kenroのミニコミ

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短命こそ成功表現の証か?  ロシアアヴァンギャルド展(サントリーミュージアム)

2008-10-12 | 美術
ロシアアヴァンギャルドの寿命は短かった。印象主義以降、フォービズム、キュビズム、シュルレアリズムそしてシュプレマティズムと革命を経験したロシアが近代を体得するために急激に変容していった流れの中で美術もまた急激に変わっていった。しかし、ナチスとは違う形で全体主義的に表現もまた狭まれて、アヴァンギャルドの将来が途切れたからだ。
マレーヴィッチのシュプレマティズムはその後アメリカのミニマルアート、ステラやロスコなど、あるいはイタリアのフォンタナなどに引き継がれていくのではと勝手に考えているが、抽象表現主義という一言では言い表せないほど豊かで、また想像力をかき立てるのがマレーヴィッチの農民像である。そう、マレーヴィッチはロシアという凍土の農民像に拘った。カンディンスキーなどロシア出身の美術家が表現主義というロマン、印象主義に「毒された」見やすさに挑戦するかのごとくそれこそ「シュプレマティズム(至高主義、または頂上主義などと訳されるが)」で抗った二次元表現の要素としての画面への執着、がキュビズムを越えた形で現された。それがマレーヴィッチの仕事の真骨頂であると。
カンディンスキーはドイツへ、革命前後舞台美術で成功したシャガールはフランス、そしてアメリカへ、マレーヴィッチは抽象芸術を捨て具象画へ。美術表現が自由であるかどうかは時の権力が決めるという体制内美術の限界が垣間見えるロシアアヴァンギャルドの短命さである。
しかし、マレーヴィッチの力強い農民像は抽象か、具象かは全く関係ないということも再確認できた展覧会であった。そして近代絵画の理論的支柱、セザンヌが語った「絵画は円柱と、三角と四角で描け」を忠実にこなし、同時に、であっても労働者・農民の力強い像を描けたのもマレーヴィッチであった。
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