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分断、虐げられた女性のモノローグが秀逸 フェミニズムが推す『侍女の物語』

2023-10-03 | 書籍

『侍女の物語』は、NHK「100分deフェミニズム」で鴻巣友季子さんが取り上げて、この度たちまち有名になるまで知らなかったのが恥ずかしい。オーウェルの『1984年』を想起せるディストピア小説の王道と言えるだろう。時は環境破壊や原発の影響などで、少子化が極端に進んだ近未来のアメリカ。キリスト教原理主義に基づくギレアデ共和国では、女性は4つの階級に分けられている。支配層の「司令官」との生殖行為だけのための「侍女」オブフレッド(司令官フレッド「の」という所有を表す「オブ」がつく名前)の語りで描かれる。「侍女」になるのは過去に中絶や不倫など「許されない」行為をなした女性たちだ。だが、「司令官」に派遣されても3回以内に妊娠しなければ「アンウーマン(不完全女)」となり、コロニーに送られる。コロニーでは長く生きられない。

なぜ、これがフェミニズムが推す作品であるのか。原作が発表された1980年代半ばはフェミニズムに対するバックラッシュが吹き荒れていた時代。そしてギレアデ共和国は、前政権を議会襲撃による大統領暗殺により権力を奪取した。恐ろしいほどのデジャブである。女性から権利を奪い、分断・支配するのは権力にとってコントロールしやすいから。オブフレッドが表す階級の上方である小母や妻、司令官をはじめとする周囲の男たち(不妊の原因がフレッドにあると見抜いた妻は、オブフレッドに運転手のルークと性交するよう強要する)、そして侍女仲間たち。その記述は正確で微細で人物像がよく立ち現れている。そうオブフレッドは賢明なのだ。しかし権利も財産もない。産む女か産まない女かだけだ。女性の意思、能力、状況を無視して分断する政治は、中絶が許される州とそうでない州に分けられたアメリカで現実化している。

鴻巣さんは、4つの階級のうち最下層の侍女を現在の日本では、新自由主義の進展、資本の論理であちらこちらに飛ばされる非正規雇用になぞらえる。そしてアンウーマンはコロナ禍で激増した女性の自殺や、暴発して殺傷事件を起こす人たちだろうか。

安倍晋三政権が集団的自衛権行使のために憲法解釈を捻じ曲げた際、憲法学者らを中心に政権の恣意的な言い換えを指摘していた。その際、『1984年』のニュースピークが引用された。ロシアによるウクライナ侵攻でプーチン政権は戦争と言わず、「特別軍事作戦」と言っている。『1984年』では戦争を「希望」と言い換えていた。

それにしても、虐げられた女性の、それも性的に搾取されている状態が日常 のモノローグによる描写はなんと説得力があり、冷静で、であるからこそ現実の恐怖を想起させることか。『侍女の物語』は21世紀の現在を描いているのだ。時代背景は過去、それも日本が大陸に侵略していた時代と違うが、気鋭の若手作家青波杏の『楊花(ヤンファ)の歌』も、モノローグの快作として推薦する。

(『侍女の物語』マーガレット・アトウッド作 斎藤英治訳 ハヤカワepi文庫、『楊花(ヤンファ)の歌』は2023年 集英社)

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