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緊急事態改憲の急迫

2016-01-10 | 時評

安倍首相が年頭会見で、今夏の参議院選挙の争点に改憲を掲げたことで、いよいよ改憲が正式に政治日程に上ってきた。政権はその手始めを緊急事態条項の追加に定める方針を固めたとされる。

筆者は、昨年の本欄で改憲への道筋を二段階に分け、第一段階では「プライバシー権」や「環境権」などの新しい人権の追加という比較的支持されやすい「加憲」から入るのではないかと予測したが、この予測は修正の必要がありそうである。*ただし、ある種のオブラートとしてこうした「加憲」が緊急事態とセットで持ち出されてくる可能性はなお残されている。

「緊急事態」改憲は元来、東日本大震災を奇禍として台頭してきた提案であった(拙稿参照)。大震災の記憶が消えていない今なら、これを突破口にできると踏んだのだろうか。

海外の憲法を見ると、たしかに緊急事態(非常事態)の規定を持つ憲法は少なくない。最近のものでは、南アフリカ憲法に見られる。しかし、南ア憲法の緊急事態条項は緊急事態下でも侵害することが許されない基本権の内容や限度を詳細に表式化し、司法審査の可能性まで定めたものである。

近代的なブルジョワ民主憲法が国家権力を法的に制約することを目的としている以上、このような歯止め的な規定の仕方は当然のことである。しかし、現在、日本の改憲勢力が企てている緊急事態条項は、果たしてこのような歯止め条項であるのか疑わしい。

自民党改憲草案を見ると、緊急事態下にあっても、「第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。」(第九十九条第三項)という包括的な注意規定があるのみで、具体的な制限の内容・程度などがいっさい明らかでない。

これは、むしろ緊急事態を理由に基本的人権を広範囲に制約するところに狙いがあるようである。そうだとすれば実質において明治憲法下の戒厳令の復活に等しいことであり、9条と並んで現行憲法の目玉である基本的人権に対する大規模な攻撃である。

こうした点への批判を考慮して、緊急事態下での国会議員任期の延長(選挙の延期)に焦点を当てた部分改正を画策する動きもあるようだが、国会議員の任期延長は政権の延長にもつながることで、緊急事態に名を借りた政権与党の居座りを正当化する。

歴史上ファシズム体制やそれに近い権威主義強権体制の始まりは常に緊急事態宣言であった。その下で、緊急事態に名を借りた苛烈な人権抑圧や大量殺戮までが正当化された例は数多い。

次の参院選は歴史上初めて未成年者の選挙参加も予定されているところであるので、緊急事態改憲への理解が有権者の間でどこまで進むか危惧の念を禁じ得ない。

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