くまぐー日記

くまさんの電脳室リポート

カストロの死

2016年11月27日 | Weblog

■国際交流センターの高島さんから電話があって「キューバ行ったことあるか?」どうもカストロが死んだので新聞社がキューバを知ってる人を探しているらしい。行ったことはあるがカストロにあったわけでもなし、随分と昔の話だから、、、、「キューバ人のミゲルに聞いたらいいのに」と言ったら聞いたけど断られたらしい。買い物や子供の世話で面倒がられたようだ。

俺がが行ったときは1991年の湾岸戦争が始まった時で辻本清美のピースボートが初めて世界一周の船を出した時だ。ソ連崩壊を受けて社会主義が否定された時代。その時ハバナの外国人観光客用の巨大演芸ステージをもつレストランで食事をしたときのチップの話をした。そこは社会主義だからチップの概念はないのだが、日本のオジサン達はテーブルに羽飾りとビキニの若い女性が食事を持ってきてくれるものだからうれしくなってついチップをはずんでしまうのだ。なんのことかわからない彼女達は次にビールを山盛りでテーブルに持ってきた、、っていう話だ。

高島さんはそんな話でいいから適当に話しておいて、、と振られてしまった。しかし、カストロの死と関連するキューバの事で一体俺が何を知っているんだろう?ちょっと話題を整理する必要がある。  

■僕の趣味の関係からいうと、キューバの音楽とダンス、サルサがある。カストロとゲバラは中南米では社会主義革命の英雄である。アメリカ大陸の中では資本主義の雄である合衆国とキューバで対峙したのだ。ケネディの時代、キューバ危機は最も切迫した対立を生じ、その社会的影響はNYでサルサを生み、世界的な流行をもたらしたのだ。NYの消えたキューバ人ミュージッシャンに代わって地元NYのプエルトリコ人の演奏するサルサに合わせダンサーが踊り始めた。これがNYスタイルサルサである。

■僕がNYでセキュリティの勉強をしていたときの話だが、周りの移民の友人たちに聞くと、キューバ人(ポリティカルアスレイム=政治亡命、による亡命者ということだが、、)は極めて優秀だという話を聞く。よく勉強していて知識が豊富で通りやビルをみな覚えているとかなんとか、、、。20年25年住んでいてネイティブと同様に英語を話せるのに家庭教師について発音を矯正している人もいるという。

アメリカはこの政治亡命という方法で世界中の知能を、しかも敵対国の頭脳すら集めている。これがアメリカの力だけど、かの亡命者はいったいどんな心情で毎日をおくっているのだろうか?キューバ亡命者の友人を持っていない僕としては知る由もないが、アメリカを追われれば祖国から裏切者として訴追されるかもしれないのだから半端な気持ちで生活しているはずはないと思う。僕が経験したNYならではの緊張感の1例だ。

■僕の専門分野にはテロリズムのクラスもあった。それまでは東西の政治体制、社会主義、資本主義を背景とする代理戦争としてのテロリズムであったがソ連崩壊により構造が変わってしまった。9.11以後はイスラム革命という名のテロリズムが通り相場になってしまった。カストロはきっと社会主義革命の最後のイメージではないかと思う。コロンビア革命軍と政府の和解がまさに進展しようとするときに、このカストロの死は時代の変化を感じさせる。

新聞社からは何の連絡もなかった。

 

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中国語教室に出た後で車庫証明!

