眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

親切な大人

2023-10-31 21:38:00 | 眠れない夜に
 眠れない夜は子供にかえる。先生は一人だけだった。初めて名前を呼んでくれた。初めて丸をつけ、ほめてくれた。山の描き方、海のみつめ方、お茶の飲み方、雪の投げ方。先生から学べることは全部学び取った。先生は急に遠くに行くという。送別会には出なかった。みんなの先生だと証明されることに、耐えきれなかったのだ。「困ったら開きなさい」先生は別れの手紙をくれた。もう誰も先生じゃない。
 街にサーカス団がやってくる。僕はまだ子供だった。待ち切れずにすべての責任を手放したいと思った。先生の手紙には、よいことは寝て待てとだけ書いてあった。僕は先生のことを信頼した。送別会のことを、少し後悔していた。夢の終わり、街は祭りのあとだった。感動と興奮の余韻、サーカス団への感謝の言葉であふれていた。また会える日まで。絶対、また来てね! またねじゃない。酷い仕打ちは、この世に信頼できる者の不在を強く印象づけた。大人になるにつれて先に楽しいことなど何もなく、もう眠れないことがわかってきた。


テレビを消して
自分を立ち上げろ

それが映し出すもの
スキャンダル
反撃しないもの
弱ったもの
興味本位のもの

動画を消して
自分で動き出せ

それが映さないもの
強すぎるもの
不都合なもの
本当に救いが必要なもの

偉そうなのが横並ぶ
それは正義を代弁しない

お約束の小芝居に
薄っぺらい長話

延々繰り返して広告をまたぐ

断ち切れない
忖度が
真実に蓋をする

テレビを捨てて
自分で考えろ

みればみるほど
それは空っぽだ


 落書きだらけのシャッターを背に歌う路上詩人の前を通り過ぎた。スーパーは深夜まで開いている。広い通路の真ん中に積まれたお菓子の1つを手に取ってカートに入れた。先に進もうとすると男が手を取って止めた。1つ買うのは大損だと言う。大人なら2つ買わねば小腹も満たされないと言う。男の説明によると店内にあるすべての商品は、値上げしながら同時に中身が萎んでいるということだ。

「値段は倍、中身は昔の半分ですから」

「奇妙な話ですね」

 小腹が空いても大丈夫なようにお菓子を多めに詰め込んだ。必要なものをカートに入れてレジに向かう。有人レジだ。

「こちらはおひとりさま1日1回1本限りとなっております」

「は? 今日初めてですけど」

「ですがAI診断によると……」

 警備員が駆けつけて、カートは回収されてしまった。

「こちらへ」

 店長室にかけていたのは、先ほど色々教えてくれた男だった。

「店長さんでしたか」

「申し訳ないのですが、ビデオの方を……」

 映っているのは、確かに自分そっくりの男だった。午前中に来店しているらしい。

「利き腕が違う! 髪型も逆じゃないか!」

 重大な差異を指摘すると店長は非を認めた。

「これは大変失礼いたしました」

「いえいえ。間違えるのも無理はありません」

「アップデートによって改善いたします。お詫びと言っては何ですが……」

「ありがとうございます!」

 少しの足止めと引き替えに、ヤクルト80006本セットを手に入れることができた。スーパーから離れるほど街灯も減り闇が濃くなっていく。錆びついたシャッターを震わせながら、路上詩人が歌っている。針金のような猫がその傍で足を止めた。


俺の名前を知ってるか
俺の名前は名無しのジョニー

俺のすみかを知ってるか
俺のすみかは田舎のどこか

俺の涙を知ってるか
俺の涙は夕暮れの色

看板にある字が読めずに
頼めなかった飯があるかい
それは何ですか
何て読みますか
それを言うのはダサいと思った

君にも似たことがあるかい
教えてよ 君のアンサーソング

俺のかなしみを知ってるかい
俺のかなしみは俺のかなしみ

俺の歩きを知ってるかい
俺の歩きを道が知ってる

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

矛盾のパレード

2023-10-31 03:30:00 | アクロスティック・ライフ
何なんだよここは
つまんないけど罪ではない
やがてくるのは永遠への旅か
筋書きが決定事項ならば
見所はどこに存在する


