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旧ソ連憲法評注(連載第10回)

2014-08-15 | 〆旧ソ連憲法評注

第二編 国家と個人

 総則編としての第一編に続く第二編は、「国家と個人」という見出しの下に、個人の権利と義務に関する条項がまとめられている。いわゆる人権カタログ―言わば、社会主義的人権カタログ―に相当する部分である。その特徴としては、人一般の基本的人権ではなく、ソ連市民の基本的権利(基本権)という形式で規定されていること、またブルジョワ憲法の人権カタログに比べ、義務に関する規定が詳細であり、個人的な自由と社会的な義務を同等に置く傾向が挙げられる。

第六章 ソ連国籍/市民の同権

 本章は人権カタログの総則に当たる部分であり、基本権の前提となる国籍に関する条項に始まり、法の下の平等、男女の平等、人種・民族の平等という三つの平等条項、そして外国人の権利に関する規定を含んでいる。中心は三つの平等条項にあり、自由の前提に平等を置く社会主義的人権カタログの特徴を明確に示している。

第三十三条

1 ソ連においては、単一の連邦国籍が定められる。連邦構成共和国のすべての市民は、ソ連市民である。

2 ソヴィエト国籍の取得および喪失の事由および手続きは、ソ連国籍法が定める。

3 国外にいるソ連市民は、ソヴィエト国家の保護と援護をうける。

 見たとおり、国籍に関する条項である。ソ連は連邦国家であったが、通常の連邦制とは異なり、共和国連邦制という形態のため、すべての市民はソ連邦と構成共和国に二重帰属しつつ、単一の連邦国籍が付与されるという複雑な地位にあった。
 なお、第三項で、国家任務として当然の在外国民の保護と援護を憲法上の権利として保障しているのは、進歩的な規定であった。

第三十四条

1 ソ連市民は、出生、社会的地位、財産状態、所属する人種もしくは民族、性、教育程度、言語、宗教にたいする関係、職業の種類および性格、居住の場所またはその他の事情に関係なく、法律のもとで平等である。

2 ソ連市民の同権は、経済的、政治的、社会的および文化的な生活のすべての分野で保障される。

 法の下の平等条項であり、日本国憲法第十四条と酷似している。自由の前提に平等を置くとはいえ、「法の下の平等」という形式的平等理念は階級分裂を前提とするブルジョワ的な平等哲学に由来しており、それをほぼそのまま踏襲しているのは、ブルジョワ憲法の克服を目指したはずの社会主義憲法としては不足の感がある。

第三十五条

1 女性と男性は、ソ連において平等の諸権利をもつ。

2 これらの権利の行使は、教育、職業訓練、就職、労働にたいする報酬、昇進、社会的、政治的活動および文化的活動において、男性と平等の機会が女性にあたえられること、女性の労働と健康の保護のための特別の措置、女性の労働と母性の両立を可能にする条件の創出、ならびに妊婦と母親にたいする有給休暇その他の特典の供与および幼児をもつ女性の労働時間の漸次的短縮をふくむ母性および児童にたいする法的保護および物質的、道徳的な支援によって保障される。

 本条は両性平等に関する条項であるが、第二項で女性の地位の向上のための社会的な支援が詳細に定められている点で、進歩的であり、形式的な平等にとどまらない実質的な平等の保障を目指す社会主義的な特徴を持つ規定である。この規定により旧ソ連では女性の就労率は高かったが、ソ連解体後、ブルジョワ憲法に後戻りしても、なおロシアの女性の就労率は旧西側諸国より高い。

第三十六条

1 さまざまな人種および民族のソ連市民は、平等の諸権利をもつ。

2 これらの権利の行使は、ソ連のすべての民族および小民族を全面的に発展させ、接近させる政策、市民にたいするソヴィエト愛国主義および社会主義的国際主義の教育ならびに自国語およびソ連の他の民族の言語をつかうことができることによって、保障される。

3 どのようなことであれ、市民がどの人種または民族に属するかによって、直接もしくは間接に市民の権利を制限し、または反対に直接もしくは間接に市民に特権をあたえること、ならびにあらゆる人種的、民族的な排外主義、憎悪または軽蔑の宣伝は、法律によって処罰される。

 本条は、他民族国家ならではの人種・民族平等に関する条項であるが、第三項でヘイトクライムに関する処罰化が明確に規定されている点で進歩的であった。第二項は微妙な問題を含む条項で、民族的平等をソヴィエト愛国主義および社会主義的国際主義の教育と民族語の保持によって止揚的に達成しようとする試みであったが、成功したとは言い難く、むしろソヴィエト愛国主義に偏り、民族性の抑圧につながっていた。

第三十七条

1 外国市民および無国籍者は、ソ連において、法律の定める権利および自由を保障され、自分に属する人格権、財産権、家族にかんする権利およびその他の権利の保護のため、裁判所その他の国家機関に提訴する権利を保障される。

2 ソ連の領土にいる外国市民および無国籍者は、ソ連憲法を尊重し、ソヴィエトの法律を遵守する義務をおう。

 次条と併せ外国人の権利義務に関する規定を持つソ連憲法は、国民国家の枠組みを優先し外国人の権利条項を欠くことが多いブルジョワ憲法に比べ、国際主義的な視野に立っていた。中でも本条は無国籍者をも外国市民と同等に処遇する点で、進歩的であった。

第三十八条

ソ連は、勤労者の利益もしくは平和の事業の擁護、革命運動もしくは民族解放運動への参加または進歩的な社会的・政治的、科学的もしくは他の創造的活動のため迫害されている外国人に、避難権をあたえる。

 これも通常のブルジョワ国民憲法には見られない亡命権に関する条項である。この規定により、ソ連は世界各国から社会主義者・共産主義者の亡命を受け入れていたが、一方で、ソ連市民の海外亡命は厳しく取り締まっていた。

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