くまぐー日記

くまさんの電脳室リポート

債権回収

2007年10月30日 | Weblog
■武生簡易裁判所でHに対する僕の貸金請求事件の口頭弁論があった。10万円の督促手続で異議を出してくるものだから通常訴訟になったのだ。当初から請求を認めると言っておきながら裁判官が確かめると開口一番一転して否認したのだ。

Hは息子の大学の授業料が払えないからとKに泣きついたので数回にわたって合計十万円ぐらいを貸したがHは一向に返さない。よそでも寸借詐欺をはたらいているらしい。多忙なKにとっては面倒で仕方がないというので友人の僕が債権譲渡を受けて取り立てる事にした。

弁護士にも持って行けないような少額債権の取立ては需要があると思う。結構寸借詐欺のような踏倒しはあるものだ。これは弁護士にとっても好都合だから反対はないだろうしADR(訴訟外紛争解決)をめざす行政書士業務にも関連してくる。なにより僕の得意分野でもある。

書記官に促され法廷に入った時はすでにHは待ち構えるように座っており裁判官にとうとうと自己の訳のわからない正当性をまくしたてるので若い裁判官も見当違いなことを指摘するのだがHは動じない。裁判官が領収書を見せろというので8万円分しかないので2万は放棄するというと、Hは鬼の首を取ったようにそれでは8万を争うという。裁判官が領収書は認めるのかといえば認めるという。和解する気があるのかと言うと月1000円で80回払いだという。裁判官がそんな例はないし普通は1回で払うものだといっても意に介しない。

裁判官がHの家庭の財政状態を聞くと無職だといってるくせに俺より稼ぎがいいのが頭にくる。親は一銭も出さないが1人の子供は法政大学にいると誇らしそうにいう。親戚から学費は借りたそうだが親戚だからくれたようなものだとしゃあしゃあしている。裁判官は次の事件があるからと一旦中断し、事件をすぐに片付けてから再開。Hは次回は弁護士をつけて争うというので裁判官はそれでは原告は債権譲渡通知書と領収書を証拠として提出してください、期日は12月7日とします、ということになった。

9月早々に手続を始めてこういう状況である。裁判所というところはいくらむちゃくちゃを言っても否定されない変なところなのだ。支払命令送達後にHの差し金で事件屋みたいなのが恫喝の電話を入れてきた。いまも恐喝で警察に告訴してやるとかなんとか、、勝手にしてくれ!

こういうことは最初から織り込み済みなのだがやはり一番面倒なことになってきた。いろいろ勉強できるというメリットはあるが、、、。

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飛騨高山

2007年10月28日 | Weblog
■鯖江市国際交流センター主催の飛騨高山観光ツアーに参加して企業で働く中国研修生の皆さんと一緒にバスの旅の1日。

5時起床で教育テレビの御誕生寺・板橋老師の話を見てから集合場所鯖江NPOセンターに向かう。

バス2台は補助席も使って満員の状態。20歳代の若い男女が多い。日本人はバスに10人もいないくらいなのでメインは中国語。中国人スタッフが二ヶ国語でアシスト。品川先生は2号車、僕は1号車で行政書士の宣伝を、、というわけで無料相談会のお知らせを兼ねて中国語で自己紹介。なにか皆身を乗り出して聞いてくれている。簡単に終わったはずなのにスタッフの説明がいやに長い。俺そんなにしゃべってないけど、、、。

最初横に座った36歳の彼は杭州に妻と子供を残して働きに来ている。来年9月に3年になるので一旦帰るそうだ。次に座った陳さんは福大大学院の教育学部と電気工学を終え、その後20年福井で働いている。今は繊維関連組合事務局長をしている。

2人に中国語の表現などいろいろ教えてもらう。ひるがの高原、塩せんべい焼き体験、そして高山市内の古い町並みを品川先生と散策し、飛騨高山そばを食ってみた。おろしそばなら福井よりうまくないが後で出た蕎麦湯はよかった。

駐車場で中国人たちとオオストラリア旅行者と少し話した。日本人が中国人と一緒に旅行に行くなんておかしいよという顔をされた。

帰宅後直ちに三国をめざす。美香さんの料理教室へ。遅れたが僕の分は残っていた。よかった。
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金沢での研修

2007年10月27日 | Weblog
■ようやく懸案の事案も片付きほっとしたところで今日は金沢地場産業センターで行政書士会の研修があることにはっと気づいたのが12時30分。1時30分の開始時間に間に合わないが、初めてなのでとりあえず行ってみる事にする。

