■ロシア旅行準備で旅行案内等探していると、ロシア関係では米原万里が面白いという人がいて彼女の著作を図書館で探していると見つけたのがこの本。僕は彼女のことを知らなかったがロシア語の同時通訳者で面白い著作もたくさん出していた。すでに癌で亡くなっている。その彼女が同時通訳者として活躍していたまだ若いころに訳した本で、一読して引き込まれてしまった
ハンガリー人の著者は16ヶ国語をあやつる世界初の女性同時通訳者の一人。その彼女がどうやって言葉を勉強したのかが書いてある。訳者の米原自身がこんなすごい本を昔自分が訳していたことが信じられないというような本なのだ。中身は一見普通のことなのだが、、その説得力が違うのだ。
本当に16ヶ国語が話せるのか?どうして外国語を教えないのか?才能が必要なのか?といういつも聞かれるこの3つの問いに対する著者の考えが全編におよんでいる。
外国語ができるということは、読む、書く、聞く、話す、がどういう局面で必要になるか、ということであって、彼女の母国語はただ1つである。つまり、彼女の外国語は学習することで身に着けたのだということ。どうやって学習するかが問題なのだがそれは一人ひとり違う。1つ外国語を学ぶことは2つの言葉を同時に学ぶことだという。話し言葉と書き言葉のことだ。
教えることと学ぶことは違う。いくら学んでもすぐに教えることができるわけではない。いくら手術の経験が多い患者だからといって医者の代わりにメスを持たせることはできないという。彼女の同時通訳のプロとしてのプライドがでるのかもしれないが、ポリグロット(多言語所有者)というかわりにリンギスト(外国語学習者)という言葉を好んで使っている。同時通訳者は学者じゃないというのだろう。
彼女は才能を否定する。その成果は分子が(努力した時間+興味)で分母が(羞恥心)だという。一般に女性のほうが自尊心に制約されることがなく分母が小さいからよく話せるようになるのだという。男の同時通訳者はひどく少ないのだそうだ。
彼女が強調するのは興味。インタレストとはラテン語でインター(~の間)に生きるという意味の語尾がついたもののようだ。生きていく意欲というようなことだろうか。
彼女のアプローチはまず読むことから始まる。語彙をコンテキストの中で理解しながら覚えていく。単独に単語の意味をひとつ丸暗記するようなことをしない。単なる暗記は興味をそぐばかりだから。解らない単語をいちいち辞書で調べないと前に進めないような勉強方法は間違っているんだろうな。
文法について何も言ってないが、必須の学習項目であることを前提としているようだ。文法の知識が必要ないのは母国語だけだと言っている。
話す能力は重要だと言っている。話す能力はあたかも女性の容貌のようだという。あとで彼女が意地の悪い馬鹿な女だとわかったとしても最初に誰に対しても注目を集めることができることは重要なことだ、という。
世界にポリグロットはたくさんいたけどイタリア、ボローニャ生まれのメゾファンチ枢機卿というすごい人がいたそうだ。一説に100ヵ国語をあやつるといわれた。彼自身の言葉によると、50ヶ国語といくつかの方言ができるといっていた時から7年後には70ヶ国語といくつかの方言ができる、といっているので毎年3ヶ国語をマスターしている計算になる。
当時イタリアの内紛で傷ついたさまざまな人種であふれかえる病院を訪れる懺悔聴聞僧としてさまざまな言語の祈祷テキストを使って習得していったらしい。生涯ボローニャから半径40キロ以外のところに出たことはなかったという。
ハンガリーの諺で「中途半端にやるくらいならやらないほうがいい」というのがあるが、著者は外国語の学習はこの例外だという。少しでも言葉を知っていれば、それはすぐ役に立つのだから、、、。中国語や日本語さえできる彼女が90歳を過ぎても新しい言語に挑戦していたそうだし、外国語を習得したものだけが本当の意味で母国語の大切さを理解できる、というようなことを言っていることに共感を覚えた。
英語、中国語、スペイン語の他にロシア語も、、などと考えている僕にとっては衝撃的な本でもあったし、こんな本を見つけ出した米原万里という人の嗅覚はすごいと思った。