折句ラッシュ・クリスマス

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、縦読み
クジラうえリクエストした水族館マダイが歌うスローバラード、クリスマス

新桃太郎仮説

2020-09-30 19:59:00 | ナノノベル
「桃太郎を覚えてる?」
「勿論。昔話の名作だよ」
「実は桃太郎は半分以上子守歌なんだ」
「歌なんかあったかな」
「最初に桃が流れてくる。
テーマソングに乗って
どんぶらこ♪ どんぶらこ♪
この節がメインなんだ」
「そうだっけ」

「どんぶらこ♪ どんぶらこ♪
どんぶらこ♪ どんぶらこ♪
どんじゃらけ♪ どんじゃらけ♪
どんぱんぱん♪ どんぱんぱん♪
どんぶらこ♪ どんぶらこ♪
どんびゅらこっこっこっ♪ どんびゅらこっこっこっ♪
どんびゅらみん♪ どんびゅらみん♪
どんちゃんしゃんしゃんしゃんもんぶらん♪
どんぶらこ♪ どんぶらこ♪
しょーんしょーんしょーんしょーん♪
ふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁ♪
ぶらん♪ ぶらん♪ ぶらん♪ ぶらん♪
どんぶらこぼーん♪ どんぶらこぼーん♪ どんぶらこぼーん♪」

チャカチャンチャンチャン♪

「歌は5分ほど続く」
「寝ちゃいそうだ」
「その通り! 子供は半分夢の中にいる。
そして、すべてが美談になるように操作される」
「まさか」
「後の話をちゃんと覚えてる?」
「犬、猿、キジをきび団子で仲間にするんだ」
「ほら。ほとんど何も起きていないのと同じだ。
夢の中の出来事だからね」
「起きてないのかな」

「めでたしめでたし。
そこでようやく我に返る。おかえり」
「おかえり?」
「現実にかえってきたの。つまりは、おはようってことさ」
「寝てたの?」
「そう。目覚めはハッピーでなくちゃ」
「何かよくわからない話だな」
「だから夢物語なんだよ」
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パーカーが欲しい(スーパー・ドクター・カー)

2020-09-30 08:55:00 | 短い話、短い歌
何もかもがぼんやりとしている

つかむことができないのは
世界の輪郭

いつになっても
認めることができない

きっと
認められないのは
自分の方だ

自分が認められないから
未だ世界が目覚めないのだ

さまよった末にみつけた
希望の端くれは
もう

夕暮れの中に溶け始めている

あれからずっと


 どうも冴えなかった。頭の中が思うようにまとまらない。まとまったとしても動けない。動いたようでずれている。届かない。あてが外れることばかりが続いていた。時間に弄ばれている。1時間が過ぎたはずと思っていると、時計の針は止まっている。けれども、次の瞬間にはもう闇に包まれているではないか。もはや自分だけの力ではどうすることもできない。
 思い詰めて家を出た23時。街を行くドクター・カーに飛び乗った。

「いったい何事ですか」
「ずっとぼんやりとしてるんです」
「ふーん。いつくらいからですか」
「よくわかりません」
「お口開けて。腕を上げて。そんなに上げなくていい」

「深い寝起きですね」
 どうも根本的な治療はないらしい。
(私で駄目ならもう医者なんてあてにならないということだからね)

「スープを出しときましょう」
「ありがとうございます」
「餅とアジカンも出しときましょう」
「はあ、どうも」
「ゆっくり聴いてください。夏が暑かったからね」
 寝ぼけ眼のまま私はドクター・カーを降ろされた。
 アジカンを頭に流し込みながら、夜の街を歩いた。
 もう10月だ。パーカーが欲しい。


アジカンをショートショートに振りかけた
落書きは名医の処方箋

(折句「アジフライ」短歌)

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である日記

2020-09-29 14:13:00 | 幻日記
 まだ時間前なのにドアが開いているのである。中で人が待っているのである。
「おはようございます」
 始まっているのである。
「保険証もありますか」
 きかれるのである。お大事に。診察室から人が出てくるのである。……さん、どうぞ。呼ばれるのである。
「仕方ないね。お薬出しときましょう」
「1,230円になります」
 お大事に。もう帰るのである。まだ9時前なのである。心療内科の前では多くの人が待っているのである。私は通り過ぎて、階段を下りるのである。


