折句ラッシュ・クリスマス

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、縦読み
クジラうえリクエストした水族館マダイが歌うスローバラード、クリスマス

緑の王様

2019-10-09 02:43:33 | ワンゴール

「サポーターのがまんも限界に近いようだな」

「あのブーイングは、怒りを通り越したように響いていますね」

「そうさせたのは我々に他ならない」

「はい。監督」

「まずは自覚と反省が必要だ」

「僕は彼らを怒らせるためにやってるわけじゃない」

「勿論そうだ。ここにいる全員がそうだろう」

「楽しませたいんです。みんなを楽しませたいんです」

「そのためにはまず自分たちが楽しまなければならない」

「僕たちにはその資格がある」

「みんなプロなんだからな」

「ここに足をつけた瞬間から、僕たちは楽しい」

「子供たちの手を引いて入ってきた時からな」

「笛が鳴る遙かに前から楽しかった。だけど」

「不都合な勢力が現れた?」

「ここにいる者は、敵であってもみんな仲間です」

「パワーバランスが傾きすぎたんだな」

「楽しさが消えたわけではありません」

「楽しいだけではなくなってしまったんだな」

「楽しさを凌ぐ感情に覆われてしまった」

「怒りだろうか、恐怖だろうか?」

「楽しさばかりが続くのは、本当は楽しくないんですよ」

「単純すぎては飽きてしまうからな」

「ほんの一時的なものだと思うんです。楽しくないように映るのは」

「我々には長いがまんの時間が必要だ」

「もう十分です」

「そうは言っても……」

「もう耐えているのは、うんざりなんです」

「相手がそれを許すだろうか」

「僕たちは駄目な時間に慣れてしまいそうです。できない自分たちを、自分たちで認めてしまいそうです」

「経験が事実を作ってしまうわけだな」

「最初は勢いよくボールを蹴っていたはずなのに、今はそれもままならない」

「蹴ることは一番大事な基本だぞ」

「弱い気持ちがボールに伝わったように、ボールは意図したところに届かない」

「その度に顔を曇らせるサポーター」

「活気づく敵のベンチ」

「沸き起こるブーイング」

「怖じ気づく僕たち」

「鳴り止まぬブーイング」

「天を仰ぐ僕たち」

「ブーイング、またブーイング」

「ミスにつぐミス」

「抜け出せない悪循環」

「こんなはずじゃあなかったのにな」

「誰もが思うことだがな」

「変わらなければ」

「抜け出すためには変わらなければ」

「どうやって」

「どうにかして」

「いったいどうやって」

「答えはピッチの中で」

「走りながら見つけなければ」

「走り続ける者だけに」

「見える景色があるでしょうか」

「見ようとした者だけが見ることができるだろう」

「それは本当ですか? 自信を持ってそう言えるのですか?」

「聞き手の中の不安は、すべてに疑問を挟んでしまう」

「でも、聞き手は慎重であるべきでしょう」

「そして話し手の中の不安は、容易に聞き手を覆ってしまう」

「いったいどういうことなんです?」

「不安の中で戦ってはならないということだ」

「僕らを不安にさせるのは、パワーバランスの崩壊です」

「不安は反省や批判と同じだ」

「僕らの進歩のためには、みんな必要なものでしょう」

「勿論。だが、それをゲームプランの中に持ち込んではならない」

「最初から持って入ったわけではありません」

「スマホや任天堂のゲーム機と同じように、持ち込み禁止なのだ」

「バスの中までということですね」

「その通りだ。バスの中、あるいはホテル、ロッカールームの中に留めておくべきものだ」

「不安が見え始めたのは、最初の小さなミスからでした」

「そうだ。強者は常にミスを待っているし、その瞬間を決して逃さない」

「いつもならかわせると思えたところがかわせなかった」

「それはほんの少しの差だった」

「そして次も、そのまた次も、同じようなことを繰り返して……」

「微かな不安は、足下にも伝わって微かな隙を生むものだ」

「確かにあったはずの足下の自信が、徐々に揺らいでいきます」

「不安は相手に対する畏怖の念にも変換される。それは一層、自らの足下を不安定にさせるものだ」

「何か次元の違いのような感覚を抱いたこともありました」

「問題の始まりは、ミスに対するネガティブな自己評価にあるのだ」

「上手くいくと思っていたんです」

「君はチャレンジしたのだ」

「そして失敗したんです」

「だがそれは紙一重だったのではないか」

「勝負は勝つか負けるか、そのどちらかです」

「紙一重で結果は変わっていたのかもしれない」

「その次も、その次も、結果は変わりませんでした。負けてばかり」

「何万回失敗が続いたとしても、もしもそれが紙一重のものだったとするなら、それは可能性に満ちた失敗だったと言えるだろう」

「そんなに負けてばかりでは、僕たちはみんなこの場所に立ってはいられないでしょう」

「だが現実には、そのようなことはあり得ない。結果はどこかで入れ替わる。どんな強者も、ミスを犯すからだ」

「このまま失敗を繰り返してもいいと言うんですか?」

「チャレンジの失敗は、悲観には値しない」

「僕たちは成功するために、勝つためにここにいるです」

「まずは自分の居場所を知らねばならない。失敗だけが、自分の現在地を教えてくれる」

「自分の現在地」

「それを知ってこそ先へ進めるというものだ」

「堂々と失敗しろと?」

「そうだ! 奪われた瞬間は、ほんの少しのところでかわせる瞬間でもあったはず」

「でも、結果はロストしたんです」

「勝敗は表裏一体のものだ」

「イメージでは、僕が勝つはずでした」

「そうだ。問題はイメージのずれなのだ。僅か先を敵は歩いていたということだ」

「敵の俊足は侮れません」

「ロストの瞬間に無数のヒントが詰まっているのだ」

「幾つかに絞ってくれないんですか?」

「ヒントは多くても困ることはないはずだ」

「無数にあっては見つける自信がありません」

「勿論、一つだって見つけることは容易ではない」

「無数にあるのにですか?」

「今、君が言った通りだ。見つけるにはたゆまぬ努力に加えて運の助けも必要だ」

「間に合うでしょうか? この場所にいる間に、間に合うでしょうか?」

「そいつは時の審判が決めることだ」

「最後は結局、審判が決めてしまうんですね」

「だから、堂々と胸を張ってミスをしろ」

「みんなはわかってくれるでしょうか?」

「当然だ。ここにあるのはミスで作られたゲームなのだから。ミスがあるからミラクルもあるのだ」

「ミスが主人公なんですか?」

「ではミスのないゲームを想像してみたまえ」

「無理です。僕にはとても想像できない」

「ミスがないピッチの上で、どんなドラマが生まれるだろう?」

「はい」

「どんなにレベルの高いゲームでも、ミスはついて回るのだ」

「つき人みたいなもんですね」

「猫に尻尾がついているようにな」

「犬にもありますね」

「君にはないのかね」

「あったとしても、もう思い出せません」

「人生にはかなしみがつきまとっている」

「コーヒーにミルクがついているように?」

「私はブラックでいい」

「サポーターの怒りの声が、まだやみません」

「チャレンジを認め、ミスを許す、これはそんなゲームだ」

「あの声が、監督には聞こえないんですか?」

「そう、心配するな。あれは応援の裏返しでもある。つまり愛だな」

「あれが、本当に愛なのですか?」

「よく見るのだ」

「恐ろしくて見ていられません」

「もっとよく見るのだ。サッカーをするということは、視野を広げるということなのだ」

「ああ、でも、とてもまともに顔を上げられない」

「見ていられなければ見ている振りをするのだ」

「そんなことをして何の意味があるんです?」

「ボールを持てば、王様にならねばならない」

「僕はとても弱くて、わがままな王様でした」

「弱くても強い王様を演じなければならない」

「演じなければならないんですか?」

「できなければできるように演じなければならない」

「僕にできるでしょうか?」

「王でもないのに王であるには演じずにいられまい」

「そこまで王だとは思っていませんでした」

「演じることは欺くことでもある。まずは自分から」

「足下の欺き以外、意識したことがありませんでした」

「演じるためには、体全体で演じなければならない」

「全身ということですか?」

「つま先から頭のてっぺんまでだ」

