郵便投票は不正が起こりやすく、集計にも数日かかり。劣勢のトランプ氏が疑いを抱き訴訟を起こすと見られている。また開票後、投票用紙はシュレッダーにかけられてしまうのでトランプ氏の焦りが感じられる。
徐々に浮かび上がるバイデン勝利に至る民主党の知略
集計遅延は訴訟の争点を消すため、激戦州の結果は一斉発表か
2020.11.7(土)酒井 吉廣
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/62814?page=1
全米で票の再集計を求める抗議活動が起きている(写真:AP/アフロ)
11月3日に投開票を迎えた米大統領選だが、一部の州で集計が続いており、まだ決着はついていない。獲得した選挙人の数で劣勢のトランプ大統領は郵便投票の開票について問題視しており、激戦州での集計作業を巡り相次いで訴訟を起こすなど反発を強めている。米国を二分した大統領選はどこに着地するのか。11月5日に「激戦州で優勢のトランプ大統領が急減速した違和感」に引き続き、米政治に詳しい酒井吉廣氏に集計の現状や問題点と今後の見通しなどを聞いた。(聞き手は編集部)
民主党は集計結果を巡る訴訟の争点を消そうとしている
──メディアによって数字は異なりますが、選挙人の獲得数ではバイデン氏がリードしています。一部のメディアでは、バイデン候補が過半数の選挙人獲得に近づいているという報道もあります。現状はどうでしょうか。
酒井吉廣氏(以下、酒井):トランプ大統領は難しくなりましたね。ここまで来てわかったのは、現段階で問題となっている州は、横並びで話をしているだろうということです。ウィスコンシンとミシガンで起こったことを踏まえ、残りの民主党側の全州が最後の最後まで決定を延ばし、全ての結果が出揃ったところで一斉に発表ということだと思います。これだけの州で、ほぼ同じタイミングで同じ現象が起きる確率はかなり低い。共和党陣営はこのように見ています。
──何がそうさせているのでしょうか。
酒井:共和党が裁判に訴えるなら、民主党は裁判の問題とならないように、または裁判では簡単に決着がつかないようにするということです。これはもう選挙ではなく策略の応酬です。人が死傷するような暴動にならないのが不思議なくらいです。
──共和党の裁判戦術はわかるのですが、民主党の戦術についてもう少し詳しく教えて下さい。
酒井:二つの考え方のうち、「裁判の問題とならないように」というのは裁判の争点を消すというものです。残り一つの州で決着がつくならばそれは明確な争点です。しかし、例えば5つの州を問題とするならば、その場合の争点は大統領選挙全体をやり直すというようなシステムの問題としなければならなくなります。そうなると、米国の民主主義が揺らぎます。
後者の「簡単に決着がつかないようにする」というのは、米国ではたまにある話で、白黒ついた時には本来の話は終わってしまっているというような話です。今回の例で言えば、最高裁で時間をかけている間に1月の選挙人による投票日が来てしまえば、日本でも報道されているように下院議長が大統領になるとか、下院で各州1代表が投票するとか、新たな展開が起こる可能性があります。その間、ずっと争っていて今から2年して結果が出たのでは何の意味もありません。こういう戦術です。
──後者だとするとバイデン候補も大統領になれませんが・・・
大統領任期を延ばすという「奥の手」も
酒井:民主党としては、そもそもバイデン候補が重要なのではなくて、トランプ大統領を引き摺り落とすというのが主たる目的なので、大統領の座が民主党のものになりさえすれば全く気にしないと思います。しかも、サンダース上院議員の政策の実現を目指すプログレッシブにとっては、むしろウェルカムな展開だと言えるでしょう。
──共和党はそれに対して打つ手がありますか。
酒井:再集計と不正票の削除です。既に、ジョージアがリカウントを表明しています。・・・が、また変わるかもしれません。あとは、これが異常事態かつ緊急事態だとして、大統領任期を延ばすという手に出る可能性もあります。第二次世界大戦中のルーズベルト大統領が三選禁止の慣習を破ったのと同じく、トランプ大統領がこれをやらないとは言い切れません。
──民主党が事前に恐れていたことですね。
酒井:民主党は、事前にここまで想定した知恵を巡らせていたのでしょうね。米国の特徴ですが、ニューヨーク・タイムズのような大手メディアには優れた政治ウォッチャーがいますから。しかし、トランプ大統領が、事実確認がすむまで現状を認めないという行動に出ると、これを阻止するのは法的にも難しくなるかもしれません。
──事前の指摘通り、郵便投票が最大の争点になりました。改めて、現実の郵便投票にはどのような問題があったのでしょうか。
