折句ラッシュ・クリスマス

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、縦読み
クジラうえリクエストした水族館マダイが歌うスローバラード、クリスマス

両替タヌキ

2019-11-11 02:50:00 | 夢追い
「5千円お預かりします」
 ん?
 何か妙な間があった。
 見つめれば1万円札だ。
 失礼しました。
「1万円お預かりします」
 客はいえいえという笑顔だった。
 1、2、3……。そして10枚の千円札を手渡した。
 それは見慣れないタイプ。少し前に出てあまり世間に流通しなかった1万円札に違いない。よく見ると札の端が5ミリばかり破れていた。念のためにそれを手にして事務所に持ち込んだ。支配人がいた。

「これ。少し破れてますけど……」
 ん?
 何か妙だった。
 見つめるとそれは玩具のようだった。
 しまった! やられた!
 あっ。あれだ。出てきます。

「ちょっと、これ!」
 客は偽物であると素直に認めた。
 返して!
「返す返す」
 男は小さな声で言った。(あとで返す)
 今すぐに!
「返す返す」
 ささやきながら、男は徐々に縮小していった。
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寝返りの旅

2019-09-13 03:26:27 | 夢追い
 寝返りを打ちながら君から離れた。眠ることはすべてにおいて必要な動作だった。寝返りを打つこともそれに劣らず必要な仕草だった。眠るのは主に夢の中で記憶を整理して、日々をフレッシュに保つためだった。けれども、その多くはハッピーな色彩からは遠く、ほとんどは悲鳴を上げたくなるような悪夢だった。眠りながら生き延びるためには、寝返りを打ち続ける他はなかった。隣で眠る君が、どんな夢を見ていたかは知らない。僕は寝返り寝返り、君から遠ざかっていったのだ。
 遠ざかりながら、僕は何かを待っている。雨がずっと同じ台詞を繰り返している。破れた台本の切れ端を、猫がくわえて逃げていく。追いかけるほどに、それは大事なことのように思え始める。

 ラップをかけて待つ。あなたは戻らない。ラップの中で熱は保たれている。どこにもない、私がこの手で作り上げたラップだから。夜は更ける。冷めることないラップの中で、時間ばかりが過ぎて行く。あなたはまだ戻らない。深夜になっても、ラップは終わらない。とうとう猫も踊り出す。踊りながら、出て行こうか。出て行ったスペースは、誰かの待ち望む場所にもなるのだろう。
 
 寝返りを打てば離れるだけでなく、離れた分だけ戻ることもあった。同じように寝返りを打つ君に近づき、ついにはぶつかることもあった。衝撃の強さによって小惑星が生まれ、それが新しい夢を引っ張っていく。その時、二人は必ず逆の方向へと進んでいく。触れ合った時でさえ、言葉を交わすことは一切ない。既に心は、新たな発見とより魅力的な対象へと向かっていたのだから。寝返りを打ち合いながら、互いの夢は引き裂かれていったのかもしれない。
 
 引き裂かれた夢の切れ端を追っていると、いつの間にかそれは星と入れ替わっている。星を追うので吊り橋がゆれた。危ないじゃないか! 彼女は足を止めなかった。もっと足元を見なきゃ。水面がゆれる。彼女は遠くを見ていた。私、恋をしたのよ。何も怖くないのよ。それは錯覚だよ。非日常が作り出した。目を覚まして。恋の相手は、あなたじゃないのよ。もうすっかり落ちたのよ。

 錯覚と教えられるほど、何かを強く信じたくなった。そして、信じられるのははっきりと目に見えるもので、どこかへ向かわせるものであった。
 三羽烏を数えて深い森の奥へと入って行った。数え終えたところでどこからともなく新しい烏が舞い降りた。今までお目にかかったことはなかったが、三羽目の烏と比べ勝るとも劣らない。迷いに迷い、その分捨て難くなっていく。私は一番最初に選んだ烏を手離した。やっぱり君に自由をあげるよ。
 
 寝返りの中で、君がどんな夢に運ばれていたかはわからない。僕の夢の登場人物としての君は次第にフェイドアウトしていったように思えるし、それに応じて悪夢としての色合いは少しずつ薄まっていったように感じられる。君の存在自体が、悪夢の脚色に大きく関わっていたとも考えられる。夢の断片に運ばれながら、君から離れていくことこそが僕には必要な運動であったのかもしれない。君の面影が入らないほど、僕は遠くまでくることができた。それは日々の旅が作り出した大きな距離だった。
 目の前に広がる距離がどれほどのものなのか、それは理屈でわかっていても、感覚の中ではいつも揺らいでいる。ゆらぎが過信に変わった時には、もう体は先に動いている。

 思い切り助走をつけて、思い切って踏み切った。体は宙に浮き、完全な孤独と連帯を同時に手にしたことを知った。どこにも着地点がないことを、遅れて理解した時、浅はかだった跳躍に後悔を覚えたものの、それは最後の選択だったと思い出した。もう、飛び続ける他はない。誰かが拾ってくれる瞬間まで。
「すべて遊びのようなものでした」
「夢の旅路で多くを学んだのね」
 夢の扉の前に猫が立っていた。戻りなさい。
「ここは夢の終点です」
 寝返りの途中に現れる猫の言うことをまともに聞くこともない。多くの闇を転々とした間に、少しは夢の渡り方を学んできた。

