ツアー中も勿論そうですが、昨日は、
・・・本当に、温かいメッセージを、ありがとうございました。沁みました。
ある日、知り合いのアメリカ人の友人に「I'm so tired!(本当に疲れたよ)!」って言った時に、「そうかー。でも本当に疲れた時は、『tired(タイアード)』じゃなくて、『I'm exhausted(アイム イグゾースティッド)』!」って言うんだよ。」と教えてもらいました。
Exhaust。日本語だと、「エキゾースト」と言うのかな。自動車の排気音のことを、「エキゾースト・ノート」と言ったりしますが、つまり、「中身が空になるまで外へ放出する」って意味なんですね。転じて、長い仕事が終わってくたくたに疲れ果てた時などに、英語では良く使うんだそうです。「もうエネルギー全部使い果たしたよ」、な感じね。
いやはや、まさに昨日はそれ。「I'm so exhausted!」という感じだったんです(笑)。なんだかご心配かけてしまって、すみませんでした。ただ座って、あんまり頭を使わなくてよさそうな映画を観て過ごしてました。三本ほど(笑)。
ツアー、終わりましたね。終わっちゃいましたね。本数で言えば16本でしたが、なんだか十分に倍くらいはやったような気分がしています。それだけ、本当に一本、一本が濃かった、ということなのですけれど。
そしてやはり、どの会場の一曲、一曲全てが違っていたし、それぞれ感慨があって、思い出があります。
どの曲も、本番での演奏は数分のことですけれど、僕たちは、その数分の為に何時間も、何日も準備をします。曲を理解して、その中に自分の居場所を探して、自分が何をするべきかを考えて、選択して、練習して。この繰り返しです。もちろんプロとしてステージに立つ以上、これは当たり前のことです。そうして、入念に準備をして、本番に臨みます。・・・でも、本番が準備通りに行くと思ったら大間違いなんですが(笑)。また逆に、本番だからこそ、リハーサルでは想像もつかなかったような事が起こるのが、ステージ芸術の面白いところですね。
展覧会当日になったら書いた絵が変わっていた、出版されたら書いた文章の結末が変わっていた、ということはありませんものね。音楽は、しょっちゅうありますからね、これ(笑)。
武道館の為に、何曲が追加したいというアイデアが出て、その候補曲の中に「ありがとう」という曲がありました。俊くんのファンの方ならご存知だとは思いますが、彼がとてもとても大切にしている曲です。
ツアー中のある日、二人で候補曲の打ち合わせをした時に、この曲の話がでたので、「あ、いいねー、きっとファンの人たちも喜ぶよね」と言うと、俊くんは「うん。・・・よし、やろう。」と言い、手元の曲目表に「あ・り・が・と・う、ケ・ン・坊・と・二・人・で」と書き込みました。
「・・・二人で!?」
「うん、今回二人で演るの無かったし。・・・大丈夫でしょ?」と言って、笑います。
「勿論、そりゃ大丈夫だし何とかするけどー。・・・まぁ、じゃあリハでやってみよう」
「だね。で、原曲のアレンジとかは忘れて、今回だけの『ありがとう』をやろうよ。」
「おっけー。」
そんな会話があって、福岡公演の後、二日間だけの東京でのリハーサル日を迎えました。
「テンポも決めないでやろう。そこは、その日の気持ちいいテンポで。その分、手元見ないで、オレの背中、見てて。気持ちで唄うから、ケン坊は、それを感じて、弾いて。」
ピアノと二人の演奏で一番よくあるのは、ピアニストはテンポをクールにキープして、その上にボーカリストが乗って、自由に行ったり来たりする方法。ボーカリストがピアノやギターを弾きながらの、いわゆる「弾き語り」ならば、自分一人の呼吸で出来るからズレることはありませんけれど、二人になると、まずその呼吸合わせが一番のポイントになります。でも、言うほど簡単なことじゃないんですよね(笑)。求められるのは、二人で一人になること。一曲丸々、同じように揺れながらも、ずっと同じ呼吸をすること。そのためには、確かに、鍵盤を確認していることも、ほとんど出来ないわけです。
こうなると、事前に一人で練習することも、意味はありますが、やはり未知の部分が大きいので、結局二人の時間でどうにかするしかないわけです。手元を見ないで弾く練習も、あまり意味がない。そこに鍵盤はあっても、弾くべき正解の音は、無いから。彼の背中がないと、意味が無い。
しかも、そんなに何度も唄える、演奏できる曲じゃないんですね。ああいう曲の場合は、集中力が持つのが、せいぜい二度か、三度。それこそ、エギゾースティッドしちゃうわけです。お互いに。
結局、リハーサルでは完成形は作れませんでした。まだまだ「僕」が「彼」になりきれなかった、というのもありますし、武道館で、お客さんを前にして、その時、どういう呼吸をしているかなんて、僕達自身にも想像が出来ないわけですから、それ以上詰め様がなかったというのもあります。