涙は出るがハンカチがない
角はあるけど赤鬼じゃない
山に叫んでも響きはない
すり切れても血は流れない
未練があっても言葉が出ない


名を呼ばれても私ではない
釣ってはないが釣り人だ
やまだと言うが電気じゃない
相撲を取っても廻しが取れない
見つめていても答えが出ない


長くはいるがボスではない
罪はあっても裁く手がない
屋台があっても金が足りない
住まいを探して迷子になった
ミイラを追って未来まできた


謎がとけても爽快じゃない
ツアーを導くものがいない
山があっても心は谷間
推薦されても門は閉じてる
水を打ったらお祭り騒ぎ


波があっても乗り物がない
月が割れても兎は出ない
野菜を取ってもバランスが取れない
西瓜を割っても腹が読めない
みんないるのに誰も知らない


何なんだよこの世界
辻褄が合わないばかり
やんなっちゃうよねもう
するめを噛んだら味気なく
認め印でも持ってこいってね

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

手抜きが君を強くする ~前進できぬ駒はない

2023-10-30 21:31:00 | 将棋ウォーズ自戦記
「ぶつかった歩は取る」

 これは将棋の基本である。取らないことによって損をしてしまうリスクがある。まずは損をしないことを最初に学ぶ必要がある。初心者の内はそれでよい。ところがそこから先へ進む段階では、基本を疑うことも必要になってくる。
ぶつかった歩は何も考えずに取る。
まずは取ってから考える。
 そうした姿勢では上級に進むことは難しい。

「ぶつかった歩は取らない」

 局面によっては、こちらもまた基本となるのだ。
 例えば対抗形の棒銀の形だ。5段目で75歩と居飛車が歩をぶつけてきた局面は有名だ。これを素直に取ると居飛車の銀が進出して攻めが成功しやすいとされる。(局面を加速させたければ取るのも有力)手抜きすることによって、逆に76歩と取り込ませ振り飛車は銀を前に出すことができる。このような理屈が成立することから、ぶつかった歩を互いになかなか取らないという状況が発生する。その筋には触れず、また異なる筋の歩をぶつけてみたりすると局面はより複雑化する。

(歩があちこちとぶつかっていれば有段者)
 などと言われるのはそうした理屈からだろう。

「歩がどこでぶつかっているのか」
 それも重要だ。もしも自陣の深いところでぶつかった歩なら、と金になるリスクが大きいので、手抜けるケースは少なくなる。逆に5段目から敵陣に向かえば、手抜きの選択が有力になっていく。

 振り飛車党がさばくためには、ぶつかった歩を取らないという知恵は重要だ。同歩は無難で収まりやすいが、半面相手にポイントを与えたり、さばきのチャンスを逸してしまうことも考えられる。大事なことは、「取る取らない」を常に意識しながら感性を磨いていくことだ。
(攻められた筋に飛車を振り直す)
 攻められた筋とは、歩がぶつかったところだろう。そうして争点を一段低いところにずらして居飛車の攻めを迎え撃つ手は、さばきの基本手筋として身につけておきたい。

 歩を取らないことには様々なメリットがある。
 ・取らせることによって自分の駒を前に出す。
  (相手の駒を前に出させない)
 ・取る一手を他の有効手にまわすことができる。
 ・何でも言いなりにはならないという意志を育むことができる。
 ・相手の読み筋を外すことができる。

「何でも(いつでも)取る一手ではない」
 これは逆に言うと取ってももらえないということだ。
 取ってもらえる時に……、
(突き捨てを入れておく)(利かしておく)
 例えば、対抗形における86歩(24歩)などは永遠のテーマのようなものだ。敵陣深くであろうとも、玉から遠いほど手抜きの機会は増えていく。「入る、入らない」というぎりぎりのところを、上級者はいつも突き詰めて悩んでいるのではないだろうか。振り飛車党にとっても、86歩の対応は腕の見せ所でもある。遅いとみれば手抜いて中央に殺到する。また、早すぎるなら同歩の後88飛車として緩やかな流れに持って行くことが有力だ。

 手抜きが有力となるのは歩に限ったことではない。「取って取って……」というやりとりは明快で華々しくもあるが、単純にわるくなることだってある。例えば、片美濃の49金に58金のように絡まれている局面でどう受けるか。

「いったいどう受けたらいいものか……」

 振り飛車を指していれば、誰しも経験する悩みではないだろうか。これにはいくつかのパターンがあり、経験を積むほど判断が明るくなっていく。金を取って攻める手が早ければ同金。持ち駒が潤沢でゼットを維持したければ39金打。相手の戦力が薄いならば39金とかわすのが有力。意表の受けとしては、69金!のように58金の足を引っ張るような捨て駒で時間を稼ぐ手筋も知っておいて損はない。そして、今回のテーマは、それ以外の手。手抜きの一手だ。絡まれた状態を放置して攻め合う。終盤の寄せ合いの局面では、この選択が正解になることが最も多いはずだ。

