ザ・コミュニスト

連載論文&時評ブログ 

不具者の世界歴史(連載第27回)

2017-06-26 | 〆不具者の世界歴史

Ⅴ 参加の時代

精神障碍者と社会参加
 種々の障碍者の中にあっても、錯乱のイメージから社会的に危険視されやすく、ノーマライゼーションの潮流からも取り残されがちなのが精神障碍者であるが、この分野でも1950年代以降、徐々に社会復帰へ向けた施策が進んでいった。
 最も大きな契機となったのは、精神に直接作用する向精神薬の開発と実用であった。中でも、妄想に侵されやすい統合失調症に対する向精神薬の開発は、統合失調症患者の社会復帰を促進するのに大きく寄与した。
 同時に、60年代以降、精神医学というパラダイムそのものに疑問を投げかける急進的な思潮が精神医学界内部からも現れたことである。この反精神医学運動と呼ばれる思潮にも様々あるが、共通しているのは精神病という診断そのものを社会的な逸脱者に対するレッテル貼りととらえ、精神障碍者のノーマライズを打ち出そうとした点にある。
 このような社会復帰の流れは、先の向精神薬の開発・改良と軌を一にして、精神障碍者のノーマライゼーションとして先進諸国では定着していった。中でも、イタリアでは1978年の法律により、精神病院制度の廃止を決めた。この法律は緊急的な場合の強制治療の必要性を排除しないものの、基本的に精神病を理由とした入院治療を否定し、精神疾患は地域精神保健機関において通院の形で実施することを明記した世界史上画期的なものであった。
 他方、国際社会にあっても、1991年に国連総会で採択された「精神疾患を有する者の保護及び精神保健ケアの改善のための諸原則」では、第六原則で「精神疾患に侵された者のケア、支援、治療、リハビリテーションのための施設は、可能な限り、患者の住む地域社会に置かれるべきである。よって、精神保健施設への入院は、そうした地域社会の施設が不適切であるか、得られない場合に限って行われるべきである。」とし、第七原則では「精神疾患を有する者を虐待から守り、精神疾患であるというレッテルが人の権利を不当に制限する口実とされないように保障することは重要であるが、精神疾患を有する者が見捨てられることを防ぎ、ケアと治療の必要性、特に地域社会に統合された人々のケアと治療の必要性が満たされることを保障することも同様に重要である。」とし、反精神医学の問題意識を修正的に反映した文言が明記された。
 翌92年には世界保健機関(WHO)が毎年10月10日を「世界精神保健デー」と定めたが、上記国際原則はまだ条約化されておらず、なお精神病院に依存している諸国も多い。特に日本の精神病院大国ぶりは突出し、国際的な批判対象にさえなっている。とはいえ、日本でも政府が重い腰を上げ、2004年以降、数万人に及ぶ長期入院患者の「地域移行」が実行に移され始めている。
 ただし、「地域移行」というテーゼは「社会復帰」、さらには「社会参加」とはニュアンスに違いがあり、単に該当者を病院から地域に平行移動させるイメージがあり、積極性に欠けている。今後の展開が注視されるところである。
 全般に、精神障碍者の現況は、「社会参加」の前提としての「社会復帰」で止まっている観があるが、これを「社会参加」の域に進めるには、精神医学パラダイムそのものへの異議という反精神医学の問題意識に再度立ち返る必要があるかもしれない。

コメント