おりからの豪雨の中、北陸高速道を鯖江インターから西金沢インターまで走ることにする。北陸高速道を自分で運転するのは初めてだ。まず鯖江インターはどこかも知らなかったので最初からウロウロ。すごい土砂降りのなかを周りは90キロぐらいでぶっとばしている。はじめからちょっと怖い。

着いても地場産業センターが分らない。コンビニで市内の地図でどのあたりか聞いたのだが要領を得ない。とにかく石川県庁のあたりだとは思うのだが、、。そのうちガソリンがなくなってきてスタンド探し、、。3時を過ぎているからもうあきらめて帰ることにする。その前に、久しぶりの金沢だから友人の紺井君に電話をしてみた。家にいるというので会うことにした。彼に地場産業センターに連れてってもらうと、そこはすぐ近くだった。気がつかなかった。研修はすでにもう終わってるころだが。

彼はちょうど退職したところだそうだ。というか、最後の休暇をとったところなので今日から家に居たんだと言う。退職しても嘱託で仕事を続けるので少なくとも1年は同じ生活だそうだ。おふくろさんの具合も気になるし、家も古くなって直さないといけないし、、これからどうするか思案中だとのこと。

小松原の嫁さんが亡くなってから相当経つと聞いて驚いた。知らなかった。彼の豪邸の主人公はいつも彼女でだったからさぞかし、、。いつも3人で会っているのだが、ごぶさたしているので今度彼をどこかへ誘って、、、。

今日は雨のなかの湿っぽい一日だった。とんだ研修日だったなぁ。
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馬馬虎虎

2007年10月26日 | Weblog
■「ままふふ」という言葉は子供の頃父親からよく聞いた。細かいこと言うな、という意味だと聞いた。前回の旅行中になにかの拍子にこの言葉を聞いてビックリ。「馬馬虎虎」と書くそうで、なんじゃそれは、と思った。

昔ある絵描きが馬だか虎だか分らないような絵を描いて、上の子供には馬を虎だと教え、下の子供には虎を馬だと教えたところ、馬をみた上の子は危険を感じて馬を撃ち殺してしまい、虎に遭遇した下の子は馬だと思って飛び乗ろうとしたら食い殺されてしまった。

そんな「いい加減」ではいけないよ、という話。ところが実際の使い方は逆にもっと「いい加減で」いいじゃん、、という感じらしい。

僕の親父は戦時中、満州で民間諜報員として活動していた時期に中国人の生活に触れてその大陸的な発想法に刺激を受けたらしく、役人根性をこき下ろす時はまあまあふうふうが出てきた。

親父の青春はあの満州にあったのかな、と思うことがあってふっと今の自分に重なったりする。
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マーフィーの法則

2007年10月24日 | Weblog
■最近不幸が続いていて困っている。どうしてこう泣きっ面に蜂なんだろう。

最近バッテリーの上がり方が激しい。車でエンジンを止めてうっかりコンピュータをつけっぱなしでいるとピーと言ってバッテリーがあがってしまう。やばいと思って予備のバッテリーを買ったら余計はやくあがるようになった。理由は分らないがストレスがたまる。こういうときに限って急ぎの仕事が増えるのだ。

しかもややこしい案件が続く。車庫証明の保管場所が使用の本拠から2Kmを超えてはいけないがちょっと超えるような事案だ。4,50メートルの超過というところだからOKかなと思って出してみるとやはりNG.警察のPC距離測定では2Kmを超えるからだそうだ。この事件は縮尺地図を作るのが手間。骨折り損という事件。

急いでっ車を出そうとしてサイドミラーをぶっ飛ばしてしまった。ミラーが届くまでバックと車線変更は怖くてできない。

仕事で最重要なウォーキングメジャーの具合が悪い。やむなく新しいものを購入。今度は車輪が大きくて不整地にも使える。車のドアの中にぶら下げることにした。車を出そうとしてドアが閉まってない。ばたんと閉めても半ドア状態。ばたんばたんを繰り返し、おかしいなと見るとメジャーがはさまって、車輪部分がとれそうに、、、。買ったばっかりなのに、、、。

日曜の予定に行政書士の会の予定が重なり不都合が生じた。まだまだある、、、なんでまたこうアンラッキーが続くのか。予想した最悪の状態は必ず起こるというマーフィーの法則があてはまるのだろうか?それともランダムな状態で特異的事象が起こる確率は時間が接近しているほど高くなる、、というナイチンゲールぼ法則が適応する事象なのか、、。

ん。変な臭い。しまった台所の火がつけっぱなしだ!!!、、、。



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接点

2007年10月22日 | Weblog
■将来の上海での生活と現在の仕事の接点は?という問題がある。今はないが将来は見つけていくということはできそうか、、。

昨日、久しぶりにUさんと会った。元行政書士である彼は記帳代行をしながら税理士を目指していた。いまはご両親の介護に専念しているようだが本当のところ何をしているのかは定かでない。しかし、当方は別に危険なことがなければ相手がどういう人でも気にしない人だから詮索するつもりもない。

