報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「朝を迎えて」

2018-05-24 20:29:21 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[5月11日06:00.天候:晴 宮城県仙台市青葉区 作並深沢山バス停]

 トンネルを出たバスは、そのまましばらく国道48号線の上り線を進んだ。
 そして、国道脇のパーキングのような所に入る。
 そこにはバス停がポツンと立っていて、そこでバスの前扉が開いた。

 威吹:「む?ここで降りろと申すか?」
 稲生:「元が仙台市営のバスじゃ、トンネルの向こうへは行けなかったか……」

 稲生達はバスを降りた。

 威吹:「210円が無駄になったでござるなー」
 マリア:「本当に霊界に行くつもりだったのか?」
 威吹:「いや、そういうわけでは無いが……」

 バスは稲生達を降ろすと、朝日から逃げるように再び国道の下り線に出て走り去って行ってしまった。

 マリア:「ていうか、ここ……どこ?」
 稲生:「作並深沢山……という名前のバス停ですね。なるほど。ここは折り返し場なんだ」
 威吹:「沢の音が聞こえる。どうやら、川が近いようだ」

 威吹は尖った耳を澄ました。
 今の形態は俗に言うエルフ耳というもので、妖狐の正体である大きな白い狐から人間の姿になるべく近いものに変身した姿である。
 もっと人間に近づく姿に変化もできるが、それに伴って妖力も落ちてしまい、奇襲を受けた際に危険ということで、ギリギリなのが今の姿なのである。
 もう少し妖力を解放するとエルフ耳ではなく、頭に狐耳が生える(これを稲生は『第2形態』と呼んでいる。今の姿が第1形態)。

 威吹:「釣りができるらしいな」
 稲生:「そうだね」
 マリア:「釣りしてる場合か。早く帰らないと」
 稲生:「まあ、そうですね。えーと……始発のバスは……仙台駅前行きが6時23分」
 威吹:「そんなものか。じゃあ、待っているとしよう」

 威吹は暢気に欠伸をした。

 稲生:「凄いな。ここから仙台駅まで乗り換え無しで行けるなんて……。結構遠いのに」
 マリア:「どのくらい掛かる?」
 稲生:「明らかに1時間以上は掛かりますよ?着く頃には朝ラッシュ真っただ中です」
 マリア:「そんなに!?」
 稲生:「途中で電車に乗り換え方がいいかどうか……?」
 威吹:「一眠りするには、ちょうど良いのでは?ボクならそうする」
 稲生:「う、うん。そうだね」
 威吹:「あまり早く着いても、牛タンを出す店が開いてないだろう?」
 稲生:「た、確かに」
 マリア:「食う事ばっかだなー」

 マリアは呆れた様子で、バスの折り返し場内にあるトイレに入った。
 よく工事現場にあるような仮設トイレで中は和式であったが、マリアは使用可能らしい。
 まあ、まだバスが来るまで時間があるから、ゆっくりしていて良いのだが……。

 威吹:「む!?」

 その時、威吹のエルフ耳がピクッと動いた。

 稲生:「なに?」
 威吹:「ユタはここでおとなしくしていて」
 稲生:「な、何かあるの?」

 早朝にも関わらず、国道は長距離トラックなどが往来しているが……。
 その向こうの山から道路を渡ってやって来たのは……。

 ツキノワグマ:「ウウウ……!」
 稲生:「く、く、熊だーっ!」

 一匹のツキノワグマがやってきた。
 人間よりも獲物になり得る狐の匂いに似ている為か、威吹の方を睨みつけている。
 どうやら、狐を狙ってやってきたところ、威吹がいたようだ。

 威吹:「はーっ!」

 ところが、威吹が先手を取った。
 ツキノワグマに飛び膝蹴りを食らわせたのである。

 ツキノワグマ:「ブオッ……!」

 ツキノワグマは威吹に急所を攻撃されたことでその巨体を倒し、そのまま動かなくなった。

 稲生:「殺したの?」
 威吹:「いや、まだだ。もっとも、後でシメることにはなるだろうがな」
 稲生:「? どういうこと?」

 威吹はニッと笑って稲生の質問には答えず、着物の懐から篠笛を取り出した。
 そしてそれで何の旋律も奏でず、ただピーッと単音を鳴らした。
 篠笛の音が山にこだまする。

 威吹:「これでいい。あとは妖狐の里の者が引き取りに来るだろう」

 そう言って、意識不明のクマを茂みの中に隠す。

 稲生:「里の妖狐さん達が食べる用!?」
 威吹:「そういうことだ。まあ、ボクは牛タン食べるけどね」

 威吹は得意げに笑った。

 

 その際、口元から人間よりも明らかに鋭い犬歯が覗く。
 今はすっかり慣れた稲生だったが、最初はあの牙が怖かったものだ。
 吸血鬼の牙は人間の喉笛に食らい付く為のものだが、妖狐のは肉そのものに食らい付く為のものだ。