「どう受けたらいいの……」
 受けというテーマを抱えた時、視野は自陣の狭いエリアに固定されがちだ。しかし、将棋はどんな時も盤面全体(攻防一如)でとらえなければならない。例えば、自陣に打ち込まれた飛車も相手玉を動かすことによって、王手飛車で抜けることもある。自陣しか見ていないとそうした筋を見落としがちだ。より厳しい攻め手が存在すれば、相対的に相手の攻めを甘くすることもできる。一見厳しげに映る攻めも、盤面を広く見ればそうでもないことは多い。攻め対受けの構図が定着してしまうと、主導権が攻撃側にあるように思え、(サッカーでボールウォッチャーになるように)視点が凝り固まってターンする機会を逸してしまうことがある。攻められている局面が続いていても、攻撃の谷をみて反撃に出る姿勢は大事だ。
 49金は取られても同銀と応じることで自動的に駒が入る。そこから詰めろがくるだろうか。すると更に駒が入るかもしれない。39金と埋めて再構築する手もまだ残っている。
「受けない」とい選択も、「どう受けるか」というテーマの中に持っておくべきだ。(相手の攻めがどんどん早くなっていくような受けは、だいたい駄目だ。自分の攻めが完全になくなるような受けも希望がない)

「ぶつかった歩は取る」
「ぶつかった歩は取らない」

 将棋は歩からはじまる。そして金や銀や飛車や角へと続いていく。角と角がぶつかっている。その状況でも、取らなければ? かわすと? そのままだとどうなるのか? 色んな可能性を考えることが必要だ。
 ぶつかった形は不安ではないだろうか。不安は早く解消したいというのも人情ではある。不安(不安定)であることは、含みがあるということでもある。そこに工夫の余地が生まれ、ちょっとした手順の差で技が決まったりすることがある。
 取る手の方が普通で素直だ。素直さは日常生活では歓迎される態度だろう。突かれた端歩は受ける。(端歩は挨拶)挨拶も社会では大切だ。もしも挨拶を怠ったりすれば、全人格を否定されてしまう恐れもある。素直さは上達を助けることができるが、一対局の中ではむしろ強情なくらいの自己主張があってよいだろう。(相手の言いなりになっていては負けてしまう)

「何を考えているのだ?」

 取る一手。取るしかない。当然のようにみえるところで、強い人ほど足を止めて考えることができる。
 ほとんどの場合、取る手は正解だ。しかし、時によっては緩手となったり悪手となったりする。
(ところによっては雨でしょう)
 ほとんどは降らないとわかっているのに、あなたは傘を備えて歩くことを選ぶだろうか。だが、真実(棋理)を探究するということは、すべて疑ってかかるということだ。局面をゼロベースでみることが理想となるが、それには人間に与えられた時間が限られているという現実もある。

「挨拶しないことは許されない」
(決して手抜いてはいけない)

 将棋の中でそれは唯一王手だけだ。だから王様が一番偉い。プロアマを問わず、王手を無視することは、どんな時も決して許されない。早く自分が王手をかけたいからといって、自玉にかけられた王手を手抜くことはできないのだ。だが、王手をかけられた状況で敵玉に王手をかける手段も存在する。それが逆王手だ。(飛車角香による距離のある王手に対する合駒によって成立する)その逆王手にしても、王手を無視してできるものではない。ちゃんと王手を防ぎながら、同時に(逆に)王手をかけているに過ぎない。

 野球の日本シリーズなどで角番に追い込まれていた側のチームが追いついた時に、新聞やテレビ等で「逆王手」をかけたなどと表現されることがある。将棋を指す人からみれば、これに違和感を覚える人も多いだろう。逆王手をかけたからには一方の王手が消えていなければ棋理に合わないからだ。
(マッチポイントを握っているのはどちらか一方でなければならない)
 互いに王手をかけたまま玉を取る権利を持ち続けている。そのようなことは将棋では起こり得ない。だから、強いて用いるならば「同時王手」の方が的確だろうか。そもそも王手を切ってないのだから、逆でも何でもない。単に後から追いついたというだけだ。
 将棋でないものを将棋用語で表現すれば、少しの矛盾が生じてもおかしくはない。だが、矛盾というのは遊び心(ファンタジー)でもある。言葉と言葉、世界観と世界観をぶつけ合ってこそ新しいものは生まれていくのではないだろうか。

「言葉は正確であることだけが正しいのか?」

 そのようなことから疑いながら、歩を前に進めて行こう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カレー作りの考え方

2023-10-29 09:17:00 | いずれ日記
 考えることに疲れたらカレーを作る。今日カレーを作っておけば、明日は何も考えなくてもカレーはあるからだ。すっかり日が暮れて、スーパーにカレーを作る準備に行った。主役の玉葱は家にまだあったのでそれだけは安心だ。ミニトマトは300円ほどした。アスパラは200円ほどだった。じゃが芋はばら売りのがなくてまとまって買うと300円ほどした。洋人参は1本でも150円ほどした。甘さがほしくてりんごのペーストを買うと100円ほどした。鶏もも肉は400円ほどした。ついでに小さなパックの豚ロースにも手を出すと250円ほどした。スープカレーは400円ほどした。牛乳も買っておこうと思い牛乳を買うと牛乳は300円ほどだった。
 そうしてレジに行くと2500円を超えていた。そんなことがあるだろうか。ちょっとカレーを作りたかっただけなのに……。1000円くらいで収まってもいいだろう。救いを見出すならば、1皿2皿のカレーではないということか。いずれにしろ、準備したからにはカレーを作らなければならない。鍋いっぱいにカレーを作って、しばらく頭を空っぽにしたい。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

