[9月25日22:40.天候:曇 長野県北部某所 マリア邸 マリアンナ・スカーレット&イリーナ・レヴィア・ブリジッド]
「東京は雨か……」
西洋式のレトロな電話の受話器を置くマリア。
稲生との通話を終えたところである。
(まあ、雨くらい、どうってことないか……)
マリアは自室の窓から外を見た。
雨は降っていないが、曇っているのか、星も月も見えない。
ここは晴れていれば、満天の星空が見えるところである為、見えないことがイコール曇天であることが分かるわけだ。
その時、エントランスに人影があった。
マリアは、すぐにそれが誰か分かった。
人間形態のマリアの人形で、メイドを務めるダニエラが応対したようだ。
そして、その来訪者がすぐにやってきた。
「師匠……」
「ああ、マリア……」
「お疲れ様です。この度は非常に残念な結果に……」
マリアがさすがに神妙な顔で言おうとしたが、イリーナは小さく笑った。
「まあ……しょうがないわよ。“魔の者”は、私達がガチで向き合えば勝てる相手よ。だけど……マリアも分かるでしょう?ヤツらは絶対に、真っ向勝負を挑んでこない。必ず、隙を突いて襲ってくる。アタシも1度それにやられたわけだしね。偉そうなことは言えないのよ。きっとヤツらはチョーシに乗って、他の魔道師も狙ってくる。そしてそれは、またアタシ達かもしれない。いい?絶対油断しちゃダメよ」
「分かりました」
「それじゃ……さすがのアタシも疲れたから、先に休ませてもらうね」
「はい。……あの、師匠」
「なに?何かあったら、起こしてくれて構わないわ。いざとなったら、アタシも本気で……」
「そうじゃなくて……。休まれる前に、よく顔を洗った方がいいと思います」
「?」
「目が赤いですよ。あと、涙の跡も……」
「!」
イリーナは弟子の指摘に、思わず手で顔を覆った。
「別に、いいと思いますよ。1000年以上も生きて、何もかも知りつくした大魔道師が、泣いちゃダメって教えは無いはずなんで……」
「……おやすみ……!」
イリーナは多少不機嫌な顔になって、マリアの部屋を出て行った。
(別に、今さら師匠が旧友の為に泣いたって、私はナメたりしないんだけどな……)
[同日23:30.マリア邸2F・ゲストルーム イリーナ]
イリーナは部屋に備え付けのシャワーを軽く浴びると、早々にベッドに潜り込んだ。
(1000年以上も生きていれば、涙なんてもう枯れてると思ったのに……)
クレアは他門から移籍してきた魔道師だった。
当時まだダンテ一門は、ダンテ直属の弟子だけでしか構成されておらず、ごく少数の門流であった。
イリーナが修行を逃げ出して、世界を放浪していた時に知り合った。
意気投合して旅を続けるうちに、クレアもまた師匠を失った見習であったことが分かった。
紆余曲折あったが、イリーナがダンテの所に戻ろうと思ったのも、クレアの影響が大きい。
イリーナの復帰とクレアの移籍。
互いに切磋琢磨して、クレアが先に免許皆伝になり、その後でイリーナも免許皆伝となった。
その後も、ずっと交流が続いていた。
今日の昼頃までは……。
何か、大変な敵と交戦中というところまでは分かっていた。
だがクレアの実力をよく知るイリーナは、どんな敵が相手でも勝てるという確信があった為、駆け付けることはしなかった。
別に、クレア本人からも要請が無かったからである。
しかし、戦闘終了の知らせが無く、訝しく思っていた頃、ドイツにいた他門の魔道師からやっと聞かされ、現場に駆け付けたイリーナが見たものは……変わり果てた旧友の遺体だった。
「ううう……クレア……!どうして……」
弟子の前では気丈に振る舞っていたイリーナだったが、涙が枯れることはなかったようである。
[同日23:54.天候:雨 JR中央本線・臨時快速“ムーンライト信州”81号1号車内 稲生勇太]
アルカディア・タイムス日本語版を読み耽っているうちに、列車は新宿駅をゆっくり出発した。
ポイントの通過で、やや車体が大きく揺れ、車輪の軋む音が聞こえる。
〔♪♪(鉄道唱歌オルゴール)♪♪。「お待たせ致しました。本日もJR東日本をご利用頂きまして、ありがとうございます。中央本線、大糸線回りの臨時快速“ムーンライト信州”81号、白馬行きでございます。次の停車駅は、立川です。【中略】信濃大町には5時11分、神城には5時34分、終点白馬には5時40分、明朝5時40分の到着です。……」〕
車内放送では他に、電車は6両編成で先頭車が1号車、最後尾が6号車だとか、全車指定席で指定席券が無いと乗れないが、あいにくと座席は満席であるとか、トイレと洗面所は各車両にあるが、旧型車両の為に身障者対応トイレは無いだとか、まあ長距離列車ならではの放送をしていた。
とにかく、満席ということは、今はまだ稲生の隣の席は空席だが、途中から乗ってくるということである。
