くまぐー日記

くまさんの電脳室リポート

充電コードの忘れ物と林先生と久しぶりのトーク、、。

2023年01月25日 | diary
◾️昨日帰宅して今日の1時にイオンのcafe大家族で会う約束をした。iPadの充電コードをゲアンに忘れてきたようだ。慌てた。何もできない。タイン君に送ってもらうように頼んだがなければ勉強できないのでセルラフォン店で購入しようと思い、朝でかけたがまだ閉店していたのでインドシナプラザのATM、さらにCITIBANKの支店ATMでお金を下ろして帰宅。1時前にcafe大家族にいくと臨時閉店。店前のテーブルで林さんを待って2人で僕の家に行く。お土産のバインミーを2人で分けて食べて色々積もる話を、、、。
 林さんもかってVSLで勉強していた時は同じフオン婆さんの家に住んでいた事を知った。当時僕がいた部屋には安倍首相の女性通訳が勉強していたと言う話は興味深かった。
 偏差値の話で、林さんの学校上司に平均点を70点にしろと言われた話を聞いた。彼は自分の評価基準を変えろと言われたように感じたようだが、それは誤った偏差値観であって学校経営の観点から20点下駄を履かせようとする方針に誤りがあるわけではない。偏差値は個々に異なる先生の評価基準を標準化するもので学生の評価を標準化するものではない。世間に流布する誤った偏差値観はこれを逆に誤解していて、創造性を育む教育を阻害する原因のように言うが標準化の対象は先生のばらついた評価基準であって本末転倒している。教育の歪みは教師側に原因があり、それを”偏差値”のせいにされては甚だ迷惑である。人は工業製品とは違う、と言って納得する人がいることが僕には理解できない。人と製品が違うのは当たり前、しかし評価は同じでしょう。林先生の上司の指示は試験をもっと易しいものにしなさい、偏差値は採用しませんと言ったに過ぎない。先生の評価基準の変更を迫るものではない。先生が自分の評価基準を偏差値と履き違えていたことが誤りなのだ。日本の小学校の5段階評価の基準が統一できないのもベトナムの教育者上司の考えも同根。偏差値を知る人も知らない人も偏差値を嫌う。これが評価の現実。偏差値を極める人がいない。評価は教師1人の独権ではなく民主的に全員が全員の評価をすれば誰も文句がないはず。かかる評価基準が僕の「みんなの偏差値」。これを広めたい。



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ゲアン訪問最終日

2023年01月23日 | diary
■朝タイン君に明日ここからハノイに帰りたい旨伝えてバス時間を調べてもらったら7時のハノイ行きがあるという。食後、お祖父さんの甥に当たる家だとかいうところでいつもの様に飲み食いが始まる。今日は焼酎でなくビールにするが100%と言われて飲み干すのでこっちも結構きつい。話が通じないと余計に飲み食いするようになり満腹になる。一段落して女性の多い席に着いた。17歳の可愛い子が興味を持ってくれて話してくれたこともあって分からないにせよ話が弾んでいい勉強になる。やはり話は女性の方が断然盛り上がる。
そして又お年玉をもらう事になった。近くにいたその人の子供に渡したり、賭け好きのおじさんに1万dを渡すと喜ばれた。もらったお年玉はこういう風に処理すれば良いことが解った。そろそろ帰って寝たらどうかと言われてちょっと過保護じゃないかなと思ったが言われるままに帰ってブログを書き始めると眠たくなってきて寝ていた。夕刻に起き上がった時1人の青年が訪ねて来たが家には僕1人しかいないと思っていたので彼はすぐに帰って行った。ところが直後、部屋からタイン君が出て来た。彼も寝ていたのだ。すると近くの親戚のー人が誘いに来て僕達2人は又親戚の家に行って飲んで食って、、、。
どこにも見たような顔がいるし、家の造りも料理も同じなのでどの家に行っているのか見当もつかないありさま。3 ~40人が4 ~5テーブルで飲み食いしている。最後なので各テーブルを廻って挨拶した。ゲアンの会話は普通のベトナム人もわからないからハノイの路上会話さえ分からん僕にとってはちんぷんかんなのだけど僕の話すベトナム語は別の人が繰り返してくれてわかるようなのだ。必ず、「楽しいか?」と聞かれる。来年も来てねと言われる。ただ食べてお酒を飲み干して握手して、たまにお年玉をもらって、、、の繰り返しだけなのだが、、、。今日一つ気づいた事がある。ただ1人を除いて僕の他にメガネをかけた人を見なかった。眼が良いのだ。そしてカラオケもあまりないようだ。美人が多い気もする。僕を若いと感心してくれることからもベトナムの年寄りは老けるのが早いのかも。
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ベトナムのお年玉(旧暦元旦)