「君は幻か何かじゃないの?」
 扉はまだ、他の場所にもあるに違いない。僕は両腕を大きく広げて、胸いっぱいに夜を吸い込んだ。
 どこまでも転がってやるぞ。
 
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末っ子の遅延

2019-09-03 02:03:00 | 夢追い
 忘れない内にまとめておく。昨夜の夢にはストーリー性があったが、今朝は上手く思い出すことができなかった。


 書店経営は交差点を渡る度に浮き沈みがあったが、本職は大物俳優だった。共演の壁を乗り越えながら、狂った監督と向き合えば時に正気を失いかける。夏が終わる前に行き止まりを強行突破しなければならない。それには小学四年生の運動能力を思い出すことが求められる。家族同席で学者と話す内に僕は消えてしまう。話が長引いたためと不都合な俳優と鉢合わせになったためだった。駐車場で家族と再会する。待ちくたびれたのだろう。みんなあきれたような様子で苦笑いを浮かべている。末っ子だからまあ仕方がない。

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浮遊のルール

2019-08-25 21:29:00 | 夢追い
 夢の中での飛行は二つに分かれる。一つは鳥のように飛んでいるという場合。しかし、優雅に飛べるという形は案外少ない。多いのはもう一つの頼りない方。飛ぶというよりも「跳ぶ」と言う方が近いかもしれない。いずれにしても飛行にはだいたい何らの制限がかかる。
 例えば、一度に伸びる高さが180センチくらいだったりする。だから、前を行く人を飛び越えられるかといったら、越えられたり越えられなかったりする。その上、二度目の飛行(跳躍)になると少し力が落ちてしまうことが多い。だから、無敵じゃない。現実にない能力を場面場面で手にできていたとしても、夢の中では、やっぱり現実と同じように苦労は絶えない。最初の飛行(跳躍)で、大部分の力を使ってしまった時のもどかしさは、現実の風景に重ねてみることもできる。

「風船を一気に膨らませることはできない」
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社長さんそれはない

2019-07-23 06:15:04 | 夢追い

 

 遅れてきたわけでもないのに置き去りにされている。そのような宴の中にいた。話すことは何もない。話せる人はどこにもいない。ドリンクは一つも届かない。社長だけがそれを注文できるのだ。天井を見上げる。どこまでも高く、星が透けて見えるほどだった。視線を元に戻すと哀れな宴が戻ってきた。社長のいる一角だけが光って見えた。あそこへ乗り込んでアピールできたら……。唾を飲み込む音がはっきりと聞こえるほど、僕の周りは静かだった。耐えきれなくなって目を閉じた。見上げなくても遙か遠くにある星を見ることができた。その中のいる人の声に耳を傾けることもできる。現在地から限りなく引き離されていく。宴の中にも座布団の上にも、自分の肉体はなくなっている。
(駄目だ)
 自分だけの世界に入り込めば、寂しい宴を消すことはできる。同時にそれは自分を消すことだ。もはや誰からも見つけられることはないだろう。そうなれば負けだ。(何の負けだ)恐ろしくなって席を立った。
 いっそ離れよう。遠くへ。上も下もない。勝ちも負けもないような、遠くへ……。経験を置いて、しがらみを断って、自分を知る者がまるでいないほど、遠くへ。そこで言葉は通じるだろうか。すべてをリセットするようなことが簡単にできるのだろうか。潔い決断と引き替えに失うものの多さを想像して身震いした。そうするくらいならもう一度……。ためらいの中に落ちて一層強く震えた。
 社長に向かって、最も厄介な存在に向いて、笑うなり、要求するなり、することは、本当にできないことなのか。
「なあ、あんた。これをお願いできないかな」
 遠い街で突然話しかけられたような気がした。(僕はまだここにいたのか)
「銀将をあの通路に等間隔で並べてくれないかな」
「えっ?」
「俺たちにはできないことだからさ」
 あまりにも簡単で、妙に心に響く言葉だった。世の中にそんな望みがあったなんて……。
「銀だけでいいの?」
 うれしそうに男は笑い、先の望みを話し始めた。
「その次は楽しみがあるんだ。この街を金や銀や飛車や角や桂や香で飾り立てるんだよ! 勿論、歩もいっぱいいっぱい……」
 夢の先端に手を貸せることが誇らしくうれしかった。僕は男の手から四枚の銀将を預かった。ドリンクも何もなくても、もう寂しくはなかった。
 
 
 
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公園カフェ

2019-06-21 03:11:51 | 夢追い
 大の字になって燃え尽きているのも飽きて起きあがった。もう一つエスカレーターを上がればそこは公園で、砂場の中にちょうど新しくできたカフェがあった。既に先客が一人いてオーダーを通す最中だった。その方法が少し風変わりだ。
 
「ご注文はに無言で頷くと日替わり。頷かずに見つめ返すだけならかき氷」
 先客は頷いて日替わりになった。今日の日替わりはラーメンだ。
 
「僕はコーヒーだけ」
 暑さと寝起きのためあまり食欲がなかった。カウンターが物差しみたいに細い。
 計画していたようにpomeraを開くこともままならなかった。アイスコーヒーを一口飲んだら、どこかテーブル席に引っ越ししたかった。
 振り返って見ると苺の香りがした。いつの間にかテーブル席はかき氷を食べるおばさま方でいっぱいになっていた。
 
