[5月11日06:00.天候:晴 宮城県仙台市青葉区 作並深沢山バス停]
トンネルを出たバスは、そのまましばらく国道48号線の上り線を進んだ。
そして、国道脇のパーキングのような所に入る。
そこにはバス停がポツンと立っていて、そこでバスの前扉が開いた。
威吹:「む?ここで降りろと申すか?」
稲生:「元が仙台市営のバスじゃ、トンネルの向こうへは行けなかったか……」
稲生達はバスを降りた。
威吹:「210円が無駄になったでござるなー」
マリア:「本当に霊界に行くつもりだったのか?」
威吹:「いや、そういうわけでは無いが……」
バスは稲生達を降ろすと、朝日から逃げるように再び国道の下り線に出て走り去って行ってしまった。
マリア:「ていうか、ここ……どこ?」
稲生:「作並深沢山……という名前のバス停ですね。なるほど。ここは折り返し場なんだ」
威吹:「沢の音が聞こえる。どうやら、川が近いようだ」
威吹は尖った耳を澄ました。
今の形態は俗に言うエルフ耳というもので、妖狐の正体である大きな白い狐から人間の姿になるべく近いものに変身した姿である。
もっと人間に近づく姿に変化もできるが、それに伴って妖力も落ちてしまい、奇襲を受けた際に危険ということで、ギリギリなのが今の姿なのである。
もう少し妖力を解放するとエルフ耳ではなく、頭に狐耳が生える(これを稲生は『第2形態』と呼んでいる。今の姿が第1形態)。
威吹:「釣りができるらしいな」
稲生:「そうだね」
マリア:「釣りしてる場合か。早く帰らないと」
稲生:「まあ、そうですね。えーと……始発のバスは……仙台駅前行きが6時23分」
威吹:「そんなものか。じゃあ、待っているとしよう」
威吹は暢気に欠伸をした。
稲生:「凄いな。ここから仙台駅まで乗り換え無しで行けるなんて……。結構遠いのに」
マリア:「どのくらい掛かる?」
稲生:「明らかに1時間以上は掛かりますよ?着く頃には朝ラッシュ真っただ中です」
マリア:「そんなに!?」
稲生:「途中で電車に乗り換え方がいいかどうか……?」
威吹:「一眠りするには、ちょうど良いのでは?ボクならそうする」
稲生:「う、うん。そうだね」
威吹:「あまり早く着いても、牛タンを出す店が開いてないだろう?」
稲生:「た、確かに」
マリア:「食う事ばっかだなー」
マリアは呆れた様子で、バスの折り返し場内にあるトイレに入った。
よく工事現場にあるような仮設トイレで中は和式であったが、マリアは使用可能らしい。
まあ、まだバスが来るまで時間があるから、ゆっくりしていて良いのだが……。
威吹:「む!?」
その時、威吹のエルフ耳がピクッと動いた。
稲生:「なに?」
威吹:「ユタはここでおとなしくしていて」
稲生:「な、何かあるの?」
早朝にも関わらず、国道は長距離トラックなどが往来しているが……。
その向こうの山から道路を渡ってやって来たのは……。
ツキノワグマ:「ウウウ……!」
稲生:「く、く、熊だーっ!」
一匹のツキノワグマがやってきた。
人間よりも獲物になり得る狐の匂いに似ている為か、威吹の方を睨みつけている。
どうやら、狐を狙ってやってきたところ、威吹がいたようだ。
威吹:「はーっ!」
ところが、威吹が先手を取った。
ツキノワグマに飛び膝蹴りを食らわせたのである。
ツキノワグマ:「ブオッ……!」
ツキノワグマは威吹に急所を攻撃されたことでその巨体を倒し、そのまま動かなくなった。
稲生:「殺したの?」
威吹:「いや、まだだ。もっとも、後でシメることにはなるだろうがな」
稲生:「? どういうこと?」
威吹はニッと笑って稲生の質問には答えず、着物の懐から篠笛を取り出した。
そしてそれで何の旋律も奏でず、ただピーッと単音を鳴らした。
篠笛の音が山にこだまする。
威吹:「これでいい。あとは妖狐の里の者が引き取りに来るだろう」
そう言って、意識不明のクマを茂みの中に隠す。
稲生:「里の妖狐さん達が食べる用!?」
威吹:「そういうことだ。まあ、ボクは牛タン食べるけどね」
威吹は得意げに笑った。
その際、口元から人間よりも明らかに鋭い犬歯が覗く。
今はすっかり慣れた稲生だったが、最初はあの牙が怖かったものだ。
吸血鬼の牙は人間の喉笛に食らい付く為のものだが、妖狐のは肉そのものに食らい付く為のものだ。
威吹:「ユタにはいい店を探しといてもらおうかな」
稲生:「そ、それはもちろん。今は便利なツールがあるからね」
稲生はスマホを取り出した。
[同日06:23.天候:晴 作並深沢山バス停→仙台市営バスS840系統車内]
