報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「終着駅」

2015-11-19 19:59:26 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[9月26日05:11.天候:曇 快速“ムーンライト信州”81号1号車内 稲生勇太]

〔「まもなく信濃大町、信濃大町です。お出口は、左側です。信濃大町を出ますと、次は神城に止まります。通過する各駅をご利用のお客様、今度の普通列車、南小谷(みなみおたり)行きは、1番線から6時11分の発車です」〕

「ん……」
 稲生はここで目が覚めた。
 もう既に車内は明るいが、閉めたカーテンからは朝日が差し込んでくることはなかった。
 因みに常連客の必須アイテムとして、空気枕と耳栓、アイマスクは忘れていない。
 稲生はカーテンを開けて、外の様子を見た。
 昨夜と打って変わって、列車は長閑な田舎町を走行している。
 大きく伸びをしたりしているうちに、列車は信濃大町駅のホームに入線した。

〔「信濃大町です。当駅で2分ほど停車致します。発車は5時13分です。発車まで少々お待ちください」〕

「フム」
 稲生は何を思い立ったか、席を立つと、ホームに降り立った。
 自動販売機に向かう為だ。

 
(信濃大町駅に停車中の“ムーンライト信州”81号。隣の115系は現在は運用されておらず、E127系に置き換わっている)

 列車を下りて、取りあえず目覚めに冷たい缶コーヒーを買う。
 長野まで来ると、さすがに秋だと思うほど涼しく感じた。
(何も起こらなかったな、そういえば……)
 飲み物を買って車内に戻り、自分の席に座り直す。
(あれ?そういえば……)
 稲生が車内を見渡すと、所々空席がある。
 それはいい。
 先ほど、稲生とは別に、改札口に向かって歩いて行く乗客達の姿があった。
 その前の駅でも、下車客はいただろう。
 あとは終点に向かって走るだけだし、終点まで全車指定席なので、途中から乗って来る乗客もなかなかいまい。
 稲生が首を傾げたのは、新宿駅発車の時点で満席だったはずなのに、稲生の隣には誰も座ってこなかったことである。
 立川、八王子まで待ってみたところ、確かに他の席がそれらから乗って来た乗客達で埋まった。
 しかし、稲生の隣の席だけが埋まらずじまいだったようである。
 八王子を出た後、車内は消灯してしまったため(もちろん最低限の常夜灯は点灯しており、夜行バスの夜間走行中よりは明るい)、稲生は就寝態勢に入り、結局分からない状態だった。

 コーヒーを飲んでいるうちに、列車は再び走り出した。

〔「次は神城、神城です」〕

(あ、そうか。調整席に当たったのかもしれない)
 と、ユタは思った。
 調整席とは、ダブルブッキングなどがあった場合に備えて、わざと空けておく指定席のことである。
 例えば、今は指定席券売機で指定席の指名買いができる。
 1ヶ月前にも関わらず、既に何個かの席が埋まっていることに不思議さを感じたことのある人はいるだろう。
 1ヶ月前の10時の時点で、明らかに空いている列車の場合、それが調整席である可能性がある。
 特に“ムーンライト信州”は臨時列車であるため、指定席券売機での購入ができない。
 だから乗客が前もって、どこが調整席なのかが分からないようになっている。
 尚、身障者対応席は最初から調整席扱いで、健常者が真っ先に買えないようにブロックされていることが多い。
 因みにこの対応は列車だけでなく、高速バスでも行われていることがある。
 高速バスでは独立3列シート車の場合、1B席がそうなっている可能性がある。
(じゃあ、ラッキーだったんだな)
 ユタは安心して窓の外に目をやった。
 尚、機先を制したつもりになって、その職業関係者でもないのに、『調整席』なんて言葉を使って乗務員に求めてみても、断れる恐れがある。
 素人は素人らしく、普通に空席が無いか交渉してみよう。
 分かったかい?駅で折伏という名の勧誘をしている鉄ヲタ顕正会員どもよ?

[同日05:40.天候:曇 JR白馬駅 稲生勇太]

「……さん、お客さん!」
「……ん……? はッ!?」
「終点ですよ」
 車掌に起こされた稲生だった。
「しまった!2度寝した!」
 ドブに捨てたも同然の缶コーヒー130円であった。
「慌てなくて結構ですから」
 車掌は苦笑いにも似た笑みを浮かべた。
「ははは……どうも、すいません」
 稲生もまた、ばつの悪い笑みを浮かべた。
「それにしても、僕の席、調整席ってヤツだったんですか?ずっと空いてましたね」
 稲生は荷棚から荷物を下ろしながら車掌に話し掛けた。
 ほとんどこの状況を誤魔化すような感じだ。
「あ、いえ、埋まってたんですがね。八王子から乗ることになっていたんですが……」
「えっ?」
「白馬駅までね。ま、たまにキャンセルもしないでお乗りにならない方もいらっしゃいますから……」
「ふーん……勿体ない」
 稲生は素直にそう思った。
「お忘れ物は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
 稲生はキャリーバッグを手に、列車を降りたのだった。
 既に側面の行き先表示は、『回送』となっていた。
 ついでにヘッドマークも『ムーンライト信州』から『回送』になっているか見たかったのだが、乗り鉄のくせに寝過ごすというばつの悪い状況から逃げ出したかったので、そのまま改札口へ向かったのだった。

