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kenroのミニコミ

kenroが見た、読んだ、聞いた、感じた美術、映画、書籍、舞台、旅行先のことなどもろもろを書きなぐり。

生業としての屠畜に生きる姿が清々しい   ある精肉店のはなし

2013-12-19 | 映画
内澤旬子さんの『世界屠畜紀行』(解放出版社2007)では、日本の屠畜現場も親しみやすいイラストと丁寧な解説で紹介されていた。屠畜に絞った好著で、世界中のその現場が臨場感をもって伝えられるとともに、とりわけ日本ではそれが今や差別とは違うところで(もちろんそこにも触れられているし、完全に解消したわけではない)作業をこなす(多くの)おっちゃんたちの肉声が伝えられている。私たちが日頃「美味しい」「美味しくない」との一言でその食材が私たちの口に納まるまでの背景に思いを至らせずにいることに対する警句となった本書は、この映画で警告される安易なフーディズムに対する警句でもあった。
「ある精肉店のはなし」はそこまでも、いや実は『世界屠畜紀行』でも深刻に描いているわけではない差別される職業としての屠畜を、差別を前面に押し出すのではなく、むしろ人間が大昔から関わってきた普遍的な職業の一つとして取り上げているところがいい。そして北出家では7代にわたり、牛を飼い、屠り、切り分け商品とするまで一家の生業としてきた歴史を丹念に追い、また、当事者のインタビューや地域の祭りも交えて淡々と描いている良作だ。北出精肉店が地域に根付き、商いをずっと続けてこられたのは、技術に裏打ちされた信用そのものである。北出精肉店の先代、現在の店主北出新司さん、弟の昭さんの父親である静雄さんは小学校で教師に差別され、学校に行かず読み書きができなかったという。しかし、現金商売を続けていれば生活には困らないという世界観があったと。それは、金さえ持っていれば差別に負けないといういわば、歪んでいるけれど現実的な選択であったのだろうと。回想する真司さんらは地域の解放運動を牽引し、教育、住環境、地域交流からの排除などそれまでさまざまになされてきた差別と闘い、改善させていく。映画では詳しく触れられていないが、筆者も少しだけ知っている解放運動とは、毎日が運動である。生活が運動である。例えば同じ学区であるのに川の向こうとこちら側で日常的に交わされる「川の向こう側やから」という言葉。その前提として揉め事があれば、学校や地区の行事に決められた寄付ができなければ、あるいは政治的発言をして「浮いている」と見られれば、「川の向こう側やから」。
北出家に休みはない。それは実態的な休みというのではなく(静雄さんの代は元日以外休みがなかったという)、精神的なそれだ。それは一日の作業において明らかだ。生きている牛を今から割る(「殺す」ではなく「割る」という言葉が、生き物をいただく言葉として優しい)緊張感は、それを欠いて一つ間違えれば大事な牛を傷め、作業者も大怪我をしかねない。昭さんは「オヤジ(静雄さん)によく殴られた」という。今で言えば児童虐待だ。殴るのはもちろん良くないが、屠畜の際、しっかり牛を押さえていなければ、皮をはぐ人も、押さえている人も危険だ。それを防ぐために言葉で伝える技術を知らず、殴ることで体で覚えよということなのだろう。屠畜の現場に限らず多くの生産現場であったことだ。
貝塚市営の屠畜場が閉鎖されることになり、飼育、屠畜、解体、販売の一貫作業をこなしてきた北出精肉店はその任を終え、今後は新司さんが小売に徹し、昭さんは太鼓製作に勤しむという。だんじりの街に太鼓は欠かせない。そして太鼓の革は言うまでもなく牛のそれでできている。太鼓の重く乾いた響きは、北出の人の一歩一歩の歩みをも伝えているようで心に染み入る。
フードマイレージが極端に低かった北出家の商いが消えたことで、私たちは食以上に隣の人とのつながりをも消失させてしまった。そんな気がしてならないが、新司さんらの前向きさは、差別はきっとなくすという終わらないたたかいへの決意に見えてとても清々しい。
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