2016年11月24日 | Weblog

■ 長谷川先生の中国語教室に出て今日が最後になるので、整理しなければいけない今までのテキストや本などを「要る人があったら使ってください」と渡してきた。まだ会社の皆には仕事を辞める話はしてないのであまり大っぴらにして欲しくないと言ったうえで、先のことだけど永住の覚悟で日本を出るというと皆びっくりしていた。毎週木曜と言っても僕は月の後半に1,2回出るか出ないかなので、あと年末のNY旅行、1月後半のベトナム行きを考えるともう出席できる日はないので今日が最後になるのだ。

このクラスは中級といってもすごくレベルが高い。現地の元法人社長やリタイヤしたばかりの現地商社マンがいるし、中国は行ったことがないというTさんなど数十年勉強続けていてびっくりするほど知っている。女性陣も皆さんよく勉強していて明らかに上達もしている。ついていけなかったのか、何人かはやめたがこのレベルではその気持ちがわかる。先生もこのクラスは結構テンションをあげているようにも見える。時間がなかったが僕にとっても日本人式の教養型お勉強会としてはトップランクのクラスだと思うし出た甲斐があった。この日は、難しい比較表現の例題を解いたりしたが先生は僕だけは当てなかった。配慮をしてくれたようだ。

実のところ今朝は頑張って予習しようにもなんともうつろな気持ちになる。無意識にでも、もう勉強しても仕方がないという力が働いて気が付くとなにか思い出に浸っていてなにも手がつかない状態だったのだ。忘年会には呼んでくださいと言った。

■ 午後はもう準備してあった崔君の車庫証明を申請した。窓口職員のチェックを受けたが後で電話連絡があり、使用場所の地番表示がちがうから訂正して欲しいとのことだった。申請書の方は崔君の実印を預かっていたのですぐ訂正できたが承諾書には脇本君の会社の印がいるので彼のスーパーへもらいに出かけた。彼は書類など散らかり放題の仕事部屋に案内してくれて、久しぶりの積もる話をした。と言っても僕が一方的にとりとめのない話を2時間も続けたのだが、、、。

彼も旅慣れていていろいろ歩いているので興味を持ってくれたようだ。そういえば彼のルックスは日本人というより抜け目のない中国人の商売人の趣がある。よく現地人と間違えられて道を聞かれるそうだ。それは僕と似てる。

一昨日の晩は金沢でカホンのクラスがあって、そこでもベトナム行の話をした。クラスのムードが楽しいのでもう来れなくなるという話を切り出すのがおっくうだったがもう時間がないので仕方ない。みんな残念だというが「熊谷さんは何をしているのかわからない不思議な人だ」というのでゆっくり話を聞きたい、、という話があった。軽く聞き流していたが、今日の脇本君との話を考えると僕の経験を話したら一体いつまでかかるのやら、、となりそうだ。旅の話でさえ軽く2時間だから、仕事や趣味の話になるともう見当がつかない。よほど手際よくまとめないと一体あの人は何?となりかねないなぁ。

2月にNOELフュージョンで合同発表会をするからその時に僕の楽器をオークションにしようという話になった。よし、じゃあ、商品目録を作らなきゃ、、。

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NYの友人達

2016年11月18日 | Weblog

■NYのコージからメールの返信があった。やったぁ。彼とは7,8年まえにメールしただけでなんの連絡もなかったのでアドレスもわからなくなっていたし,もう連絡つかないかなと思っていたがgメールの住所録は生きていた。彼とはJanJayでパソコンを通じた仲。コンピュータ専攻でネットワークエンジニアとして働いているはずだ。8歳年上の美人の奥さんと学生の時結婚して1人があのロッテリーに当選して2人ともグリーンカードを獲得したという幸福者だ。ちょうど僕が帰国する時に長男がうまれたので今は15歳になっている。妹もできたそうだ。会えるのを楽しみにしてくれている。

あのシルバーナからも連絡があった。彼女とはラガーディアの時からの親友だが、コロンビア人のイリーガルだったため、妹さんのモニカのソーシャルセキュリティカードの写真を張り替えた偽造カードを使っていて、彼女と外出するときは場所によって呼ばれる名前がモニカになるのでややこしかった。あの素敵なモニカがコロンビアの暴走族に頭を撃ち抜かれて死んでから、その息子Jポールを彼女が引き取って自分の子として育てた。彼女はコロンビアのゲイと偽装結婚しグリーンカードを取得できたのだったろうか?Jポールがコンピューターシステムを専攻する学生になったという話を聞いていたと思う。

彼女の旦那さん関係かなにかにつけてゲイの主催するパーティなどに行ったことがある。そういえば行きつけの日本食レストランにいたフジさんというゲイの従業員がいた。パリのゲイ社会にもいたけどNYが一番って言ってた。店が引けてから彼に連れられて2,3人とクリストファー通り界隈のゲイバーへ行ったっけ。彼があの世界の顔役みたいなことを知って驚いたことがある。あの彼も突然ぽっくり死んじゃったなぁ。あの日本食レストランどうなってるだろう?

