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「女」の世界歴史(連載第19回)

2016-04-18 | 〆「女」の世界歴史

第二章 女性の暗黒時代

(1)女権抑圧体制の諸相

⑤儒教諸国家と女権
 東アジアでは中国発の儒教が広く伝播し、とりわけ朝鮮と日本では中世以降、仏教と並び、もしくはそれを凌ぐ宗教道徳的な社会規範として定着していくことになる。
 儒教では「家に在りては父に従い、人に適(嫁)ぎては夫に従い、夫死しては子に従う」(三従:『大戴礼記』)に代表される女性の男性従属性を規範とする貞淑論により、女性の地位は厳しく制約される傾向があった。
 その点、中国では、以前に見たように(拙稿参照)、殷から周への体制変動の過程で、女権忌避的な風潮が強まったと見られるが、このような女権忌避は儒教創始者孔子が周時代の社会秩序を範として思想を体系化したことで、儒教にも刻印されたと考えられる。
 そして、ついに漢民族女性は纏足のような物理的拘束を受けるようにまでなる。纏足が始まった理由は定かでないが、足を小さく見せるという美観とともに、結果として逃走や遠出することが困難となることから、女性を家庭の奥に束縛するという活動制限も念慮されていたことは間違いない。
 この風習は北宋時代から広がったと言われるが、興味深いことに、宋は王后による垂簾聴政が盛んに行なわれた王朝であり、北宋第3代皇帝・真宗の没後、第4代仁宗の幼少期から青年期にかけて10年以上にわたり垂簾聴政を行った章献太后劉氏を筆頭に、北宋・南宋を通じて計8人の垂簾聴政者を出すなど、「女人政治」の時代でもあった。
 一方、纏足風習はモンゴル系元の支配を脱した後、明の時代に隆盛化したと言われるが、この過程は漢民族王朝において儒教が国教的な地位を確立していく過程でもあり、明朝では保守的な朱子学が国定学問としても定着した。
 朱子学は同時代の李氏朝鮮王朝にももたらされ、国学となった。そのため、朝鮮でも女権は制約され、女王は輩出されないが、王后による垂簾聴政の事例や王の側室として権勢を張る女性は存在した。
 この時期の朝鮮で注目すべき女性として、申師任堂がいる。彼女は16世紀の著名な朱子学者である李珥の実母でもあるが、自身も儒学の素養を備えた書画家として活躍するとともに、儒教的な良妻賢母の模範として崇敬された。しかし師任堂は号であり、名前が記録されていないのは、当時の中産階級以下の朝鮮女性の地位を物語ってもいる。
 他方、日本では儒教の伝播は飛鳥時代より以前と見られながら、仏教に押されてその定着は遅かった。女性天皇が絶えた平安時代の女性には、紫式部や清少納言のように高い素養を持った女官として文学的な足跡を残す者も少なくなかったが、見方を変えれば、女性は文学方面に追いやられていたとも言える。彼女らもまた、名前が記録されていない。
 日本で儒教が社会規範としても普及するのは、武家時代以降のことである。武家社会は戦士階級の男性の主導性が強い軍事封建社会であり、儒教的な貞淑女性観とは親和的であったのだろう。
 とはいえ、いずれ見るように、武家社会にあっても当主の正室として政治的な実権を持つ女性も見られ、戦国期には事実上の女性城主・大名として足跡を残した者もあったことは、中世日本の特筆すべき特質である。
 こうした状況が変わるのは、日本でも保守的な朱子学が国学化された近世・江戸時代に入ってからのことであるが、そうした時代にあっても、江戸城大奥のように女性たちはしばしば非公式の政治的発言力を示すことがあった。

補説:章献太后―第二の呂武后
 上述した北宋の章献太后劉氏は幼い頃に父を失い、蜀の銀細工職人と幼年婚をし、夫とともに首都・開封に移った後は歌や太鼓の芸人をしていたが、貧困な夫により後に真宗となる皇子・趙恒宅に売られた。そこで趙恒に見初められて、当初は秘密の側室となり、趙恒の即位に伴い皇帝側室、次いで皇后に昇進するという当時としては異例の階級上昇者であった。
 しかし、子どもには恵まれなかったところ、男子がなく世継問題に悩んでいた真宗がまだ側室だった劉氏付きの侍女に産ませた男子(後の仁宗)を皇帝承認のもとに実子として宣言し、養育するというある種の代理母に近い異例の奇策にも関与している。
 中国歴代王朝にあっても、平民出自の皇后は極めて稀有であったが、劉氏は政治にも通じ、真宗在位中から病弱な皇帝に代わり政務を取った。真宗没後は幼少の仁宗に代わり垂簾聴政を行ったが、仁宗が成人後も自らの死没まで政権を返上せずに居座り、ついには皇帝の衣を着用して皇帝霊廟へ赴いたことで、前漢の呂后や唐の皇后から新王朝を建て史上唯一の女帝となった武后になぞらえられるが、章献太后は優れた人材を集めて平穏な統治を行い、「呂武の才があるも、呂武の悪はない」という高評価を残している。


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