落葉松亭日記

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中共「真珠の首飾り戦略」

2014年11月03日 | 政治・外交
 文化の日
軍拡著しい中国の潜水艦がスリランカに寄港した。
シーレーン防衛のためとしている。
中国潜水艦、スリランカに寄港 「真珠の首飾り」戦略 妖しく輝くインド洋 産経新聞2014年11月3日(月)07:56
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/world/asia/snk20141103049.html

 【ニューデリー=岩田智雄】中国の潜水艦がスリランカに寄港したことが初めて確認され、南アジアでの中国の軍事的台頭を警戒するインドを刺激している。中国は、自国のシーレーン防衛に向けてインド洋沿岸国の港湾整備を支援する「真珠の首飾り」戦略を進め、インドは、この戦略が中国海軍艦船の寄港につながるとみてきた。2日付のタイムズ・オブ・インディア紙は、中国潜水艦が近くスリランカに再び寄港するとの見通しを伝えた。

 中国国防省報道官によると、潜水艦が寄港したのは9月15日。通常動力型の宋級潜水艦で、ソマリア沖やアデン湾で海賊に対処している中国海軍に合流する途中、コロンボ港に入った。報道によれば、同7~13日には別の中国艦船も同港に停泊した。習近平国家主席は同16日、国家主席としては28年ぶりにスリランカを訪問しており、この時期の寄港に政治的意図があったことは間違いない。

 中国は、スリランカのコロンボ港やハンバントタ港の整備を支援してきた。インド政府は中国潜水艦のインド洋での活発な動きも確認しており、いらだちを募らせている。

 インドのジャイトリー国防相らは10月20日、訪印したスリランカのラジャパクサ大統領の弟、ゴタバヤ・ラジャパクサ国防次官と会談し、寄港問題を提起した。インド政府は公式には抗議の意思を表明していないものの、インド政府高官はヒンズー紙に「寄港はインドの安全保障にとり、深刻な懸念だ」と述べた。

 習主席はスリランカを訪問後、インドも訪れた。ニューデリーでの演説で「中国と南アジア諸国は重要な協力パートナーだ。地域の国々との協力を楽しみにしている」と述べ、スリランカを含む南アジア諸国への関与を強めていく決意をあらわにした。インドが嫌う南アジアへの影響力行使を堂々とインド側に突きつけ、中国の台頭を認めるよう迫る意図を、演説に色濃くにじませた形だ。

 インドのシンクタンク、オブザーバー研究財団のラジャ・モハン研究員は10月29日付のインディアン・エクスプレス紙で、「インドは、(南アジアに)中国の影響力が及ばなければいいと、単に思っているだけではいけない」と指摘。「南アジアで中国の安全保障の範囲と構造を限定する唯一の方法は、すべての近隣国に対し、国防分野を含めたインドの協力を拡大することだ」と提言した。

インド政府高官はヒンズー紙に「寄港はインドの安全保障にとり、深刻な懸念だ」と述べたが、日本にとっても安倍内閣の「価値観外交」麻生氏の「自由と繁栄の弧」とバッティングし外交戦となる。

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」平成26年(2014)11月3日(月曜日。明治節)通巻第4380号
http://melma.com/backnumber_45206/

中国潜水艦部隊も強力に推進、インド洋へ進出した
対潜哨戒能力だけは高い日本だが、あとは米軍の攻撃待ちしかない


 13年12月だった。
 中国海軍は原子力潜水艦がマラッカ海峡をくぐり抜けてインド洋へ達し、スリランカへ寄港したと発表した。そして「航海の安全ルールを守り、国際法に準拠したもので、これにより中国はエリート倶楽部入りを果たした」と言い放った。

 呉勝利(中国人民解放軍海軍司令員)は「これは戦略的なシンボルであり、中国は偉大な国家としてのステイタスを得たのだ」といった。
 事実、空母、ステルス戦闘機に続いて中国は米国、ロシアにつぐ攻撃型ミサイル搭載潜水艦を保有したことを意味し、大変な脅威の出現といえる。

