新 風のふくままに 

写真付きで日記や趣味を書く。プロフィールを変えました。

清里のこと

2011-07-28 | 社会

今日のテレビ東京の番組で清里のことを取り上げていた。

なんと清里の開拓は、小河内ダムの建設で埋没した村の人たちが開墾に入ったのが最初だったのだそうだ。

子供時代にそういうニュースを映画で見たような気がする。多分まだテレビは普及していなかったと思う。

苦難の末にやっと野菜が取れるようになったが、戦争でまた疲弊したそうだ。

その日本の状況に頭を痛めた米国人がやってきて、立教大学の先生をしたりしたのち、清里に牧場を開き、今の清泉寮ができたのだそうだ。食料不足で栄養失調になっていた農民達に栄養をつけるにはどうしたらよいかと、考えて牧場を作ったのだとか。

そんな背景があるとは知らなかった。清里で、その方の銅像を見たりしたのにね。ジャージー牛って、冷涼な環境でも元気に生きられる牛として導入されたので、もともと牛乳が美味しいとかの理由ではなかったらしい。

その後リゾートブーム、ペンションブームが起きたが、私はそういうニュースを横目に、お金がかかるのでペンションなどに泊まったことはなかった。もっぱらユースホステルだった。

しかい面白い歴史だなと思った。

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孫 5か月半

2011-07-24 | 日常

今日はおさらい茶会にお客様として参加させていただいた。久しぶりでちょっと失敗してしまった。少し雲が多くて、猛暑というわけではなくて良かった。

そのあとで孫の顔を見に寄った。ちょうどベビーカーに乗せられて買い物に来ていたが、乗ったとたんに寝てしまったとかで、段差などでがたがたしていたが、すやすやと寝ていた。

しばらくよく寝ていたが、すこしもぞもぞしてきたので、手をつついたら、目を覚ました。どうもアー、ウーとか言うときはおしっこが出た時らしいので、見てみたらやっぱりそうだった。今は紙おむつの色が変わって分かるので便利ですね。

もう5か月半で離乳食が始まっていた。おかゆはおいしそうに食べている。今日は初めてのかぼちゃだということで、食べさせたら、ちょっと不審な顔。でもちゃんと食べていた。おかゆの方が美味しそうな顔をしていたが。

ちゃんと計画的に離乳を実行している様子だった。

まだハイハイもお座りもできないが、後ずさりはしていて、おもちゃのたくさんついた歩行器のようなものに入れるとぴょんぴょんして可愛らしい。しかし、いろいろなおもちゃがついているので、気が散ってしまいそうに感じてしまった。

デジカメでたくさん動画を撮ってから帰宅した。

今日はそこの農協の前で地元の野菜を売っていたので、トマトやキュウリ、ナスなど買い込んで帰った。新鮮な野菜が食べられるのは嬉しいですね。ただこのあたりの放射能はどうなんでしょうね。

まあ、自宅で採れた青紫蘇は、よくそうめんに添えたり、昨日はとんかつにまぶして揚げて食べたりしているのだが。

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高山病について

2011-07-23 | 健康

今日、あるところで、知り合いの若者が最近富士山に登った時の話を聞いた。

その若者は、足を痛めて診療所によって応急治療を受けたのだそうだが、その時に外国人の人が、高山病か何かで、息を引き取ったのに居合わせたのだそうだ。まあ、本当の話だろうとは思うのだが、真偽は分からない。

しかし、富士山で高山病とか脳梗塞などで亡くなる方が結構いるのは事実らしい。

7月初めには、富士山に50回も登ってきたという方が、脳梗塞で亡くなったらしい。

また働き盛りの方も低体温症で亡くなっているそうだ。こちらは装備がどうだったのか分からないが。

あるブログを見たら、ツアーの場合、高山病になりやすいという指摘があった。

少し異変を感じた段階で、一人とか親しい人のグループなら撤退もできるのだが、ツアーだと皆に迷惑をかけてはいけないということで、頑張ってしまって、病状が重くなる傾向があるという。周りの人も、せっかくだから頑張って!と励ましてしまって、病状を悪化させるケースも多いとか。特に海外のツアーではそうなりやすいようだ。

