聖徳太子研究の最前線

聖徳太子・法隆寺などに関する学界の最新の説や関連情報、私見を紹介します

太子道、飛鳥の方位も傾くか?:酒井龍一「推古朝都市計画の復原」

2020年10月14日 | 論文・研究書紹介
 この前に掲載した2篇の記事では、若草伽藍を初めとする斑鳩の建物や太子道が西に傾いた方位で建設されていることに触れました。ところが、唐の都である長安などは、条坊制と呼ばれる形になっています。つまり東西南北の方向に合わせた四角い土地が碁盤の目のように整然と区切られ、尊貴な存在である皇帝の宮殿が、世界の方位の基点となる北極星のように都の北端に位置していました。日本では、藤原京からこの条坊制が採用され、平城京・平安京に引き継がれますが、斑鳩の地割りはそうではなかったのです。

 では、飛鳥の都はどうなっていたのか。当時、最も巨大であって、最新技術を用いて建設され、推古4年(596)に完成した飛鳥寺(法興寺)は、正方位、すなわち正確に南北の軸にそって建設されていました。斑鳩の建物はこの様式に反することになりますが、これは聖徳太子が推古天皇や蘇我馬子にさからったということになるのか。

 この問題をとりあげ、斑鳩だけでなく、推古朝では飛鳥の都も斑鳩と同様に「西偏二〇度前後」の方位で都市計画がなされ、その方位に合わせて建物が建設されただろうと推測しているのが、

酒井龍一「推古朝都市計画の復原-斑鳩と飛鳥を結ぶ太子道」
(奈良大学編、酒井龍一・荒木浩司・相原嘉之・東野治之著『飛鳥と斑鳩-道で結ばれた実やと寺-』、ナカニシヤ出版、2013年)

です。酒井氏は、考古学者ですが、専門を「世界考古学、考古学者の考古学」と記していることが示すように、こつこつ発掘にうちこんで実証するタイプではなく、アリゾナ大学留学時に学んだ学問を基にし、「仮説モデル」を提唱して発掘成果によって是正していく特異な学風です。上にあげたのは、シンポジウムでの発表をまとめたものです。

 副題が五・七・五になっていることからも分かるように、氏のすべての論文では、題名や副題や節の名はこうした形になっており、論文末尾にその内容や課題をまとめた川柳が複数並べられることもあります。これが話題になり、氏はこれらの考古学関連の川柳を集めた『発掘川柳』といった本まで出しています。(今回の題名は、氏にならって川柳っぽい形にしておきました)

 酒井氏は、太子道の跡は推古天皇の豊浦宮(法興寺に続いて豊浦寺に建て替え)の西側すぐ手前でも確認されているため、豊浦宮(豊浦寺)の西側が太子道の終点であるとします。そして、道はそこで直角に左折して飛鳥の中央部に至ると右折し、太子道と並行する西偏二〇度前後で飛鳥を貫く大道となって東南に向い、正方位の飛鳥寺の橫を通って蘇我馬子がいた嶋宮まで至っていたと推測します。この大道を氏は「飛鳥縦大路」と称しています。

 氏は、小墾田宮は飛鳥寺の北側にあったと推測し、この地域からは「西偏する建物や水路が各所で発掘されています」と述べます。さらに、飛鳥板蓋宮伝承地の井戸の北側の深い位置では、西偏二〇度の石敷暗渠が発掘されているとしてその写真を示し、飛鳥岡本宮と推測される地域では上層の宮殿跡は正方位だが、下層には西偏二〇度前後の建物跡が確認されつつあると述べます。上記の暗渠は、上層から発掘された南北の方向で建設された用水路の下に斜めにもぐりこむような形で暗渠が掘られていたのです。

 氏は上記の書物末尾に掲載されている討議「飛鳥と斑鳩-古代の都市景観を考える」では、推古朝は「『斑鳩-連結道路ー飛鳥』を一体で造った」という説(70頁下)を提唱しています。ただ、この場合の都市計画とは、厳密な意味での条坊制ではなく、おおざっぱな「方形の土地枠組制」程度であったというのが氏の考えです。

 文献資料の着実な研究で知られ、聖徳太子研究でも成果をあげている東野治之氏は、討議でこの説に対し、道が「斑鳩から、当時の権力者の蘇我馬子の邸宅まで走っているというのは、本当に象徴的なことだと思うのです」と述べ、太子が斑鳩に引退したという説は成り立たず、「政権の別の拠点が斑鳩にあった、と考えるべきじゃないか」(76頁)と提案しています。太子は、馬子の娘を妃としていたことが想起されますね。

 酒井説は、当人が「モデル」であって「事実」ではないと強調している通り、あくまでも仮説です。実際、考古学者の相原氏は、隋との交流が始まって以後であるため、小墾田宮は中国風に正方位で建てられていたと思われると述べています(55頁)。ただ、酒井氏が例をいくつもあげているように、飛鳥でも西に傾いた方位で造られた遺構が次々に発掘されていることも事実です。今後の発掘の進展に期待しましょう。
この記事についてブログを書く
« 中之島 香雪美術館での聖徳太... | トップ | 「天寿国繍帳」を作った技術... »

論文・研究書紹介」カテゴリの最新記事