眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

あまりある飛翔

2024-05-11 09:19:00 | ナノノベル
 運命の分かれ道は僕の手の中に握られていた。先手必勝。その勝率は5割を大きく上回って6割にも近づきつつあった。責任重大。名人の歩を5枚すくい取る手は既に震えていた。

「それでは振り駒です」
 手の中に納めてしゃかしゃかと振り始める。

 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪

 ぱっと握ってぱっと放す。
 そんなやっつけ仕事みたいな真似はできない。
 対局者の神妙な面持ちが、この局面の重大さを物語っている。
 だから、簡単に振りを終えることはできないのだ。

 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪

 運命の導く結論を祈るように見つめる二人。
 静寂の中に神聖な駒音だけが鳴り続けている。
 それを止める権利と責任はすべて僕の手の中にある。
 だから、こんなにも震えが止まらない。

 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪

 平等のために作られた時間。
 僕はもう十分に手は尽くしただろう。
 頃はよし。これ以上は誰もこの緊張に耐えられまい。

 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
 しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか♪
 ふぅわぁー♪
 そして、僕は手を開き駒を宙に放った。

 運命の滞空時間。彼らはどのように落ちて行くのだろう。
 しかし、放たれた勢いが強すぎた。
 あるいは、ため込んだ力の方だろうか。
 歩らは音を立てず舞い続けた。そして、天井を突き抜けて天空へと引かれて行く。

「待ってくれ!」(運命に逆らうな)

 天を仰ぐ名人。お茶を飲む八段。特別な瞬間を切り取るシャッターの音。最初の振り駒は失敗に終わった。こういうこともあるのか。先生たちに少しも動揺した様子は見えなかった。

「振り直しです」
 僕は対局室を回って歩を集めた。
 余り歩が主役になる。そんな朝だった。








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