確かに以前まだハイキングを初めて間もないころ、ある少年の家の行事に参加して、富士山3合目から5合目まで登った時、私にはスピードが早くて動悸がすごくなったが、皆について行かないとならなくて、相当につらかったことを思い出した。なかなか「早すぎるのでもう少しゆっくりしてください」とは、言いにくかった。

その他にもツアーでは、ほかの人に遅れを取ったら迷惑になると思って、頑張るので大変だったことが多い。私が早いと感じるツアーでも、一部の人たちには遅くてたまらないということもあるらしい。

この頃は、「このツアーはゆっくり目だから、登山スピードの速い人には向きません」と、書かれているツアーも見かける。

グループの場合は、一番遅い人にリーダーか、サブリーダーが必ずつかないとならないとある。確かにこの間も、あとちょっとで小屋も見えているからと気を抜いてしまったら、1人で先に進んでしまっていた。一本道だし、人が並んでいたから良かったが、道がわかりにくかったりしたら、危険なことですね。常に見える範囲で見ていないと良くないですね。

山では、ほんのわずかのところでも、はぐれてしまうことを体験しているのに、目を離してしまった。別にリーダーってわけでもないけれど、企画者としては失敗でした。

 

 

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谷川岳天神尾根登山 2011.7.17.

2011-07-18 | ハイキング・登山

16日の夕方8時ごろ、宿に何とか入ることができた。8時までには入館するようにとのことだったので、ほっとした。外は涼しかったが、宿の玄関のところはちょっと暑い。

一階は涼しかったのだが、案内されたのは2階で、結構蒸し暑い。しかし扇風機もなく、うちわは車に置いてきてしまった。2食分のお弁当を注文していたのだが、それも用意されていて、受け取る。

網戸からは若干涼しい風が入っては来るのだが、風が通らない。

運転する方が戻っていらっしゃるのを待って、入浴。お風呂は10時までとのこと。やっとさっぱりすることができた。

それからビールなどでくつろぐが、周りは早朝出発の方もいらっしゃるのか、静か。たまにいびきも聞こえてくる。

私は秋に厳剛新道登山に参加できなかった方を案内する予定で登山計画書も用意して来たのだったが、あまりの暑さに、あの結構ハードな樹林帯と鎖場を抜けてからのかんかん照りの危険を伴う岩場を1時間半も歩くことを考えると、自分の体調が持つか心配になってしまった。その方、保険をかけてきていないというし。

その方、本当は行きたかったと思うが、どちらでも良いとおっしゃったので、厳剛新道はやめにした。

夜、蒸し暑さと水の音(くみ上げた水なのか分からないがずーっと水の音がしていた)、駅のすぐ上で、深夜にも夜行列車なのか、列車の音がしたり、駐車場で若者の一団がうるさかったり、やっと眠れたと思ったら、早朝出発組の女の子たちがうるさかったり(まあ、これは私たちも11時ごろまではうるさかったので人のことは言えないが)、ともかく眠れず、ほかの女性も同様のようすだった。

男性群は駐車場や線路と反対側の部屋だったから、いくらかはましだったかもしれない。

眠れないま4時になってしまって、さすがにこの時間帯は涼しい。起きて厳剛に行こうかしら?とふと思ったが、男性群は寝ているみたいだった。6時半には山の上に日が当たり始め、暑さを予想させる。何しろこのところ、水上あたりは東京よりも1、2度くらい高めの気温だったのだ。

私はチームとして熱中症とか、落伍者を出さないようにと思い、凍った水を発泡スチロールに詰めて、新聞に包み、さらに保冷パックに入れて持参した。ホテルなどと違って冷蔵庫などはないと思ったから。自分用にも別に凍らせたものを持ってきた。しかし、要らないと連絡をくださっていた方もいらして(私はそのメールに気が付かなかったのだが)、私は完全に凍った水を結局3本持って登った。おかげで私は最後まで氷の入った冷たい水を摂ることができて、助かった。まあ、それがなくても、誰も熱中症にはならなかったようだが。その重さの分、車には負担をかけてしまったのかもしれない。

朝6時40分に送迎のマイクロバスが出るというので、玄関前に集合し、ロープウェイ駅に行く。ロープウェイ駅までは歩いても15分程度だというが、車に乗せておくつもりだった荷物も持って歩かないとならなかったので、遠慮なく利用させて頂いた。