「全身をうそで固めるというんですね」

「その通りだ! 足先のうそは、すぐに見破られてしまう」

「うそは大きくつけと?」

「その通りだ! 未来の誠は、今日のうそから生まれるものだ」

「全身で大うそつきになれということですね」

「さっきからそう言ってるじゃないか!」

「はい。僕も念を入れながら聞いています」

「楽しくなくても楽しい振りをする。王でもないのに王の振りをする。その内に本当に楽しくなっていく。本当に王になっていく」

「そんなことが本当にあるんでしょうか?」

「自分が信じなければ敵を欺くことはできない。楽しいか?」

「楽しくて仕方がありません」

「さあ、プレゼントパスが届いたぞ。君は誰だ?」

「僕は王様です!」

「いったいどこの王様だ?」

「ピッチの中の王様です!」

「偉いぞ、王様! お楽しみあれ!」

「僕は王様だ!」

「我々のチームはまだまだだ。チャンスは限られたものになるだろう。もっと先を見据えて戦わねばならぬ」

「僕は王様だ!」

「限られた少ないチャンスを自分たちのものにしなければならない」

「王様のお通りだい! 道を開けよ!」

「そして共に結果を手にしよう! 自信がチームを大きくするだろう」

「王様の夢は皆の夢!」

「結果オーライ! 頼んだぞ、王様よ!」

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オフ・ザ・ボール

2019-10-01 02:09:25 | ワンゴール

「もっと追いかけろ! 自由を与えるな!」

「わかっています。でも体が重い」

「若い者が何を情けないことを言っているんだ」

「情けないこともわかっています」

「では改めなさい」

「こんなはずじゃない」

「どんなはずだったんだ?」

「もっとドラマチックにゴールに迫れるはずなんです」

「劇的なことは最後の瞬間に用意されているものだ」

「そういうものですか」

「だが、それまでの努力がなければそうもいかない」

「はあ」

「まずは追いかけて相手の体力を奪っておかなければならない」

「走り負けるなと言うんですね」

「勝利の女神を味方にするのは楽ではない。追い続けることは嫌かね?」

「ずっと主人公の後を追っていました」

「何の話だ?」

「昔見ていたドラマの話です。寄り添うように追いかけていた」

「寄り添うほど好きだったんだな」

「突然、場面が変わりみんなどこかへ行ってしまったんです」

「何が起こったのだ?」

「主人公にも休息は必要です。コーナーフラッグを越えてボトルに手を伸ばすように」

「しばらくして戻って来たのか?」

「それどころか場面はどんどん遠いところへと向かって行きました。今まで訪れた場所、現れた人などどこにも見当たりません。何やら時代がかった部分ばかりが目に付いていました」

「まるでタイムスリップしたように?」

SFでもその種のファンタジーでもなかったのです。おかしいでしょう」

「回想して過去に切り替わることはよくあるがな」

「それでも辻褄が合わず、背景から流れている音楽までもまるで雰囲気が違うと気づいたのです」

「世界観が異なっていたと?」

「はい。人々はみんな着物に身を包み古風な言葉で話し始めたのです」

「なるほど」

「いつの間にか時代劇に変わっていたのです。誰かがチャンネルを変えたのです」

「気づかない間にか?」

「あるいは、気づかないようにこっそりと変えられたのかもしれません」

「それは災難だったな。しかし今でも覚えているとは」

「敵はどこに潜んでいるかわからないということを学びました」

「近くにいるから味方とは限らない」

「自分の見えない場所で動くコントローラーがあったのです」

「なるほど」

「お奉行様が悪人に裁きを下してから、ようやくあるべき世界に戻りました」

「間に合ったのか?」

「彼らがそこにいたという意味では。でも何か違和感がありました」

「話が見えなくなってしまったのか?」

「ずっと寄り添っていた彼らが、随分先に進んでしまったような気がしました。取り戻すことのできない距離ができたように思いました」

「久しぶりに親戚の子にあったような感じか?」

「少し見ない間に大人びて物静かになってしまったような」

「同じ時間を生きてきたのにな」

「それは同じ時間ではなかったのです。僕はどこにいたのだろう……。どこで何をしていたのだろう……。そのような匂いがする場所が、ピッチの中にもあります」

「それが自陣の中だと言うのかね?」

「はい。そこではシュートも打てませんから」

「確かに打てはしないだろう。だが、そこを攻撃の始まりにすることはできる。攻撃全体を一つのシュートと考えるとどうだろうか?」

「シュートは最後に僕が打つものです」

「一人で背負い切れる時ばかりではない」

「自分の本当の居場所がどこにあるかを知っていたいんです」

「人生の時間はどこで誰と過ごすかによって長さや楽しさが変わる」

「だからです」

「耐えて待たねばならない時があるのだ。力のバランスによっては」

「今がちょうどその時なのかもしれません」

「必ず押し込まれる時間帯があるものだ」

「長引けば長引くほど、心が折れそうになります」

「そこを耐えなければならない」

「シュートがないと自分が欠けていくように思えます。一番消えたくない場所で、自分が消えていくことが辛いのです」

「耐えてこそ訪れるチャンスがあると信じるしかない。信じ続けるしかない」

「見えていたはずのゴールが、幻のように霞んでしまいます」

「ゴールが消えてしまうわけではない」

「だんだんと不安の方が膨らんでいくのがわかります。僕はここで何をしているんだろう」

「機会は思わぬ形でやってくる。強者も完璧でいることはあり得ないからだ」

「はい。ほとんど自分の存在さえも忘れかけた頃に」

「攻撃が長く続くほど自陣に隙ができるものだ」

「僕らにとっては敵陣。僕のいるべき場所」

「そうだ。今まさに敵はこじ開けようとして守備の網にかかった」

「はい」

「さあ、走り込め」

「ようやく主役になれる時が巡ってきました」

「ナイストラップ! いいぞ。敵陣を切り裂いてやれ!」

「ディフェンスが戻って来ました。必死の形相です」

「落ち着け! 一対一だ」

「ボールは僕の足下にあります。わくわくするほどのアイデアと一緒に」

「選べるのは一つだ。迷っている時間もない」

「この瞬間を待っていました」

「今までの鬱憤を晴らす時が来たな」

「僕は何でもできます。右もある、左もある、パスもある、浮かすこともできる、引くこともできる、体を揺さぶることも、股を狙うことも、くるりとターンすることも、足裏でなめることも、跨ぐこと、切り返すこと、何でもできる、すべては自分の足下から、どんな創造も作り出すことができる」

「何でもいい。決断し、チャレンジするんだ」

「僕はリモコンのポーズボタンを押しています。僕だけが次に起こることを決定することができるんです」

「ここは現実のピッチだ。時間を止めることはできないんだ。審判にだってできないことだぞ」

「もっと温めておきたい。この時間を簡単に手放したくはないんです」

「早く目を覚ますんだ! 失ってしまう前に」

「行き先は僕だけが知っています。ボールは僕の足下にあるんですから」

「君がすべきことはポーズボタンを押して時間を止めることじゃない。君は短い間にやり遂げなければならないんだ」

「なぜですか」

「躊躇うな。躊躇いは躓きの元だ」

「どうしてなんです?」

「ああ! それみたことか!」

「ああ……」

「なんて取られ方なんだ!」

「こんなはずでは……」

「どうして仕掛けない? それで取られたのなら私も文句は言わない」

「僕は大事にしたかったんです」

「せっかくのマイボールは、チーム全体として大事にしなければならない」

「大事にしたかったから失ってしまったんです」

「大事にしたかったら決して失ってはならん」

「長い時間、喪失感を味わっていました。最も充実感のあるはずのピッチの上で」

「押し込まれている時間帯は長くあったがそれもサッカーだ。ピッチの上にはパワーバランスが存在する」

「僕らは無力感の中にいることに疲れてしまいました。初雪のない冬の中に置かれているみたいに」

「雪か……。冬の色は地域によって異なるだろう」

「そうです」

「そのような時間もあるものだ。どんな画家も一筆に冬を描くことはできない。筆を手にしたまま動かない時間もある。その間にも冬は画家の頭の中で描き出されているのだ。一番良い時は待たねばならない」