バスはだいぶギリギリになってやってきた。
どうやら、車庫からの折り返し便らしい。
もっとも、ここで降りた乗客はゼロだった。
そりゃそうだろう。
渓流釣りの最寄りというだけで、他には何も無い所なのだから。
何しろ先ほど、熊が出て来たくらいだ。
実際、渓流釣りの看板のすぐ近くに、『熊出没注意』という看板も出ているほどだ。
この時間、ここから乗って来る乗客はよほど珍しいのだろう。
やってきたバスは先ほどの冥鉄バスと違い、今風のノンステップバスである。
運転手が不思議そうな顔で、乗り込んでくる稲生達を見ていたほどだ。
但し、冥鉄と違って、こちらは中扉から乗るタイプであり、ICカードが使える。
乗り込んで、1番後ろの席に座った。
威吹:「着くまで一眠りできそうだな」
稲生:「そうだねぇ……。僕は今のうちに、店探ししておかないと」
威吹:「いや、申し訳ないね」
稲生:「いや、いいよ。威吹には今回、お世話になったし」
すぐに発車時間になり、バスが発車した。
当然ながら、現時点で他に稲生達以外に乗客はいない。
〔♪♪♪。毎度、市営バスをご利用くださいまして、ありがとうございます。このバスは作並駅、市営バス白沢車庫前経由、仙台駅前行きです。次は作並温泉元湯、作並温泉元湯でございます〕
冬季になると、バスも先ほどのバス停まで来ず、次のバス停である温泉街の外れが起終点となる。
別に、国道自体は年中通行できるのだが、やはり渓流釣りとしての需要なのだろう。
稲生:「そういえば威吹、笛も吹くんだったな。もう1度聴いてみたいよ」
威吹:「そうか。じゃあ、後で聴かせてあげよう」
威吹が稲生の家に逗留していた頃、毎夕よく笛を吹いていた。
江戸時代の頃からの習慣らしい。
笛を吹いている間は人喰いをしないので、旅人は笛の音が鳴り響いている間のみ、安心して通行できたという。
そして笛の音が止まると同時に、威吹は人喰いを開始した。
もちろん、現代に蘇ってからはそんなことはしていない。
ただ、昔を思い出して吹いていたところ、稲生にすっかり気に入られただけの話だ。
町内会の夏祭りに呼ばれ、御囃子の笛を吹く役を任されたこともある。
威吹:「その前に飯だ。朝は……別に牛タンでなくてもいい」
稲生:「そうだね。着いたら、何か食べよう」
バスは朝日が差し込む国道48号線を東に向かって走行した。
トンネルを出たバスは、そのまましばらく国道48号線の上り線を進んだ。
そして、国道脇のパーキングのような所に入る。
そこにはバス停がポツンと立っていて、そこでバスの前扉が開いた。
威吹:「む?ここで降りろと申すか?」
稲生:「元が仙台市営のバスじゃ、トンネルの向こうへは行けなかったか……」
稲生達はバスを降りた。
威吹:「210円が無駄になったでござるなー」
マリア:「本当に霊界に行くつもりだったのか?」
威吹:「いや、そういうわけでは無いが……」
バスは稲生達を降ろすと、朝日から逃げるように再び国道の下り線に出て走り去って行ってしまった。
マリア:「ていうか、ここ……どこ?」
稲生:「作並深沢山……という名前のバス停ですね。なるほど。ここは折り返し場なんだ」
威吹:「沢の音が聞こえる。どうやら、川が近いようだ」
威吹は尖った耳を澄ました。
今の形態は俗に言うエルフ耳というもので、妖狐の正体である大きな白い狐から人間の姿になるべく近いものに変身した姿である。
もっと人間に近づく姿に変化もできるが、それに伴って妖力も落ちてしまい、奇襲を受けた際に危険ということで、ギリギリなのが今の姿なのである。
もう少し妖力を解放するとエルフ耳ではなく、頭に狐耳が生える(これを稲生は『第2形態』と呼んでいる。今の姿が第1形態)。
威吹:「釣りができるらしいな」
稲生:「そうだね」
マリア:「釣りしてる場合か。早く帰らないと」
稲生:「まあ、そうですね。えーと……始発のバスは……仙台駅前行きが6時23分」
威吹:「そんなものか。じゃあ、待っているとしよう」
威吹は暢気に欠伸をした。
稲生:「凄いな。ここから仙台駅まで乗り換え無しで行けるなんて……。結構遠いのに」
マリア:「どのくらい掛かる?」
稲生:「明らかに1時間以上は掛かりますよ?着く頃には朝ラッシュ真っただ中です」
マリア:「そんなに!?」
稲生:「途中で電車に乗り換え方がいいかどうか……?」
威吹:「一眠りするには、ちょうど良いのでは?ボクならそうする」
稲生:「う、うん。そうだね」
威吹:「あまり早く着いても、牛タンを出す店が開いてないだろう?」
稲生:「た、確かに」
マリア:「食う事ばっかだなー」