7時始発で、ブログに6時半に乗れたというのは山開きの日の特例だったのかもしれない。既にかなりの人の列だったが、改札は7時ちょうどだった。宿で割引券を頂いたので、往復のロープウェイ代金も安くついた。

      

ブログにリフトで天神峠に出た方が景色が良いというので、400円を払ってリフトに乗る。スキー場のあたりは草花の咲き乱れる草原となっていて、東富士演習場を思い出した。ニッコウキスゲが咲いているところが違ったけど。

    

  リフトからの植物  シモツケソウ            トリアシショウマ       クルマユリ

     

このニッコウキスゲは植栽されたものなのかしら?と話ながら乗る。さわやかな風が吹きわたり気持ちが良い。

リフトをおりると、谷川岳の双耳峰が夏の青空の中に見渡せる。写真を撮って進むと岩場があり、そこからの方が景色がさらに良くて、よく知った人たちはそちらで記念撮影をなさっていた。

 

道々の花もきれい。ヨツバヒヨドリとかトリアシショウマ、ニッコウキスゲとか。しばらくすると樹林帯の中のごつごつした石の多い急な下りが続き、慎重に下りたら30分くらいかかった。秋に来た時、観光客がこちらを歩いていたが、登りきったのかしら?

 

ロープウェイ駅からの道との合流点で、運転してくださった方は宿舎の方にロードサービスのために待機するというので戻られ、私たちは熊穴沢の避難小屋を目指した。下りがあり、帰りは登らないとならないのねと話す。

  ←木々の間から見えるマチガ沢の雪渓

避難小屋に着いたが、中はアブがいるし、窓は開けられないので、蒸し暑いから外で休憩。水分補給は30分に一回程度は取った。

  

避難小屋を出ると、はるか向こうまで木々の間の登山道を人々が延々と登っているのが見える。結構急だ。

 

前に帰りに通った時は、ロープウェイの最終便に間に合わなくなると困るということで皆必死に歩いて下りだったこともあり、あまり印象がなかったのだ。取ってつけたような鎖場もあるが、ほとんどは鎖やロープを使わずに登れる。しかし、蒸し暑いしまだ樹林帯だというのに汗びっしょり。

ところどころの大きな岩のところでは人々が岩の上で休んでいたが、暑そう。風が通るのかもしれない。

天狗の留り場に着く。ナナカマドの木が目印だ。

    

さらに暑さに喘ぎながら、天神ザンゲ岩に着く。女の子の軽装の一団が、ペットボトル一本だけで登っていて、あきれてしまう。肩の小屋で何か買えるよねと言いながら、頑張って登ると言っていた。かなり無謀だ。

  

雪渓が見え、肩の小屋のあたりの鉄塔が見えてきた。しかしそのあたりもまだ10時前だというのに、日差しは強く暑い。時折吹く風は雪渓の涼しさを運んでくるが。

ジョウシュウオニアザミ         ニッコウキスゲ                      モウセンゴケ     

     

しばらく行くと、雪渓から流れ出た水が小さなせせらぎとなって足元を濡らしていた。水たまりの水がいくらか冷たいので、タオルを浸して、首に巻いた。

    

そこから雪渓の横の方(ちょっと離れていて、ロープが張られていたがそばに行く人も見られた)の階段状の広場を淡々と歩くと、ひょっこり肩の小屋の前に出た。万太郎山方面の斜面にはニッコウキスゲが咲いているのが見渡せた。自生しているのですね。

  

                         

まだトイレが並んでいなかったので、私たち女性二人はトイレに寄ったが、その間に遅れてきたメンバーは男性の目の前を素通りしてそのままトマの耳へと向かってしまったらしい。

私は慌てて追いかけたのだが、ごろごろ石の続く人の連なる登山道ではなかなか追いつけなかった。やっと相手が気づいてくれて、トマの耳に着いた。間もなく、ほかの二人も追いつき、順番待ちして記念撮影。何しろ狭い頂上にハイカーがひしめいているのだった。

肩の小屋広場あたりのお花畑を行くハイカー

トマの耳 どこのどなたか、後ろ姿が映りました。   三角点           マチガ沢雪渓

    