彼は僕が仕事を捨てて海外で生活することはもったいないという。ぼくは将来の生活が現在の仕事によって妨げられるくらいなら仕事はさっさと止めてもいいと考えている。要はどちらを重要と考えるかの違いだ。

U氏は海外生活には興味は無いようだから僕が仕事に執着を持たないことが理解できないようだ。執着を持たないわけではなく、それほどの成果が期待できないだけだ。将来の生活と現在の仕事は関係ないというのではなく、現在の仕事が将来生きるようにすすめていくべきだと思う。でも車庫証明と上海の接点は確かにない。

うー、、、こまった。でももう少し経つといいアイディアが出てくるだろうと楽天家ぶってみる。将来は働かずに遊んで暮らす生活より、好きな仕事をのんびりする生活のほうがいいと思っている。
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手紙・写真

2007年10月21日 | Weblog
■さっそく劉さんに手紙を書いてみたがどうもうまくいかない。ちゃんとした中国語を書くんだからと思ってまず図書館で辞書を引いてみることにした。

なぜか桜木図書館にはいつも行ってみたくなる。街中にあるからだろうか?PCが使える図書館としては県立より近いからじゃないかな。借りた本は家の近くの市立図書館に返せばよいということもあるかもしれない。本を借りるときはカウンターまで行かないで一人で自動読取機で借りることができるという珍しさがあることもある。

でもやはり1番の理由はバイクで気軽に行ける範囲内だということのような気がする。図書館には日中、中日辞書とあと熟語・例文辞書みたいなのがあるだけだが役に立つ。手紙を書くにはやはり日中辞典は手っ取り早い。でも結局日本語の例文を見て切り取っているだけだから勉強になってるのかなという気がしてしまう。

やはり辞書の使い方は自分で考えた文章を後で確認するために使うくらいがいい。

写真をPCで印刷する作業が手間だった。事務所のプリンターはプリントできないエラーがあるが原因はわからない。モバイルにプリンタードライバを入れてこのインクジェットプリンターにUSBケーブルで直結してなんとか写真データを印刷することができる。

いろいろ試したので時間が経過し遂になんとか劉さんの写っている写真コピーができた。普通写真よりぼけている感じがする。760万画素といってもピントが合わないのではたいしたことないよ。あのデジカメはピントがぴったりのものと、僧でない2種類があるきがする。写し方がまずかったのかな?


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上海いろいろ

2007年10月20日 | Weblog
■散髪にも行った。ぼくは短い丸刈りなので顔を剃るだけでも体験かな。小高が連れてってくれて終わるまでついていてくれた。さもないと言葉わからないんだから、、。

はじめは椅子にかけて鏡の前のテーブルに突っ伏してマッサージ。若い女性からぐりぐりやらごりごりやらしてもらってもうそれだけでいい気持ち。つぎは別室で顔剃りだが手術室というか霊安室みたいな感じのところでベッドの上で仰向けになって顔にタオルをかけて待つ。

顔剃りがおわると戻ってヘアカット。とても手馴れた風のお兄さんにこの短い髪のどこを切るんだろうと思いながらカットしてもらった。理髪店というよりエステだな。

■期待していたレンタル携帯は役に立たなかった。セッティングすると日本からでも上海市内からでも使えるというのだが、市内から相手がかけるには日本への国際電話としてかけないといけないし、上海の携帯番号は桁数がちがい、かけてもほとんど通話中表示になってが繋がらない。

こちらからMSメッセンジャーを使うときも、日本はよく聞こえるらしいが上海では雑音が多すぎる。日によって違うというからきっと回線がいっぱいいっぱいなんだろうと思う。とにかく広いし人が多いんだから、、。

中国では上海だけは接続が悪いということは聞いていたが、やはり一番今が通信網の充実が必要な時と場所だからかな。こちらの人は手のひらにすっぽり入るくらいの小ぶりな携帯を持っていて大声で話している。小さい声では聞こえないみたいだ。

■幼稚園、小学校などどこも立派だ。一人っ子政策の中国がこれから世界に送り出すのは安い商品ではなく優秀な人材なのだから教育の充実は国家戦略でもある。すでにもうひとつの人材国家インドはIT技術者を排出して一歩先んじている。なんて考えながら歩いていると、その辺を歩いている子供も結構手がかかっているなあと見えてしまう。