昭和歌謡バイキング

2023-10-28 09:10:00 | アクロスティック・ライフ
何と言っても炊き立てだ
粒がきらきら光ってる
山盛りつけてお父さん
すすむごはんのしあわせよ
味噌汁おかわり自由です

何だ昨日と同じか
作り置きではございます
安くそこそこ美味い飯
すすめてみたい艶やかな
ミートボールはいかがです

泣いてばかりじゃつまらない
つまんでみようか卵焼き
やっぱりこれだねウインナー
隅々にまで行き届く
みんなのためのおもてなし

何でもござれありったけ
つつき放題バイキング
やがては尽きるごちそうと
スピード勝負の課長さん
味噌汁こぼしあちちちち

涙で虹ができるなら
つらい思いもファンタジー
山ほど高く積み上げて
すすめてみたいねばねばと
水戸納豆はいかかがです

鍋でぐつぐつゆで卵
勤める君の味方です
やりがいあると噛みしめて
酸っぱいだけの梅干しに
眉間にしわも寄りましょう

涙を笑いに変えていく
強いもんだよおっかさん
ヤフーニュースにひっかかり
荒んだ朝に行き着くは
みるから美味いクロワッサン

茄子に大根白菜胡瓜
漬け物皆にやさしいね
やがては尽きる命なら
すすんで行こうバイキング
味噌汁おかわりありがとさん

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

でかきつねうどん

2023-10-27 17:37:00 | この後も名人戦
「名人が注文されたのはきつねうどん。これは上に大きなあげ、きつねでしょうか。このきつねが邪魔になってうどんが食べにくいことはないんでしょうか?」

「何をおっしゃる。そんなわけないじゃないですか。田辺さん」

「えへへ」

「いいですね。やっぱり、うどんは」

「この後も、名人戦をお楽しみください」

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ガレージ奥の診断

2023-10-27 02:00:00 | いずれ日記
頭痛、鼻水、発熱、倦怠感……
何れかに当たる方は、事前の予約が必要となります。

 クリニックの前であてが外れた。何れかどころか、そのほとんどが当てはまる。今からお願いしたいと電話した後で、財布を見ると千円しか入っていなかった。大きな病院でなければ、現金以外は絶望的だ。僕は5時半に予約して現金を取りに戻った。家に着く頃にはもう5時半が近づいていた。いつもよりも道が遠く感じられる。再度電話して予約を6時に変更してもらった。「予約ですので……」時間を守るように厳しく念を押された。

 5分前に着いた。扉の前に立っているとしばらくして中から看護師が出てきた。検査は外で行われるという。壁沿いをまわり緑の自転車のところで待つように指示される。歩いて行くと自転車の横のシャッターが上がり始めた。ガレージのようだ。奥から先ほどとは違う看護師が出てきた。

「中へどうぞ」

 一瞬、車のドアに手をかけそうになった。奥のプレハブ小屋の中はピロピロ・カーテンで仕切られていて、丸椅子が2つばかり置かれていた。インフルエンザの検査をした経験があるかと看護師はたずねた。指のならあると答えると彼女は少し首をひねっていた。ティッシュを手渡し、10秒耐える約束をすると、鼻の中に綿棒が入ってきた。僕は顔を歪めうめき声をあげた。5分待てと言い残して彼女は去っていった。
 仕切の向こうに手袋をした男が現れた。

「コロナ」
「コロナ?」
「そう、コロナ」
 明日からの仕事はどうすべきかとたずねた。医者は休めと答えた。

「どこがしんどい?」

 僕は咳が出るのがしんどいと答えた。しんどくないのにどうして来たのだと言って医者は不機嫌そうな顔になった。仕切越しのため上手く伝わらないのだろうか。想像していた医者とは、少し違う。薬は並の奴でいいかと医者はたずねた。いいのは早く治るが9000円だと言う。飲まずに平気かと僕はたずねた。高くつくので普通の人は頼まないと医者は言った。その後のことは看護師に聞くように。とりあえず10日分の薬を出すと言った。10日だと?

