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奴隷の世界歴史(連載第30回)

2017-11-27 | 〆奴隷の世界歴史

第四章 中世神学と奴隷制度

イスラーム奴隷制の基底
 第三章では、およそ千年以上に及んだ世界奴隷貿易の歴史を概観したが、現代から見れば異様とも言えるこのような歴史の基底を成したのは、中世における神学的な奴隷正当化論及びそれに基づいて形成された奴隷制度であった。
 まずは世界奴隷貿易の歴史を始動させた中世イスラーム圏における神学的な奴隷正当化論の概要を把握することにしたい。イスラームの歴史的出発点は言うまでもなく予言者ムハンマドに遡るが、彼が出自したアラブ社会ではイスラーム以前の時代から奴隷慣習が存在していた。神の啓示を受けたとするムハンマドも富裕な商人として奴隷所有者であった。
 神の言葉を記すという形式で編纂された聖典コーランでも奴隷制は禁じられておらず、奴隷の所有は正当化され、奴隷の法的地位に関する詳細な規定がある。ただし、奴隷は戦争捕虜の場合やすでに奴隷である者を他者から購入した場合に限られ、営利的な奴隷狩りは禁止されるなど、法的な規律が課せられる。
 また奴隷に対しては、孤児、貧者、旅人などと並んで温情をもって接するべきものとされ、奴隷を個別的に解放することは善行として奨励もされた。実際、最初期ムスリムの一人として聖人視されているビラール・ビン‐ラバーフは解放奴隷出自であった。
 このように、イスラーム奴隷制には階級上昇の余地が広い柔軟な側面があり、解放されて自由人となれば、元奴隷主を庇護者として、公民として暮らすことも可能であった。また少なくとも理論上、人種差別的な構制はなく、奴隷としては“平等”であった。
 しかし、イスラーム勢力が遠征により領域を拡大し、王朝化するにつれて、奴隷制度も変化する。まず奴隷労働力の供給が不足し始め、奴隷狩りのような行為が異教徒への聖戦(ジハード)の名目で行なわれるようになっていった。奴隷貿易が活発になると、奴隷商人による奴隷狩りも見られるようになる。
 また奴隷獲得の地理的範囲が広がったことで、白人奴隷が増え、黒人奴隷との処遇の相違も生まれた。一般的に黒人奴隷は蔑視され、下層労働に投入されたの対し、白人奴隷は男性なら兵士としての徴用が多く、解放されて軍人として立身することも可能であったし、女性なら後宮女官や妃にまで栄進する可能性を伴っていた。
 かくして、イスラーム奴隷制度は、時代の変化によりコーラン規定を超越ないしは逸脱するような性格を帯び始めるが、奴隷規定自体が削除されることはなく、イスラーム世界では後のキリスト教世界のように奴隷制度を明確に否定する神学的見解が出されることもなかった。

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