何も目指さなくていいところに到達した。経緯は偶然と気まぐれが入り交じったようなものだったけれど、おかげで人と違う幸福を手に入れたというわけだ。大好きなものたち、変わらない美しさに囲まれて、私はずっとここにいたいと願う。いらないものは何一つなく、必要なものはすべて揃っているのだ。「何かになりたい」と願ったのはずっと遠い昔の自分。(今となっては他人に等しかった)どんな人生よりも深い場所に生きて、これ以上何を望むことがあるだろう。
「そろそろ行かねばならないようです」
脱出の時が迫っていると姫に告げられた。それはあまりにも突然の出来事だった。もう海が青くないことが主な理由だという。本当かどうかわからない。しばらく海を見たことがない。私が海の中にずっといたからだ。
「縁の切れ目がきたようです」
これほど長い時間一緒に暮らしてきたというのに、私はファミリーではなかったというのか。共に遊び共に笑い、踊り明かし、愛し合ったのではなかったのか。それなのに私だけを置いて行ってしまうというのか……。この深く輝ける日々はいったい何だったのだ。今更(何もなかった)ことのように生きられようか。これがあなた方のくれた夢ならば、もっと短くみせてくれなければ。
「新しい海を探します」
(一緒に行くことは叶いません)
姫は非情な態度で私を突き放した。私が長く愛していたものはすべて幻だったのだろうか。行くことも残ることも許されない。私が遙か昔に捨て去ったところに、私の居場所などあるのだろうか。
「私たちはどんな化け物にもなれる」
(そう。人間の形にさえ)
そうか……。元から住む世界が違ったんだな。
「何か記念にもらえるものはありますか?」
「いいえ。何も」