 看護師が検査キットを2つ持って戻ってきた。証拠になるので写真を撮っておけと言う。代金は4000円と少しだった。5日が過ぎれば後は自己判断で何とかせよ。何かあればこちらへとチラシのようなものと処方箋を持たせてくれた。

「今日はどうされました?」

 近所の薬局に閉店前に駆け込んだ。

「コロナ」

 返事は特になかった。
 痛み止めと10回分の咳止めを受け取った。500円くらいだった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

怒りダンス

2023-10-26 03:05:00 | 短い話、短い歌
「その格好ではちょっと……」
 ちょっとしたデザインの差で通れない扉があった。進めないところには立ち止まるべき時間がある。変えるべきは自分? 君は自分に問いかけてみる。自分を変えてまで行くほどそこは素晴らしい場所だろうか……。自分を残したままステージを変えることだってできる。胸に刺さったままの「ちょっと」のわだかまり。君の怒りは新しいステップになる。


襟なしをとおせんぼする週末に
靴鳴らすダンサーの情熱

(折句「江戸仕草」短歌)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ちゃぶ台の用心棒

2023-10-25 00:33:00 | ちゃぶ台をひっくり返す
「ごめんくださーい!」

 声を張り上げても返事はない。鍵は開いているのだから、当然誰かいるものだろう。そう思っておばあさんは顔を突き出して何度も呼びかけてみました。

「ごめんくださーい!」

 これはいったいどういうことだ。おばあさんは玄関先に膝をつき、家の奥にまで届くように問いかけました。

「誰か、誰かいますかー?」

「誰かいませんかー?」

「ごめんくださーい! ごめんくださーい!」

「いるんですかー?」

「もう、お邪魔しまーす!」

 事態を打開すべくおばあさんは玄関を越えて前に進みました。全くなんて不用心な家だ。
(私が代わりに留守番でもしてなきゃ泥棒にでも入られるだろう)
 居間まで来るとおばあさんは善意を持ってちゃぶ台の前に腰を落ち着けました。その時、ちゃぶ台の上には、これでもかというほどの調味料が立ち並んでいました。おかげで本を広げるスペースもないほどでした。おばあさんは念のため各調味料の賞味期限をチェックしました。

「切れてるじゃないか」

 これも、これも、これも、これなんか……。
 その1つはもう5年も前に切れているのでした。そんな調味料の集合を見ている内に、おばあさんの体から得体の知れない怒りがこみ上げてきました。(不在者へ? 孤独へ? 時の早さに対してか? あるいは、そうしたいずれかが交じり合って湧いてくるものか)不確かなだけあって抑えようもないものでした。

「ヌウォーオーリャーァアーーーーーー!」

 おばあさんは、思い切ってちゃぶ台をひっくり返しました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

テラスの縮小(カフェの表裏)

2023-10-24 23:40:00 | コーヒー・タイム
 難波の最果てにそのカフェはあった。

「当店のWi-Fiは使えません」

 入り口の硝子には、そんな貼り紙がある。押とか引とか書いてあるが、扉は押しても引いてもどちらでも開くようだ。店内は分煙になっているが、何となく煙たい感じもする。外にテラス席もあって、そちらの方が落ち着ける。

 鞄深く手を入れれば、一番底に沈んでる奴がボールペンだ。身構えることなく、いつも眠っている。その時のために力を溜めているのだろうう。釘やナイフなら傷つけられるかもしれないが、ボールペンはそれほどやばい奴じゃない。だから何も考えずに手を伸ばすことができるのだ。もしもトカゲやクワガタだったら、相手はどう出てくるかわからない。だけど、そこは彼らの好む場所ではないのだ。

 刀を抜いてから侍が敵を探しているのは何か強そうじゃない。その時がきて、一瞬で抜いた方がかっこいいのではないか。ポメラを開いた時は、ちゃんと打ち込める状態でありたい。ポメラを開き、じっとにらめっこして、オフタイマーが働いて、ポメラが眠ってしまうという展開が嫌なのだ。書きあぐねているのなら、まだボールペンを持って紙のノートを見つめている方がいい。ペンを握って悩んでいる方が、どこか落ち着くような気がするのだ。僕がボールペンを持つのはそんな時。ポメラと向き合うことが躊躇われる時だ。

 テラス席の端で何かを書きあぐねていると、いつの間にか隣の席におじいさんとおばあさんが座っていた。何か煙たいような気がして顔を上げるとおじいさんが煙草を吸っていた。
(ここは禁煙ではなかったのか?)
 無法者おじいさんだろうか。しかし、よく考えてみるとここは喫煙席でも禁煙席でもない。テーブルのどこを見ても禁煙の文字はない。ということは、はっきりと決まってないのだろう。灰皿は店内のカウンターにあり、誰でも自由に取ることができる。だから、おじいさんは何も悪くないのではないか。僕は持っていた扇子で扇いで煙を遠ざけた。

(お一人様60分でお願いします)

 永遠に居座られることへの恐れからか、そんな貼り紙のあるカフェもある。考えすぎか、警戒しすぎか、あるいは何でもとりあえず書いとけという方針か。何でも文章にしておくのが安心との説もあるのだろう。1時間がのろのろと過ぎていく時もあれば、瞬時に過ぎ去ってしまう時もある。同じ時間であるのに……。同じ時間。本当にそれは同じなのか。