「濃いだろう」
 マスターがコーヒーの濃さを自慢してきた。
 コーヒーも濃いしラーメンのスープも負けずに濃いのだとか。濃さよりも、ぬるさの方が気になった。
 
「おかわりいる?」
 グラスを突き出すとマスターは素手で氷を追加してくれた。
 キラキラと良さげな氷。この店は夏の間は流行りそうだ。
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卒業ロケット

2019-04-26 02:21:08 | 夢追い
「あなたの話をわかる人。それが理解者というものです。もしもあなたの話を聞いて何も理解を示さない、あるいはまるで耳を貸さないというなら、その人はあなたに向いていないのです。それは善し悪しとはまるで関係がなく……」
 ほとんどの者は、先生の話をまるで聞いていない。さっきから、先生の話は、ずっと同じところをさまよっていて、発展性が感じられない。まるでただ時間をつぶしているかのように眠気を誘う。半数近くの生徒は眠っているのかもしれない。

「もしもあなたの話に耳を傾けて、時折相槌を打ったり、少なからず関心を寄せている。そういう人は、あなたの理解者である。あるいは、あなたのよき理解者になる素質を備えている。その人はあなたに向いているのです。例えば風なら、あなたの方に吹いているのです」
 先生が背中を向けた瞬間、僕は教室のドアを潜り抜けた。誰も気づかない。
「理解者は、あなたの話をわかるだろう……」
 

 罰走のように校庭を走った。
 眠りに落ちないためには、そうするしかないのだ。与えれた罰よりも強く働きかけるのは、自身からの指令。無慈悲な理解者たちが空虚な場所で空回りしている間に、僕はここで出口を見つけるために、走り続けなければならない。時折、振り返って、誰かがついてきていないことを確かめる。僕を先頭に偶然の授業が始まってしまうことは避けなければ。これはただ一人の、自分を高見へと押し上げるための疾走だ。まだ、誰にも見つかってない。この円周は、自分だけの滑走路となるだろう。
 その先に何がある? 
 安易に先へ先へと思考するようでは、まだ、僕はちっぽけな教室の中から抜け出せていない。
 あと何周? 違うんだ。カウントすることに、意味はない。
 

 後をついてくるものは、自身からくる不安に過ぎない。
(不安は生きたお友達)
 僕のポケットはちっぽけだ
 僕の逃避はちっぽけだ
 僕の体はちっぽけだ
 僕の足跡はちっぽけだ
 僕の夢はちっぽけだ
 僕のすみかはちっぽけだ
 僕の未来はちっぽけだ
 僕の寝息はちっぽけだ
 僕の不安はちっぽけだ
 僕の僕の僕の僕の僕の僕の僕の
(不安は絶望とは違うよ)
 

 照りつける不安から逃れて、木陰に入った。
 風を受けて、僕と同じ歳の木は静かに何かを語り始めていたけれど、理解者になれない。
 頭上の枝の一つから、音もなく葉が落ちる。
 手を差し出して、受け止めようと思った瞬間、もう一枚の葉が落ちる。葉が、二枚。僕の体は反応を止めた。一枚なら、全力を尽くして受け止めることができた。(自信があった。受け止めることが好きだった)
 その瞬間、僕はもう歩み寄ることをやめた。
 ただ、舞い落ちる様を見送ることを選んだ。
(もう、何もしなくていいんだ)
 あきらめる道を開いてくれたのは、風。
 

 風のように戻ると自分がいた机には鬼が着いていて、自分の席はなくなっていた。少し離れた間に、理解を超えた時が流れていたのだ。
「助走は楽しんだか?」
「今、戻りました」
「今、戻りました?」
 先生は馬鹿みたいに繰り返した。
「だが、もうここにおまえの場所はない」
「どうしてですか?」
「おまえはここにいてもいいんだぞ」
「では、新しい席を作ってください」
「だが、おまえはここだけにいてはならん!」
「でも、僕は一人だけです」
「だから自分で選ばねばならん。おまえだけの居場所を、今。
校門の前に、ロケットを待たせてある」
「どこに行けばいいんですか?」
「行けばわかるさ。さあ、そこまで送ろう」
 生徒はみんなロボットとなり、熱心にノートを取っていた。

 学校を出ると美しい馬が待っていた。
「ロケット。いい子にしてたな」
 僕は馬上の人。乗馬教室で習った通りに、ロケットを操って町を出た。
 

「言葉にすればほんの一行だ。だがそれは宇宙の果てまで続いていく。そんな一行を見たことがあるかね?」
「いいえ。僕が見たことがあるのは、飛行機雲だけです」
「そうかね。だったら、それはまた先の話だね」
「ここはどこなんですか?」
「私の名前は疑問惑星さ」
「あなたは話せるんですね?」
「私の中で疑問を失うことはできないからね。どこへでも、好きに行くがいいよ」
「僕に選べるんでしょうか?」
「選んでいくしかないだろう」
「どうしてですか?」
「それだよ。その心を、忘れないようにすることさ」
 