そういえば土産店でもおもちゃを売っていた。おもちゃもよくできてる。

■東京で里山作りをボランティアでしている博幸の希望で植物園に行った。植物園になら野草が生えてるかもしれない、と考えたらしい。そのために、というか接写距離0ミリという一眼レフデジカメを持参してきたのだ。

ばかでかい植物園というより市民のつどう公園といった感じで、旅行客もいなくてよかった。みやげ物売り場の店員も客がいないから寝ている。けっこういろんな展示館があって楽しめた。家族連れやデートに最適スポット。

園内では通訳の湯さんと小高とは別に我々2人だけで行動したのだが、結局我々2人だけで動き回れたのはこの植物園と本屋「上海書城」だけだったみたいだ。1人ではしょんべんにも行けない語学力の博幸ではここが限界かな。1人で上海の地下鉄にのってみる夢がかなわなかった彼ではあったが今回の旅は普通の市民レベルの生活に直接触れることができて満足そう。

■現在の上海にふれて中国のインフラ整備の終わる2010年以降、本当に動き出す上海を頭に描きながらの僕の移住計画を構想する。まずは言葉をマスターすること。そんな目的に少しでも近づくことができればいいなと思っていたが、この旅行は僕のモチベーションを維持し続けるためのヒント満載の感があった。さっそく彼女に中国語で手紙を出さなくちゃ。

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ショッピング上海

2007年10月19日 | Weblog
■「豫園商城」は観光客用の総合ショッピングセンターの趣がある。道の片方には伝統的な赤白で塗り分けた建物が並び、その屋根のひさしがびゅんと跳ね上がっているのがかっこいい。道の反対側は同じイメージのホテル風ショッピングモールが新築される、、みたいな感じだ。

博幸がメノウのはんこを所望した。張おじさんが早速価格交渉開始。いきなり半額くらいになったりする。そして類似品を求め適正価格調査の旅が、、、。ここでは商品を製作している作業現場に直接買いに行くこともできる。が、なぜかこっちが高い。どれぐらいが適当か判断ができない。価格交渉といっても話ができなくちゃあ話にもならない。観光客にとって上海語の理解にはとてもおよばない。

土産好きというか、義理みやげの悪習というか、土産のための旅行になりがちな日本人。自由に会話もできないとショッピングぐらいしか楽しみが見つからないのかもしれない。

後日、本屋に行く機会があった。八重洲ブックセンターのような大きな本屋でその日はガイドなしにショッピングをした。ボトルなどの飲料は持込み禁止。それにもかかわらず、学生風の若者が床に座り込んで本屋ノートを広げ勉強している。しかもバッグからバナナを取り出して食べたりしている。そういえばNYでも10年前の当時、大きな書店で客が自由に本を調べて宿題なんぞしていた。本屋の中に喫茶コーナーがあったのが珍しかったがすぐに日本の本屋もそうなった。これから本屋は図書館と同じみたいになるんだろうか?

自然科学のコーナーなどじっくり見て回った。パソコン関係では日本と同じような状態だろうか?ビスタ関係はあまり目にしなかった。パソコン関連は日本より少し古い状態かもしれない。アパートのADSLは遅く感じたし、空港の荷物検査に使っているPCがダウンしたときに見ていたのだがOSは95だった。一般の普及率も低いようだ。でも人口が大きいから、、、。

中日辞書と上海語の学習書を買ったが後者はそれを見た湯さんが上海人のくせにその本を見て初めて発音と意味がわかったといってたくらいだから上海語はお先真っ暗というかんじだ。

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市内観光

2007年10月18日 | Weblog
■蘇州は上海から一番近い観光地だから行く人も多く、先日「豫園」であった日本人ツアーにも会った。

そういえば「豫園」はまさにこれぞ中国庭園という感じのすばらしい庭園である。まず、ガイドつきの観光客ツアーの数の豊富さがそれを物語っている。日本語、韓国語、ドイツ語、スペイン語。英語のガイドの若い女性はハーフっぽい感じで完璧な英語を使っている。それに僕の理解できない言語もあった。アラビア語でなければヘブライ語かもしれない。イスラエル人みたいな旅行客だったから。

「豫園」の周辺はショッピングの「豫園商城」があり、庭園内の湖の中にある湖心亭という有名な喫茶室があって小籠包(しょうろんぽう)がおいしいらしい。外から作業中の鮮やかな手つきを見たりできるのだが人が多すぎてそこでは食事をしないで、隣の食堂で昼食をした。いろいろ珍しくおいしいものを食ったのだが、後で思い出そうにもいろんなところであまりにたくさんいろいろ食べたのでもう思い出せない。

「豫園商城」はまさにお土産やさんのメッカ。博幸のお土産さがしに悪戦苦闘の半日があった。
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