「今が冬だとしても、僕らはただ見送っているわけにはいきません。絵の中の鹿のように、じっとしていることはできない。僕らは走りながら考えなければならないんです」

「その通りだ。ピッチの大半が冬に支配されている時でも、走りながら耐え続けねばならない」

「僕らは必死で耐えていました。時々は春の訪れを期待もしたのです。でもそれはすぐに通り過ぎてしまいます。桜の木の下を歩かなかった三月のように」

「春とは常に幻想のように儚いものだ。儚いが故に美しくもある」

「せっかく取り返したと思ったらファールを取られる。桜も見ないまま桜餅を食べたように」

「名人戦を見たことがあるかね?」

「名人劇場なら何度か」

「棋士は戦いの最中にスイーツを食べるものだ」

「忙しい最中に何をしているんですか? ちゃんと集中しなくて大丈夫なんですか?」

「集中するためには、余白の部分も必要ということだ。つまり空いたスペースがな」

「僕らが戦いの中で口にできるのは水だけです。でもスペースは今は失われているように感じます」

「失われているように思わされているのだ。実に巧妙なやり方で」

「どこにも飛び出せる場所が見えずどうにかなりそうです。鯉が泳がなかった五月のようです」

「戦術的な雲が活発な鯉を覆ってしまっているからだろう」

「僕らは水槽の中の金魚のように自由を失っている。どこかに向かおうとしても、すぐに敵の網にかかってばかりです」

「今はそういう時間帯なのだろう。だが、季節はうつろうもの。桜、鯉、そして祭りへと」

「雨に打たれず雨季を越えても僕らの夏に花火は上がりません。ただの一発だって僕らには火をつける力がないようです。それさえあれば燃える準備はできているのに」

「火種はどこに転がっているかわからないものだ。目を光らせていればな」

「蚊が忍び寄る音だけ広がる夏は、ただかゆいというだけです」

「静かな夏の後にも収穫の秋は訪れる。最もゴールの予感に近づく季節が」

「僕らの秋は少しも実る気配がありませんね。赤く染まるのは僕らの脛の辺りだけです」

「敵に削られてか? 球際の激しさは必然と言えるだろう」

「僕らの足下は常に攻撃の対象になっています。夏が終わっても、まだ追撃の手を緩めない蚊もいたのです」

「実に見習うべき執念だ。最後は執着の強い方が勝つことになっている」

「蚊の鳴く声から逃げている間に、気がつくとクリスマスソングに包まれています」

「そのようにして攻守の切り替えもされるべきだが」

「攻められてばかりでは季節感も失われていきそうです」

「サンタクロースがプレゼントゴールをくれるのだろう。みんないい子にしていれば」

「僕たちがもらうのはイエローカードばかりですよ。その内みんないなくなってしまうかも」

「なんと嘆かわしい話だ!」

「年が明けたというのにハッピーな言葉もない。僕たちのグリーンはもうそんな場所になりつつあるんです。ゴール裏の、あの人たちの顔を見てください」

「あれは何かを待ち続ける人の顔だ。それはお年玉かもしれない」

「お年玉をずっと探し続けていたんです」

「ずっと?」

「まだ子供の頃の話です。どうしてもそれが欲しくて町を歩き続けていました」

「町を歩いた?」

「待っているよりも自分でもらいに行った方が早いと思ったのでしょう」

「なんと欲深い子供だ!」

「欲望に忠実だったのでしょう」

「決して正しくはないがな」

「はい。後で見つかって叱られました。お年玉は自分から手を出して望むものではないのだと」

「その通り」

「望みに反して大目玉を食ってしまいました」

「どんなお年玉よりも高くついたというわけか」

「ゴールというのはお年玉とは違うはずです」

「まるで違うさ」

「特に僕のようなストライカーにとっては」

「どんなストライカーだね?」

「本物のストライカーなら、どんなクロスにも合わせられる。そのためには自分の居場所で勝負し続けなければ……」

「名人の指はいつも駒に触れているわけではない。マカロンを食べている時には指先をなめているのだ」

「戦いの最中に、そんなことをしていて大丈夫なんですか? そんなことで試合に勝てるんですか?」

「時には目を閉じて眠っていることもあるのだ」

「あり得ない話です。負けたも同然です」

「そうではない。より良い手を見つけるために夢深くまで潜らねばならないのだ」

「夢のような話にしか思えません」

「筆を握らずとも絵は描かれているということだ」

「僕には絵心なんてない。ドラえもんさえ描けないほどです」

「彼らは触れていなくても、触れていることができるということだ」

「真似をしろと言うのですか? ピッチの上で眠れと言うんですか?」

「大きな目で戦いを見ろと言っているんだ。触れている時間だけが試合じゃない。美味しいものを食べている時だけが人生ではないように」

「僕はもっと触れていたい。できればずっと触れ続けていたいくらいです。それなのに、今の現実は違いすぎて……」

「それこそが現実なのだ。我々はドリーム・チームとは違う。ボールに触れている時間も、触れていない時間も、同じくらいサッカーなのだ」

「ただ走ってばかりでもですか?」

「ただ走るのではない。夢を抱きながら走るのだ」

「夢とは何です? ボールですか、ゴールですか?」

「それらは夢の一部にすぎない」

「ゴールがすべてではないですか? 僕はストライカーなんです」

「本当にそう思っているのかね?」

「どういう意味ですか?」

「とぼけているのかね? それとも迷っているのか」

「わかりません。もう、わからなくなってしまいました」

「私もだよ。答えはこの中にしかないのかもしれない」

「あるような気はします。でも捕まえることができない」

「走り続けることだ」

「ずっと走らされているように思えます」

「走らされている間に自分の走りを見つけるのだ」

「自分の走り?」

「自らの意思で走る時より容易だろう」

「どうしてです?」

「理由がないからだ。走らされるというのは不条理だろう」

「不満だらけです」

「自分を探す理由がそこにあるじゃないか」

「どこに? どこにあるんです?」

「そこだ!」

「どこに……」

「そこだ! もっと本気で追いかけろ!」

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プレイ・ザ・ゲーム

2019-09-20 14:06:16 | ワンゴール

「さっきは激しいチャージを受けたようだな」

「いつものことですよ。多少悪質な当たりではありました」

「大丈夫か? 随分長い間、倒れ込んでいたようだが」

「すぐ起き上がるには、衝撃が強すぎました」

「頭から落ちたからな」

「倒れている間、どこか別の場所に行っていたようでした」

「地獄の淵を見てきたのか?」

「とても高い場所でした」

「雲の上にでも上がったか?」

「僕はそこを離れたくはありませんでした。とても魅力的な玩具が目に留まってしまったからです」

「玩具売場まで行っていたのか? 子供たちに贈り物でも?」

「僕自身が子供でした。どうしてもそれが欲しかったのです」

「夢でも見ていたんだな」

「それを手にするまでは、どうしても離れたくなくて。それでそこに座り込みました。強情な犬のように深く腰を落として、テコでも動かない構えをして」

「よほど魅力的な玩具だったのだろう」

「でも、それを表現する言葉がまだありませんでした」

「子供だからな。それで犬のように」

「他に交渉の手段がありませんでした。実ろうとも実るまいとも、そうする他にアイデアがありませんでした」

「わからなくはない。だがその態度はただ大人を困らせるだけだろう。執念だけは伝わるかもしれないが」

「好きなものはずっと見ていたかったのです。本当は触れたかったけど、それは硝子ケースの中にあったのです」

「強固な守りの中にあったというわけだな」

「そうです。厳重に鍵がかかっていました。そうでなければ、手を伸ばし触れられたのに」

「カテナチオか。大人になるためには、あきらめを多く学ばなければならない」

「僕はどうしても離れられませんでした。そのままそこで死んだとしても」

「まだ天秤が未熟なんだな。それが子供らしさでもあるのだが」

「離れないつもりでした。そうした時間が長く続けば硝子の扉がいずれは開くことを、どこかで期待していたのかもしれません」

「期待通りにはいかなかったのか」

「母の声が聞こえてきます……」

 いつまで眠っているの? 起きないの? 調子悪いの?

 眠っているだけだよ。まだ早いんだよ。

 行きたくないの? 始まるよ。みんな行ったよ。

 違うよ。行きたくないんじゃなくて、ここにいたいだけだよ。

 いつまでもそうしているの? 何がそんなに嫌なの? 困らせたいの?