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秘密クラブ

2019-04-24 00:04:07 | 夢追い

「ああ、腹いっぱいだ」

「ちょっとあんた、今何と?」

 おいおい、みんな、ちょっと聞いてくれ。ちょっと来てくれ。

「腹一杯食う奴なんて信用できるかよ」

 そうだ、そうだ。危険人物だ。追い出しちゃえ。とっとと追い出しちまおうぜ。追い出さないと、こちらが危うくなっちまうよ。

「全人格を否定しなくては!」

 全人格を否定されては、どうして平気でいることができるだろう。新しい町の始まりは、いつも孤立と共にある。友達なんて、簡単に見つかるはずもない。

 頼りになるのは、自分の歩いてきた道程だけだった。幾度の苦い失敗から学び取ったことを寄せ集めるのだ。

 

 

「足跡帳を持ってきている人はいますか?」

 誰も答えない。何を馬鹿なことを聞くかという空気が漂っている。

「そんなものは必要ありませんよ」

 念を押すように先生は言い、両手を机の上で結んだ。頑固な拳が、老いた鬼の面のように見えた。

 足跡帳を教科書で覆い隠すようにして、僕は密かに引き出しに隠した。全人格を否定されるのはまっぴらだ。ベルが鳴る。みんなは引き出しからジェットニンジンを取り出す。どちらの扉にも向かわない。次々と窓から飛び立っていく。明日からは春休みだった。

 

 

 夕暮れになると噂の通り人々はカードを持って集まってくる。門が開き、次々と人が呑み込まれていく様を、石の上に座って眺めていた。少し離れた所には、まだ動こうとしない男が石の上に座っていたが、胸にはゴールドカードがぶら下がっているのが見えた。やはり、噂は本当だったのだ。秘密の会員制唐揚げ屋さんの存在を、この日僕はついに突き止めることに成功した。

「どうぞ」

 店の中から着物姿の女が出てくるとゴールドの男に向かって声をかけた。

「今日はまだ……」

 男はもう少し後にするというようなことを言った。隠語めいた細かいやりとりがあって、素人の僕にはよく理解できなかった。親密な様子からしてかなりの常連に違いない。

「他にはいませんか? 選べますよ」

 僕の方に向かって言っているように聞こえた。引き込まれるように、門を潜ると見たこともないような唐揚げが並んでいた。

 

「これは……」

 やはり聞いたことのない名前。

「これを。いくらですか?」

「1万8千円」

(高い!)思わず声に出そうになった。

「…8千円以下だから、80円です」

 今度は急に値が下がったので驚いた。

「食べたことのない味です」

 他に感想が思い浮かばなかった。まずいということはなく美味いといえば美味い。けれども、毎日のように通うかというと微妙なところだった。もう一度来るだろうかと考えれば、いつか来ることもあるだろう。結論を出すには、一口食べただけでは、まだ早過ぎる。

 広々とした店の中には食べ物を扱っているという気配はまるでなく、大きな窓から入り込んだ夕日が照らしているのは種々様々な色形をした陶器の類だった。少し見た限りでは、値札のついたものは見当たらない。

(ここは何なんですか?)

 興味を直接的にぶつけていいものかどうか、迷っていた。

(何がメインなんですか?)

 夕日の色合いを身につけた陶器はみな優しげで、どこかおじいさんの家に遊びに来たみたいだった。

(どこで作っているんですか?)

 肉の消えた串を手に持ったまま、まだ陶器には触れなかった。

 

 

 

 

 

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遠い雨傘

2019-04-23 02:21:02 | 夢追い

 

 大きな傘を買った。

 誰でも入っておいで。

 

 雨に困った通行人が訪れて苦しい一時期を他人の傘の下で凌いだ。大きな傘には困った人たちを受け入れる十分な大きさがあった。どこからでも入ることができる、自由で寛容な傘だった。強まるばかりの雨の中を、傘を持たない顔見知りが挨拶一つで訪れて、僅かに気まずい一時期を大きな傘の下で過ごした。しばらく顔を見ていなかった友人が、傘の大きさにいつの間にか含まれて立っていた。

「やあ、久しぶり」

「ああ、ほんと久しぶりの雨だね」

「よかったね。大きな傘を買えるようになったんだね」

「ありがとう。それほどでもないよ」

 本当にそんな風に思っているのか。久しぶりに会ったのだから、余計な波風は立てない方がいい。それが江戸仕草というものかどうかは知らないが、小さな傘を携えた人とそれ違う時、僕は傘を大胆に高く持ち上げた。それは傘下にいる人や猫たちを守る管理者責任のようなものだ。

 

「あそこから、地下に下りますので」

「では、また。お元気で」

「あなたも」

 雨はまだまだ降り止まない。みんなはそれぞれ帰るところを告げて去っていった。

 誰でも入っておいで。

 どこからでも入ることのできる、開かれた傘を持っていた。入り口はあらゆる方向に開かれていた。君は少し離れた場所から、こちらを見つめている。

 

(どうして入ればいいの)

 あらゆる扉が開かれているというのに、君は足を踏み入れようとしないばかりが、近寄ることさえためらっている。どうして、君はそんなに離れて立っているのか。今度は、君の番だった。最初から、君の居場所は、この傘の中に含まれている。最初に作ったのは君の居場所の方だった。その上に大きな傘を買ったのかもしれなかった。

「誰でも入っておいで」

 その中に君が入っていないことはあり得ないことだった。君だけが入っていないことなど、間違っていることだった。

(どこから入ればいいと言うの?)