山頂からの眺望も素晴らしかったが、遠くの山々は残念ながら少しかすんでいた。山頂あたりにはウスユキソウ、ニッコウキスゲ、オンタデ?ヨツバシオガマ、ヒメイワカガミなどの花が見られた。

オキの耳への登山道

   

       

   

ミネウスユキソウ(左上)とホソバウスユキソウ          ハクサンフウロ

  

コメツツジ                             ハクサンシャクナゲ

そこからオキの耳までの道筋にも人々が列をなしていた。私たちもその一員に。道々終わりかけのコメツツジとか何種類かのウスユキソウ、ハクサンフウロの鮮やかなピンクの花、カラマツソウ、白山シャクナゲの小さめの花、ウラジロヨウラクの可憐なピンクの花などの他、頂上直下には高嶺バラなども見られた。左側の万太郎谷だろうか、草原の谷は誰かがブログでスイスアルプスのようだと表現していたが、私もまさに写真で見るアルプスの風情だなと見とれてしまった。

 

オキの耳も狭くて、下に戻り、その先の一の倉岳に続く道のノゾキの大分手前に少し広めの場所があったので、そこに縦に並ぶ形で座って昼食にした。上級者以外はノゾキの先は危険だから行かないようにと物の本には書かれている。確かに、このあたりでもうっかりリュックなど落としたら、どこまでも落ちて行きそう。人間もしかり。

         

   

ミヤマカラマツソウ                        ミヤマダイコンソウ

 

ウツボグサ                               ミズギク

      

タカネバラ                          ウラジオヨウラク    ヨツバシオガマの群落

そのあたりからは、2本の雪渓がきれいに見える。左が一の倉沢と右がマチガ沢の雪渓のようだ。

  

11時半だった。新潟側から吹き上げてくる風が冷たくひんやり。しばらくすると霧も吹きあげてきて、新潟側は何も見えなくなった。私たちは2食目のおにぎり弁当を頂いた。おかずのピーナツ味噌が甘くておいしい。あまり疲れで食欲がなかったので、チーズとチーカマは食べなかったがきゅうりの漬物はいただいた。疲れていたせいか、朝ほどしょっぱく感じなかった。おにぎり2個は多いかなと思ったが、体力消耗してはいけないので、普段よりはよく噛んで2個とも頂いた。お腹は重くなったが、リュックは水もたくさん飲んだので、少し軽くなった。

面白かったのは目の前に広がるお花畑に虫がたくさん群がっていて、弁当にたかりに来たら嫌だなと思ったのだが、彼らは花の蜜に夢中で、こちらには見向きもしなかったこと。赤とんぼや蝶がたくさん狭い尾根に飛び交っていて、こんなに高い(と言っても2千メートルないのだけれど)のに、すごいなと思って見とれていた。

ノゾキ方面の岩場

霧や雷雨も予想されたので、レインウェアは外せなかったし、万一の救急用品などで、結構な重さだったから、肩と腰が痛くなりかけていた。ノゾキまで行って見たい気もしていたが、雷雨にでもなると困るから、急いで引き返した。

肩の小屋まで来るとまた日差しが強くなった。トイレ休憩を取り、下り始める。小屋でサイダーを買っている人がたくさんいた。コーヒーなどもお安いらしかったが、保険で帰りの交通費が出るのに時間制限がある。のんびりはできなかった。

下山道は人の列が続き、スピードは出せない。昼過ぎだが、登ってくる人もいるが小屋泊まりかしらね。まあ、速足だったら十分戻れるけれど。しかし一番暑い時間帯だし、午後はいつも雷の可能性がある。

あれだけ登ってきたので、下りもつらい。ちょっと高度が下がっただけで蒸し暑くなってきた。ごつごつした岩場が苦手な方もいて、時間がかかる。

一人ベテランの方が油断して滑って腰と腕を打った。岩場だったので心配したが歩くのには支障がなかったので良かった。

ここで、一人が用意なさった瞬間冷却剤をパンチしたら、確かに急に冷たくなって、しばらく冷やした。お持ちになった方もさっき突き指したとかで、自分のは大きすぎるとおっしゃるので、私が用意した小型のヒアロンをパンチしてみたが、なかなか冷えない。3回ほど思い切りよくパンチして、やっと冷えてきた。大きい方は1時間持つらしいが小型のは30分だけ。かさばるし、いつまでも当てていられないので、引き取って私は首に手ぬぐいでくるんで当てていたが、動くし、だんだん温まったので、リュックにしまった。もう少しうすべったいものができると良いですね。

瞬間冷却スプレーも熱中症対策にいろいろ出ているが、高圧ガスを使っているから40度以上のところには置かないようにと注意書きがある。それでリュックの中では熱くくなる可能性があるので、買わなかった次第だが、よその方を見ると持っていらっしゃる方もいらしたから大丈夫なのかな?