 駅前広場に移動すると、迎えの車が待っていた。
 稲生用に用意された車は、小型タクシーでよく使われるトヨタ・コンフォート。
 但し、その中でも1番良いグレードのものだ。
 ワックスの効いた、黒塗りの車から降りてきた寡黙な運転手がユタの荷物を受け取ってトランクに乗せてくれた。
「じゃあ、お願いします」
「出発します」
 寡黙ではあるが、必要なことは喋る。
 車も運転手も、イリーナの魔法で作り出したもの。
 のほほんとしたイリーナであるが、やはり上下の師弟関係については拘る所がるのだろう。
 稲生にあっては地方の小型タクシーと同じ車種、マリアにあってはロンドンタクシーや国産だと中型タクシー(首都圏のタクシー)と同等の車種、イリーナだとベンツやキャデラックだったりする。
 大師匠を出迎える際は、車は使わない。
 そもそも、大師匠自体が車で移動しないからだ。
「マリアさんはお元気ですか?」
 稲生が運転手に話し掛けると、
「私はマリアンナ様の言い付けでお迎えに参ったのです」
 と、答えた。
 つまり、稲生を迎えに寄越せるくらいだから元気だということだ。
「イリーナ先生はいらっしゃいますか?」
「はい」
「そうですか……」
 稲生はそれだけ確認すると、背もたれに背中を付けた。

 体の弱いマリアンナの具合は良く、イリーナも来ているのであれば、新聞のことについて聞くことができるだろう。
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“大魔道師の弟子” 「魔道師達の夜」

2015-11-19 00:21:16 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[9月25日22:40.天候:曇 長野県北部某所 マリア邸 マリアンナ・スカーレット&イリーナ・レヴィア・ブリジッド]

「東京は雨か……」
 西洋式のレトロな電話の受話器を置くマリア。
 稲生との通話を終えたところである。
(まあ、雨くらい、どうってことないか……)
 マリアは自室の窓から外を見た。
 雨は降っていないが、曇っているのか、星も月も見えない。
 ここは晴れていれば、満天の星空が見えるところである為、見えないことがイコール曇天であることが分かるわけだ。
 その時、エントランスに人影があった。
 マリアは、すぐにそれが誰か分かった。
 人間形態のマリアの人形で、メイドを務めるダニエラが応対したようだ。
 そして、その来訪者がすぐにやってきた。
「師匠……」
「ああ、マリア……」
「お疲れ様です。この度は非常に残念な結果に……」
 マリアがさすがに神妙な顔で言おうとしたが、イリーナは小さく笑った。
「まあ……しょうがないわよ。“魔の者”は、私達がガチで向き合えば勝てる相手よ。だけど……マリアも分かるでしょう?ヤツらは絶対に、真っ向勝負を挑んでこない。必ず、隙を突いて襲ってくる。アタシも1度それにやられたわけだしね。偉そうなことは言えないのよ。きっとヤツらはチョーシに乗って、他の魔道師も狙ってくる。そしてそれは、またアタシ達かもしれない。いい?絶対油断しちゃダメよ」
「分かりました」
「それじゃ……さすがのアタシも疲れたから、先に休ませてもらうね」
「はい。……あの、師匠」
「なに?何かあったら、起こしてくれて構わないわ。いざとなったら、アタシも本気で……」
「そうじゃなくて……。休まれる前に、よく顔を洗った方がいいと思います」
「?」
「目が赤いですよ。あと、涙の跡も……」
「!」
 イリーナは弟子の指摘に、思わず手で顔を覆った。
「別に、いいと思いますよ。1000年以上も生きて、何もかも知りつくした大魔道師が、泣いちゃダメって教えは無いはずなんで……」
「……おやすみ……!」
 イリーナは多少不機嫌な顔になって、マリアの部屋を出て行った。
(別に、今さら師匠が旧友の為に泣いたって、私はナメたりしないんだけどな……)

[同日23:30.マリア邸2F・ゲストルーム イリーナ]