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向日葵と太陽

2020-09-29 13:57:00 | 忘れものがかり
証人として地に根をつけて
見守り続けていた
他に道はなかった

(だんだんと駄目になるのだ)

空は淀み
怒号と爆音が増して行く
自然は悲観を放出する
水は濁り
街は荒れ
人は地に落ちた 

(いずれ駄目になるのだ)

「躊躇わなければ手折られていた」

時々
雨の向こうに虹がかかり
翼の向こうに星が流れた

天は陽を投げかけた

向日葵の背がすっと伸びて

笑った
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転校プラットホーム

2020-09-29 09:51:00 | 夢追い
 父兄が降りて行きホームは緊迫した空気に包まれた。万一に備えて僕もホームに立っていた。子があとを追って飛び出して行かないよう警戒線が張られた。どこからか転がってきたボールを僕は足の裏で止めた。誰も気づいていないようだったが、説得の声に耳を傾ける内、足下を離れ反対側に転がって行く。まずい。と思った瞬間、偶然、ボールは特急を待つ紳士の足に当たって蹴り返された。僕はトラップして軽くドリブルをしてから定位置に戻った。浮いた行動をしている間に事態は収束を迎えていた。

「彼女は転校することになりました」
 ホームに備え付けの電話から手続きが終わったらしい。そんなに簡単なものかと訊くと「わかっとらんな。すべて委託だよ」と先生は言った。
 臨時列車に乗って去って行く親子を、僕らは手を振って見送った。
 急な話だったせいか、泣いている者はいなかった。

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【短歌】早指し道場

2020-09-28 15:49:00 | 短歌/折句/あいうえお作文
朝一の戦果を求め早繰り銀 駒組なんてやってらんねえ

おじさんは大橋流より二刀流 並ぶや否や初手5八飛

行き急ぐ早繰り銀を迎え打つ変則四間飛車の三段

メシだけを食うのは惜しい豪腕の片手はきつねうどん中飛車

投了の一手を読んで長考に沈む頭に光る金将

勝負師が相手の腕を読み切って大無理筋が通る道場

玉頭に反省文を置きながら油断に乗じまくる老将
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蟹とイノセンス

2020-09-28 12:31:00 | 夢追い
「出た!」
 と思って身を引いたけれど、出たはずの場所には何もいない。自分が下がればそれに応じて少しだけ動くもの。見えるもの、感じられるもの。それは自分の影だった。恐れが影を魔物にする。危機は去った。縦に動いたので今度は蟹が食べたくなっている。ならば森へ向かえ。

 リスや鹿と友好を深めながら、世相を語れ。世間を絶て。木々をかき分けよ。猫よりも高く登れ。木漏れ日に迷え。未来へ向いて汗をかけ。水を求め、仙人に会え。遠く離れて、憧れを抱け。憧れを置いて、多くを学べ。木々を集めて海を描け。森のすべてを味わい尽くせ。それからのこと。それから渡るべき蟹。

「本当の仙人は私じゃない。あの木の上の猫に似たものさ」
「似たもの……、それは」
 木から落ちてきたそれを受け止めるとお礼にとっておきのイノセンスをくれた。
「困り果てる前にこれを振るのだ!」
「ありがとう。仙人さま」

(もう蟹に飢えてはいない)

 余裕を持って手を伸ばすと指先を噛まれた。
「放せ」
「よこせ」
 自分かわいさから貼り紙に逆らって餌を投げた。
「もっと骨のある奴をよこせ」
 持ち合わせのクリスピーは犬の心に刺さらなかった。
「向かい風のような抵抗を俺によこせよ。すぐに溶けるようじゃつまらないだろ。難解な骨のパズルを解きたいんだよ。俺たち犬にとっては、少しの苦労こそが楽しみに当たるのだから。生き物って奴はね……」
「くらえー!」
 僕はここぞとばかりにイノセンスを振った。一瞬、犬はたじろいだように見えた。