そんなこんなだったが、熊穴沢避難小屋にたどり着いた。長めの休憩をとり、再び出発。それからしばらく木陰ながらも、急な下りで渋滞していたり、登りがあったり、長い長い木道歩きがあったりして、やっとロープウェイ駅が見えてきた。最後の水を私は飲み干し(というか正確には氷が少し残っていたが)て、ロープウェイ駅で買えるだろうと思っていた。

昨年の紅葉の時期とは違って時間も早いし、広場のところにはそんなに列が何十にもなっていなかったので、想像していたよりは並んでいる人は少ないわと、思っていたが、かんかん照りの広場に来てみたら、長い列が冬場のスキーのレストランの方まで続いていて折り返していた。あーあ、1時間は待たないとならないみたい!しかし下りのルートを歩く元気はなく、列に加わった。

自販機が見えたので、友人が買いに行ってくれたのだが、そこは全く作動していなくて(節電のためかしらね)、友人が大回りして、ロープウェイ乗場の方に行ってくれたのだが、ほとんどが売り切れ。冷たいので残っていたというミルクティーの缶一つを持ってきてくれたので、みんなの空のペットボトルに分けた。暖かいコーヒーはまだ売れ残っていたらしいが。皆飲み物を買いたがっていたのに、我慢している人たちが大勢いたので、氷の箱に入れた飲み物を並んでいる横で売ったら、飛ぶように売れるはずだが、まったく販売意欲がないロープウェイ会社だなと、皆で話した。

レストランで手が洗えるという情報で、私たちは代わりばんこに手を洗いにいって、私は手ぬぐいを濡らして、首に巻きなおした。

後でそこの水は飲めるらしいという話をしている人がいたので、かわるがわる水を汲みに行った。実は後ろに並んでいたおじ様方がソフトクリームをおいしそうに召し上がっていて、私たちは横目でうらやましく見ていた。

男性がなかなか帰ってこないので、どうしちゃったのかしら?と皆でいろいろ想像をたくましくしていたのだが、まさかソフトクリームを人数分買ってくるなんてありえないよね、と私は話したのだが、しばらくしたら、その方がソフトクリームを4本かかえて、歩いていらっしゃるのが見えた。ウァーォ!奇跡?!

ありがとうございます。ソフトクリームを遠慮なくいただきました。冷たくてお味もおいしかった。

入道雲                              すっかり雲に覆われて谷川岳頂上付近

                                               

そうこうするうちに思ったよりは順調に進んで1時間はかからないでロープウェイに乗ることができた。

バスの発車時間をみて、しばらく時間があり、更衣室もあったのに、疲れすぎていたせいか、着替えることも思いつかず、バスのところに並んで待った。時間になってバスが来て、無事に座ることができた。このバス、手を上げたり、あらかじめ言っておくと希望のところに止まっていただけるとのこと。私たちは終点の上毛高原に出た。私は間もなく熟睡。

上毛高原では、新幹線の一番早く来る列車に乗ることにした。どこか温泉に入りたかったが、想定外でバスの時間とか日帰り温泉とか調べていなかったので、直行することにした。弁当屋は見あたらず、売店にもおにぎりとかサンドイッチとかは売り切れ。

新幹線たにがわでは、売店でだるま弁当を販売していると放送があった。それで皆の注文を取りまとめている間に売り切れ。なんとたった10個しかなかったという。それなら10個限りを放送すればよいのに。思わず強い口調で抗議したが、若い販売員が一人で責任を持たされているらしい。車掌は、車内販売は販売店にお任せでタッチしていないのだそうだ。何かあきれてしまった。10個では近くの車両の人しか買えない。高崎駅に止まるのだから、電話注文して、高崎で積み込めばいいのにね。こちらもまったく営業力のない会社だ。