 全然違うよ。今が一番いいとこなんだよ。夢の邪魔をしないでほしいよ。

 違うよね。誰か呼びに来たよ。行こうって。一緒に行こうって。

 どこにも行かないよ。純粋でいたいから。重たくて瞼を開けないんじゃない。目を閉じて聴き入っているだけ。

 本当にそうしているのね。もう、知らないからね。お母さんだって、知らないからね……。

「心配かけたな」

「僕は干渉を大きく嫌うようになっていました」

「まあそういう時期もあるさ」

「それから考えられない強い力で僕の小さな体は引きずられていきました」

「どこへだね?」                                                                                             

「大人の世界へ」

「戦場に戻って来たんだな」

「自分を傷つけた大男が手を伸ばして上からのぞき込んでいます。僕はその手を取りました。父ではなかった」

「和解だな」

「手を取らないわけにはいかなった。僕はこの場所を離れたくはないのですから」

「終わったプレーを引きずらないのは良い心がけだ。審判のジャッジも妥当だった」

「まだまだ行きたい場所がありました」

「バイタリティーエリアだな。それでこそストライカーだ」

「誰にも干渉されない場所。ボール一つがあれば笑っていられる場所」

「ゴールがあればもっと喜ばしい」

「一つのボールから、すべては始まりました」

「まさに始まりとはそういうものだ」

「誰にも渡さないために、夢中でドリブルに励みました」

「ボール一つあればどこでも遊べるからな」

「僕はいつも一人でした」

「そうか」

「多くの技があることを本やテレビを見て知りました」

「近くに良いお手本はあったのか?」

「練習相手は身近に生えている木でした」

「木を相手に自分の技を試したんだな」

「はい。最初は目測を誤って木に奪われてしまいました」

「木はいつも自然体だからな」

「日々練習を重ねる内に奪われる回数は少なくなっていきました」

「木が学習することは難しいからな」

「はい。とても不思議な体験でした。ボールはたった一つしかないのに、僕が使える技の数は幾通りもあったのです」

「ボールは優れた遊具と言えるだろう。大地の上ではいつだって平等だ」

「大事なものでした。殺人現場に残された最初の手がかりのように」

「誰か殺されたのか?」

「いいえ。謎が生まれたのです」

「随分と複雑な技も試してみたようだな」

「ありとあらゆる技を試してみました」

「謎は解けたか?」

「いいえ。謎は深まるばかりでした」

「ふふ。サッカーはそれほど単純ではないからな」

「あらゆる技を自分のものにしたかったのです」

「不可能だな。意味のないことでもある」

「多くの木を前にして、とてつもなく難しいことだと悟りました」

「最初はみんな好奇心を抑え切れない」

「僕は無限フェイントを足下に抱きたかったのです」

「神様でもできないことだろうな」

「一つの技が次の技につながっている。一つの失敗の中に一つの閃きが隠されている。それはとても楽しいことでした。それは必要なことでした。すべての上達において」

「楽しみを見出すことは上達の近道になる」

「日々繰り返される失敗、閃き、改良の余地、ときめき、楽しいこと。けれども、学ぶこと、出会うことは、苦しいことでもあったのです」

「楽しいことばかりというわけにはいかない。何事も」

「僕がいつも触れていたもの、求めていたものは、抱え切れないことでもあるとわかったのです」

「一人の人間が到達できる場所は限られているからな」

「楽しすぎることはいつも手に負えないことなのです」

「そうかもしれないな」

「初めて人間を相手にした時、実際に使えるものは限られているということがわかりました。人間は木よりもシビアだった」

「人間は意思や欲望を持っているからな。そこが木との差だ」

「僕は多くのものを捨てなければなりませんでした」

「捨てなければ得られないものがあったのだろう」

「一つのものを見つけるためには、そうしなければならなかったのです」

「誰もが通らねばならない決断の道かもしれない。何か一つを本当に得ようとするならば」

「ゴールへとつながる一つのフェイントを自分のものにすること。それこそが何よりも重要でした」

「それは見つかったのか?」

「それほど容易なことではありませんでした。多くのものを手放したというのに……」

「一つの技を極めるのは簡単ではない」

「だけど、どうしても欲しいのです。しがみついても欲しいのです」

「まだ玩具売り場の前の駄々っ子のようだな」

「絶対に渡さない。これは僕の宝物」

「君だけのではない。そうして持っているとまたあの大男が当たってくるぞ」

「大好きだから近くに置いて見ていたいのです」

「それが許される時間がどれほどあるかな」

「見ていると触れたくなります。一度触れたらもう離したくなくなってしまう」

「私の目から見ればボールは君の足下から離れかけているように映る。極めて危険だ」

「大丈夫です。今は空気で触れているんです。風と心でキープしているんです。だから大丈夫です」

「何が大丈夫だ。その遊び心が危険だと言うんだ!」

「わかっています。危険なことくらい」

「リスクの少ないプレーを覚えろ。もっとシンプルにやらなければならない」

「僕たちのやっていることは、共有なんです」

「そうだ。ボールはみんなの勝利のために持たれるべきだ」

「本当にマイボールにしておきたければ、家から出る必要もない。ずっとボールを抱いて寝ていれば済むことです」

「そんなキープの仕方があるものか」

「そうです。そんなのはつまらない。だから、こうして敵の前にさらしているというわけです。さらして、さらして、キープしている。僕はそうしていたい。そうしてボールを見ていたい。みんなにもそれを見て欲しいんです」

「一瞬の油断が命取りになるぞ。ボールの主は一瞬で入れ替わるものだ」

「危険を好んで僕は家からボールを持ち出しました。みんなのボールである時、それは最も僕のものでもあるんです」

「君はそうして自分のテクニックを見せつけたいのか?」

「試したいのです。公園よりも多くの人がいて、木よりも厄介な相手の前で、自分を試したいのです」

「ここは遊び場ではない。敵にとって一番怖いプレーをしなければならない」

「怖いのは守られたボールではなく、どこへ向かうかわからないボールじゃないでしょうか」

「君のやり方はシャボン玉のように危うい」

「どういう意味です?」

「かみ砕いている時間はない。大男の足が迫っているぞ。どうするんだ?」

「見ててください。ルーレットです」

「よし、かわせ! 危ない! 肩が!」

「ああ! 回転が」

「かわし切れない! 回転力が足りない!」

「脚の間に木漏れ日が見える」

「そうだ! そこだ! 股抜きだ!」

「木の向こうに未知の風景が見えます」

「そうだ! そこへ飛び込んで行け!」

「ああ、犬だ。犬が入って来た」

「どうして犬が? どこの犬だ?」

「視野の外から犬が入って来ました」

「なんてことだ」

「審判の笛も無視して走り回っています」

「ここは散歩禁止区域だぞ」

「犬には勝てないや。どうすればいいんだ」

「水を飲め! ここで水を入れておくんだ!」

 

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ストライカー・イズ・ボーン

2019-09-18 06:39:52 | ワンゴール

「惜しいシュートだったぞ」

「意味ないですよ。ポストなんて」

「でも、可能性を感じるシュートだった」

「ポストをいくら叩いても、意味ないですよ」

「打たないと入らない。ポストに当たるのなら、その次は入ることもあるだろう」

「楽観的ですね」

「外に出るか、中に転がるか、それは本当に紙一重だな」

「僕たちはいつも紙一重のとこで戦っています。ポストを叩いたことも、限りなくあります」

「幾度となく見てきたよ。何度手を叩いたことか。時にはベンチを蹴飛ばしたこともある」

「僕もポストを蹴ったことがあります。その時は、生身の人間の弱さと愚かさを知ったものです。恨む相手はポストではない」

「むしろ自分の技術を反省すべきだな」

「恨みは何の役にも立ちません。それにポストは、何より重要な役目を担っていることにも気づいたのです」

「ポストは時に十二人目のディフェンダーとして立っているからな」

「それはゴールを構築するための、重要な枠組だったのです」

「確かにその通りだ」

「枠がなければゴールを作ることはできません。その辺の空間があるだけです」

「それではゲームをすることはできないな」

「その通りです。僕たちは共通の境界とルールを持った中で戦っているんです」

「それがスポーツというものだ」

「ポストが自分の方に微笑まなかったとしても、感謝の心を失うべきではありません」

「次には微笑まないとも限らないしな」

「ポストを恨んだところで何も始まりません」

「気持ちを早く切り替えることが重要だからな」

「僕たちには時間がないんです。恨んでいる時間なんてもったいない」

「試合に勝つためには時間を有効に使わなければならない」

「時間は恨むためではなく、練習するためにあるべきです」

「その通りだ。本当のプロは練習から本気を出せる人間のことだ。だが、それは決して簡単なことではない」

「色んなものが違います。練習では観客も審判もいません。いたとしても、やはり本気度が違いすぎます」

「自分をコントロールすることが重要なのだ。練習でできないことが、試合で成功するということはないのだから」

「だけど練習でできたことが、試合ではまるでできないということがあります。それも練習が足りないのでしょうか」

「練習の本気が足りないせいと、試合の本気が更に足りないせいだろう」

「いつだって本気のはずです。だって試合なんですよ。本気でないはずがない」

「足りないのでないとすれば、失っているということだ。練習でできると言うのなら、練習のようにやることだ」

「本気を捨てるんですか?」

「何を言っている? 練習も本気のはずだ」

「よくわかりませんね。何か難しく感じられます」

「最初に簡単ではないと言ったはずだ。練習のように本気で思うということだよ。もしも練習が本気でできているなら、それで力が落ちるということはない。普段の力が出せるはずだ」

「試合には独特な空気がありますし」

「それも味方につけなければならない」

「練習は時間を忘れさせます。けれども、試合となると時間はもっと早くなります」

「それは好きな世界が前に現れているからだ」

「確かに僕はボールを追っているのも、触れていることも好きです」

「だから時間が消えるのだ。だが、それはなくなったわけではない」

「消えているのに、なくなってはいないんですか?」

「消えている間に、むしろ濃くなっているのだ」

「監督、難しい話は疲れます。シュートを打つ体力がなくなってしまいそうです」

「しっかりするんだ! プロは疲れを言い訳にしてはならない。審判も、観客も、ここには誰一人疲れていない者などいないぞ」

「生きるということは、いつも疲れますね」

「疲れている中でやり切るのがプロだ。だから、疲れている中でも練習を怠けてはならない。疲れた試合の中で力を発揮するためには、練習の中でも同じように疲れていなければならない」

「練習は疲れます。でも怠けたくはないです。自分が下手になることがとても恐ろしいです。触れていないことは、不安で仕方がありません」

「それでいい。学びは日々にあるのだ。愛が日々の中にあるのと同じように、どんな猛特訓でも追いつくことはできない。日々の積み重ね以上に身につくものなどないのだ」

「調子の悪い日には、自分が嫌になることがあります」

「それでいい。駄目な日には、駄目な日なりの練習をすることだ。一日にできることなど知れている。一日を疎かにしてはならない理由もそこにある」

「駄目すぎて、自分の才能を疑いたくなってしまうことさえあります」

「本当に必要な才能は、それを続けられるということだけだ。疑いに打ち勝つだけの継続性だ」

「続けていけば良い結果を生むのでしょうか?」

「継続は裏切らないものだ」

「それが良い行いであれば、そうでしょう。でも、もしも間違っていたらどうなるんです?」

「先の我々のプレーは悪くなかった。戦術に忠実にイメージ通りだった。結果が伴わなかっただけだ」

「継続を正しく美しく捉えるのは危険すぎませんか?」

「そんなことはない。鋭い攻撃は相手に脅威とダメージを与え続ける」

「一途な愛を守り抜くのは美しく見えます」

「違うと言うのか?」

「愛は執着です。それは怠惰に似ています」

「さっきのゴールを防いだのは執拗なセンターバックの活動だ。彼は少しも怠けなかっただろう」

「一面的に見ればそう言えます。でも彼はちゃんと育児をするのでしょうか? 風呂の底を洗っているのでしょうか?」

「そんなことは私は知らない! 今はサッカーの試合中なんだ!」

「ですが僕らは、ゴール裏の風景も、その向こうの風景も想像すべきなんです」

「今はピッチの上だけに集中する時だ!」

「一人の人を思い続けるのは、愛の深さではなく単に面倒くさいのかもしれません。居心地のいい場所から、怖くて動けないだけかもしれません。それなら強くも美しくもない」

「人の心の中まではわからない。疑ってばかりではきりがないぞ」

「新しい道を切り開くよりも、既知のものにしがみつく方がずっと楽です」

「信じることも大切だ。信じ続けることも決して容易ではない」

「今までの経験や財産を利用したいなら、ゼロからやり直すことなんてできません」

「最初はいつだってゼロだ。今だってそうじゃないか。そろそろ得点が生まれてもいい頃だが」

「もしも僕たちのやり方が合っているなら続けていけばいいでしょう」

「合っているとも。信じて続けていこう。足を止めずに行けるところまで行ってみよう」

「どこまでも行けそうな気がします。それがゴールへの道につながっていると信じられる限りは」

「間違いなくつながっているはずだ。道はどこでもつながっているのだから」

「話している内に監督の戦術がだんだんわかりかけてきた気がします」

「私の戦術の基本は互いの特徴をよく理解することから始まる」

「進んでいる内に道になるのかもしれません。寄り添っている内に愛が生まれるように」

「理解が深まれば良い結果が生まれることだろう。あとはシュートの精度をもっと上げねばならない」

「僕はまだゴールの位置をつかみ切れていないんです。だいたいどこにあるかはわかっているつもりですが」

「ポストとクロスバーに囲まれた内。君が知っている通りだ」

「それはおおよその位置です。正確ではない。シュートを決めるには正確に位置を突き止めなければ」

「勿論だ。勝つためには守護神を凌ぐほどに知らねばならない」

「僕はそのためにシュートを打ちます」

「そうだ、シュートだ! 打たないシュートは決して入らない」

「外れても外れても、僕は打ち続けなければならない」

「そうだ。気にするな。誰も君のことを責めたりはしない。向こうの奴らは褒めさえするだろう」

「無数の弾道が僕にゴールの本当の場所を教えてくれる」

「ゴールはすぐそこに見えているぞ」

「そしていつかどうして僕がここに立っているかを教えてくれるはずです」

「私が送り出したからだ。チームの勝利のためにな」

「ここまできたらもう逃げられない。僕はここで勝負しなければ」

「責任は私が持つ。君は私が選んだストライカーだ」

「ただの人間です」

「みんな一緒さ。みんなそれを忘れてしまうだけだ」

「どうしてそんな普通のことを忘れられるんです?」

「大事なことほど忘れやすいものだ」

「大事だとわかっていながらですか?」

「キックの基本は?」

「勿論、インサイドキックです」

「勿論そうだとも。インサイドキックを忘れて何ができると言うのだ?」

「僕はそれをずっと忘れないつもりです」

「そうだ、忘れるな! インサイドキックを忘れない選手であり続けろ」

「そうすれば僕は良いストライカーになれるでしょうか?」

「それだけでは駄目だ。だが、それさえもできなければもっと駄目になっていくだろう」

「どっちにしても駄目なんだ。基本駄目か……」

「そう悪い方にばかり考えるな」

「どうなったら駄目じゃなくなるんです?」

「ゴールだよ」

「ゴール……」

「打ち込むんだ。打ち込み続けるんだ」

「それだけですか」

「君の気持ちがいつか本当に届いた時、頑なだったものが扉を開けるだろう」

「気持ちですか」

「君は君になる」

「えっ」

「ストライカーは、ゴールの中で何度でも生まれるのだ」

「僕はまだ……」

「みんな固唾を呑んで見守っているよ」

「何だか少し恐ろしくなってきました」

「震えることはない。まだ生まれてさえいない」

「僕は誰? ゴールはどこ?」

「君が見つけつつあるものだ」

「生まれる前に見つけつつあるのですか?」

「見失いながら生まれつつあるのだ」

「とても混乱してきました」

「そうだ。それがゴール前というものだ」

「僕が一番好きな場所です」

「そこだ。最も危険な場所へ入って行け!」

「もう行くしかないな。考えすぎは捨てて」

「急げ! もたもたしているとつぶされてしまうぞ!」

「大丈夫です。好きなところでは負けられません」

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ワン・ナイト・ゴール

2019-09-13 03:55:16 | ワンゴール

「明日の一面を飾りたくはないのか?」

「僕は新聞は見ないようにしています」

「不都合なことが書かれているからか?」

「僕が見るのは日曜の夜にあるテレビです」

「やべっちか? それなら私も見ている」

「そうです。僕もやべっちを見ています。そのために起きているし、部屋にテレビを置いているのです」

「活躍して出たいとは思わないのか? 自分のゴールシーンが映ったら最高じゃないか」

「勿論、自分が出ることを望んでいます。選手なら、みんなそうじゃないでしょうか」

「だったら、ゴールを決めることだ」

「疑問なのは、扱われるのがゴールシーンばかりだということです」

「当然だろう」

「どうして、何もないシーンは扱われないのです? 頭の中で考えているというシーンがどうしてないんです?」

「退屈じゃないか。そんな場面は」

「退屈? 頭の中は退屈なんですか? ゴールさえ入れば、退屈じゃなくなるんですか?」

「そうは言ってない。しかし、サッカーはゴールを決めるゲームだ。そこにスポットを当てるのは当然だと言っているんだ」

「ゴール、ゴール、ゴール……。みんなゴールが好きです。十秒あったら、ゴールを決めることは簡単です」

「そうだろう。今すぐ決めてほしいもんだな」

「でも、奇跡的にゴールの生まれない時間があります。ポスト、クロスバー、神。様々なものが奇跡の手助けをします。そんな時間が何分も何十分も続くんです」

「今がその時間だと言うのか?」

「そうとも言えます。結果的に、ゴールは生まれず、試合が終わることもあります。でも、僕たちは何もしなかったわけじゃないんです」

「残念な試合だ。私の立場としては、壮絶な打ち合いの末に負けてしまうよりその方がいい。勝ち点が入るからな。数字上のゼロはゴールが生まれないことでなく、負けてしまうことなのだ」

「それは選手と監督の立場の違いでしょう。ストライカーと監督の……」

「そうだ。私は勝ち点を積み上げること。君は得点を積み上げてくれ!」

「勿論、僕もそれをいつだって望んでいます。そうしてやべっちの中で使われることも」

「みんな爽快感のあるシーンを見たいんだよ。それが生きる支えになるという場合もあることなんだ」

「勿論、僕もそれは理解しています」

「明日のやべっちも勿論見るんだろう?」

「勿論。そうしないと一週間が終わりませんから」

「それははじまりとも呼べるわけだが」

「でも、時折やべっちが消えてしまう夜があるんです」

「十二月以外にかね?」

「政治的な行事や、他のスポーツにその座を奪われることがあるんです」

「選挙やゴルフのことを言っているのか?」

「まるで呪われたような夜です」

「君は選挙に行かないのかね? 我々はまず社会人として……」

「期待を裏切られたような夜です」

「大人にならないと。もう十分に大人じゃないか」

「いけないことだと思いつつ、選挙やゴルフのことを恨めしく思ってしまうんです。投票箱の中にやべっちが呑み込まれたような気がして、投票箱のことが嫌いになりそうなんです」

「やべっちだって選挙に行くさ」

「いつもあると思っているから。あって当たり前だと思ってしまうから、突然の空白に自分を上手くコントロールできないんです。それで投票箱にまで当たってしまう」

「つまらないことだ。人に当たるよりはまだましだがね」

「でも、それが世界の終わりだったらどうなるでしょう?」

「何だって? 君は得点王争いに立候補するつもりはあるのかね?」

「僕は最初から数字を口にするのは嫌です」

「目標を定めないのかね」

「山と盛られた料理は見るだけでお腹がいっぱいになります。もう食べた気になってしまいます」

「贅沢な話だな」

「小さなお椀に入った蕎麦なら一杯一杯、食べていける。そのようにしてすべて積み重ねたいのです」

「子供に宿題を出すやり口だな」

「ボールを蹴っている間、僕らはみんな子供です」

「元々は子供だったということだ。誰もがな」

「気が遠くなる風景を思い描きたくはない。一つ一つ魔物を倒している内についにはラスボスまで倒せていた。そういう風になれたらいいと思います」

「ゲーム感覚だな」

「夢の中で恐ろしい敵と格闘して朝になると町は白い雪の中にあった。そういう景色を描きたいのです」

「恐ろしい夢をよく見るのか?」

「毎日のように見るでしょうね。ほとんど覚えてはいないけれど」

「私が最近見た最も恐ろしい夢は、リーグ最下位に沈む夢だ」

「随分具体的ですね。現実への強い影響が見られます」

「夢はいつでも現実の延長だからな」

「不安、恐れ、願望、そうしたものがまとめて、ごちゃ混ぜになって現れるのが夢なのかもしれませんね」

「ちゃんこ、あるいは闇鍋だ」

「夢の中では、誰が誰だかわからない。ずっと母だと思っていたら突然売店のおばさんに、監督だったはずが大統領に、更には宇宙人になってしまう。その場その場でつき合っていくしかないんですね」

「まあ一夜限りの夢なんだからな」

「それでも何一つ疎かにできない。夢の中でも必死に生きている」

「夢が夢であるという自覚を持てないせいだろう」

「どんな悪夢であってもハッピーエンドなのかもしれません。最後に帰れる場所がある」

「朝だね」

「僕が言いたいのは……」

「ああ」

「やべっちを遮るものが選挙やゴルフなどではなく、もっと大きな、例えば世界の終わりだったら」

「世界は簡単に終わったりしないよ。目の前にあるゲーム一つだって、簡単には終わりはしない」

「果たして世界の終わりを恨んだりするのだろうか……」

「終わりのことばかり考えても始まらないと思うね」

「僕はその時、やべっちのことなんて忘れてしまうと思うんです」

「それどころではないからな」

「そうです。世界の終わりとなると、みんなそれどころではなくなってしまうんです」

「それで君は恨みを捨てることができたのかね?」

「ピッチの中は戦場です。でも僕たちは銃やミサイルなんて使わない」

「そんな野蛮なものは必要ない」

「はい。ボール一つあれば十分です」

「そう。ここはボール一つを巡る戦場なのだ」

「僕がちゃんとゴールを決めるためには、まず世界が安定して存在していなければならないんです」

「勿論そうだろう。幸いなことに、我々のディフェンスラインは今のところ安定して機能しているようだな」

「そのようです。そして、投票箱やグリーンを見渡せるような世界でなければ、それらを維持することもできないんです」

「我々も、世界の一部だからな」

「そして夢の一部です」

「いいや。すべて現実だよ」

「敵だと思えば味方、味方と思えば敵、それぞれが狭い空間で入り乱れ、審判かと思えば石ころ、ゴールだと浮かれれば旗が上がり、何もなかったことになる。どこからともなく駆けてくる犬。実に夢らしい」

「では君は誰なのだ?」

「僕はピッチに立つ戦士。あなたはベンチの前の軍師です」

「君を使い続けている自分が信じられないよ。まるでゴールの匂いがしてこない」

「大丈夫。ほんの一眠りの間に、僕らは多くの夢を見ることができる。記憶は夢を引き伸ばすことができるんです。だから、一つのトラップの中に無限の物語だって詰め込める」

「だから心配なんだよ」

「そろそろ約束のクロスが入ってくる頃です。頭一つで僕は合わせることもできるんです」

「本当だろうか。大丈夫だろうか……」

「自分を信じなきゃ」

「いつまで君の覚醒を待ち続けることができるだろうか」

「大丈夫。夢を見ていれば、いいんですよ」

 