「ゴーホーム!」
 その時、どこからともなく強い風が吹いた。それはイノセンスが犬に与える攻撃を吸収し無力化してしまう。
「ふっ、骨ほどにもない奴」
 骨付きを求める犬の追走を巻いて浜辺を目指した。

(さよなら、イノセンス)

 恐れからか足下がふらつくと、箪笥もないのに箪笥の角が現れて指を打った。今度の魔物は肉体によりダメージを与えた。
 ほぼ蟹を忘れる頃に波の音が聞こえてきた。
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躊躇いスライダー

2020-09-28 09:04:00 | 【創作note】
心が後ろを向いている時に
言葉を前に運んで行くことは難しい

直接言葉を組み立てることはできなくても
空想するくらいならできるかもしれない

縦には行けなくても
言葉を横に広げることはできる

合理的な取り組みができないからこそ
むしろ自由にイメージを膨らませたり
離れたものたちをつなぎ合わせたり
できることは案外残されているのかもしれない

前に前に書き出せてはいなくても
全く書いていないわけでもない
(書く周辺をさまよっている)

いつもいつも
前向きというわけにはいかないのだから
そういう時間を有効に使うということも
きっと大切なことなのだろう

「書けない」ということはとても苦しい
それは書くことがないこととも違う

得体の知れない躊躇いなのだ

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忘却勇者

2020-09-27 23:47:00 | 忘れものがかり
「行ってくるよ」
 やり遂げるまで帰らない。弱くても崇高な目的を持っていた。
 駆け出しの頃がよかった。


 レベルアップするにつれて忘れてしまう。
 朝焼けの色。好きだった食べ物。人の名前。



 一番の敵は孤独のはずだったが、愉快な仲間たちに恵まれた。


 魔王は悪の限りを尽くしていたが、各地に多様な遊戯施設を張り巡らせて、娯楽性の高い世界を築くことによって己の悪事をぼかすことに長けていた。それはどんな強い魔物よりも、勇者の冒険を足止めするのに役立った。「もう少しゆっくりしよう」もう少し、あと少し。楽しければそれでいい。安定的な楽しさを手放してまで先を急ぐほどの理由があるだろうか。勇者は日々に広がる楽しさに浮かれ、旅立ちの朝にあった第一声を忘れてしまった。ぼかしの魔王恐るべし。



「どうだ。強くなったか?」
 電話の向こうに父の声。
 なってないとは答えられない。
「うん、まあ」


 こん棒は遙か過去、ついに伝説の剣を手に入れる。
 しかしその矛先にある目標を勇者は既に見失っていた。


 旅立った勇者。成長を続ける勇者。
 それなりの満足の中で戻れない勇者。
 勇者の中に埋もれる勇者。


「誰かみつけて」


 次の例文の中から本文を見つけよ


「迷子にならないことは難しい」



 僕は勇者
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ナノ・スペース(猫の飛び入り)

2020-09-27 17:34:00 | ナノノベル
 夕暮れの観戦記者のあとについて猫は対局室に紛れ込んだ。極限の集中が高まる室内では野生の息吹が見過ごされることがある。人間の日常にあって見落とされがちなスペースの中に優れた心地を見出すこと。それが猫に託された新感覚なのだろう。
 堂々と配置された本榧の将棋盤に隣接された小さな塔に猫は狙いを定めた。ちょうど人間の指が動いて金銀をそっと寄せた後だった。

「ここ空いてますね」
「そこはちょっと……」
 金駒が連結して渋い顔をした。
「空いてまーす!」
 決め打ちするように猫は駒台に飛び込んだ。
 深く狭い空間を占めることこそが猫の本文だった。
 その時、棋士の指に乗って大駒がやってきた。

(飛車だ!)

 猫はその大きさに恐れをなして跳ね出した。
 乗り移ったのは、王座の肩の上だった。
 棋士は気づかない。
 何事もなかったように盤上に没頭している。
 猫は縦のリズムに乗りながら敵陣深くに睨みを利かした。

(寄せあり!)