 威吹:「ユタにはいい店を探しといてもらおうかな」
 稲生:「そ、それはもちろん。今は便利なツールがあるからね」

 稲生はスマホを取り出した。

[同日06:23.天候:晴 作並深沢山バス停→仙台市営バスS840系統車内]

 バスはだいぶギリギリになってやってきた。
 どうやら、車庫からの折り返し便らしい。
 もっとも、ここで降りた乗客はゼロだった。
 そりゃそうだろう。
 渓流釣りの最寄りというだけで、他には何も無い所なのだから。
 何しろ先ほど、熊が出て来たくらいだ。
 実際、渓流釣りの看板のすぐ近くに、『熊出没注意』という看板も出ているほどだ。
 この時間、ここから乗って来る乗客はよほど珍しいのだろう。
 やってきたバスは先ほどの冥鉄バスと違い、今風のノンステップバスである。
 運転手が不思議そうな顔で、乗り込んでくる稲生達を見ていたほどだ。
 但し、冥鉄と違って、こちらは中扉から乗るタイプであり、ICカードが使える。
 乗り込んで、1番後ろの席に座った。

 威吹:「着くまで一眠りできそうだな」
 稲生:「そうだねぇ……。僕は今のうちに、店探ししておかないと」
 威吹:「いや、申し訳ないね」
 稲生:「いや、いいよ。威吹には今回、お世話になったし」

 すぐに発車時間になり、バスが発車した。
 当然ながら、現時点で他に稲生達以外に乗客はいない。

〔♪♪♪。毎度、市営バスをご利用くださいまして、ありがとうございます。このバスは作並駅、市営バス白沢車庫前経由、仙台駅前行きです。次は作並温泉元湯、作並温泉元湯でございます〕

 冬季になると、バスも先ほどのバス停まで来ず、次のバス停である温泉街の外れが起終点となる。
 別に、国道自体は年中通行できるのだが、やはり渓流釣りとしての需要なのだろう。

 稲生:「そういえば威吹、笛も吹くんだったな。もう1度聴いてみたいよ」
 威吹:「そうか。じゃあ、後で聴かせてあげよう」

 威吹が稲生の家に逗留していた頃、毎夕よく笛を吹いていた。
 江戸時代の頃からの習慣らしい。
 笛を吹いている間は人喰いをしないので、旅人は笛の音が鳴り響いている間のみ、安心して通行できたという。
 そして笛の音が止まると同時に、威吹は人喰いを開始した。
 もちろん、現代に蘇ってからはそんなことはしていない。
 ただ、昔を思い出して吹いていたところ、稲生にすっかり気に入られただけの話だ。
 町内会の夏祭りに呼ばれ、御囃子の笛を吹く役を任されたこともある。

 威吹:「その前に飯だ。朝は……別に牛タンでなくてもいい」
 稲生:「そうだね。着いたら、何か食べよう」

 バスは朝日が差し込む国道48号線を東に向かって走行した。
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“大魔道師の弟子” 「トンネルの中は異界」

2018-05-24 10:24:57 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[5月11日時刻不明 天候:不明 国道48号線 旧・関山トンネル内]

 かつては酷道でもあった国道48号線。
 現在は、特に山形県側において車線の拡幅と急カーブの是正が行われていて、酷道の面影は閉鎖された旧道区間に残すのみとなっている。
 その酷道のハイライトでもあった旧・関山トンネルは、今や異界への出入口と化しているのか。
 本来なら300メートル弱しかないトンネルが、今は異界と繋がっているためか、その10倍以上の長さに延長されている感じであった。

 その異界行きのバスに乗り込んで来た河合有紗は、稲生をこのままこのバスで連れて行こうとしている。

 

 河合有紗:「勇太君……私と一緒に行こう……?この世界では幸せになれなかったけど、浅井先生の御指導で、来世でもう1度やり直すの……」
 稲生勇太:「それならキミは顕正会を辞めるべきだ!僕はまずはそこから始めたんだから!」
 威吹邪甲:「ユタ、典型的な顕正会員であった状態で死んだ亡霊に、何を言っても無駄さ。ここは1つ、ボクが一思いに楽にさせてあげようと思う」
 稲生:「威吹!?」

 威吹はスラッと妖刀を抜いた。
 江戸時代の侍の如く、長刀と脇差の二振りを帯刀した威吹。
 前者は妖刀であるが故、妖怪は斬れても人は斬れない。
 後者はその逆。

 稲生:「大丈夫なのかい!?その刀、幽霊が斬れるかどうかは分からないって!」
 威吹:「やってみなきゃ分からんさ」
 有紗:「ジャマするの……?やっぱり威吹君は悪い妖怪だったんだね……」
 威吹:「元々オレはそうさ。ただ、ユタとの盟約に従って人喰いを止めていただけの話さ」

 威吹は刀を構えた。

 有紗:「オマエも道連れだぁぁぁぁぁッ!」
 威吹:「哀れな女よ……」

 威吹は向かって来る有紗に対し、刀を振り上げた。
 が、有紗が一瞬姿を消すのとそんな威吹がくるっと後ろを振り向くのは同時だ。

 稲生:「威吹!?」
 マリア:「なにっ!?」

 威吹は稲生に妖刀を振り下ろした。
 と、同時に有紗が再び稲生の前に現れて、その手を首筋に伸ばす。
 が!