2023年01月23日 | diary
■旧正月元旦前夜は家の前で花火をしたり、テレビでカウントダウンをしていたり…。元日はタイン君が皆にお年玉10万dをくばり出したので、僕も夫婦と両親に 20万dカンチャンに10万dニューニュに5万d渡したらお父さんから20万d. お毌さんから10万dお年玉が戻って来て、カンチャンから1万dそしてニユーニュから7千d渡されたので笑ってしまった。続々と集まった親類の人にタイン君は2万d(50万dではなかったと思う)を全員に渡していた。親戚の人の中には1万dを全員に渡したおばさんがいた。もらった男衆はさっそく紙幣番号の賭博を始めていた。「賭け」初めだ。僕はもらってもそのまま返すのは変なので準備もしてないことだし、もらっておくことにした。その子供達がいる時は、子供達にあげた。皆特に封筒に入れず現金を直接渡していて他人には二万dが相場のようだ。
 3軒目だったろうか、築3年という2階建新居に招かれた時になかなか良かったので2階も見せてもらって建築費を聞いた。205 m2で700tru(350万)と聞いて驚いた。日本だったら2千万円ぐらいは..と思えたからだ。
 帰宅後、寝ていてくれと言われたので午後は家に奥さんと2人でいたのだが、何家族か訪ねて来たので彼達と話さなければいけないのだが全くここのベトナム語は聞きとれない。話せないのが気づまりで情ない。たまに、よく話しかけてくれる人がいてその時は、.なごやかに話せるのだが...。

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ベトナムの家族

2023年01月21日 | diary
■朝はバインチュンを食べて近くの親戚の家でコーヒーを飲んだ。タイン君の一番近いいとこの家だ。タイン君のお爺ちゃんには8人の子供がありこの辺りに広大な農地があって8 家族が住んでいる。だから一家族の村といって良い。家族4人としても32人だから長男の家でテトに集まる人が30~40人になる。ベレナムでは従兄弟同士の結婚はできないので日本より厳しいのはこういう理由かも知れない。テトに集まるのは父方の家族だから奥さんの家族はどうなんだろうとタイン君に聞いてみると、ニャチャン大で知り合ったというから全く違う土地の人かと思ったが、近くの村らしい。因みに一人の妹さんはどうかと聞いてみると、旦那の実家は15分程離れているとのこと。ベトナム人の外国人好きの性格と関係あるかも知れない。
 なんといってもベトナム社会の活力は子供の多さだ。どこに集まっていても半分は子供。つまり今後20 ~30年間この人口構成は変わらないということ。3歳のニュウニュがiPhoneをいじくっているのをみるにつけても日本と比較しない訳にはいかない。少なくとも.彼女はiPhone入力には4桁暗証番号が必要だということは知っているはずだからだ。20年後の世界はITリテラシー人口が国力を決めるのではないかと思う。
 午后は奥さんの実家を訪問して昼ご飯。お爺さんには5人の息子と4人の娘がいて長男さんが迎えてくれた。5人の兄弟と娘達の夫である義理の兄弟が集まるとこれで1テーブル満席となり、彼らの家族や女性達で2テーブルが埋まり子供達があちこちにいて3. 40人ぐらいの集団となる。兄弟達にも色々あるようで、話の内容は解らないが一人メガネのむっつり無口の男がいて、酒が入ると人格が変わったように口論始める。ちょっと近より難い雰囲気になり長男さんがなかなか穏便にとりなすのを見て流石と思いつつ何処も同じだなあと考えていた。僕の経験からこういう集団ではこの様な1人の問題児の扱いがキモになる。この異端がいることで危機時に団結力が増し迅速な決定を出すことが出来るのだ。もし同質な協調的集団であれば危機時に判断が分かれて分裂する危険が増すが、異端がいれば他に多少の異論があったとしても反異端として結束する可能性が高まるからだ。そういう意味でこういうやっかい者は人身御供の様な存在であり貴重なのだ。
 夕方にはお婆さん方のお宅でまた別の晩餐会というか、、、。ここには僕より年上らしいお婆ちゃんがいた。言葉もよく解らず、話す話題にも事欠く状況で声がけしてくれる安心感のある年寄りの配慮はさすがだ。いい歳をして僕としてもそれ位のカンロクをつけたいものだと思う。
 夜帰宅してカンチャンに日本語を教える。発音とひらがなを全て投了。すごい。1日で日本語を覚えたと言っていい!!!。
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ゲアンめっちゃ寒ぅ!