 ただ真っ直ぐこちらに向かってくればいいじゃないか。どうして、そんなに簡単なことが、君にはわからないのだ。君だけに理解できないというのだ。

 君は相変わらず、少し離れた場所からこちらを見つめている。あるいは、ただ眺めているだけだったのだろうか。長い雨の中を。

 

 

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裸族来襲

2019-04-19 02:15:51 | 夢追い

 この透明な仕切はなんて素敵だろう。僕はわかるような気がする。通り過ぎるものたちを眺めながら、時間が過ぎていく。自分の居場所はそれほど変わらないけれど、周りが絶えず動いていくことで時間の流れは感じられる。魚たちの気持ちが、わかるような気がする。まるで退屈というのとは、ちょっと違う。

「あんたが勝手に想像を膨らませただけだろう。立場が違うんだよ。魚たちは興味の的、でもあんたは眺めているだけだろうが。あんたは何もわかっちゃいないんだ」

 何だって。僕の想像を疑うなんて酷い奴だ。

 懐深く隠し入れたナイフを、取り出す。けれども、懐は想像以上に深い。取り出せない殺意の奥、見たことのない魚たちが泳いでいる。見たことのない色の、見たことのない仕草の、見たことのない尾鰭の、見たことのない鋭利な、見たことのない泡を吐きながら、戯れている。

 

「こんなところにもいたのか」

「何を言っているの? あなたが作った遊び場でしょ」よかったね、深すぎて、届かなくて、誰も傷つかなくて、すんだの。

「教えてあげるよ。私の本当においしいところ」

 

DHA  DHA ……

 

 彼らの悪ふざけは既に度を越したものになっていて、夜が深まったこともあり僕は近所への迷惑が気になっていた。僕自身も少し酔っていたし、その意味では普段できないような強気な態度、自分の意思を相手にストレートにぶつけることも多少ならできそうな顔つきに変わっていたのだと思う。少なくとも1番下っ端の奴に対してなら、そう弱気になる必要もないのだ。今まで1度も口にしたことのない呼び方だって、できる。

「おい、大吉」

 言いたいことは言おうと思った。けれども、自分が思うほど、声は出ていないようでもあった。僕は無理に唇を広げて、もう1度その名を口にした。

「前にここに来たのはいつだった?」

 大吉は、答えようともせず、ポテトチップスの袋の底の方をあさっている。

「いつ以来だっけ?」

 先月か、半年前か、それとも去年のことか……。もう、粉ほどしか底には残っていないというのに、まだ何度も指をつけては離すことを繰り返す。大吉は答えない。あるいは答えられないのかもしれない。

「おい、どーなんだー!」

 叫ぶのと同時に家の外で、クラクションが鳴り響いた。爆音がして、勢力が1ケ所に集中すると、重い武器を使用して車体を打ち砕いているような音が続く。モヒカン裸族の抗争が、この季節になるといつも激しくなる。女の悲鳴、犬の鳴き声、硝子が割れる、火の手が上がる……。よくないことがたくさん、外でたくさん、今、起きている。止める暇もなく、誰かが窓を開けていた。

 

「僕たち生きてますよー!」

「やめろ! 余計なことを言うな!」

 僕は急いで窓を閉めたけれど、面白がってまた別の奴が開けてしまう。

「見たぞ! おまえらみんな見たぞ!」

「馬鹿! 仕返しされたらどうするんだ?」

 ここは僕の家だぞ。けれども、酔ってすっかりおかしくなった奴らにはまともな理屈は何も通じない。その後も、挑発するような言葉はエスカレートして、更に酷いものへとなっていった。まるで映画のスクリーンに向かって、何か言っているような気分なのだ。自分たちは安全な場所にいて、我が身に害が振りかかることなど微塵も考えていないといった様子だ。完全にあきらめて、僕は目を閉じた。眠っている内に何もかも終わればいいと思いながら、じっと目を閉じている間にも、騒ぎは大きくなっていく。どちらかが完全に勝利するまで抗争は終わらない。

 破壊すべき物がなくなったのか、暴力的な音は小さく収まったかと思ったら、雄たけびが上がる。目撃者を消せと言う声がして、怒号は家の方に迫ってくる。ついに、こちらにも攻め入ってくるのだ。とても勝ち目はない。自分だけは助かろうと僕はこっそり秘密の押入れの中に隠れた。どかどかと乱暴な足取りで奴らは階段を上がってくる。押入れの奥には秘密の穴が開いていて、地上に下りられるようになっていた。仲間がやられている間に、脱出するのだ。冷たい企みに興奮を覚えながら板を外して、地上の様子を窺うとそこには何本もの剥き出しの脚が待ち受けているのだった。もう、手遅れだ。悟りと同時に全身が震え始めた。小さな呻き声は、あっけなく仲間がやられた証拠だった。しばらくして、肉の焼ける匂いがすると、嘔吐しそうになるのを必死で堪えた。押入れの中で小さく丸まりながら、自分の存在が無になることを祈った。

 