それは立川かもしれないし、八王子かもしれない。
それなら今のうちに洗顔と歯磨きをしておこうと思った。
幸い、車掌は複数乗っており、車内放送が流れている間にも、検札(車内改札)が行われていたからである。
稲生の乗車券、指定席券にも青いスタンプが押された。
それが終わって、デッキの洗面台に向かった。
かつて特急“あさま”号として運転されていた頃はグリーン車が連結されており、そこの水回りはリニューアルされたそうだが、普通車は手が付けられなかったようで、トイレは和式、洗面台も水とお湯の蛇口が分かれた手動レバー式のものだった。
もっとも、それでも使いこなすところが、いかにも鉄オタってところか……。
列車は雨に打たれながら、進路を西に進めていた。
[9月26日00:15.天候:曇 マリア邸2F・マリアの私室 マリアンナ・スカーレット]
〔「うむ……私だ。どうかしたのかね?」〕
水晶球に映るのはダンテ一門の大師範。
マリア達のような孫弟子達からは『大師匠』と呼ばれている。
「大師匠様、お忙しいところ、お手数掛けます」
マリアは水晶球に向かって、一礼した。
「実は“魔の者”のことで、心配なことがありまして……」
〔「心配なこと?何かね?」〕
「実は今、東京から列車で稲生勇太が夜通し、こちらへ向かって来ております。単独なので、“魔の者”に狙われないかと心配なんです」
〔「ふむ。稲生君の乗っている列車は何と言う名前かね?」〕
「それは……」
マリアから稲生の列車のことについて聞いたダンテは大きく頷いた。
〔「なるほど。その列車なら心配無いよ」〕
「えっ?」
〔「うむ。その理由なんだがね……」〕
ダンテは孫弟子を安心させるように説明した。
「そ、そうでしたか……」
説明を聞いた後、ホッとするマリアの姿があった。
〔「もう夜も遅い。あとの事はボク達に任せて、キミも早く休むといい」〕
「ありがとうございました。おやすみなさい」
マリアは交信を切った。
「そうかぁ……心配無いか。ミカエラ、お風呂の用意はできてる?」
マリアは後ろに控える人形の1つに言った。
人形形態のミク人形、ミカエラはコクコクと頷いた。
「そうか。じゃあ、私も入って寝るかな」
マリアの部屋にはバスルームが無いので、入りに行く必要がある。
着替えなどを持って、自室を出た。
相変わらず外は曇っていたが、雨が降る事は無さそうだった。
「東京は雨か……」
西洋式のレトロな電話の受話器を置くマリア。
稲生との通話を終えたところである。
(まあ、雨くらい、どうってことないか……)
マリアは自室の窓から外を見た。
雨は降っていないが、曇っているのか、星も月も見えない。
ここは晴れていれば、満天の星空が見えるところである為、見えないことがイコール曇天であることが分かるわけだ。
その時、エントランスに人影があった。
マリアは、すぐにそれが誰か分かった。
人間形態のマリアの人形で、メイドを務めるダニエラが応対したようだ。
そして、その来訪者がすぐにやってきた。
「師匠……」
「ああ、マリア……」
「お疲れ様です。この度は非常に残念な結果に……」
マリアがさすがに神妙な顔で言おうとしたが、イリーナは小さく笑った。
「まあ……しょうがないわよ。“魔の者”は、私達がガチで向き合えば勝てる相手よ。だけど……マリアも分かるでしょう?ヤツらは絶対に、真っ向勝負を挑んでこない。必ず、隙を突いて襲ってくる。アタシも1度それにやられたわけだしね。偉そうなことは言えないのよ。きっとヤツらはチョーシに乗って、他の魔道師も狙ってくる。そしてそれは、またアタシ達かもしれない。いい?絶対油断しちゃダメよ」
「分かりました」
「それじゃ……さすがのアタシも疲れたから、先に休ませてもらうね」
「はい。……あの、師匠」
「なに?何かあったら、起こしてくれて構わないわ。いざとなったら、アタシも本気で……」
「そうじゃなくて……。休まれる前に、よく顔を洗った方がいいと思います」
「?」
「目が赤いですよ。あと、涙の跡も……」
「!」
イリーナは弟子の指摘に、思わず手で顔を覆った。
「別に、いいと思いますよ。1000年以上も生きて、何もかも知りつくした大魔道師が、泣いちゃダメって教えは無いはずなんで……」
「……おやすみ……!」
イリーナは多少不機嫌な顔になって、マリアの部屋を出て行った。
(別に、今さら師匠が旧友の為に泣いたって、私はナメたりしないんだけどな……)
[同日23:30.マリア邸2F・ゲストルーム イリーナ]
イリーナは部屋に備え付けのシャワーを軽く浴びると、早々にベッドに潜り込んだ。
(1000年以上も生きていれば、涙なんてもう枯れてると思ったのに……)
クレアは他門から移籍してきた魔道師だった。