寝付けない夜明けの1時間
信号を待つ1時間
ランチタイムの1時間
談笑するカフェの1時間
対局中の残り1時間
恋人を待つ1時間
止まった電車の中の1時間
ライブ・ステージの1時間
採用試験の1時間
地球最後の1時間

 あなたはその1時間をどう感じるだろうか。ある時はほんの一瞬のように過ぎ去る。ある時は永遠のように思える。10秒も100年も同じように感じられることはないだろうか。時のみえ方というのはそれぞれ異なるのかもしれない。亀に対して、お前はのんびりだなとか、蝉に対して、お前の一生は儚いなとか言うのは違うのではないだろうか。

 店員が空いているテラス席を片づけ始めた。閉店時間をたずねると21時だと言う。まだ17時だった。片づけは始まったが、座っていてもいいらしい。他の席がきれになくなってしまうと、自分だけが店から追い出されて罰を受けているような気分にもなった。ここはベーカリーとバーガーの間に挟まれた小さなカフェだった。

「当店のWi-Fiは使えません」

 わざわざ書かれているということは……。
 扉に書かれた言葉の意味をずっと考えていた。確かにWi-Fiらしきものは存在するのだろう。だが、誇れるようなものとは違う。故障しているのでなければ生きてはいる。だとすれば、自虐的に言っているのではないか。Wi-Fiは存在するが、品質は最悪だというメッセージが秘められている。「お前使えない奴だな」と言われる前に先手を打っているのだろう。それが本当なら、なかなか侮れない。仕事の早い店だ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

魂が死んだ日

2023-10-24 04:02:00 | 運び屋
「本日コーヒーの日になりますので半額の200円になります」

 誰でも平等に半額になるとは決まっていない。それは世の中への貢献度によっても変わるらしい。俺はAIにコントロールされて日々自転車を動かしている。歩道を行けばあっちへ行けと視線が刺さる。車道を行けばどきやがれとクラクションが鳴る。安定した姿勢で道を走ることは簡単じゃない。クレープはひねくれて蛇女に、寿司は粉々になって猫の耳にマッチングしてしまう。
 目標のピンは店に近づいたところで急に動いた。アップデート直後は決まってどこか挙動がおかしくなる。俺は慌ててブレーキをかけた。

「わざわざ前に来て止まるなくそが!」

 自転車を追い越し歩いて行く2人のどちらかが吐き捨てるように言った。俺はアプリに気を取られすぎていたのか。止まりたい時に止まりたい場所に止まっていいのは歩行者だけなのだろう。見知らぬ若者の正論めいた言葉によって、俺の魂は死んだ。ピンは一定時間ふらついてからようやく落ち着いた。自転車は空っぽの俺と小さなカステラを結びつけて車道の端を突き進んでいく。コントロールしているのは、俺でなくアプリの方だった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

犬のエンター

2023-10-23 22:18:00 | この後も名人戦
「今ですね対局室に1匹の犬が入ってきましたけれど、どうしましたかね。散歩中に飼い主さんとはぐれて、誤って紛れ込んでしまったのでしょうか。ちょっとおっちょこちょいな飼い主さんでしたかね、先生」

「何をおっしゃいますか。そんなわけないじゃないですか、田辺さん」

「というと?」

「よくご覧になるとわかると思いますが。あれは犬じゃなくて犬に扮した観戦記者の方です。ちゃんとお仕事されてる方ですから。見てください。ペンを握って今何か書かれてるとこです」

「ほほほほっ。これは大変失礼いたしました。秋ですからね、ハロウィン等の一環で楽しませていただけるということだったのですね」

「そういうことです。我々がやっているのはエンターテイメントなわけですから。楽しくなければ将棋になりません」

「なるほど、もう定跡化された動きなわけですね」

「そういうことです」

「よく理解できました。この後も、竜王戦生中継をお楽しみください」

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

面接の炎

2023-10-21 03:23:00 | いずれ日記
 企業よりお知らせメールが届いたと求人サイトから知らせが入った。お知らせを見るには、まずはマイページにログインしなければならない。マイページへのログインには、予め認証コードの取得が必要となる。認証コードはURLをたどった先にある。しかし、認証コードを発行するには、応募者管理番号が必要となるのだった。応募者管理番号は最初のメールにあるようだ。管理番号によって4桁の認証コードが発行され、それを間を置かずに入力することによって、初めてマイページへのログインが成功する。すべて抜かりなく手順を踏んでマイページにログインすると、確かに企業よりメッセージが届いていた。

 応募者多数の中より慎重な選考の結果、
 残念ながら不採用と決まりました。
 今後のご健勝を心よりお祈りしております。

 履歴書の熱量、アピールするものが、どこか不足していたのだろう。もっと面白く、ストーリー性を持たせるべきなのだ。もっと人を楽しませたい。そうしてこそ、自分自身も楽しむことができるようになる。僕はそんな人間ではなかったか。
 タイミングの他にも、成否を分かつものはきっとある。いずれにしろ、来週にも次の面接の予定が入っている。面接の炎を絶やさない限り、落ち込んでいる余裕もない。

