恐ろしい魔物かゴキブリでも見たかのように彼女が悲鳴を上げた時、あれは家の掃除屋さんだから平気だと説明すると一瞬、何かを言いたげに見えた。「ご苦労様です」掃除屋さんは掃除の途中。夜になり彼女が帰り、昼間は驚かせて悪かったねと言うと、「いえいえ」と蜘蛛は微笑んだ。 #twnovel
「聴く?」激しく振る頭を止めて友人が言ったので、ヘッドホンを借りた。「砂浜の亀を散々踏んづける男に駆け寄って、やめないか、と言うと男は、わしはただストレッチしているだけだが、と言うじゃねえか、おー」なんだ、落語じゃないか、と思いつつ、ヘッドバンキングしてみる。 #twnovel
おめでとうございます。あなた方は1万人目の入場者です。10年間有効のパスポートをプレゼントいたします。でも私たち、「明日火星に帰らなければなりません」だから、あの次の人に権利を譲ります。まあっ、という顔の母親の横に男の子、少しも表情を変えずにこちらを見ている。 #twnovel
プラス30円で日経新聞になりますけど。変えないでください。サラダは? プラス50円です。プラス100円でフリルがつきますけど。つけないでください。プラス700円でファンファーレが鳴りますけど。鳴らさないで! 白馬の王子様は? プラス思考で私がそうなりますけど。 #twnovel
「ちゃんとさよならしなさい」けれども、僕は何も言わない。認めてもいない「さよなら」を言う嘘つきになるなら、死んでやる。「じゃあもういいのね」それでも、僕が何も言わなくても結末は変わらない。僕はプラグソケットに手を伸ばしコードを引き抜いた。母も僕も消えてしまう。 #twnovel
一歩歩いて老人は火をつけるが、風に消されてしまう。一歩歩いて、老人は立ち止まり火をつける。けれども、火は風によって消されてしまうのだった。老人は、一歩歩き、手で小屋を作るようにして火をつけた。ようやく、老人の口先に火がついた。最後の、火がついた。10月の手前。 #twnovel
渡り廊下には、幾千もの風鈴が吊り下げられて壮大な音々でせめてもの涼しさを演出していたけれど、アイスクリーム一つが本当は欲しかった夏、最後の箱の中では二度と開かないその唇に人々は甘く酒を染ませた綿を幾度となく近づけ、やがて無数の花びらが一つのキミを覆い尽くした。 #twnovel
ぼーっとしてないでちゃんと食べなさい。「食事の途中は歯磨きしなくていいのかな?」いいに決まってるでしょと母は言う。晩御飯を食べて歯磨きを終えると隣の村田さんがケーキを持ってくるので困ってしまう。「まあいいじゃない」ダイエットは、今日だけ途中下車することにする。 #twnovel
ずっと気になっていたのだ。気になったまま何もしないままなのが気になっているということ、自分から声を出すタイミングがわからず出し惜しんだまま大事なものはいつも通過していく。「悪玉ロールを1つください」ロールケーキ専門店で今日、初めて足を止め、素直な自分になった。 #twnovel
「さっぱりしたね」と声をかけられる。今まで長く伸ばしていたし、黒っぽい時が多かった。「似合うよ。短い方が明るい感じ」自分でもライトになったように思える。語尾の形も少し変えてみた。言い方一つだけど私は変わった。それだけで悲しくもおかしくもなるのだ。ねえ稲川さん。 #twnovel