2023年01月20日 | diary
 ■ゲアンの寒さは今年は特別らしいが、外出着のまま、さらに布団をかけて寝ないといけない程なのでたまらない。昨晩は薄着でしっかり布団にくるまって寝る方が保温が良くて暖かい事に気づいた。食事はいつもの豚肉の揚げ物に野菜。昨日は広間にシートを敷き車座で皆でお皿を突っつく形だったが今朝は外のテラスの机を囲んでのラーメン。ニューニュとターン君のバイク3人乗りで朝市へ。テト時期だけの市で服、雑貨、野菜など色々売っている。驚いた事にターン君の奧さんが花を売っている。ここの安いショバ代を払ってダラットから仕入れた花を売っていたのだ。
昨晩子供達が家族で昨年ダラットへ旅行していた話に結びついた。百合、菊、薔薇、グラジオラスを売っていた。玉突き台もある喫茶店で実習生経験もあるターン君の友人とはなした。3年の実習で総額400万くらいの収入では少ない。韓国の方がよっぽどマシ。韓国に今行けない以上仕方ない。
 昨日から時間があるのでよくYouTubeを見る時間があるのはありがたい。
 夕方親戚の家に行って飲み食い。食事はだいたいどこも同じで肉は骨付きで皮脂身込み。夜に16歳のカンチャン、8歳のチーに連れられて暗い夜道を行くと広場で焚火をしている。SNSで東京のタイン君にも写真を送ったりする。どうもまわりで若者男子が歩き廻り観客の女子を引っぱり込んで踊りたいらしい。知らない男がビールを持って来て飲めと言う。火は盛んに燃え上がるが結局若者達の踊りは始まる前に、我々は帰宅することになった。もし僕が踊り始めたら皆ついて来そうな雰囲気だったが..。日本だったら消防が来るし、ハノイなら警察が来るところだ。
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ゲアン訪問

2023年01月18日 | diary
.■ 今朝アボガ丼を食べてビン行きの汽車に乗るためにハノイ駅に何かった。駅には8時に来るように言われていたので出発50分前になると、もう改札に沢山の列が出来ていて列車を待っていた。職員の案内も聞き取れないので直接職員に確認するしかない。改札口をまちがえていた。1Dではなく、1Bのまちがいだった。列車に乗ると、コーチ(列車番号)4を探し客室を探そうとするがわからない。結局客室番号というものはなくて、座席番号がコーチ番号の後についていること分かった。
ー室に土、中、下段のベットが2列ある。僕は中段で始終横になっているので風景を見ることか出来ない。到差時間に近くなって降車客が準備を始めたので僕もバッグを背負って駅に降りたが様子が変。駅名が違う。急いで駅員に確認すると一駅前のチョーシィだとのこと。もう少しで降り違えるところだった。なんとそこからヴィン駅には30分程かかった。列車時刻は日本のようにはいかない。駅で電話するとしばらくして迎えの車が来るというので駅前のハイランドコーヒーで待とうとすると電話があった。まず男性の声で話すべトナム語が解らない。タイン君に連絡して通りがかりの人に聞いてもらってやっとカフェ前に妹さんが来てくれたことを知った。2人でタクシーでしばらく行って停車していた7人乗り大型車に1人で乗って行くことたなった。わからない会話をした男はこの運転手だった。この車になんと9人すし詰めで何かうこと1時間半。乗客を各地点に降ろしなからようやく降ろされた所がなんとかカフェ。電話が入ってすぐタイン君運転のカンちゃん、ニューニュを乗せたバンが来て声をかけてきた。ようやく家に至着し皆は食事の準備。ほどなく宴会が始まる。20人ぐらいの(主に男性)車座ができて洒と食車。食後広間の一角にあるベッドに蚊帳が降りてそこで着たまま寝ることになった。めっちゃ寒い。ヴィンは暖かいはずなのにここはハノイより寒い。もっとも部屋も開けっぴろげで外気温と同じなのだが...。
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最近の出来事のまとめ