新幹線で熟睡しようと思っていたが、結局眠れず、あっという間に東京駅へ。あまりの暑さに食事して帰るのも面倒になり、皆自宅に直行することになった。

私と友人は最寄駅で半額寿司弁当を買って帰った。

帰宅して、それらを食べ、シャワーを浴びたら、もう一度風呂を沸かして入りなおそうという気力もなく、ブログもかけずに、速攻で寝てしまった。

どうしたら山の前の日に寝られるようになるのかしら?困った問題だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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谷川岳天神尾根登山 レッカー車の巻

2011-07-18 | ハイキング・登山

16日午後、土合山の家に素泊まりする予定で、午後出発。環八から関越に入る。いつも運転してくださる方の車で、走行は順調だが、ナビには「電圧が低下しました」との表示が出た。給油のためにガソリンスタンドに行って、オイル類を点検してもらったが異常はなかった。その後も同じ表示が度々出たが、計器類は特に異常を示さず、エアコンも効いていたので、そのまま走行を続けた。ナビの具合でも悪いのだろうと思ってしまった。。

2時間後くらいに休憩しましょう、とのことだったが、心配された渋滞もこの時間にはなく、すいすい走行して、赤城高原サービスエリアに入ることにした。ウィンカーを出したが、音が聞こえないというので、「もしかしたらマジでやばいかもしれない」ということになり、エアコンは切り、ガソリンスタンドにまわって、バッテリーを調べてもらったが、機器が反応しないという。これは異常だというので、ロードサービスに来てもらうことになった。何分山の中で、30-45分くらいはかかるというので、暑いし、私たちはその間に早めに食事をとろうということになった。

水沢うどんの広告が美味しそうだったので、そのレストランに入って注文。女性群は子供連れの家族用の2.5人前のセットを頂くが、これがなかなかボリューム(ミニご飯は3人分あり)たっぷりでお買い得だった。男性群はてんぷらうどんを頼んだ。調理に時間がかかっている間に、予想よりも早くロードサービスが来たという連絡があり、運転者の方はそちらに駆けつけた。(ガソリンスタンドは離れたところにあったので。)

私たちは急いで食事をして、その男性の分をパックにしていただけないか事情を話して相談したのだが、無理と言われてどうしようかと案じていたら、取り消しにしてくださった。ご親切ありがとうございます。

ロードサービスは事情を聞いて、レッカー車で来ていた。えーっ!私たちはこれからどうなるの?

とりあえず充電したが、運転できる状態ではないらしい。それで私たちを乗せたまま、宿泊先に届けてくださることになった(ある程度自動車保険でカバーされるそうだ)。

車に乗り込み、レッカー車の準備を待つ。窓を私はかなり開けたが、前の席の方は半分だけ開けたところで動かせなくなってしまった。車はレッカー車の台の上に固定された。運転席の向こうにレッカー車の屋根が見える。

運転者の方は道案内のためにレッカー車に乗り込んだ。ETCカードもレッカー車に入れたらしい。

昭和インターで外に出たので、あれっ!高速使わないのかしら?と思っていたら、一度出て、向きを変えて再度入りなおした。ここからがロードサービスが使う分になるわけだ。

高速道の間はレッカー車もすいすい走ったが、水上で国道に出ると、国道と言っても狭いので、運転は大変そう。もちろんベテランが運転しているのだけれど。

夕闇の中、青いライトを点滅させながら、水上温泉、湯檜曽温泉街を通りぬけ、土合の駅のすぐ上なのだが、谷川岳ドライブインとか土合の駅が分からないまま、先に進んで、トンネルを通った。トンネルの壁が近くて迫力満点。

着いたのが谷川岳ロープウェイ駅のところ。どうも宿泊先の入り口が分からなかった模様。

それで一回転して戻る。広い駐車場があって良かった。

私たちは国道の横で下されて、荷物を宿まで運ばないとならないのかと思ったら、なんと宿の方まで入って行った。宿の駐車場も広くて良かった。車ごと下されて、荷物を運び、宿に入った。宿泊客が何事だろうか?と我々を見ていた。

運転してくださる方は外で長時間打ち合わせ。大変でしたね。ありがとうございます。山の中でライトもつかず、走行不能にならずに良かったです。

 

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