当時まだダンテ一門は、ダンテ直属の弟子だけでしか構成されておらず、ごく少数の門流であった。
イリーナが修行を逃げ出して、世界を放浪していた時に知り合った。
意気投合して旅を続けるうちに、クレアもまた師匠を失った見習であったことが分かった。
紆余曲折あったが、イリーナがダンテの所に戻ろうと思ったのも、クレアの影響が大きい。
イリーナの復帰とクレアの移籍。
互いに切磋琢磨して、クレアが先に免許皆伝になり、その後でイリーナも免許皆伝となった。
その後も、ずっと交流が続いていた。
今日の昼頃までは……。
何か、大変な敵と交戦中というところまでは分かっていた。
だがクレアの実力をよく知るイリーナは、どんな敵が相手でも勝てるという確信があった為、駆け付けることはしなかった。
別に、クレア本人からも要請が無かったからである。
しかし、戦闘終了の知らせが無く、訝しく思っていた頃、ドイツにいた他門の魔道師からやっと聞かされ、現場に駆け付けたイリーナが見たものは……変わり果てた旧友の遺体だった。
「ううう……クレア……!どうして……」
弟子の前では気丈に振る舞っていたイリーナだったが、涙が枯れることはなかったようである。
[同日23:54.天候:雨 JR中央本線・臨時快速“ムーンライト信州”81号1号車内 稲生勇太]
アルカディア・タイムス日本語版を読み耽っているうちに、列車は新宿駅をゆっくり出発した。
ポイントの通過で、やや車体が大きく揺れ、車輪の軋む音が聞こえる。
〔♪♪(鉄道唱歌オルゴール)♪♪。「お待たせ致しました。本日もJR東日本をご利用頂きまして、ありがとうございます。中央本線、大糸線回りの臨時快速“ムーンライト信州”81号、白馬行きでございます。次の停車駅は、立川です。【中略】信濃大町には5時11分、神城には5時34分、終点白馬には5時40分、明朝5時40分の到着です。……」〕
車内放送では他に、電車は6両編成で先頭車が1号車、最後尾が6号車だとか、全車指定席で指定席券が無いと乗れないが、あいにくと座席は満席であるとか、トイレと洗面所は各車両にあるが、旧型車両の為に身障者対応トイレは無いだとか、まあ長距離列車ならではの放送をしていた。
とにかく、満席ということは、今はまだ稲生の隣の席は空席だが、途中から乗ってくるということである。
それは立川かもしれないし、八王子かもしれない。
それなら今のうちに洗顔と歯磨きをしておこうと思った。
幸い、車掌は複数乗っており、車内放送が流れている間にも、検札(車内改札)が行われていたからである。
稲生の乗車券、指定席券にも青いスタンプが押された。
それが終わって、デッキの洗面台に向かった。
かつて特急“あさま”号として運転されていた頃はグリーン車が連結されており、そこの水回りはリニューアルされたそうだが、普通車は手が付けられなかったようで、トイレは和式、洗面台も水とお湯の蛇口が分かれた手動レバー式のものだった。
もっとも、それでも使いこなすところが、いかにも鉄オタってところか……。
列車は雨に打たれながら、進路を西に進めていた。
[9月26日00:15.天候:曇 マリア邸2F・マリアの私室 マリアンナ・スカーレット]
〔「うむ……私だ。どうかしたのかね?」〕
水晶球に映るのはダンテ一門の大師範。
マリア達のような孫弟子達からは『大師匠』と呼ばれている。
「大師匠様、お忙しいところ、お手数掛けます」
マリアは水晶球に向かって、一礼した。
「実は“魔の者”のことで、心配なことがありまして……」
〔「心配なこと?何かね?」〕
「実は今、東京から列車で稲生勇太が夜通し、こちらへ向かって来ております。単独なので、“魔の者”に狙われないかと心配なんです」
〔「ふむ。稲生君の乗っている列車は何と言う名前かね?」〕
「それは……」
マリアから稲生の列車のことについて聞いたダンテは大きく頷いた。
〔「なるほど。その列車なら心配無いよ」〕
「えっ?」
〔「うむ。その理由なんだがね……」〕
ダンテは孫弟子を安心させるように説明した。
「そ、そうでしたか……」
説明を聞いた後、ホッとするマリアの姿があった。
〔「もう夜も遅い。あとの事はボク達に任せて、キミも早く休むといい」〕
「ありがとうございました。おやすみなさい」
マリアは交信を切った。
「そうかぁ……心配無いか。ミカエラ、お風呂の用意はできてる?」
マリアは後ろに控える人形の1つに言った。
人形形態のミク人形、ミカエラはコクコクと頷いた。
「そうか。じゃあ、私も入って寝るかな」
マリアの部屋にはバスルームが無いので、入りに行く必要がある。
着替えなどを持って、自室を出た。
相変わらず外は曇っていたが、雨が降る事は無さそうだった。
多分、しばらくは新型車両で運転されることはないだろう。