「兄さんも、どうです?」

 いつの間にか押入れの扉は開いていて、男が皿を差し出しながら言った。モヒカン裸族の仲間と誤解しているようだった。この肉を食べさえすれば、自分は助かるのでは……。食べるしかない、食べればいいんだ、食べよう。僕は皿に手を伸ばす。けれども、モヒカン族の手は、今度は僕のお腹辺りに触れていた。

「ん? 何だ? 何か着ているの?」

 皿を持ったまま、もう動けなくなった。仲間ではないとわかれば、もう食べる側ではないからだった。これで本当におしまいだ。自分だけ助かろうなんて、虫が良すぎたのだ。おい、大吉、やっぱりおまえが調子に乗るからじゃないか。まだ平和だった頃を、一瞬振り返った。

「おーい! まだ、1匹いたぜっ!」

 最後の獲物に止めを刺すため、仲間たちが集まってくる。

 

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誤認逮捕 

2019-04-17 02:49:23 | 夢追い
緊急メッセージ
「遠い町のどこかであなたのIDを使いログインを試みた人がいます。それはあなたですか? もしもあなたである場合、このメッセージは無視してください。もしもあなたでない場合、直ちにパスワードを新しく……」
 煙草の自販機が赤く光った。
(しまった! IoTだ!)
 自転車にまたがったままメッセージを開いてしまった。今すぐこの場を離れなければ……。イオンタウンまで行けば、群衆に紛れ込める。サイレンの音が近づいてきた。踏切の向こうから猛スピードでパトカーがやってきた。一直線に僕の前に迫ってくる。駄目だ! 避けることはできず、自転車に乗ったまま横倒しになった。新しいサイレンの音。立て直す間もなく背後からパトカーがやってきて急停車した。容赦なし。傷んだ膝を気にかける間にも、横から徒歩警官が押し寄せる。すっかり囲まれてしまった。
「観念しろ!」
 最初に到着したパトカーから降りてきた警官が言った。
「3時間に渡ってつきまとったそうだな」
「……」
 その瞬間、僕は巻き込まれたことを悟った。(やばい)これは全くの別件だ。僕はただ自転車に乗ったままスマホのメッセージを読んだだけなのに……。(アリバイ、アリバイ、アリバイ)確かに証明できるアリバイがどこにも見当たらない。
「もう逃げられないからな!」
「違う。僕じゃない!」
「このストーカー野郎が!」
「それじゃない!」
 容疑の次元がまるで違うことが歯がゆかった。
「何だ? 余罪がいっぱいか。余罪ごろごろか」
「人違いです」
「今にわかるよ。この場ですべて明かしてやるからな」
「何もしてないし」
「何? お前の自転車か?」
「僕のです」
「いつからお前のなんだ?」
「ずっと前からです」
「ずっと? そんなわけないだろ。甘くみるなよ、お前……」
「盗んでないって」
「これは何だ? イヤホンか。ブルートゥース? ハリウッドか?」
「無線で聞ける奴です」
「無線だ? ちゃんと許可取ってんのか?」
「何がですか」
「これは? スマホか。iPhoneかアンドロイドか。どっちだ?」
「そうです。これですよ。これが僕の罪です」
 ようやく核心に向いた目をどうにか捕らえたかった。
「認めるんだな」
「でも、これだけです。この自転車とこのスマホを合わせて僕の罪はすべてです」
「はあ? そんなわけないだろう」
「ちゃんと調べてくださいよ」
「調べはついてるんだよ!」
 警官は倒れた自転車のタイヤを踏みつけながら言った。
「わらんない人だな」
 遠い町のどこかで僕の代わりに笑っている奴がいる。
 
 
 
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100万円ソング 

2019-01-21 18:55:28 | 夢追い
「もう終わったの?」
 突然思い出してはっとした。ちゃんと歌えば100万円。課外授業の途中に知った企画だった。先生にそんな余り金があったとは。「まだだよ」間に合ったか。彼はギターが弾ける。コンビ結成を持ちかけるとあっさりと話はまとまった。たいして仲良くもないその場限りの2人。彼に弾けて僕に歌える歌が求められた。どちらもちゃんと。「これで行く」アイデアではない。ギタリストはもう曲を決めてしまった。決断が早い。エントリーを済まして彼は黙々と弦に向いていた。相談も打ち合わせもない。他人は他人というわけだ。何だこの歌。みんな英詞じゃないか。適当に歌ってやる。適当な替え歌を作って歌ってやるぞ。どうせみんな知らないんだから。上手げに歌えばいいんだ。
 もうコンテストが始まっていた。みんな座って歌うのか。先生も、弾く人も、歌う人も、聴く人も、みんな座っているのが見えた。(ああいう感じか)想像していたのと随分違っている。あのまとまった空間ですべてが簡単に決まってしまうのだ。僕らの出番はラストだった。適当な歌を考えながら、自信が吸い取られていくように思えた。譜面を手にしながら、何も見えていなかった。誰も知らない歌、デタラメの歌……。いったい何が受け入れられるというのか。後悔とプレッシャーに押しつぶされそうだ。手も膝も他にもどこかわからない場所が、震えている。恐怖が共鳴してもう倒れそうだ。歌が終わる。乾いた拍手。指先の口笛。人気のコンビだったようだ。僕らの番は次の次だ。拍手が鳴り止むと同時にほとんどの人が席を立った。みんな終わったというように歩き出している。あれっ。急に現実を見たような気がした。
「やめようか」
 相棒はあっさりと頷いた。
 歩きながら先生にキャンセルの合図を送った。コンビを解いて先を行く人々に追いつかないようにゆっくりと歩いた。すっかり失望していた。思いつきのような企画に、見届けずに帰る人々に、勝手に曲を決めた相棒に、軽く乗り出した自分に、やり遂げない自分に、くだらない一日に……。(もっと学ぶべきことがある)河川敷を通りかかると裸の男が大きな声で愛を叫んでいた。人か魚へかわからない。わかりますよ。駆け寄って共感は示せないけど、そんなこともあるね。工事のため前方の道が塞がっていた。思い詰めていたせいか、迂回ルートは見えない。行かないと。
 中華料理屋を突破するしか道はない。扉を開け奥へ進んだ。そのままの勢いで浮遊して座敷へと突っ込んだ。淀んだ空気抵抗。宴会か。靴紐が小皿に垂れて接触しないように細心の注意を払う。「君は何だね」幹事風の男の眼鏡が光った。「前の道が通れないんですよ」事情を説明するが理解された様子はない。チャーハンが油を含んだまま不安げに固まっている。箸やグラスを持つ人々もざわついている。「それにしても危ないじゃないか!」だから、前が通れないんだって。こちらは重力と戦いながら進んでいるのに、横からごちゃごちゃ言われたら余計に危ないじゃないか。「本当に通れないのかね」幹事長は席を立った。表に出て確かめるようだ。また、失望をくれるのか。(好きにしてくれ)もう少し、あと少し。よーし、抜けた! 座敷を抜けて中華料理屋を抜けて工事中の道を抜けて、公園通りに出た。薄い明かりの中で桜が咲いているが見えた。早いな。