酒井:まず、既に2018年(前回の中間選挙)から現在までに他界した人の票が郵便投票に混ざっていることが判明しており、これはメディア報道でも報道されています。また、「1票200ドルで自分の投票用紙を売った人がいる」という話は日本でも流れたそうですが、実際に投票用紙を売る人が続出しました。この話が明らかになってきたのは、200ドルのオファーに対して250ドルでどうだと言った人がいて、他より50ドル多く儲けた。それに腹を立てた人が憂さ晴らしにリークしたという話です。まあ、いろいろ出ていますね。
この後、どれほどの不正が明るみに出るかどうかわかりません。ただ、集計に関しては、今回これだけの州で超僅差になった理由として、開票作業者がわざと僅差になるようにバランスよくカウントしたという話まで出てきています。
──なぜ、そうなったのだと思いますか。
酒井:不正の理由についてはよくわかりません。日本とは異なり、米国で消印を期限以前に戻すのは実は簡単で、それについての告発も出ています。ただ、内部告発者を守る意味もあるので、現段階では告発者の本名や写真、声はまだ出せない状況です。
──FOXニュースは早々にバイデン候補がアリゾナ勝利の一報を打ちましたが、いまだ接戦状態のようです。
酒井:はい、いまだに接戦です。FOXニュースの真意がわかりませんが、事実としてアリゾナはまだ勝敗が定まっていません。勝利の報が早すぎたのだと思います。下手をすると、これを前提に全体の勝利宣言が出ますので、こういう事態は要注意です。
意味をなさない消印有効
──争点になっているペンシルベニアでは郵便投票は6日まで消印有効としました。ペンシルベニアの結果はいつごろ出る見込みでしょうか。
酒井:米国では、消印としてZIPコード(郵便番号)が打たれることとなっています(写真参照)。しかし、例えば、ペンシルベニアやネバダに住む人の票がニュージャージーのアトランティックシティー(米国ではラスベガスに次ぐカジノのある場所)の小さな郵便局(つまり普通郵便局の支局)から投函されたとしたらどうなるでしょうか。
(写真:これが米国の消印)
──米国の郵便事情を考えると、6日には届かないかもしれませんね。
酒井:私もそう感じます。ここで、その投函者がトランプホテルで働いている人だったならば、彼に投票するでしょう。でも、それは6日までに届かないということだけが理由でカウントされなくなります。しかも、このルールは3日の混乱がわかった後の4日になって出されたものです。
これで、民主主義が守れると思いますか。
──「消印有効」が意味をなさないということですか。
酒井:実際にはそういうことです。問題点をさらに挙げれば、3日の消印有効なら6日までOKという点です。先のアトランティックシティーからの投票という話で言えば、3日間では届かないかもしれない。つまり、一見合理的な理由であるように思える3日間という猶予期間も、米国の郵便事情を考えると意味をなさない。
──他にもありますか。
酒井:今度は受け取った方の立場から考えますと、6日の午後11時59分に届いたものか、または(7、8日は週末なので)9日月曜の朝一番に届いたものの見分けをどうつけるのでしょうか。
──どうするのですか。
酒井:米国の郵便システムを悪く言うつもりはないですし、州や市町村、もっと言えば各郵便局でそのあたりのルールに違いがあるだろうことも尊重します。ただ、通常は6日の深夜のものをその場で郵便ポストから回収するということはせず、翌朝一番でとなります。その場合は前日に届いたものとして扱います。
──もともと米国では郵便投票に無理があったということでしょうか。
酒井:これは日本も同じですよ。日本でも消印有効の場合の消印の効果はとても強いですが、到着時間の判定はさすがの日本でも限界があるでしょう。
確定申告をした方はご存じかもしれませんが、締め切りが3月15日までというのは、同日の消印有効で出すか、15日の深夜までに税務署のポストに入れるかのどちらかです。日本は消印が午前零時を過ぎると完全に翌日になりますから、ぎりぎりで深夜でも窓口が開いている各地の本局に並ぶ人は少なくありません。
後者は、翌朝一番で税務署の人が手にしたものを15日中の投函と見做します。サービスの受益者に不利にならないというのが一般原則だからです。
──集計結果と大統領選の勝者はいつごろ明らかになるのでしょうか。
ハンター疑惑報道の裏側で暗躍したバノン
酒井:ちょっと読めなくなってきましたね。先ほどのような不正についてリークする人がこれからどれだけ出てくるのか、またはそもそも不正は全くなかったのか、このあたりも不透明になってきています。また、トランプ大統領があきらめるか、または情勢が有利なバイデン候補が突如として敗北宣言するようなことがない限り、ずっと続くかもしれません。
──酒井さんが前回の記事で指摘されたように、ペンシルベニアなど激戦州では集計作業の進行とともに、トランプ大統領のリードがみるみる縮小しました。フィラデルフィアなど民主党支持者の多い都市部の開票が進んだこと、同じくバイデン支持が多いと思われる郵便投票の開票が進んだことが理由だと思いますが、どこが不自然なのでしょうか。
