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比較:影の警察国家(連載第1回)

2020-07-05 | 〆比較:影の警察国家

前言

 警察国家(police state)と言えば、民主国家の対照概念と把握されるのが従来の通念であったが、近年、その通念は揺らいでいる。というのも、警察国家の新たな類型が誕生しているからである。それこそ、本連載の主題となる「影の警察国家」(shadow police state)である。影の警察国家とは、民主国家の外装の裏に隠された警察国家の謂いである。
 国家と警察は本質上相即不離であるので、民主国家にあっても通常、警察機関は何らかの形で存在するが、民主国家における民主的な警察は、法秩序維持のため、発生した犯罪の解決を中心とした事後統制機関としての任務を中心とし、犯罪防止のための監視、予防拘束や情報収集といった事前統制機関としての任務は限定された二次的なものにすぎない。
 それに対して、影の警察国家にあっては、民主主義の衣の下で警察機関の事前統制機関としての任務が主任務に近いレベルにまで拡大する。言い換えれば、議会制を中心とした間接民主主義は維持されているが、それは警察的な管理統制の下でのことである。
 これと典型的な警察国家との相違は、相対的である。典型的な警察国家にあっては、民主主義は存在しない。それに対して、影の警察国家にあっては、間接民主主義は存在するも、民は主人公ではなく、監視対象に置かれる。このような影の警察国家化は、ある意味で、間接民主主義の末路現象とも言える。
 元来、民衆の直接参政を排除し、政治代表者を通じた利権ネットワークが政治を支配する間接民主主義にあって、有権者市民は革命的潜勢力として警戒されるが、今日、政治代表者の信用はかつてないほど低下しており、市民の不満は深く鬱積している。このことは、国家支配層にとっては重大な脅威であり、警察的管理統制の強化へ動く動機となる。
 21世紀最初の四半世紀を行く現在は、「影の警察国家の時代」と呼んでも差し支えないが、これを直接に促進しているのは、時代のキーワードとも言える「テロとの戦い」である。主要な影の警察国家で共通の大義名分とされているのも、テロ対策である。
 そのため、市民も続発するテロへの恐怖心から、影の警察国家化を容認させられやすい環境に置かれており、影の警察国家への批判活動は鈍りがちである。そうしたある種の暗黙の社会的合意を取りつけつつ、影の警察国家は現在進行的に強化され続けている。
 その先にあるのは、既連載『戦後ファシズム史』で指摘したような現代型ファシズムである可能性も十分想定される。ファシズムは、一面において警察国家の代表的な完成形態の一つであるからである。実際、警察国家化はファシズム前駆現象として現れることが多い。そうした観点に立って、本連載では世界の民主主義標榜諸国における影の警察国家化の実態を比較対照していく。
 その際、国際通念上、民主国家の代表例として認められている五つの国:アメリカ・イギリス・フランス・ドイツ・日本を素材とする。この五か国では、それぞれの歴史と現況に条件づけられつつ、独自の形で影の警察国家化が進行しており、影の警察国家における五つの類型を示しているとも言えるからである。
 なお、各連載記事で言及される各国の警察的諸制度はその性質上、社会情勢、国際情勢等に応じて改廃されやすいため、いずれも記事執筆時点における情報に基づくものである。随時改廃情報を反映していく所存ではあるが、時間の関係上、反映が遅れることもあり得ることをお断りしておきたい。

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