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戦後ファシズム史(連載第13回)

2016-01-07 | 〆戦後ファシズム史

第二部 冷戦と反共ファシズム

4‐1:グアテマラの30年軍政
 
今回以降、前回言及した反共軍事独裁ドミノ現象の範疇に含まれる多数の事例の中から六つの代表的な事例を取り上げていくが、筆頭は中米の小国グアテマラの軍政である。
 この体制は一人の独裁者に率いられた単一の政権ではなく、複数の政権の連続体ではあるものの、冷戦初期から晩期に至るまで米国を後ろ盾に長期間存続し、反人道的なジェノサイドを断行した点で象徴的な反共(擬似)ファシズム体制と言えるものであった。
 実はグアテマラの反共軍政の歴史は戦前に遡り、1931年から44年にかけてのホルヘ・ウビコ独裁政権の先例がある。ウビコはファシズム信奉者ながら米国を後ろ盾としたため、第二次大戦では連合国側に付いたが、その体制は強固な反共を軸とするファシズムの特徴を持っていた。
 このウビコ独裁政権は44年の民主革命によって崩壊し、曲折を経て50年の大統領選挙では44年革命の立役者の一人で、軍人でもあった左派系ハコボ・アルベンス・グスマンが当選する。アルベンス自身は共産主義者ではなかったが、アルベンス政権は大土地所有制の解体を軸とする農地改革を断行するなど国内保守層や米国の目には「容共的」と映る政策を遂行し始めた。
 これに危機感を抱いた米国は54年、CIAを通じて反アルベンス派武装集団を支援する形で軍事クーデターを実行させ、アルベンス政権の転覆に成功した。民主的に選挙された政権を打倒したこのクーデターは、「民主主義の旗手」を標榜する米国が黒幕的に関与するその後の中南米各国における軍事クーデターの悪名高い先例となった。
 このクーデターにより政権に就いたのは、かつてはアルベンスの友人で44年革命にも参加しながら離反していたカルロス・カスティージョ・アルマス大佐であった。カスティージョを大統領とする新たな軍事政権はアルベンス政権の政策を覆し、実質的にウビコ時代の政策を復活させた。
 カスティージョは56年に新憲法を公布し、改めて四年任期の大統領に就任するも、翌57年、警護隊員によって暗殺された。この事件の背後関係は不明のままであるが、カスティージョの急死によりグアテマラ軍政は以後、軍部内の不和も影響して不安定なものとなる。しかしカスティージョ政権が3年ほどの短い期間内に断行した強制収容、超法規的処刑や強制失踪などの不法な手段による徹底的な左派排除策は、後継軍事政権に継承されていく。
 以後、形式上文民政権の形が取られた66年から70年の間を除き、86年の民政移管まで継続されたグアテマラ軍政では長期執権の独裁者は現われなかった代わりに、歴代の軍部が集団的に統治する軍国的な擬似ファシズムの形態が採られた。
 特に1961年にアルベンス派下級将校らによって結成された反乱軍の蜂起を契機に、グアテマラ内戦が勃発すると、軍国体制は強化されていった。この武装反乱は70年代以降、グアテマラ人口の4割近くを占めながら白人支配層による大土地所有制の下、貧農の被差別階級に落とされてきたマヤ系先住民族を主体とする解放戦に移行していく。
 これに対し、軍政側は先住民集落の殲滅殺戮作戦を中心とした民族浄化政策で対抗した。この政策は軍政内の対立を背景に82年のクーデターで大統領に就いたエフライン・リオス・モント将軍の政権下で頂点に達し、大虐殺の様相を呈した。
 リオス・モントは82年末に内戦勝利を宣言したが、キリスト教原理主義者でもあり、その狂信的なまでの過激な政策が軍部内でも忌避され、翌83年のクーデターで失権する。新たな軍事政権は内戦の一段落や軍政に対する国際的批判の高まりといった内外情勢を受け、86年に民政移管を実現し、実質30年余りに及んだ軍政に終止符が打たれた。
 しかし内戦自体は民政下でも冷戦終結をまたいでさらに10年続き、96年の和平合意をもってようやく終結した。この間の犠牲者数―反政府側の手による犠牲も含む―は内戦終結前後の人口が1000万人に満たなかった中で最大推計20万人にも及ぶ20世紀における政治的惨事の一つとなった。
 救いは軍政時代の反人道犯罪が21世紀に入って国内裁判所でも審理される道が開かれたことである。特に民政移管後も国会議長に就任するなど政界実力者に復帰していたリオス・モント元大統領が2013年に至り、ジェノサイドの罪で禁錮80年の有罪判決を受けたことは画期的であった。
 ただ内戦の要因でもあった白人層が政治経済を掌握し、先住民層は貧困層を形成する非対称な社会構造は本質的に変化していない。民政移管後、旧反政府武装勢力(グアテマラ民族革命連合)も政党化され、議会参加しているとはいえ、弱小勢力にとどまる。犯罪発生率も高く、治安問題を理由に軍部が再び前面に登場してくる可能性もゼロではない。

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