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フェイク・ミサイル

2019-01-10 18:44:32 | 夢追い
 何かの罰だったか実験だったかよく思い出せない宇宙に一人。他に行くところもないはずなのに、自分一人にしては部屋は広すぎると思った。外は闇。届かない電波。習性のように引出を開けてラジオを探した。いつかの友の顔が浮かんでくる。僕は昼ご飯を食べていた。すぐに食べ終えて物足りなさを感じた。何か忘れていたことを思い出して席を立った。友達の机の上に素麺を見つけた。それは僕が用意した僕が食べるはずだった素麺だ。「そういうわけだから……」納得はしていても、友達は少し寂しげな顔をしていた。「食べる?」友達はうれしそうに素麺を啜り始めた。素麺が好きだと友達が言った。そんなことがあったな……。

 学園祭が始まるのをアスファルトの上で待っていた。荷台にミサイルを積んだバイクが降下してくる。金網の向こうで危険を察知した小雀が飛び立って適当な距離を置いた。ミサイルは人間の頭よりも太く4Bの鉛筆よりも強力そうだった。離陸したと思えばまたすぐに別のバイクが飛んでくる。とうとう他国の庭にまで演習に来るようになったか。計画は間近に迫っていた。「今日ミサイル撃つの?」あえてストレートに声にして言った。その方がよほど安全だ。「撃たないよ」友達は笑いながら否定したが、最後まで確かめることはできなかった。突然、鼻血が出てその場を離れることになったからだ。

 ふらつきながら建物の中に入る。スリッパがスローモーションになり足下に浮いている。「大丈夫ですか?」見知らぬ人の声が微かに耳に届く。ハンカチを鼻に突っ込みながら、僕は新しくできた美容院の中にいた。かけるべき椅子はない。この上ないアウェー感。今必要なのはカットでもシャンプーでもない。次に僕がいたのは整骨院だった。たくさんのベッドの上で骨と向き合う人々の姿があった。ここも僕のいるべき場所ではない。エレベーターに乗るとあっという間に6階にまで上ってしまう。行き過ぎた。確か病院は3階だったか。乗り込んできた女の早押しに負けたのか、3階のランプはつかなかった。1階に着くと厄介な奴が乗り込んできた。僕はバランスを崩しその場に転倒した。「体調が悪くてね」奴はふふふと馬鹿にしたように笑った。「ほんとかね」信用がない。元々頭から疑ってかかる奴なのだ。順を追って説明するのも馬鹿馬鹿しい。「まあ見ての通りさ」病院に行くとこだと言うと南館だろうと奴は言った。3階に着いて記憶の場所で見つけたのは動物病院だ。

1階に下り外に出た。奴に教わった方向に歩き出したが、どうも怪しい。逆かもしれない。不信には不信。情報が誤っていることを念頭に置いて急がず歩いた。高速道路がクロスしている交差点。あまり記憶になかった。あるいはどこにでもあるような景色だ。歩くほどに何もなくなっていく。廃れていく感じ。南館はこちらではないのだ。もう少し行って、引き返そう。何かの新製品を歌いながら、軽トラックが狭い車道に入っていく。遙か後方で爆発音がしたような気がした。やっぱりな。