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大河ドロップ

2020-09-27 10:13:00 | ナノノベル
 自然はどこまでも美しい。
 人の手が加わってなおも美しくなるようであり、飽きることはない。ずっと見ていられるということは、そこに幸福が備わっているということだ。ならば、それ以上に求めるものは何もない。主体的に何かを生み出すこともなく、偉大な人たちの作ったもう一つの現実の中に自分の魂を投じてしまえばいい。その時、私は私でなくてもいい。(そもそも私などちっぽけな存在にすぎないのだった)物語の中に凝縮された現実は、私の人生の何倍も重く感じられる。どれほど残酷な瞬間が訪れたとしても、私自身はかすり傷さえ負うこともない。ただ美しいところだけをみて酔えばいい。それはなんて素晴らしいことだ!(私は物語の力によってのみ生かされていたようだ)

 とは言えもう100年。
 きりがないね!
 混乱に歯止めがかからず、みんなすっかり取り乱している。家系図はぐちゃぐちゃになり、裏切りが裏切りを呼び、もう誰を信じていいのかわからない。主人公は目的意識をとっくに忘れ毎日のように酒にばかり浸っている。100年すぎてまとまる気配はどこにもない。(河はどこまでも広がり続ける)まるでそう言っているようだ。
 もう、きりがないね!

「自分を生きたい」
 私は突然、自我に目覚めた。
 自分のペースで我が道をいきはじめると不思議なほど戻りたくなくなっていた。(あの大河はいったい何だったのだろう)
 人生2000年時代。 
 ここはまだ序の口にすぎない。
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モダン蒲鉾

2020-09-26 15:32:00 | ナノノベル
 前から現代人が歩いてくる。手の中の蒲鉾をフューチャーしながら、こちらに向かっている。世界をぎゅっと詰め込んだ最新の蒲鉾。見知らぬ通行人なんかより、その蒲鉾はずっとずっと大事だ。風が吹いても、道が折れても、蝶が舞っても、月が揺れても、現代人の関心は、ずっと蒲鉾の光に釘付けにされている。

(死んでも離さない)

 ぶつからないように予め進路を読んで安全な距離を取る。けれども、読みの範囲にない怪しい動きをする。前方にあるものはまるで視野にはないのか。ふらふら揺れながらこちらに接近してくる。現代人は誘導弾だ。
 ついに破滅的な衝突をして曲ができた。
 僕はそれに「誕生」と名前をつけた。
 避けようもなく、隕石というのはある日このようにぶつかるのかもしれないな。
 ともかく、できた以上はリリースしなければ。


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詰将棋反省会

2020-09-26 07:52:00 | 将棋の時間
「詰将棋を終わらせるには」

 詰将棋は解いて終わらせるのが望ましい。しかし、わからない問題を眺めていると、頭痛がするという時もあるだろう。だんだんと嫌になってきたり、自分の無力さを呪いたくなったりもする。
 事が渋滞した時間を、そう悲観する必要はない。「問題」は決して人類の敵ではない。問題があるということは、そこに時間があるということだ。「無」が広がっていること思えば、希望だってある。
 解くよりもあきらめた方が早く終わると考えることもあるだろう。だいたいの場合、途中でやめた方が物事は早く終わる。しかし、それでは何事からも達成感が得られない。始めたからには、作者が用意したゴールにたどり着くことが理想と言える。
 すぐに解けないとしてもそう焦る必要はない。詰将棋は実戦と違い、相手からこちらの玉を詰まされるということはないのだ。どれほど熟考しようと、問題図はいつまでもじっと待っていてくれるのである。


「詰将棋は解いて終わりではない」

 詰将棋が解けた時には爽快感が得られる。
「さあ次だ」いい気分で次に進みたい気持ちは理解できる。しかし、詰将棋を解いた後にも、実は上達のヒントは残されているのだ。
「詰将棋に無駄駒はない」
 それを思い出して初形の配置と正解手順を見直してみよう。
 気になる駒はなかったか?
 作家でもなければすべてを検証しなくてもいい。気になった1つの駒に着目して考えてみる。詰みに直接的に関わらなかったようだけど、もしもこの歩がなかったら……。そうして研究してみると、歩1枚も重要な変化に関与しており、歩がない形では不詰めになることがわかる。(解いたことに満足して次の問題に進んでいたら、見過ごしていた発見)
 このような学習/発見も詰将棋/終盤の力となり、次回は似たような図式を見た時に、1つの歩の存在に着目してそこから詰み筋を類推することができるようになる。複雑に見える駒の配置にもパターンがあり、多くの図式を経験する内に、この形はこうだという急所/狙い筋が見えるようになってくる。
 一度解いた問題も、忘れた頃に再度解いてみるといい。前よりも解くスピードが速くなっていれば、学習が身についている証拠だ。