「当日は動きやすい服装でお越しください」
 パジャマくらいでいいということで、気分は割と軽い。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カフェと誕生日 ~特別な時間

2023-10-20 17:50:00 | コーヒー・タイム
 夏の間は部屋の中にいてタンブラーに氷を浮かべていた。10月が近づく頃、耐えきれなくなって家を飛び出すようになった。冷房も少しは弱まってきているはずではないか。外からのぞくと角の席が空いているのがわかりほっとした。中に入り番号札を受け取って歩き出すと、ほんの少し前に来た女性が、角の席に先に着いて2人掛けを4人掛けに拡張させた。すぐにつれが来るのだろう。右前方角には紳士がかけており、外に近い席はどこも埋まっていた。やむなく僕は2人掛けのソファー席側にかけることにした。硝子から距離があって、外の世界が随分と遠く感じられる。いつもと少し勝手が違う。だけど、自分の部屋ほど息苦しくはない。ラテを前方に置いてポメラを開くといつかの断片が現れた。こちら側も悪くない。天井の照明が向こう側よりもずっと明るく、光合成ができそうだ。テーブルの色が好きだ。椅子の形が好きだ。無人でなく、席が埋め尽くされないところが好きだ。無駄話の気配が好きだ。孤独が浮かないところが好きだ。キーボードに反射する光が好きだ。
 どうして僕はモスカフェにまでやってきたのだろう? ただのんびりとするためではない。何かを生みたいからだ。失われて行くラテと、忍び寄ってくる夜と競りながら、何かを生み出すためだ。張り合いを求め、僕はここにやってきた。先に角に着いた彼女は独りだった。PCの横にオレンジジュースが見えた。


 僕はその夜、あらぬ一点を見つめていた。傍からは確かにそのように見えたのだろう。

「率直に言って、あなたは病気です」

 巻さんは、そう断定して僕に受診をすすめたのだった。その時、僕は問題を抱えていた。正確に言えば、抱えていたのは問題図だった。僕はずっと退屈な接客の合間で、脳内将棋盤を開き詰将棋を解いていたのだった。難解な問題に取り組んでいる時ほど表情は硬くなり、目は虚ろになっていただろう。魂の抜け殻のように映ったとしても仕方がない。問題は見知らぬ先生に話すようなものではなく、自分で解決すべきものだったのだ。彼の指摘は的外れではあったが、上手く説明する自信もなかった。
 脳を通して描かれる世界は人それぞれに違い、それ故簡単にわかり合えないように思う。脳内磐を持たない人が、果たしてそれをどのように想像し、どこまで理解することができるだろうか。頭の中にそろばんがあるというのは、どんなそろばんが、どんなカラーの、どんなサイズの、そろばんがあるのだろうか。頭の中にいつもケーキがある人は、いつも焼き肉定食があるという人は、それぞれにどんなそれを抱いているのだろう。顔を見たくらいでは、何もわからない。だから問題も尽きないのではないか。


 チノパンを選んでいて出遅れてしまった。駅に着いた時には、既に集合時間の9時を回っていた。どっちだ? 何番ホームへ渡るべきか、考えている間に、目的地の駅名が飛んだ。終わった。書き残したメモは自宅に置いてきた。あるいはと思い鞄を開けてみたが、あったのは折り畳んだシフト表だけだ。こうなれば電話して聞くしかない。

「野崎さんの電話変わってないよね」

「ないない。あるわけない」

 横にいた見知らぬ女が当然のように言った。

 な・に・ぬ・ね……、は
 な・に・ぬ・ね……、は
 は!
 なぜか、のが飛んでいる。

 今度こそ、完全に終わった。(帰るか)
 駅名を忘れたなんて、言い訳になるだろうか。
 わかってくれる人が現れて、味方してくれるだろうか。
 焦る。役立たずのスマートフォンを線路に投げ捨てたくなった。
(おかしい。何か妙だ)
 その時、この出遅れた朝の状況が夢の一場面にすぎないことに、薄々気づき始めた。
(夢なんだな)
 まだ少し焦っている。夢だからままいいか。少し安心する。夢だからもういいか。どうでもいいように気楽になる。でも何だっけ? まだ少し引きずりながら、楽しむ余裕もあった。遅れても別に問題ないしな。仕事は夕方まであるのだし。ぞっとするような夢の終わり、意識はまだ半分半分のところを行き来していた。


