ペンギン夫婦の山と旅

住み慣れた大和「氷」山の日常から、時には海外まで飛び出すペンギン夫婦の山と旅の日記です

朝の酒田散歩

2011-07-21 07:36:29 | 旅日記
鳥海山・獅子ヶ鼻湿原と出羽三山の旅(5)
7月14日、羽黒山から酒田に下りました。
山形県酒田市は人口約11万人。庄内平野の平坦地でのどかな田園風景が広がっています。



最上川を渡って市街地に入ります。



橋の欄干の獅子頭。
 酒田のシンボルともいえる獅子頭は、市役所玄関をはじめ市内のいたるところで見られます。
 酒田市は1976年(昭和51年)10月、のちに「酒田大火」と呼ばれる大火災で中心部を含む広範囲を焼失しました。
 その復興に一役買ったのが、日枝神社の例大祭「山王まつり」。酒田大火の復興後、昭和54年から「酒田まつり」と名前を改めて市民の祭りとなりました。祭りの日は様々な神輿や山車が練り歩きますが、子供が健康に育つように、獅子頭の口の中に子供を乗せて市内を巡るそうです。

 市内に新しい家が多いのはこんな歴史があったためと改めて思い、今回の太平洋側の大震災や津波の被害からの一日も早い復興を祈らずにおれません。



15日、前夜泊まったホテル近くにこんもりと茂った緑の森が見えます。昨日、ガイドさんに聞いていた「山居倉庫」(さんきょそうこ)です。早朝、5時から朝の散歩がてらに行ってみました。
 明治26年(1893)、酒田米穀取引所の付属倉庫として建造され、今も現役の農業倉庫として活躍しています。
これは正面からみたところで、12棟の白壁土蔵作りの倉庫がずらりと並んでいます。



ここは元、酒田市内を流れる新井田川の中洲で、港が近く舟運にも適していたところです。
かっては川に面して船着場も設けられていました。
江戸時代には最上川本流では「ひらた舟」が、支流や船着き場間の小輸送には「小鵜飼舟」という名の舟が使われました。



復元された「小鵜飼舟」
説明版によると、長さ12~15m、幅2mほど。前方に帆を掛け、風を利用しました。流線型でスピードが出そうです。50俵ほどの積載量だったそうです。



横手から裏へ回ってみます。
屋根は二重構造で風通しを良くして内部の湿気を防ぐ構造になっています。



ずらりと植えられたケヤキの大木は日除け、風よけの役目を果たしています。どこかで見た風景だと思っていましたが、ここは NHKの連続テレビ小説「おしん」のロケ地でもありました。



早朝で資料館などは閉まっていましたが、特産のベニバナが美しく咲いていました。