 有紗:「ぎゃっ!」

 その行動を威吹は読んでいたのだ。
 有紗は後ろから威吹の妖刀に斬られた。

 威吹:「幽霊の考えていることはお見通しだ!」

 威吹は有紗の髪を掴むと、乱暴に稲生から引き離した。

 マリア:「っえーい!」
 威吹:「おろ!?」

 そこへマリアが有紗にタックルをかました。
 有紗はバスの前の方に押し出される。
 中扉の前辺りに来ると突然、ブーッ!というドアブザーが鳴って中扉が開いた。
 現在のバスでは走行中はドアロックされていて、仮に運転手が誤ってドアスイッチを操作しても作動しないようになっているのだが、これくらい古いバスになると、そういう便利な機能は無いのだろう。
 しかも、殆ど減速しないで急な右カーブを曲がった。
 関山トンネルには新旧共にそんな急カーブは存在しないはずだが、やはり空間が捻じ曲がっているのだろう。

 マリア:「消え去れ!有紗!」
 有紗:「きゃああああああああ!!」

 マリアは開いた中扉から、有紗をバスの外に突き落とした。
 と、同時にまたドアブザーが鳴ってドアが閉まった。
 更にはそれまで螺旋状になっていたトンネルが、急にまた真っ直ぐになった。
 タイヤの軋む音も無くなり、遠心力も無くなった。

 稲生:「これは一体、どういうことなんだ?」
 マリア:「亜空間トンネルの中に突き落とした。もう2度とヤツが勇太に付きまとうことはない。だからもう安心だよ」

 マリアは最後笑みを浮かべたが、それはまるで復讐劇を繰り広げた時の魔女の笑顔であった。
 もっとも、稲生にはそこがマリアの萌えポイントなのだが。

 威吹:「うむ……。良くて何とか出口を見つけるにしても、その先は魔界か地獄界か……」
 稲生:「それにしても、どうしてタイミング良く中扉が開いたんだろう?」

 稲生が運転席の方を見ると、運転手の全貌は仕切り板によって見えなかった。
 シフトレバーを操作する左手と、ルームミラーに映るガイコツの顔の下半分が見えるだけだ。
 上半分は深く被った帽子で見えない。

 威吹:「む!?これは……」
 稲生:「なに?」
 威吹:「あれを見てくれ」

 威吹の指さす方を見ると、中扉の上に運送約款が掲示されていた。
 実はこの約款、日本の路線バス車内には必ず掲示されている。
 もちろん全文を掲示するスペースは無いので、『車内のご注意』とか『お客様へのお願い』という形で一部が掲載されているだけだ。
 冥界鉄道公社乗合自動車部(通称、冥鉄バス)にもそれは掲示されているのだが、人間界の路線バスには載っていない一文が掲示されていた。
 それは……。

『運賃は前払いです。運賃を支払われない場合、途中下車して頂く場合がございます』

 と。

 稲生:「これは!?」
 威吹:「ボク達は運賃を払ったよ。取りあえず額は書いていないので、都営バスと同額にしてみたけどね。それでも一応、運賃を払ったことにはなる。何しろ、三途の川を渡る六文銭みたいなものだ。六文銭とはいうが、実際は奪衣婆に渡す賄賂のようなものだから、額が決まっているわけではない」
 マリア:「ギリシャ神話に出てくる、地獄の川の渡し守カロンみたいなものだな」

 但し、カロンの場合は運賃が決まっていたという。
 現在の日本においては冥界鉄道公社が列車、バス、タクシー、汽船で亡者達を運送している。

 マリア:「だけど普通、金を払わない者は最初から乗せないだろうに、ここの鉄道会社は乗せてから追い払うんだな」
 稲生:「さすがにタクシーはそうでしょうけどね。でも、他の交通機関はダイヤが決まってますから。そのせいかもしれません」
 マリア:「さすが日本」

 マリアは苦笑したが、イギリスはまだ他の欧州各国に比べてダイヤの定時性は良い方であるという。

 稲生:「あ、何だか少し明るくなってきた」
 威吹:「どうやら、隧道の出口が見えて来たようだな。果たして、どこへ出るのか……」
 マリア:「どこでもいいよ。どこへでも行き来できるのが、魔道師の良い所さ」
 稲生:「さすがマリアさん。頼もしいです」
 マリア:「……ま、いざとなったら、師匠に迎えに来てもらう」
 威吹:「地獄界にも迎えに来てもらったらしいな」
 マリア:「その通り」

 こうしてバスはトンネルの外に出た。
 トンネルの外は……。

 1:宮城県側の出口
 2:山形県側の出口
 3:地獄界の出口
 4:見当もつかない
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