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悪魔の否定

2018-11-05 17:09:03 | 夢追い
じゃあ夢の話を


 ファスト・フードで悪魔の歌を聞いたせいか、テレビで悪魔を見たせいか。夢の中では僕が悪魔になっていて、トイレから出るところを待ちかまえていた村人に襲撃を受けてしまう。原作は海外の小説でそれをこの度は映画化したのだが、その解釈と表現の方法について一部のコアな層から不満が噴出していた。その映画の中の出演者の一人になっていたこともあり、結果として僕が悪魔になったとか。夢の中の理屈はよくわからない。おじいさんはバナナや卵を投げつけ、ほうきを持って襲いかかってきた。「この悪魔め!」古新聞やキャベツやスリッパなども容赦なく投げてきた。違うといくら否定しても怒りを爆発させたおじいさんに対しては無意味だ。とにかく逃げるしかない。逃げる途中では悪魔を狙う銃弾が飛び交ってる。銃社会だ。当たらないように必死で逃げる。もう地上に安全な場所はない。飛び上がって屋根の上に避難した。(夢の中の跳躍力)屋根の上には他にも大勢の悪魔仲間が飛び上がって逃げてきていた。僕は独りではなかった。それでも僕らは次第に追いつめられていった。飛び上がることは簡単でも、自由に空を飛び回れるというのとは違う。子猫が無理して高い木に登った形に似ている。大勢の反悪魔共に取り囲まれ屋根の上でディスカッション。非悪魔の証明は難しい。何よりも村人は頭から決めつけすぎている。「悪魔という悪魔は出て行け!」悪魔ではないと悪魔の仲間が反論した。「だいたいどういうことなんだよ」それはどちら側の主張かはわからなかった。だいたいという言葉を巡って溝は深まるばかりだ。僕は本線に戻すべく口を開いた。叫ぼうとするけど不思議と声にならない。「大食い大会に出なさい」長老に近い老人が提案した。どうして出るの。それが証明になるのなら。悪魔たちの声は割れていた。鴉が徐々に屋根の上に集まってくる。


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大胆な猿

2014-12-16 00:43:48 | 夢追い
「今度はヘディングでいくよ!」
 ボールを持って再びゴールから離れる。無人のゴールでも、外してしまうことはあるけれど、決まったとしてもどこか味気なくもある。その点、キーパー1人いれば、話はまるで違ってくる。全くキーパー1人が前に立っているというだけで、ゴールはどうしてこんなにも小さくなってしまうのか。どれだけゴールを決めることが複雑で、難易度の高いものになってしまうことか。そして、ゴールを決めた時の喜びが、何倍にも何倍にも増すことか! ゴールが決まった時に、キーパーが少しくやしそうに笑う時の顔が好きだった。全く、キーパー1人いれば、朝から晩まで、春から夏まで、子供から大人まで、いつだって、いつまでも、永遠に遊び続けることができるのに……。だいたい期待はいつもふっと裏切られて、キーパーは家族や大事な誰かに呼ばれたり、家族や複雑な事情が絡まって遠くに引っ越していってしまうのだ。
 振り返った時には、やっぱりキーパーはいなくて、無人のゴールが風を食べながら膨らんでいた。

「1対1の力なんだよ。足元の技術なんだよ。ボールを懐に入れたら、厳しく冷たく自分のものにし続けるんだよ。保持する力は、奪取する力にもなるんだよ。激しさが足りないね。君はすぐに寝ちゃうからね。もっと激しくないと駄目だろうよ。1度ギャラクシーの練習に顔を出しなさい」とコーチは持論を述べて、山岳の秘密特訓に招き入れたのだった。

 頭からドリブルだと思っていたのだが、案外メニューは動きながらのパス交換から始まった。止めて、蹴る。基本が大事。蹴る時は大きな声で hola!と声を出すように!
「hola!」
 日本語で大声を出すのは恥ずかしかったが、横文字だということで、気楽に声を出すことができた。止めて、蹴って、走る。厳しい山岳地帯の中で、素早くポジションを変更しながら、パスを交換する。転ばないことにも細心の注意が必要。
「hola!」
「hola!」
「hola!」
「hola!」
 順調につながっていたが、逆に調子に乗りすぎて、動きが先走ってしまった。自分のところにパスが届く前に、次のポジションに走り出してしまったのだ。遅れて届くパスの受け手は、誰もいない。岩の間を縫って、ルールを失ったボールが転がっていく。戻らなければ。責任を持って、戻らなければ……。
「大胆な猿がいるぞ!」
 誰かが山を見上げながら叫んだ。賑やかな特訓に、興味を持って下りてきているのかもしれない。逃げていくボールを追っていくと、まだ手乗りサイズの小さな猿が地面を歩いていた。カブトムシのように小さい体で、目はぱっちりと開いて顔から突き出ているように見えた。不規則に跳ねるボールと手乗りの猿に注意が分散されて、気づくと小さな岩に足を取られてしまった。咄嗟に手をついて、全身をかばった。大丈夫、骨は折れていない。
 気がつくと、青年の猿が目の前に立っていた。
「何を磨いているんだ? こんなところで」
「個の力です」
 今度はこちらが質問する番だったが、言葉に詰まった。
「あなたはなんて素敵なんだ!」
 猿の方から沈黙を破って言った。
「立派な猿になることを目指しています!」
 さわやかに青年の猿は続けた。
 それはそれは。(誠によい心がけ)
 また会う日まで。
 話も済んだし、立ち上がろうとしたが、体が岩のように重たかった。
 青年の猿も、直立したまま傍を離れなかった。
 そして、山の流儀と言わんばかりに大量のおしっこを浴びせてきた。
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