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晩期資本論(連載第8回)

2014-10-22 | 〆晩期資本論

二 貨幣と資本(2)

流通は絶えず貨幣を発汗している。

 流通手段としての貨幣の第二の機能をウィットに富んだ比喩で表現している。発汗が人体にとって体温調節に不可欠な作用であるのと同様、貨幣交換は市場経済の需給調節に不可欠な作用である。貨幣なくして流通なしである。
 しかしながら、マルクスがこの比喩的な命題を通じて主張しているのは、むしろ流通なくして貨幣なしという逆の側面である。この命題のすぐ後に続けて、「どの売りも買いであり、またその逆でもあるのだから、商品流通は、売りと買いとの必然的な均衡を生じさせる、という説ほどばかげたものはありえない。」と述べるのはそのためである。理由はいたって簡単で、「別のだれかが買わなければ、だれも売ることはできない。しかし、だれも、自分が売ったからといって、すぐに買わなければならないということはない。」からである。
 ここでばかげたものと切り捨てられているのは、J・B・セーのいわゆる「販路法則」である。すなわち「生産物の販売は同時に生産物の購買であるから、生産物の総供給と総需要は恒等的に等しく、従って全般的な過剰生産は生じない」とする古典的命題である。
 生産した商品が必ず購買されるとは限らないことは、ネット上で市民が自由に自作製品を直売できるようになった時代には誰でもすぐに経験できることであるから、セー命題の誤謬は明らかであるが、この抽象命題は形を変えて新自由主義にも取り込まれているため、晩期資本主義社会は過剰生産への危機感が希薄化している。

それぞれの期間に流通手段として機能する貨幣の総量は、一方では、流通する商品世界の価格総額によって、他方では、商品世界の対立的な流通過程の流れの緩急によって、規定されているのである。

 貨幣に関するもう一つの古典命題として、「貨幣数量を増大させれば、比例的に物価上昇、貨幣価値の低下をもたらす(その逆も)」とする貨幣数量説があるが、マルクスはこの命題も明確に否定する。より直接には、「商品価格は流通手段の量に規定され、流通手段の量はまた一国に存在する貨幣材料の量によって規定されるという幻想は、その最初の代表者たちにあっては、商品は価格をもたずに流通にはいり、また貨幣は価値をもたずに流通過程にはいり、そこで雑多な商品群の一可除部分と山をなす金属の一可除部分と交換されるのだという、ばかげた仮説に根ざしているのである。」とされる。
 ところが、貨幣数量説も新自由主義にしっかり取り込まれているので、インフレやデフレ退治に通貨供給の増減調節で臨むという単純な対策が幅を利かせている(新自由主義の正体は、実のところ、マルクスによって克服されたはずの古典的経済ドグマの焼き直しである)。
 ただ、マルクスの貨幣数量説批判も、古典的な金本位制を前提しつつ、金本位制下では物価が安定するという俗論を批判する文脈でのものであり、現代の脱金本位制下での議論に直接妥当するものではなくなっているが、商品価値も貨幣価値も、究極的には貨幣の第一の価値尺度機能に依存する不安定なものであるとする点は、普遍的な意義を持つ。一方で、マルクスは次のようにも補足する。

いろいろな要因の変動が互いに相殺されて、これらの要因の絶え間ない不安定にもかかわらず、実現されるべき商品価格の総額が変わらず、したがってまた流通貨幣量も変わらないことがありうる。

 したがって、「いくらか長い期間を考察すれば、外観から予想されるよりもずっと不変的な、それぞれの国で流通する貨幣量の平均水準が見いだされるのであり」、また周期的な恐慌や突発的な通貨危機にもかかわらず、「外観から予想されるよりもずっとわずかな、この平均水準からの偏差が見いだされるのである。」とも指摘される。
 このような長期的な平準化傾向が資本主義経済の持続性の強さの秘訣の一つであり、こうした一見アナーキーな資本主義市場における「見えざる手」による事後調整のメカニズムを説明しているとも言える。

流通手段としての貨幣の機能からは、その鋳貨姿態が生ずる。

 流通手段としての貨幣は、金属そのものの使用価値に着目された商品ではなく、交換の媒介手段にすぎないから、定型的に鋳造された有形物であることが望ましい。そうした貨幣鋳造は、通常は国家権力に委ねられる(通貨高権)。

商品の交換価値の独立的表示は、ここではただ瞬間的な契機でしかない。それは、またすぐに他の商品にとって代えられる。それだから、貨幣を絶えず一つの手から別の手に遠ざけて行く過程では、貨幣の単に象徴的な存在でも十分なのである。

 貨幣は商品価値の表象手段でしかないとすれば、流通過程では貨幣という有形物そのものも必要なく、貨幣の単に象徴的な存在だけでも足りる。この定理の延長に、キャッシュカードや電子マネーのような無形的・数量的な貨幣価値だけを表象するキャッシュレス手段も生まれてくる。

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