 自分の部屋にはなく、カフェにあるものとは何か。それは、いつ訪れたのかという明確な瞬間だ。その瞬間、カフェという世界の中に自分という存在が誕生する。

「ごゆっくりどうぞ」

 世界もそれを認めている。その時に受け取るカップ(グラス)は、命を表している。手にした瞬間から、特別な時間が流れ始めるのだ。そこにあるのは物語性だ。

(物語は終わりへと向かって進んで行く)

 それこそが僕が望んでいるものであり、家の中ではいつからいつまでという時間の節を体感し難い。切迫するものがないため、緊張感を持ち自分を奮い立たすことに苦労する。
 PCの開かれた角の席に、ようやくつれが到着したようだ。これから商談が始まるのだろうか。
 カーテンの向こうの闇は強さを増して、自分の体も少し冷えてきた。僕はカウンターに行き、ホットコーヒーを注文する。新しい物語の再生だ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夢の中の不死身説

2023-10-20 04:41:00 | いずれ日記
 夢の中では死ぬことはないだろう。多くの経験、夢の記憶からいつからかそのように考えていた。夢は主人公(自分)の視点によって動いていくものだ。主人公(自分)が現実の自分と異なることはある。スターになったり偉い人になったり、犬になったり幽霊になったり宇宙人になったり、変身を繰り返すことはある。空を飛んだり、星をまたいだり、人間離れした能力を発揮することもある。しかし、死んではならない。視点を失って物語が進まなくなるからだ。


 ジェルボールが溶けなかった。洗濯物を全部取り出した後、それはそのままの形でそこにいたのだ。きれいじゃないか。僕は本当に洗濯をしたのだろうか。急に自信がなくなった。覚えているのは、スタートボタンを押したことと、終了のブザーが鳴ったことだけだ。洗濯をしたつもりが間違って乾燥だけをしていたのでは? しかし、そんなことがあるだろうか。確かにちゃんと見張っていたわけでもないし、聞いていたわけでもない。(お気に入りのプレイリストを聴いていたのだ)昨日買ったばかりのジェルボールだった。それだからか。久しぶりのジェルボールだった。それだからか。ジェルボールは真っ先に投げ入れたはず。しかし、その後は? 洗剤を使わず洗濯は終わった。これで洗濯したと言えるのか? 頑固な汚れ物はなかったとは言え、それでよいのだろうか。もう一度するか。もう遅い。もう一度しても駄目だったら……。葛藤している内に、夜は深まっていた。ぷるんとしたジェルボールをドラムの中に投げ入れると、僕は洗濯機の扉を閉めた。これは夢では?


 オリエンテーリングのようなものの中にいた。赤箱を蟹挟みして僕は浮遊した。いつもよりも体が軽く切れているようだった。人の間を縫うようにして抜ける。皆が苦労するトラップも、僕にとっては子供だましにみえた。
「上級者の邪魔をしないようにしないと」
 もたついていた人が気を遣って道を開けた。僕は加速をつけて螺旋コースを降りた。才能が違う。自分でもそう自覚することができた。

「終わりました!」

 当然僕が最初だろう。けれども、賞賛でも歓迎でもなく、ため息のようは声が返ってきた。

「ああ……」

 大泉さんは残念そうな顔を向けた。その顔で僕はすべてを悟った。

「もしかして、間違えてます?」

 ルールをちゃんと読んでおくべきだったが、自惚れすぎていた。改めてルールブックに目をやってすぐに背けた。才能、希望、自信、そんなものは幻だ。僕のは全部がデタラメではないか。

「迷惑かけてます?」

 優勝どころか運営の妨げにもなったのではと気がかりだった。

「いえいえ。いいんでこれ持って帰ってください」(好きなだけ)

 参加賞か。それは大袋に入ったきな粉のようだった。だけど、これをどうして持ち帰ればいいだろう。小袋がなければ、無理ではないか。自分がどう動けばいいかわからず、袋の周辺をただ撫でていた。すると亀裂が生じて中の粉が漏れ始めた。僕は更に追い込まれて狼狽えていた。あわわわわ……。

「逆さにして底の方を開ければいいですよ」(こうやって)

 大泉さんが大袋を直しながら、子供に言うように言った。
 僕は本当に駄目だな……。
 夢の中で僕は死にたい気分だった。


 夢の中ではじめて刺された時、僕は驚いた。そんなことはないと信じていたからだ。もう駄目だと僕は観念した。そして夢は終わった。死は夢を強制終了させるだけだった。色んな終わり方がある中で、単純で最も悲劇的な形の1つだったのだ。死が夢を終わらせた時は、目覚めによって現実がはじまる。当然、目覚めは酷く味が悪い。
 いい夢は「何だ夢か……」という未練が残る。悪い夢は「夢でよかった」と感謝もする。どちらもよしあしはあるのではないか。いい夢をみるばかりが幸せとも言い切れない。
 いずれにしろ、眠りがある限り夢をみるだろう。夢と現実を照らし合わせながら、生きていくのだと思う。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする