眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

幽霊エレベーター

2023-12-02 18:11:00 | 運び屋
 レインウェアを着て走っている時、早く降り出すことを願う俺がいる。防水キャップに重ねてヘルメット、スマホホルダーも完璧。備えたからには降ってほしい。そうでなければ暑いだけで馬鹿みたいだ。街を走るからには、何でもいいから鳴ってほしい。大げさなバッグを背負ってただ走っているのは空しくなってしまう。何でもいいから運びたい。せめて誰かのために。

 
 どこかのローソンが偶然に俺を呼んだ。誰かが大量の飲料を注文したらしい。2リットルのコーラだけでバッグはパンパンになった。何十本背負えば、俺の罪は消えてくれるのだろう。進む度にバランスが崩れそうだ。坂道に耐えられるか。突っ込んでくる逆走自転車を避けてふくらんだ瞬間、タクシーのクラクション。俺を抜いた後もずっと尾を引いている。もう無理か。元から無理ゲーだった。突然、肩の荷が下りたように軽くなる。星になったか。誰かが背中に字を書いたようでもあった。俺ははっとして振り返った。俺の後ろにパンダが乗っていた。

「降りて! 君も捕まっちゃう」
 俺はまだ倫理的なものに縛られていた。

「大丈夫。前だけを見てて」

「君は?」

「僕はモノトーンだから見つからないよ」

「どうして助けてくれる?」

「好きだからさ。だからじっとしていられない。留まっていられるのは不死のものだけだからね。前を向いてる?」

「もうすぐ着きそうだ。コンビニからいたの?」

「いつだって君の背中にいるよ。思い出がいつも未来にあるようにね」

「ありがとう」

 ドロップ先のマンションに着くとまた重たさが戻ってきた。


 一足先に乗り込んだ女が自分の階のボタンを押した。
(何階ですか?)
 女が言い出すのを俺は待っていた。3秒が過ぎた。5秒過ぎ、10秒過ぎても静寂が続いていた。ほぼ一緒に乗り込んだのではなかったのか。もしやと思い、正面以外のあらゆる面を確認する。右にも、左にも、後ろにも、操作盤はない。見えていないのか……。俺は幽霊になったのか。

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ゴースト・バストラン

2023-11-11 16:05:00 | 運び屋
 少し先を行く自転車から白い煙が見える。タイヤからではない。煙は男の指先から出ているのだ。あんな乗り物は認められない。俺はそれ以上自転車に近づくのが嫌だった。曲がれ曲がれどこかに消えろと念じても通じない。ならば俺から動くまでだ。真っ直ぐ進んでから曲がるか、先に曲がっておいてそれから真っ直ぐ進むかは、俺が自由に決められる。クエストを選べる自由を失ったが、まだルートを選ぶ自由は残っている。


 近づきつつあったピックアップ先のピンが突然消えた。消えたと思った次の瞬間、動いた! あべの筋を南下して動き続けている。今までの経験にない現象だった。ゴーストレストラン、いや移動式レストランか? アプリ上のピンは前方に加速して行く。もしやあのバスか? 俺は前傾姿勢になり時速30キロでバスを追った。交差点に差し掛かる手前で、バスはバス停に停止した。俺は端に自転車を寄せるとバッグを背負ったままバスに乗り込んだ。

「いらっしゃいませ」

「お疲れさまです」

「ああ、ウーバーさん、番号を」

 俺は命をかけてガイドさんから伝説の木の葉丼を受け取ってバスを降りた。信号は青だ。報酬の300円を得るため、俺は全力で交差点に突入した。

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裏口入店

2023-11-05 17:33:00 | 運び屋
「通れません」
 警備員が駆けてきて俺の前を塞いだ。

「押しても駄目ですか?」
「駄目なんですよ。決まりで」
 俺は駐輪場に行くために近道をしたかったのだ。

「ウーバーさん?」
「はい」
「それでしたら……」

 別の駐輪スペースがあると警備員は教えてくれた。北側にそんなものがあるとは、今まで気づかなかった。駐輪場の愛想のない男と顔を合わさずに済みむしろ好都合だ。教えられた場所は、畳一畳分ほどのスペースだった。(駐輪場とは呼べない)確かにデリバリー専用と書かれてある。どうしてこんな坂に……。大いに不満はあったが、他になかったのだろう。
 どこか上の方から、水がぽたんぽたんと落ちていた。そして、その落ちた先には何かごそごそと動く影が見えた。
 ああ、ゴキブリか。




 川沿いを進む。高速の下にマップには映らない道がある。駐車場の中に密かなショートカットが存在する。道を知るほど稼働は有利になる。4丁目から6丁目に飛び越えて時間を節約するのだ。時給は僅かに上がるだろう。600円が900円になるはずだ。親子丼から親子定食に、うどんからうどん定食に、カツ丼からトンカツ定食に、そんな風に俺の暮らしもアップグレードできるのだ。

「そこの2人乗り降りなさい!」

「降りなさい! そこの、おい、降りろ!

 この街の治安は悪化するばかりだ。

「止まれ! 止まらないと撃つぞ!」

 パンパンと乾いた銃声が響く。
 後ろに乗っている男が振り向いて応戦する。白昼の銃撃戦だ。俺はヘルメットを深く被って、ルートを変更する。自分の身は自分で守らねばならない。

♪♪ 追加の注文 1.5キロ 120円 ♪♪

 俺は瞬時に指を伸ばして、メッセージを消した。依頼は一度切りだ。
 ピックアップ先のカフェに着いて、自転車を歩道の端に停める。
(裏口で受け取り)
 詳細メッセージを確認して裏口に回る。すぐにドアは見つかった。俺は躊躇いなくドアを開けた。

「こんにちは」

「あっ、ウーバーさん?」
 俺の身なりを見てすぐにわかったようだ。俺は5桁の番号を言い掛けた。

「入り口はあっちなんですよ」

 スーツの男は少し笑みを浮かべながら南の方を指した。確かにそこは厨房のようには見えない。何か大事な会議をしているようだった。入り口は2つ存在したのだ。だとしても俺は自分を責められなかった。最初から正しいドアを開けられるかは五分五分だったのだから。俺は教えられた通りにもう1つのドアを開けた。
 無事にコーヒーを受け取るとドロップ先に向かった。1キロほどの近所のマンションだった。

(玄関先で引き渡し)

 ドアを開けると客は何かを握りしめていた。何かよいことがあるような予感がした。商品を渡すと彼はすぐに手の中のものを差し出した。

「ごくろうさまです」
 塩分チャージ2粒だった。

「ありがとうございます!」
 配達員は真心と300円を手に入れた。

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魂が死んだ日

2023-10-24 04:02:00 | 運び屋
「本日コーヒーの日になりますので半額の200円になります」

 誰でも平等に半額になるとは決まっていない。それは世の中への貢献度によっても変わるらしい。俺はAIにコントロールされて日々自転車を動かしている。歩道を行けばあっちへ行けと視線が刺さる。車道を行けばどきやがれとクラクションが鳴る。安定した姿勢で道を走ることは簡単じゃない。クレープはひねくれて蛇女に、寿司は粉々になって猫の耳にマッチングしてしまう。
 目標のピンは店に近づいたところで急に動いた。アップデート直後は決まってどこか挙動がおかしくなる。俺は慌ててブレーキをかけた。

「わざわざ前に来て止まるなくそが!」

 自転車を追い越し歩いて行く2人のどちらかが吐き捨てるように言った。俺はアプリに気を取られすぎていたのか。止まりたい時に止まりたい場所に止まっていいのは歩行者だけなのだろう。見知らぬ若者の正論めいた言葉によって、俺の魂は死んだ。ピンは一定時間ふらついてからようやく落ち着いた。自転車は空っぽの俺と小さなカステラを結びつけて車道の端を突き進んでいく。コントロールしているのは、俺でなくアプリの方だった。

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