酒井:これには、実際に調査した人々からの情報も入ってきています。まず事実として、どの州も示し合わせたように大都市の投票所の開票が遅れました。そして、この大都市はバイデン有利だと言って、50%程度までを3日に集計し、残りは4日になってから開票を再開したように見えます。その後、郵便投票の未集計分の数字が発表され始めましたが、2日まで、または3日当日到着の郵便投票の総計がだいたいわかれば、それに基づいて当日開票のために作業員数などを決めるでしょう。この郵便投票分が後回しになること自体が不自然です。
──前回の酒井さんの回答に対して、郊外などに比べて大都市は票数も多いので集計に時間がかかる、つまり後から大量の都市部のバイデン票が出てくるのは当然という見方もあります。
酒井:それはないです。米最大の都市であるニューヨーク市も当日中にカウントしています。サンフランシスコもロサンゼルスも。また、前回(2016年)までは深夜とは言え、当日中または翌日未明に結果が出たのに、今回だけそれができないというのは、事前に計画していたからだとしか思えません。
──選挙前に酒井さんが指摘されていたように(もはや投票を巡るトラブルは避けられない米大統領選)、民主党はバイデン候補にハンター・バイデン氏の疑惑などボロが出る前に郵便投票で票を固める戦略を採りました。結果的に、郵便投票の効果は絶大でしたね。
酒井:イタリアの大手メディアは選挙前に「米国の民主主義は死んだ」という記事を出しました。民主主義が成立するためには、選挙民は重大な事実が全て知らされている必要があります。仮にハンター氏の話がフェイクニュースなら、それを含めて報道すべきでした。
ハンター・バイデン氏にまつわる疑惑の報道では、8月に逮捕されたバノン元首席補佐官が暗躍した
(写真:ZUMA Press/アフロ)(写真:ロイター/アフロ)
ハンター氏については、選挙前に一度は逮捕された元大統領補佐官のバノン氏が、保釈を勝ち取ってハンター氏の疑惑を一斉に話し始めました。特に、中国系の人々にリークしていたとされます。これは彼一流の勘だったと思いますが、選挙という意味ではこれが大当たりだったというのが共和党陣営から見た本音です。バノン氏はブライトバードニュースという自分が関係しているメディアもさることながら、中国の反共産党の人々に話して、彼ら経由での拡散を狙いました。実際、9月24日からそれが始まり、やがて10月14日のニューヨーク・ポストにつながったのです。
相次ぐ訴訟は投票用紙の廃棄を防ぐため
──なぜそのようなことになったのでしょうか。
酒井:日本では報道されていないと思いますが、昨年の予備選の時にバイデン候補を責め立てる競合相手は数多く、彼らがあれこれと問題をほじくり出していたからです。ハンター氏はNBCのインタビューで、自分がアルコール依存症だということも認めるなど、かなりの内容を話しています。調べる側からすれば、それなりのネタが転がっていたということです。
ここでは中国とバイデン候補の関係も話題になっていました。ただ、これこそむしろ不思議なのですが、バイデン候補を攻める材料は昨年の段階でハンター氏自身の口からかなり出てきていました。それなのに、民主党内の予備選から10月までは大きく報道されることはありませんでした。
──トランプ大統領は激戦州の集計作業を巡り、相次いで訴訟を起こしています。その狙いはどこにあるのでしょうか。
酒井:とても単純でこれをしないと、投票用紙がシュレッダーにかけられてしまいます。そうしたら事実は藪の中となってしまいます。
──訴訟は主張が認められた州もあれば、退けられた州もあります。どういった訴訟が却下され、どういったものが認められているのでしょうか。
酒井:それはメディアとしては興味があるかもしれませんが、選挙戦上は重要なことではありません。投票用紙のシュレッドを止めること、どこかの州で不正が発覚したら一度は却下した州にまた訴えを起こすこと、ただそれだけです。仮に退けられたとしても、共和党側は引き続き訴えていくでしょう。既にそう宣言しました。
──どちらが勝つにせよ、それぞれの陣営と支持者は今回の大統領選にかなりの不信感を抱いたでしょう。そのしこりは容易には解消しないと思いますが、米国は大丈夫でしょうか?
酒井:まず、バイデン候補やペロシ下院議長と共和党の間のしこりは残るのではないでしょうか。しかし、結果として政権運営の中で自分の政策を実現できるサンダース上院議員とその一派、例えばオカシオコルテス議員などにとっては、ほとんど気にする必要がないと思います。「お疲れ様」「よくやってくれました」ということで、「後は我々に任せて下さい」という気持ちのようです。
一方、トランプ陣営ですが、お金が票を買う現実がここまで出てきたわけで、大統領を続けることになった場合、お金で動いた人々への対応が注目されます。トランプ大統領がこうした動きを10月下旬からの動きをトレースしているのは事実ですので、さてどうなるでしょうか。