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トーキング・ドリブラー

2019-09-11 03:38:02 | ワンゴール

「君はどうしてピッチの上に立ち続けているのかね?」

「監督、その質問は簡単すぎます。一つのゴールを上げるためですよ」

「それだけかね?」

「それだけは忘れてはならない、基本の仕事になります」

「わかってはいるようだな。少し安心したよ」

「わかっていることと実践することは別です。わかってさえいればいつかは可能になるものですが」

「いつになるのかな? 早く結果を見せてくれないかな」

「そう急ぐことはありません。ゴールというのは、三十秒もあれば容易く奪えるものです。あと何分残っているんですか?」

「では、そろそろ決まるはずだな」

「理屈通りに進まないのがサッカーです。大切なのは、むしろ気持ちの方です」

「君はそれを持っているのかね?」

「勿論です。そうでなければ、このピッチに立つことはできなかったでしょう。いかなる監督も、送り出すことはないでしょう」

「ゴールに対する執着はあるんだね?」

「誰よりも強く、僕はそれを持っています」

「では、その目的は何かね?」

「それは一つの祝福のため、一杯の美酒のためです」

「酒を飲むためか?」

「どんなに憎しみや失望を重ねた後でも、たった一つの微笑みで許してしまうことがあるんです」

「何をそんなに憎むことがあるのかね? 相手のゴールキーパーかね?」

「監督、僕は恋の話をしたつもりですよ。どうしてわかってもらえないんですか?」

「どうしてわからなければならないのかね? 君は試合に集中できていないじゃないのか?」

「僕はマシンのように集中することはできません。そういうタイプのストライカーじゃないんです。もっと創造的なタイプだと思っています」

「それでゴールにつながると言うなら、私も文句は言わないよ」

「それで。許すどころか、愛してしまうことさえあるのです」

「まあ、あってもいいさ。君の個性を全否定するつもりはない」

「とても割に合わないはずなのに。ネガティブなすべてと一つの微笑みとでは、バランスが取れないんですよ」

「フォーメーションの崩れた戦術のようなものかもしれないな」

「だから、監督。一つの試合の中で、決められるゴールはそう多くあるわけがないということです」

「どれだけ取ってくれても、私は構わないよ。そのためにも、まずは一点が必要なんだが」

「でも、みんなその数少ない瞬間のために、色んなものを犠牲にできるんです。それが、いつもすごいなと思うんです」

「みんなの期待に答えるのが、君の役目だぞ」

「一生の内で、数えられるくらいの誕生日やクリスマスを楽しみにして、それ以外の延々と繰り返される日常に耐え続けることができるのは、なぜでしょうか?」

「そんなことを考えながら、君はいつもゴールに向かっているのかね? 確かに君は興味深い選手だ」

「数少ないものの内に期待だけを膨らますことは可能だと思うのです」

「私は今、君のゴールに期待している。そして、期待する自分をまだ信じてもいるわけだ」

「だから僕は早くゴールを決めたいと思っているし、一つでなくても、それがたくさんあってもいいと思います」

「まずは一つのゴールが見たい。試合の中で、それは最も重い意味を持つ」

「開始早々、それは生まれることもあるし、ラストワンプレーでようやく生まれるという場合もあります」

「そして、なかなか生まれないという場合も、多々ある。今ここで行われているゲームのように」

「僕たちには喜ぶための準備ができています。それは滅多にないことのような大騒ぎをして、喜ぶでしょう」

「それは選手だけの喜びではない。みんなの喜びでもあるのだろう」

「そうです。僕たちは、喜びを大きく表現することによって、喜びそのものを大きくしているんです」

「いつその喜びが見られるのかね。私も早く喜びたいんだ」

「一つのゴールはとても大きなものです」

「そのゴールを早く見せてくれよ」

「今まであきらめていたものが蘇ったり、少しも振り向いてくれなかったものが、突然に振り向いて駆け寄ってきたりもします」

「そのゴールを早く見せろってんだよ」

「急ぎすぎてはいけません」

「ゆっくりしすぎても同じことさ」

「でも、それはとてもずるいと思うんです」

「何がずるいと言うんだ? 手でも使ったら、それは反則だが」

「急に寝返るみたいなのはずるいですよ」

「また愛の話か」

「信じ続けていられなかったのが手の平を返すみたいなのがずるい」

「夢があるとも言えないかね。それだってファンタジーだよ」

「ファンタジー?」

「色々な解釈は成り立つという意味だよ」

「ボールに魔法をかければ、しつこいディフェンスを手玉に取ることもできるでしょうね」

「攻撃には創造性が必要だ。遊び心と言ってもいい」

「僕はボールをさらします。敵はそこにボールがあると思って足を伸ばしてきます。誘導の魔法です。僕は足が届くよりも前に、ボールを逃がします。敵の足が伸びたそこにはもう空き地があるだけです」

「そして後はシュートを打つんだな」

「僕はボールを保持しながら自由に空き地を駆けて行きます。敵はどうにかするため体ごとぶつかってきます。一瞬早く、僕は身をかわし、敵の今いた場所に移動しています。入れ替わりの魔法です。敵がぶつかったのはドリブラーの残像です」

「あとはシュートを打つだけだな」

「僕は次の空き地を求めて、ドリブルを続けるというわけです」

「シュート、シュート! 打たないとゴールは生まれないぞ!」

「ゴールの後には勝利、勝利の後には美酒が待っています」

「そうだ。そのために、我々は勝たねばならない」

「でも僕は素直に喜ぶことができない。どうしてもそこにいないもののことが目についてしまうんです」

「みんながいるというわけにはいかないだろう」

「どうして君がいないのだろう? どうしてあれは僕のゴールにならなかったのだろう?」

「君は無い物ねだりが過ぎるんじゃないのか?」

「あるものに感謝すべきだと言うんですか?」

「不在ばかりを見るのは現実的な態度とは言えない。存在を肯定的に見る方がより前向きだろう。我々は、現戦力だけで瞬間瞬間を戦っていかなければならないのだ」

「それはそうですが。僕はそのように割り切ることができません」

「それでも試合は続いていく。考えているだけでは、一つのゴールさえ生まれないだろう。時間はないのだよ。瞬間瞬間が、こうしている間に過去へ過去へと変換されていくのだ」

「僕はその酒を、素直に美味しいと言って飲むことができない」

「ひねくれながら飲みたまえ。素直な酒が良い酒というのでもない。それにまだ勝つことも決まっていないぞ。君がちゃんと仕事をしてくれないと」

「話せば長くなります」

「話すよりも、そろそろ本来の仕事にも集中してくれないかね」

「話すことは色々とあるんです」

「わかるよ。まだ言い足りなそうな顔だ」

「みんな質問することが得意です。好きなんでしょうね。どうして、どうして、どうして……。君は、どうして……」

「問うことは話のきっかけでもあるからな」

「けれども、本気で答え始めた時には、みんな僕の前からいなくなっているんです。問うだけ問うて、本当はそんなに僕のことに興味はなかったんです。その時、僕がどれだけ本気で答えようとしていたか……。それから、僕は質問者をまるで信じられなくなった」

「だったら君はちゃんと聞いてやるんだな。君はその大切さを理解できるだろう」

「僕に何を求めているんですか?」

「ワン・ツーだよ。君はその時、出し手になる。だが、出すだけじゃない。出した瞬間に走り出す。受け手はすぐに囲まれて窮地に陥っている。その時、君はフリーでいることが大事だ。味方はすぐに君の存在に気づく。君に向けて折り返しパスを出す。君は出し手から、すぐに受け手へと変身する。それは新しい君の武器になる」