マリアは呆れた様子で、バスの折り返し場内にあるトイレに入った。
よく工事現場にあるような仮設トイレで中は和式であったが、マリアは使用可能らしい。
まあ、まだバスが来るまで時間があるから、ゆっくりしていて良いのだが……。
威吹:「む!?」
その時、威吹のエルフ耳がピクッと動いた。
稲生:「なに?」
威吹:「ユタはここでおとなしくしていて」
稲生:「な、何かあるの?」
早朝にも関わらず、国道は長距離トラックなどが往来しているが……。
その向こうの山から道路を渡ってやって来たのは……。
ツキノワグマ:「ウウウ……!」
稲生:「く、く、熊だーっ!」
一匹のツキノワグマがやってきた。
人間よりも獲物になり得る狐の匂いに似ている為か、威吹の方を睨みつけている。
どうやら、狐を狙ってやってきたところ、威吹がいたようだ。
威吹:「はーっ!」
ところが、威吹が先手を取った。
ツキノワグマに飛び膝蹴りを食らわせたのである。
ツキノワグマ:「ブオッ……!」
ツキノワグマは威吹に急所を攻撃されたことでその巨体を倒し、そのまま動かなくなった。
稲生:「殺したの?」
威吹:「いや、まだだ。もっとも、後でシメることにはなるだろうがな」
稲生:「? どういうこと?」
威吹はニッと笑って稲生の質問には答えず、着物の懐から篠笛を取り出した。
そしてそれで何の旋律も奏でず、ただピーッと単音を鳴らした。
篠笛の音が山にこだまする。
威吹:「これでいい。あとは妖狐の里の者が引き取りに来るだろう」
そう言って、意識不明のクマを茂みの中に隠す。
稲生:「里の妖狐さん達が食べる用!?」
威吹:「そういうことだ。まあ、ボクは牛タン食べるけどね」
威吹は得意げに笑った。
その際、口元から人間よりも明らかに鋭い犬歯が覗く。
今はすっかり慣れた稲生だったが、最初はあの牙が怖かったものだ。
吸血鬼の牙は人間の喉笛に食らい付く為のものだが、妖狐のは肉そのものに食らい付く為のものだ。
威吹:「ユタにはいい店を探しといてもらおうかな」
稲生:「そ、それはもちろん。今は便利なツールがあるからね」
稲生はスマホを取り出した。
[同日06:23.天候:晴 作並深沢山バス停→仙台市営バスS840系統車内]
バスはだいぶギリギリになってやってきた。
どうやら、車庫からの折り返し便らしい。
もっとも、ここで降りた乗客はゼロだった。
そりゃそうだろう。
渓流釣りの最寄りというだけで、他には何も無い所なのだから。
何しろ先ほど、熊が出て来たくらいだ。
実際、渓流釣りの看板のすぐ近くに、『熊出没注意』という看板も出ているほどだ。
この時間、ここから乗って来る乗客はよほど珍しいのだろう。
やってきたバスは先ほどの冥鉄バスと違い、今風のノンステップバスである。
運転手が不思議そうな顔で、乗り込んでくる稲生達を見ていたほどだ。
但し、冥鉄と違って、こちらは中扉から乗るタイプであり、ICカードが使える。
乗り込んで、1番後ろの席に座った。
威吹:「着くまで一眠りできそうだな」
稲生:「そうだねぇ……。僕は今のうちに、店探ししておかないと」
威吹:「いや、申し訳ないね」
稲生:「いや、いいよ。威吹には今回、お世話になったし」
すぐに発車時間になり、バスが発車した。
当然ながら、現時点で他に稲生達以外に乗客はいない。
〔♪♪♪。毎度、市営バスをご利用くださいまして、ありがとうございます。このバスは作並駅、市営バス白沢車庫前経由、仙台駅前行きです。次は作並温泉元湯、作並温泉元湯でございます〕
冬季になると、バスも先ほどのバス停まで来ず、次のバス停である温泉街の外れが起終点となる。
別に、国道自体は年中通行できるのだが、やはり渓流釣りとしての需要なのだろう。
稲生:「そういえば威吹、笛も吹くんだったな。もう1度聴いてみたいよ」
威吹:「そうか。じゃあ、後で聴かせてあげよう」
威吹が稲生の家に逗留していた頃、毎夕よく笛を吹いていた。
江戸時代の頃からの習慣らしい。
笛を吹いている間は人喰いをしないので、旅人は笛の音が鳴り響いている間のみ、安心して通行できたという。
そして笛の音が止まると同時に、威吹は人喰いを開始した。
もちろん、現代に蘇ってからはそんなことはしていない。
ただ、昔を思い出して吹いていたところ、稲生にすっかり気に入られただけの話だ。
町内会の夏祭りに呼ばれ、御囃子の笛を吹く役を任されたこともある。
威吹:「その前に飯だ。朝は……別に牛タンでなくてもいい」
稲生:「そうだね。着いたら、何か食べよう」
バスは朝日が差し込む国道48号線を東に向かって走行した。