運命の分かれ道は僕の手の中に握られていた。先手必勝。その勝率は5割を大きく上回って6割にも近づきつつあった。責任重大。名人の歩を5枚すくい取る手は既に震えていた。
「それでは振り駒です」
手の中に納めてしゃかしゃかと振り始める。
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
ぱっと握ってぱっと放す。
そんなやっつけ仕事みたいな真似はできない。
対局者の神妙な面持ちが、この局面の重大さを物語っている。
だから、簡単に振りを終えることはできないのだ。
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
運命の導く結論を祈るように見つめる二人。
静寂の中に神聖な駒音だけが鳴り続けている。
それを止める権利と責任はすべて僕の手の中にある。
だから、こんなにも震えが止まらない。
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
平等のために作られた時間。
僕はもう十分に手は尽くしただろう。
頃はよし。これ以上は誰もこの緊張に耐えられまい。
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
ふぅわぁー♪
そして、僕は手を開き駒を宙に放った。
運命の滞空時間。彼らはどのように落ちて行くのだろう。
しかし、放たれた勢いが強すぎた。
あるいは、ため込んだ力の方だろうか。
歩らは音を立てず舞い続けた。そして、天井を突き抜けて天空へと引かれて行く。
「待ってくれ!」(運命に逆らうな)
天を仰ぐ名人。お茶を飲む八段。特別な瞬間を切り取るシャッターの音。最初の振り駒は失敗に終わった。こういうこともあるのか。先生たちに少しも動揺した様子は見えなかった。
「振り直しです」
僕は対局室を回って歩を集めた。
余り歩が主役になる。そんな朝だった。