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【曖昧コラム】チェック&アクション

2020-09-25 00:20:00 | フェイク・コラム
「大事なことは記憶だけに頼れない」

 人間の記憶はあまりに不安定にすぎる。
 そこで頼りにするのがチェックである。
 チェックと動作を紐付けて大事なことを抜かりなく実行するのだ。
 では、チェックが先か動作が先か。それは案外、難しい問題かもしれない。一つの説を挙げると、人間は大事なことを行った後では比較的大事でないことの方は忘れがちというのがある。ここで言う「大事なこと」とは、当然「動作」の方である。つまり、先に動作を実行して後からチェックをしようとしても、大事な動作を実行したことによる安心感からチェックを忘れることがあるということだ。チェックを忘れるのは別に構わないと思うかもしれないが、そうではない。チェックがないとしばらく経ち記憶が曖昧になると、動作がまだ完了していないと誤認してしまう。
 何のための「チェック&動作」であるか。それはその動作が一定の決まりを持っていて、安易に増減したりすることが認められないからである。(薬も過ぎれば毒になるのである)
 まずはチェックを先にすることにする。


「チェックの後は間を置かずに」

 チェックをしたことに安心して動作を忘れてしまうと、それこそ本末転倒だ。しかし、油断するとその可能性は十分にある。「チェック」はその動作を行った印である。本来であれば、動作が終わってからチェックをするのが本当だろう。理由があって例外的に逆にしているのだという意識を持たねばならない。
 肝要なのはチェックをした後は間を置かずに、直ちに動作を実行に移すこと。(少しくらいいいか。わかっているから大丈夫。そういう慢心が一番危ない)例えば、その時電話が鳴った。家のチャイムが鳴った。反射的に優先順位を操作してしまうのではないだろうか。しかし、思い出してほしい。「チェック&動作」は時間の上でも紐付けされた約束事なのだ。電話が鳴ったくらいでルーティーンを壊してはならない。小腹が空いたからと言って、チェックと動作の間にチョコレートを食べるなど論外である。


「まるっきり忘れてしまうこともある」

 それでも人間どうしてもうっかりということがある。忘れる時は、完全に何もかも忘れてしまう。チェックも動作もまとめて忘れてしまうので、「チェック&動作」もまるで機能しないことになる。その時は、もう心がどこかへ飛んでしまっているのだ。かなしいことに、それもまた人間の一面。自分には常に「大事なこと」がある。そういう意識を持ち続けることが、せめてもの抵抗と言える。

「私を殺す気か……」
 SOSを聞いてはっと我に返る。そういう経験は、できればあまりしたくないものだ。

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反省将棋

2020-09-24 23:54:00 | 将棋の時間
 力を溜めるのがいい攻撃だと聞いた。確かにそうかもしれないと思わせる名人の駒さばき。溜め込んだ力が終盤一気に爆発して華麗な寄せが決まるのを見届けた。
 私も真似してやってみる。仕掛けたいところをがまんして、チャンスと思われるところをあえて見送って。十分に力を溜めながら将来の寄せを夢見た。ところが、爆発の機会は訪れることがなく、攻め駒は単に大渋滞を引き起こしたまま最後まで動かなかった。寄せられたのは私の方だった。
 その時、私は昔読んだ何かの民話の一場面を思い浮かべた。上辺だけなぞってみても人生は上手くいかない。形や心を近づけても、勝つところまでは真似ができないのだ。肝心の読みの部分が明らかに欠落していた。
 読むことほど気力と体力のいる作業はない。それによって結果が約束されているわけでもない。感覚が鈍ければ無駄に読みを広げなければならない。人の心も、時代も、読み違えてばかりいるのだ。
 そうして私は今日も反省記を書くことになった。
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