四季を愛する人 2015-03-31 05:04:34 | ショートピース 長い沈黙をすべての終わりの合図にして、みんなは帰っていった。 「しーっ、声を出さないで」誰かが言って、更に長い沈黙。 ほとんどの人は、空白の先にあるメロディーなんて待ちはしない。夏が来た。冬が過ぎて、また春が来た。秋が深まった。四季を愛する人が、まだ残っている。
猫タクシー 2015-03-27 02:22:28 | ショートピース 「運転手さん。前の車を追って」 「へっ、前の奴なんか追えるかよ」 運転手はなんだか不機嫌そうだ。 「いつからこの仕事を?」 「ふん。相手を見てから物を言えよ」 そう言えばさっきからまるで景色が動いていないのは、何か妙だった。 「運転手さん?」 私の手の中で、眠っている。 拾ったのは、猫だった。
リバースエイジング 2015-03-27 01:32:26 | ショートピース 夏休みの終わりにポテトチップスを食べながら録画放送を見た。昨年末のクリスマスのバラエティーの中のタレントの32インチ画面の中の微笑み。ついこの間のようであるのに、どの顔もみんな今より老いた顔をしている。リバースエイジングが、芸能界を中心に急速な広がりをみせ始めていた。
感情ソムリエ 2015-03-26 02:10:37 | ショートピース この感情を何と呼ぶでしょう 世界中のソムリエたちが集まって、蔵の中からこれぞという名を持ってくる。 「そんなものではないはずでしょう」 どこかで聞いたようなそんなものは飽き飽きなのだ。 ご苦労様。 私はまだ無名のソムリエを探して、母なる星を離れた。
納豆カップ 2015-03-26 01:42:57 | ショートピース 納豆を混ぜている内に4年が過ぎていた。監督も選手も皆すっかり顔ぶれが変わってしまった。それはそうか。私は納豆を混ぜる手を止めた。中央で受けてそのままバイタルエリアに加速して入っていく、あのターン、あのシルエット。やはり、そうだ。粘りを増した粒を、口に運ぶ。ずいぶんうまくなったな。
聖剣伝説 2015-03-17 02:56:01 | ショートピース 「この剣を抜ける者はいるかな」 道行く人が荷物を置いて、試してみるが、すぐに何かを悟るように去っていく。気まぐれに訪れる挑戦者と挫折の繰り返し。 「真の勇者はいつ現れるのか」 老人は憂いを帯びた声で言った。見たところ剣玉のようだが。旅人の口を賢者が塞ぐ。 「何百年も誰も言わなかったのだ」
国際試合 2015-03-03 02:51:21 | ショートピース 夢に描いた自己中心的なファンタジーはすぐに壊れてしまった。完全に自由だった僕の頭を越えて、ボールは僕より高い位置に飛んだ。 自分のいない場所で繰り広げられる華々しい戦い。 見送るばかりの現実に当惑した僕は、世界の中心に翻訳機を置いた。自分の存在意義を探りたかった。#twnovel