そしてグレッグからもやっと返事がきた。サウジの会社の仕事をしているような情報もあったが彼は今、フィリッピンのセブにいる。以前、セブに家を買ったから遊びに来てくれっていうようなことを確か言っていたなあ。いま超忙しすぎるみたいだ。あとでゆっくり連絡できそうだがNYでは会えないだろう。

あのスリランカのシリヤとの連絡が絶えた。一番連絡しやすいと思っていてメッセンジャーでもはっきり表示されているのに応答がない。残念。

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車の処分

2016年11月17日 | Weblog

■崔君が事故を起こした。交差点で一旦停止を怠ったところ無灯火で高速で走ってきた車と衝突。車は大破して廃車。無灯火は立証できず過失割合9:1で悪者にされちゃったようだ。韓国人か中国人かわからない怪しい外人ということで印象が悪かったのかもしれない。相手の女性にも彼にも怪我がなかったのがなにより。せっかく大枚つぎ込んで修理して車検通したばかりだそうで、ガックリしていた。もし、来年まで待てるなら僕の車を譲ってあげようと思っていたが、彼は知り合いの修理工場で廃車手続きのあいだだけしか代車が借りられないというので、それならすぐに譲って二人でシェアすることにした。来週から彼の家に置いて彼は鯖江までの通勤に使い、僕は夜、パーカッションのクラスに金沢へ行くとき等必要に応じてバイクで彼の家まで行って乗り換えて使うことにした。土曜は彼は仕事なので土曜の朝のヨガには行けない。今週が最後になる。まぁヨガは仕方ないかぁ~。

崔くんへの名義変更等は僕が休みの時にしてあげようと思うが、どうも彼の家の土地所有者は岐阜にいるとかで車庫証明はちょっとめんどくさそう。だけど家のオーナーが僕の中学の同級生だとは偶然だった。いまはスーパーのオーナーだが彼にもひさしぶりに一度会いたいと思っている。

健康の森へエキササイズに行くときにも車が使いたいので火曜と金曜は僕のシェア日にしようかな。荷物の移動や片づけは崔くんと彼女が手伝ってくれるというからこれから助かる。

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新大統領

2016年11月11日 | Weblog

■年末にNYを15年ぶりに訪れる予定だがESTAが切れているので、再度申請するために滞在先のNJにいる友人のジョージに住所を聞いた。その時、驚きの大統領選の後にアメリカの様子を見るのが楽しみだ、と書いたら「驚きだが私たちは新しい大統領とみんなでうまくやっていけるといいと思っている」という返事があって、さすが~と思った。クリントンの敗北宣言も同様で、きっとこれが一般的な答えなんだろうなぁ。日本なら定めし「力不足で皆さんのご期待に答えられず申し訳ない」というような感じだがそれよりよほどいいよねぇ。 

住所・連絡先も聞いたのでESTAの申請をしよう。それからNYの友人と過ごす予定を作るために連絡とってみよう。
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控訴理由

2016年11月09日 | Weblog

■ 先日福井地裁の民事部から電話があり平成28年(レ)第21号交通事故による損害賠償請求事件の口頭弁論期日が11月30日に決まったと知らせてきたので仕事で県庁に行ったついでに裁判所の民事書記官室へ控訴理由書を提出して期日呼出し状をもらいに行った。仕事中に抜け出して裁判所まで行くのは面倒だが仕方ない。

原告は大阪の積水リース株式会社で大袈裟なんだけど実はコンビニの駐車場で駐車しようとして隣の車にちょっと接触してしまったらなんと保険会社から10万なんぼの請求が来たのでそんなもん払わん、、といったら弁護士から訴えられた事件である。その保険会社の顧問弁護士に言わせれば「ひとこすり10万」は常識なんだそうだけど、こっちとしてはとんでもない、コンパウンドでこすれば消えてしまうような傷をドア1枚塗り替えて5万、台車レンタル1週間で5万とは何事だ!過剰修理じゃないか!といって争っている。

皆が負けるというのに僕は自信満々で簡裁に答弁書を提出して初回期日には出席しなかった。初回は「答弁は記載の通り」というだけだから会社を休むこともないと思ったのだが、なんと初回に欠席のまま敗訴判決が出てしまった。びっくりだが最近は裁判所も忙しそうだ。控訴は福井地裁になり、ここは合議制だからその方がいい。切手やら印紙やらで1万円ほどかかったが、、。

原審は私の保険会社も共同被告になっていて同様に欠席したが、電話があり、控訴したというとびっくりしたみたい。そっちの方は敗訴確定したみたいだ。僕が負けると原告は保険会社に払わせることができるようだ。

何度も控訴理由書は書き直して昨晩は朝4時までかかった。まぁ、、遊びだね。できればこんな保険会社と業者の癒着で過剰修理で儲ける保険システムに一矢報いたいと思うところがあるのだ。日本脱出までに間に合うかだが、、、。

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健康対策

2016年11月02日 | Weblog

先日啓子さんに勧められて眼科で診察をうけた結果、緑内障と白内障の疑いで視野検査を受けて緑内障の点眼をすることになった。眼圧は高くないが眼底が異常になっている。眼球壁面も近眼のためか薄くなっていてよくないらしい。緑内障というのは今は自覚症状は全くないが症状の進行を抑えるしか方法はないそうだ。

右ひざの軟骨がすり減っている。佐藤整形からは足首に重りをつけての体操を勧められているので言われた2倍の2キロのウエイトで10倍の一日300回の脚の上げ下げをしているが、1日1回ぐらいになりがちで今後痛みがでてくるかもしれない。もう68だから節々に障害がでるのもしかたない。こらからはメンテナンスの時代だな!

■このところベトナム語の勉強は交流センターで借りた2冊の本を中心に進めている。昨日も頑張って一冊目の半分6課までまでやった。問題はやはり6声もある声6倍調変化で、choにしてもoの変化が6種類となると語彙が6倍になる!ただでさえ記憶力が衰えているのに似たり寄ったりの単語が頻出するので覚えにくいことこの上ない。しかし、動詞の格変化がないSVO型言語で漢越語という漢字由来の語彙60%というから日本人にはとっつきやすいのかもしれない。

■日本語指導を頼まれたインドネシア女性3人の指導場所として磯部コミュニティセンターに申し込んだところ、ちょっと待ってくれと言われている。どうもここはほとんど利用されていないらしい。先週は地元の祭りで使っていたが、利用者がいないので日曜は閉館しており、開くとなるとシルバーで管理人を頼まないといけないらしい。後で連絡するとのこと。
日本語の輪の会で交流センター以外のところで指導することはだめだそうだが日曜の午前は場所がない。主婦の多いこの団体は土日にクラスが集中するのだ。土日の夜は研修室がら空きなのだが、、。そもそも遠くから自転車で1時間かけたりしてセンターまで来て月3000円の料金でいい加減な指導をうけてN3挑戦なんて研修生には酷な試練だ。寮の近くの公民館などでクラスをもってそこに先生が指導に行ったほうがいい。もちろん、研修生に限った話だが、、。それこそ地域密接型のボランティアになる話だ。勝手にやれば輪の会をやめてくれとなるだろうが、会はこんなところから改革をすすめたらいいと思う。

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