まあ、確かに狐はイヌ科の動物である。
 が、生態行動については、どちらかというとネコに近い。

 稲生:「あ、そうだ。威吹、もうすぐ17時だよ」
 威吹:「ぬ?というと……」
 稲生:「ほら、例のアレを」
 威吹:「おお、そうだったな」

 威吹は着物の懐から篠笛を取り出した。
 そして、軽業師のようにヒョイと2階の屋根の上に上がる。

 稲生:「始まるぞ。威吹の笛の独奏」

 本来なら他の和楽器とも合わせれば最高なのだが、威吹の場合は篠笛だけでも、相当の聴き心地がある。
 ヒマさえあれば笛を吹いていたのだが、いつの間にか毎日17時ということになった。
 この時ばかりは、他の妖怪達も勇太に手を出すのを止めたほどである。
 奇しくもこの時間は、威吹が人喰いを開始する時の合図で吹いていた時刻と同じであった。
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