武道館初日、音響関係の調整などでリハーサルが押して他の曲のリハーサルが終えた段階で、開場予定時間まで、あと10分。「ありがとう」は、あのリハーサル以来、まだ手がつけられていません。僕はスタッフさんの準備を待っている数分の間に、一人でポロポロと弾いていました。すると、そこにサックスのはじめさんが、たまたまアドリブでちょっとメロディーを重ねました。僕達は、リハーサルの合間などに、色々と音で遊ぶことが多いのですが、その時も、はじめさんとしては「ケン坊がなんとなく弾いてたから、なんとなく吹いただけ」だったのですが(←あとでそう言ってました)・・・それを聞き逃さなかったのが、俊くん。ささっと僕のところに寄って来て、
「ねぇ、はじめさんにも参加してもらうってのは、どうかな?」と言いました。
「あ、いいね!膨らむね。お願いしよう。・・・はじめさーん!お願いが!」
急遽、はじめさんにも入ってもらうことに。開場時間まで、あと5分。しかし、はじめさんは、この曲をまったく知らないのです。
「えっ!?まじ!?あ、いや、いいけど・・・、ってか、キーは何?コード進行教えて!」
そりゃそうです(笑)。コード進行を説明した段階で、さすがに舞台監督から「ケンちゃん、まずいよー。もう開場時間だよ」。本来なら、リハーサルは開場一時間前には終わってるはずなのです。他の作業も沢山あるし、それを各セクションに割り振るのが監督の大切な仕事なのです。
「でもやらないわけにはいかないよ。」と、監督に無理を言って、「一回だけ」という約束で、三人で「ありがとう」を演奏しました。当然、入ってもらう場所の変更とか、直すべきことが出来てきます。でも、そこでタイムアップ。僕と俊くんの呼吸合わせ云々は勿論、はじめさんが入っての完成形も作れないまま、一度も曲を通して演奏することもなく、「でも、大丈夫。出来る。ってか、もうやるしかないし。」と、リハーサル時間は終了しました。
アンコールの熱いコールの中、「よろしくです」と、三人で握手をして、他のメンバーに見送られながら、ステージへ上りました。緊張感は最高潮です。正直、手が震えるんじゃないかって位。だから、僕はイントロを弾き始めてすぐ、お客さんの顔をゆっくりと見まわしました。・・・そしたら、すっごく落ち着いたんですよね。パワーをもらう、ってああいうことなんですよね。
結果、どんな「ありがとう」だったかは、お聞きになっていただいた通りです。そして、二日目は、あえて最初からこの曲のリハーサルはしませんでした。そして結果は、・・・やはりお聞きになっていただいた通りです。
どちらの日も、ステージのそこまでの流れからくるムードが全然違いましたから、かなり違うテンションで弾くことになりました。秘める思いも、それぞれありました。
自分を褒めるわけじゃありませんが、精一杯、弾きました。穴の開くほど俊くんの背中を見てね。そして、はじめさんの演奏の素晴らしさは、言うまでもありませんでした。期待通りというより、期待以上のプレイをしてもらえました。本当に、最高のプレイヤーです。曲が、何倍にも大きくなりました。いやはや、サックスってすごいなー。・・・いや、もちろんそのサックスに魂を込めることの出来る、はじめさんが凄いんですけども。しかも、ノーリハーサルで。
そして、俊くんの唄は、・・・僕が言う事でもないでしょう。本当に、あそこまで感情を声で表現できる人は、まれだと思います。
最終公演を終えた、最後の打ち上げで俊くんは、「今日は悔しかった」と言いました。最終日は、やはり色んな思いが込み上げてしまったのでしょう、感極まって唄えなくなってしまうシーンが何度もあったんです。「・・・でも、『ありがとう』が、唄えた。何がどうあっても、あの曲は唄わなきゃと思ったし、・・・あれが唄えて、救われたんだよね」と言いました。
「そうか。そうだね。・・・で、演奏は?どうだった(笑)?・・・唄い辛くなかった?」と訊くと、
「・・・最高だった」
と言ってくれました。そして、乾杯。
「(・・・アナタノウタガ、サイコウダッタカラダヨ)」
口に出すと軽くなるので、言えませんでしたが。
まだ、録音されたものは聴いていません。
まだ、いいでしょ、・・・冷静に聴かなくても。もう少し、「がんばったぞー」の気持ちにひたっていても(笑)。
最初にも書きましたが、他のどの会場の、どの曲にも、こういう思い出が沢山あるんですよ。どの日の、どのメンバーにも、ね。みんな、最高でした。そしてなによりも、最高のお客さんがいての、僕らなんです。
お蔭様で、今回も、実り多きツアーになりました。
また、ツアー中には、沢山のお手紙やプレゼントをいただきました。ちゃんと手元も届いておりますよ。全部読ませていただいてますし、いただいたものは、・・・また全部食べさせていただきますから(笑)。
桜も、あとは北海道だけかな。春が、来ましたね。皆さん、体調にはくれぐれもお気をつけになって、またお会いできる日まで、どうぞお元気でお過ごし下さいね。
最後にもう一度。
本当に、ありがとうでした。
(2008年4月26日、本番3分前。この扉の向こうが、ステージ。)
ではー。