「ワン・ツーですね」

「そうだ。その後にするべきことはわかるか?」

「僕はドリブルを続けます」

「そうだ。そしてシュートを打て! さあ、右サイドのトミーからロングパスが入って来るぞ!」

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ピッチは生きている

2019-09-10 04:23:45 | ワンゴール

「調子が上がってこないんじゃないか?」

「そうでもありませんよ。僕はいつものペースです」

「怪我の問題があるんじゃないのか?」

「監督、試合中に怪我の話はなしです。ピッチに立ったら、もうそんなことは関係ないんです。遠慮なしです」

「影響が大きいなら、私も決断しないわけにはいかない」

「だけど、今はそれを言葉にする時ではないでしょう。言葉は身体を縛ってしまう。僕は今、考えながら動かなければならない時なんです」

「本当に動けるのか?」

「考えを追い越して動かなければ、ゴールは決して生まれません」

「今はスピードが何よりも必要とされるからな」

「気がついたらゴールに入っていたというのが理想です」

「だがあまり考えすぎるなよ。それは力みにつながることもあるからな」

「僕は自分のスタイルを変えたことはありません」

「悩み抜いたら行き着くところは決まっている」

「でも僕は悩みながら動くしかないんです。他のやり方を知らないから」

「練習を思い出すんだ。力が抜けたら、もっと結果が出せるだろう」

「監督、そんな余裕があると思いますか? 本当に」

「余裕がなければ、上手くいかないこともあるのではないかな」

「今は試合の最中なんですよ! こうしている間にも、絶えずボールは動いているんです。試合は、生き物なんです」

「監督の仕事はほとんど見守っていることでしかない」

「僕は生き物が怖いです」

「そんなに恐がりすぎることもないさ」

「生きている物は、みんなどこか傷ついているから」

「生き物を恐れてプレーができるか。どうしてそんなに怖い?」

「僕も生き物だからでしょう。だからです」

「誰だってそうさ。もっと自信を持って、ボールを持てばいいんじゃないか」

「確かにさっきは、急ぎすぎて的外れなシュートを打ってしまいました」

「持っている力を使い切れば君は想像以上のことができるんだ」

「近づきすぎた人を恐れすぎたのかも」

「恐れるあまりに放さなければ相手を恐れさせることもできるだろう」

「試合は生き物だから、思い通り進まない不安が常につきまといます」

「まあ、そう思い詰めるな。信じて待つことも大切だ」

「ピッチの中は生きた街のようです」

「人々の期待を、我々は背負っているからな」

「街の中には、争いがあり差別があり文化があります」

「差別はあってはならないこと。この街の中では、絶対に許されないのだ」

「病院があり、郵便局があり、映画館があり、学校があります。僕は、いったい何をするべきかわからなくなります」

「わからない時には頼ればいいんだ。人の意見に柔軟に耳を傾ければ、するべきことは見えてくるだろう」

「音楽があり、酒があり、波があります。みんな生きているようです」

「君だって生きた街の中にいるんだろう」

「街路樹が、光と闇を用いて、道の上に自己を投げかけています」

「そうか……、街路樹がね」

「僕も、もう負けていられないと思います。怪我にも恐れにも、負けていられない」

「足首が痛むのか? やっぱり」

「みんな傷を顔に出していないだけです。僕が見せるべきは、鮮やかなゴールだけなんです」

「私も街の片隅で、それを見届けるとしよう」

「ゴールだけが上書きできるものがあるはずです」

「そうだ」

「監督、見ていてください」

「ほら、メインストリートにパスが出てきたぞ」

 

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ホームゲーム

2019-09-06 04:54:07 | ワンゴール

「敵もなかなかやりますね」

「敵も同じように思っているかもしれないがね」

「とても勝てない相手には思えません」

「我々のホームに来たチームにしては、今のところよくやっている」

「本来の力を出せれば、一蹴できるでしょう」

「早く力を出してもらいたいものだよ」

「そこがホームなのか、アウェイなのか、僕はだいたい最初にそれを肌で感じます」

「あの大声援が聞こえないのか? ここは紛れもないホームだ」

「例えばそれは扉を開けた瞬間の部屋の空気でわかります」

「私はスタジアムに一歩足を踏み入れた瞬間にわかったね」

「例えば初めて座る椅子に腰掛けた瞬間、どうにも心地の良くない椅子というのがある。それが本当に自分に合っていないのか、以前自分が身を置いた場所との違和が不安にさせるのか、よくわからない時があるんです」

「私はずっとベンチに座っていられない。すぐに熱くなってしまうからね」

「もう少し時間が経って自分の身体に馴染んできた時、それは正に自分のために作られた椅子であるように思える」

「まあ、そういうこともあるだろうな」

「それは遅れてやってきたホームなんです」

「君もここがホームだとはわかっているんだろう?」

「けれども、その他の物についてはどうか。不安は消えたわけではありません。テーブルについてはどうか、壁については、照明については、カーテンについてはどうか。椅子がホームだからといって、すべてのホームを保証するものではないと僕は気づいてしまった」

「完全なホームを求めるのは幻想ではないかね?」

「監督、その通りなんです。完全なホームなんて、どこにもない幻想なんです。僕らはある部分的な何かを指して、あるいは数の理論だけに沿ってホームを決定していただけです」

「心ない者もいる。それはどこにいても仕方のないことだ」

「それでどうしても揺れてしまう」

「自分を信じるんだ」

「ちょっとしたところで、変わってしまうと気づきました」

「その発見がゴールにつながるなら、喜ばしいことだ」

「本当に、ちょっとしたことで……」

「時間が進んでないんじゃないか?」

「僕はずっと考えているんです」

「いったいここの時計はどうなっているんだ」

「僕は考えるストライカーなんです。考える間というものは、時間は止まるものでしょう?」

「おかしいじゃないか。審判が考える時間まで考慮するのか。おい、審判! ちゃんとしろよ!」

「監督、落ち着いてください。大事なことは、時間が止まっている間は、スコアも動かないということです」

「やっぱり止まっているのか。全く、何を考えているんだ」

「ゴールについてのすべてです。すべてについてのゴールです」

「それでいつになったら、ゴールは生まれるんだ?」

「色んなことを考え、考えすぎながら動いていたのです」

「だろうな。あまり効率的な動きには見えない。周りとの連携もはまっていない」

「いつも先に疲れるのは頭の方です。僕は少し頭と身体のバランスを崩しかけています」

「戦えない選手なら、私も考えることになるだろう」

「遠く離れた町に僕はいました。誰もかれもが敵に思える。靴下を揃えた者たちが囲んでくる。味方なんて誰もいない。大柄な選手に体をぶつけられて僕はよろめく。もうおしまいだ。奪われてしまうんだとあきらめかけていた時に、どこかから声が聞こえる。そんなはずはないのに、とても近くに感じられる声」

(頑張れ!)

「熱心なサポーターが来てくれていたんだな」

「その瞬間、僕の中で朽ちかけていた力が目覚めました」

「一つの声で選手は変われるものだ。さあ、自分を取り戻せ」

「自分と同じ色の靴下を履いた存在に気づきました」

「味方がフォローに来たんだろう」

「どこにもスペースのなかったところから僕は反転したのです」

「新しいターンを見つけたんだな。それを思い出せれば、ここでできないことは何もないはずだ。さあ、早く戻って来い!」

「ここはホームなんですね」

「ようやく時計が動き始めたようだ」

「ホームの風が味方してくれるんですね」

「そうとも。ここが世界一の我々のホームさ!」

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プロローグ

2019-09-03 03:28:53 | ワンゴール

「環境が変わればゴールを量産することは可能なんです」

「それは自分にポテンシャルが備わっている場合だ」

「監督はどうして使うんですか? 僕のゴールを期待していないんですか?」

「とにかく結果を出してくれればそれでいいんだ。理屈はもうたくさんだ。どうか自分の仕事に集中してくれ」

「僕は闇雲にゴールを狙うタイプじゃないんです。シュートを打つタイプでもないです。ちゃんと理論の上に弾道を描かなければ駄目なんです」

「どんな弾道なんだね? 私が望むのは結果だけだよ」

「美しい弾道です。誰もが胸を打たれて道を開けてしまうような」

「ディフェンスは必死で止めようとするはずだ。本職のディフェンスなら、誰でもそうするはずだ」

「監督は本職だったことがあるんですか? それに僕の言うのは、超越的な弾道ということです」

「早くそれを見せて欲しいね。私にシュートを見せてくれよ」

「僕、一人でできるわけではありません。チームの協力が不可欠です。今、このピッチ上の何人が、僕の動き出しを見てくれているんですか?」

「何がそんなに不満かね? 試合中にチーム批判をするのかね?」

「いつだって僕は、言いたいことは言うんです。主張を持ったストライカーですから」

「私は黙って点を取ってくれればいいんだがね。私はチームを勝たせなければならないのだからね」

「どうして僕を使い続けるんですか?」

「自信のないストライカーがストライカーであり続けることができるのかね?」

「僕はただ理屈で考えたいだけです」

「私が欲しいのは、一つのゴールだけだよ」

「一つでいいんですか?」

「簡単だろう? 君が真のストライカーなら」

「そう言って火をつけたつもりですか?」

「ほら、君の前にパスが来ているじゃないか!」

「わかりますよ、監督。今、ピッチにいるのは僕たち選手なんです」

 

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