 イリーナは部屋に備え付けのシャワーを軽く浴びると、早々にベッドに潜り込んだ。
(1000年以上も生きていれば、涙なんてもう枯れてると思ったのに……)
 クレアは他門から移籍してきた魔道師だった。
 当時まだダンテ一門は、ダンテ直属の弟子だけでしか構成されておらず、ごく少数の門流であった。
 イリーナが修行を逃げ出して、世界を放浪していた時に知り合った。
 意気投合して旅を続けるうちに、クレアもまた師匠を失った見習であったことが分かった。
 紆余曲折あったが、イリーナがダンテの所に戻ろうと思ったのも、クレアの影響が大きい。
 イリーナの復帰とクレアの移籍。
 互いに切磋琢磨して、クレアが先に免許皆伝になり、その後でイリーナも免許皆伝となった。
 その後も、ずっと交流が続いていた。
 今日の昼頃までは……。
 何か、大変な敵と交戦中というところまでは分かっていた。
 だがクレアの実力をよく知るイリーナは、どんな敵が相手でも勝てるという確信があった為、駆け付けることはしなかった。
 別に、クレア本人からも要請が無かったからである。
 しかし、戦闘終了の知らせが無く、訝しく思っていた頃、ドイツにいた他門の魔道師からやっと聞かされ、現場に駆け付けたイリーナが見たものは……変わり果てた旧友の遺体だった。
「ううう……クレア……!どうして……」
 弟子の前では気丈に振る舞っていたイリーナだったが、涙が枯れることはなかったようである。

[同日23:54.天候:雨 JR中央本線・臨時快速“ムーンライト信州”81号1号車内 稲生勇太]

 アルカディア・タイムス日本語版を読み耽っているうちに、列車は新宿駅をゆっくり出発した。
 ポイントの通過で、やや車体が大きく揺れ、車輪の軋む音が聞こえる。

〔♪♪(鉄道唱歌オルゴール)♪♪。「お待たせ致しました。本日もJR東日本をご利用頂きまして、ありがとうございます。中央本線、大糸線回りの臨時快速“ムーンライト信州”81号、白馬行きでございます。次の停車駅は、立川です。【中略】信濃大町には5時11分、神城には5時34分、終点白馬には5時40分、明朝5時40分の到着です。……」〕

 車内放送では他に、電車は6両編成で先頭車が1号車、最後尾が6号車だとか、全車指定席で指定席券が無いと乗れないが、あいにくと座席は満席であるとか、トイレと洗面所は各車両にあるが、旧型車両の為に身障者対応トイレは無いだとか、まあ長距離列車ならではの放送をしていた。
 とにかく、満席ということは、今はまだ稲生の隣の席は空席だが、途中から乗ってくるということである。
 それは立川かもしれないし、八王子かもしれない。
 それなら今のうちに洗顔と歯磨きをしておこうと思った。
 幸い、車掌は複数乗っており、車内放送が流れている間にも、検札(車内改札)が行われていたからである。
 稲生の乗車券、指定席券にも青いスタンプが押された。
 それが終わって、デッキの洗面台に向かった。
 かつて特急“あさま”号として運転されていた頃はグリーン車が連結されており、そこの水回りはリニューアルされたそうだが、普通車は手が付けられなかったようで、トイレは和式、洗面台も水とお湯の蛇口が分かれた手動レバー式のものだった。
 もっとも、それでも使いこなすところが、いかにも鉄オタってところか……。
 列車は雨に打たれながら、進路を西に進めていた。

[9月26日00:15.天候:曇 マリア邸2F・マリアの私室 マリアンナ・スカーレット]

〔「うむ……私だ。どうかしたのかね?」〕
 水晶球に映るのはダンテ一門の大師範。
 マリア達のような孫弟子達からは『大師匠』と呼ばれている。
「大師匠様、お忙しいところ、お手数掛けます」
 マリアは水晶球に向かって、一礼した。
「実は“魔の者”のことで、心配なことがありまして……」
〔「心配なこと?何かね?」〕
「実は今、東京から列車で稲生勇太が夜通し、こちらへ向かって来ております。単独なので、“魔の者”に狙われないかと心配なんです」
〔「ふむ。稲生君の乗っている列車は何と言う名前かね?」〕
「それは……」
 マリアから稲生の列車のことについて聞いたダンテは大きく頷いた。
〔「なるほど。その列車なら心配無いよ」〕
「えっ?」
〔「うむ。その理由なんだがね……」〕
 ダンテは孫弟子を安心させるように説明した。
「そ、そうでしたか……」
 説明を聞いた後、ホッとするマリアの姿があった。
〔「もう夜も遅い。あとの事はボク達に任せて、キミも早く休むといい」〕
「ありがとうございました。おやすみなさい」
 マリアは交信を切った。
「そうかぁ……心配無いか。ミカエラ、お風呂の用意はできてる?」
 マリアは後ろに控える人形の1つに言った。
 人形形態のミク人形、ミカエラはコクコクと頷いた。
「そうか。じゃあ、私も入って寝るかな」
 マリアの部屋にはバスルームが無いので、入りに行く必要がある。
 着替えなどを持って、自室を出た。

 相変わらず外は曇っていたが、雨が降る事は無さそうだった。
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