2023年01月17日 | diary
■ここのところブログをサボっている。いろいろ大事なことがあるのだが、何となく you Tubeを見たり料理したりでベトナム語の勉強も準備をすることが少なくなった。そこで、気になっていた事をまとめて書いてみよう。まず、右のカカトに、痛みがあって歩く時に支障が出るような気がして心配になった。数週間続いたがもしかすると原因はいつも履いているくクロックスサンダルが古くなり踵下が破損しかかっていることが原因かもしれないと思い、スニーカーに履き替えてみるとすぐに良くなった。クロックスはほんとうに長くはいていて、4.5年になるかも知れない。久しぶりのスニーカーは軽くて気持よかった。
 次にタイン先生の授業について、テキストから離れて会話を続けることが多くなった。マイクがいると色々話題が広がり、先生も地理が得意で色々と·勉強になることが多い。先日始めてバスの車内では会話が禁止されていることを知った。昔白崎君がベトナムに来た時バスの中で会話を車掌に注意された。儒教の影響で厳格すぎるのだ説明したが妙な違和感を感じたのだがそうだったのかと納得した。白崎君には知らせたくも、あの世に行ってしまったから···。
 今、夢中なのが料理。毎日のように新レシピを試している。先日は安売りの青リンゴを買って来てリンゴジャムを作った。お茶のデザートとして最適!カレーとマーボ豆腐以外はレシピと確認しないと作れないが、代表家庭料理を1週間24食分を勧進帳で出来るようになることを目標としよう.。
 そして最後にヨガの後の水泳!10分から2 5分間クロールで休まずゆっくりと泳ぎ続ける。イエン先生オンラインの時はできないが、今日はかなり疲れていても泳いで来た。その後サウナルームで屈伸開脚しながら暖まり冷水で引き締めると気持ちがいい。
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テト旅行準備

2023年01月17日 | diary
■テトは例年のようにターン君の故郷のゲアンに行くことになった。vslのテト休みは13日から29日だが、旧暦の元旦は22日でルネスのヨガも22日から24日までの3日が休みだからイオンモールも3ヶ日は休みということだろう。ターン君は18日にゲアンに行き25日にニャチャンに戻るようだから、僕も18日にヴイン到着のハノイ鉄道で行く切符を買って来た。便は SE5で561kd(3080円)購入にはパスポートがいるので家まで帰って夜ハノイ駅に行って買った。
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北コンの田中さん達がゴミ拾いに!

2023年01月08日 | diary
■今日はガーさんは欠席のはずだったが北陸コンクリートの田中さんと福井で働いていたベトナム社員がガーさんと一緒に来た。初めて福井の人に会った。しかもガーさんの御主人の土木大学卆業生で武生で5 ~6年働いていたという2人を連れて来てくれた。北コンは4月からベトナムで仕事を始めるために会社も設立したという。僕もお手伝いしたい気持だ。田中さんは今日帰国するがまた何度か来るという。会社はタイムシティの近くなのでイオンモールからも近い。
 文廟のゴミ拾いには間に合わなかったが、いつもの茶店に西山さんと日本から帰って来た進藤さんがいた。色々話して帰宅。
 気が乗らない気分だったが日本へ電話をしてATMで引落しできない理由を知りたいと思った。ATMはどこでも08301の表示が出て銀行に知らせてくれという。
電話を何度もしくじったので気が重かったのだが、やはりこのiPhoneの電話がおかしい。途中で切れてしまったりする。修理店に行かないといけないかなと思いつつ何度かかけるとようやくつながり、カードが使えない理由は銀行が毎月の報告書を発送しても戻って来るので支払いを止めているのだという。新住所を確認しベトナムへの郵送物は宛先の電話番号がないと届かないことがあるのだと説明したとたん電話が切れた。こちらの電話料金不足なのですぐにイエン先生に連絡してオンラインで彼女の銀行口座からチャージしてもらってかけ直した。来週の火曜に引出し可能になる。理由がわかり解決したのでホッとした。
 昨日モールで北海道産タマゴでサルモネラ菌殺菌済の卵を見つけたので納豆をつけて卵かけご飯を作って食べた。日本最強レシピ::栄養:簡単:極美味い。
そしてようやくブラジルの大輔君の年賀メールに返答。彼が帰国時に感じた日本の閉塞感にに共感。かって僕はバラ色のベトナムでの老後生話の勧めを夢みていたが、思い返すと、今日のようにいろいろあって乗り込える意欲を持てるかどうかが問題で他人に勧めるような事ではないと思いはじめたことを伝えた。要はベトナム還境の問題ではなく、日本人としての性格、考え方、感じ方、適応能力、情熱、、、。日本人って多様化異文化に耐えられるのだろうか?
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