 ちなみに列強が保有する攻撃型潜水艦を一覧すると、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 国、級別     全長       乗員数   搭載ミサイルと射程
 ~~~~~~   ~~~~~~~  ~~~ ~~~~~~~~~~~
 米国      561フィート  155 24基トライデント(7000マイル)  オホイオ級
 ロシア(デルタ型) 548      130 16基 シネバ(7100)
 英国(バンガード) 492      135 16基 トライデント(7000)
 フランス     453       111 16基 M57(5000)トリオムハン
 中国(94JIN) 443      120 12基 JL-2(4600)
 インド       367       95 12基 サガリカ(4350)  (アリノハント)
―― ただしインドの就航予定は2015年になる

 小笠原近海に珊瑚を盗みに来ている中国漁船、すでに200隻以上。これは第一列島線をすでに突破し、第二列島線すれすれに迫る中国の民間を装った、「軍事演習」と見るべきで、密漁は演技である。

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」平成26年(2014)11月4日(火曜日)通巻第4381号    <前日発行>
http://melma.com/backnumber_45206/

中国海軍初の空母「遼寧」にまつわるスキャンダルが発覚 自称「空母の父」=軍出入り山東商人=徐増平が拘束されている

 それにしても数々の曰くが付いた、所謂「空母」である。
 ウクライナ所属だった出来損ないの鉄艦を買いたたき、大連まで曳航して、十年間、杳として外海に姿を現さなかった。ようやく姿をみせた中国海軍初の空母「遼寧」は、訓練航海のあと、ふたたびドッグ入りして消息を絶った。

 もともとソ連が経済的困窮を来して、67%まで仕上がっていた空母の建造を中断し、ウクライナに処分を任せたのは90年代初頭のことである。電気信号系統を取り外し、カタパルト装置を除去し、鉄のかたまり(スクラップ)として処分する予定だった。鉄くずの値段は500万ドルを提示した。

 おりしも中国は空母建造を決めていた。1985年に「中国海軍の父」と言われる劉華清がトウ小平の命令一下、空母戦略を立案し、1989年には国家として正式に建造を決定していた。 軍の造船所で空母建造に着手したが、うまくいくはずがない。空母プロジェクトは中断に追い込まれていた。そんなおりにウクライナに鉄艦の元空母ヴァリヤーグが売りに出されることを知ったのだ。

 ソ連が建造していた頃の名称はヴァリヤーグ号だった。ソ連時代に「黒海艦隊」の艦船をつくっていたソ連国有企業「黒海造船」は民営化され、資金不足に陥っていた。

 買い手の名乗りを上げたのは英国、スペイン、フランス、そしてインドだった。
 英国の業者は「浮かぶ監獄に改造する」と言った。フランスは「空母ホテル」にして地中海に浮かべるアイディアをだした。
ここへマカオの謎のビジネスマンが登場し、「マカオに浮かべてカジノ・ホテルに改造する」と言った。買値は2000万ドルだった。

 香港商人を名乗った男は、徐増平。山東省生まれで、退役軍人。皮革ビジネスであて、香港でホテルも経営し、不動産開発もやっているという触れ込みだった。実際にはおりからの不動産ブームにのって建材をあつかう業者で香港に豪邸を持っていた。
広州軍管区に強いコネがあり、一説に息子は劉延東の娘と結婚したという。劉延東といえば、なく子も黙る政治局員である。真偽の程は未確認。

 ▼マカオのカジノ・ホテルという最初の触れこみは消えて
 1998年4月、契約が成立した。マカオでカジノ・ホテルへ流用するというのが表向きの商談の中味だった。
 しかし問題は五万トンもの鉄のかたまりを15200海里、曳航してゆく運搬ノウハウだった。強力なタグボート三隻で引っ張り、バランスをとりながら、黒海、ポス歩ラス海峡、マルマラ海、地中海、ジブラルタル海峡を越えて、アフリカ喜望峰を回航し、インド洋からマラッカ海峡を越えてようやく南シナ海へたどりつくのだ。

 3年近い年月が黒海の通過のためにだけ費やされた。
 NATOの一員であるトルコが通過許可を出さなかったのだ。
2001年11月、ようやくポス歩ラス海峡を通過、ところがギリシア沖で暴風雨に遭遇し、タグボードが遭難、16名の水先案内人と250名の水兵らはひやり肝を冷やした。

ギリシアの港でタグボードの編成替えを行い、同年12月にようやくアフリカ沖、翌2002年二月にマラッカ海峡を通過し、同年3月、ほうほうのていで大連へ入港したのだった。
運搬費用は3000万ドル。艦の購入資金より高くなった。

 以後、大連で艤装工事が開始され、2005年には「事故」で15名の犠牲がでたというニュースも流れた。じつに大連入港から十年の歳月を経て、「空母」が初公開された。当初予定された「毛沢東」号は取りやめとなり「遼寧」と命名された。

初公開をみて、西側軍事筋は密かに笑った。空母とは移動する空軍基地である。遼寧甲板には艦載機がたったの一機(最近、やっとこさ、二機)。速度20ノット、ディーゼルエンジン駆動。「これじゃ、空母の役目は果たせない」と米国軍人が評価するていどのシロモノだった。ちなみに米軍の空母は原子力駆動、速力30ノット、艦載機80-120機である。艦載機は一分ごとに発着艦を行い、敵地攻撃へ向かう。

 問題は、ほかにもあった。
 自称「空母の父」を名乗った徐増平は、この間にますます軍に取り入って、機材調達などで軍のビジネスに食い入った。巨額の収賄が云々された。
香港に数軒の豪邸をかまえ、ベンツなど十数台を所有し、あげくに福建省厦門を舞台とした空前の密輸事件「遠華事件」や軍汚職事件の谷俊山事件にも徐増平がからみ、当局の取り調べを受けて身柄を拘束された。
 自称「空母の父」はこうして自滅した。

なにかすれば巨額の贈収賄がついて回るのが中共。

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