折句ラッシュ・クリスマス

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、縦読み
クジラうえリクエストした水族館マダイが歌うスローバラード、クリスマス

竹馬からみた世界

2009-07-29 14:49:44 | 猫を探しています
竹馬に乗って猫を探し回った。
1㎝ずつ高さを上げていって、今ではこれくらいの高さの竹馬に乗れるほどになったのだ。
けれども、まだ猫の到達する高さに視線を合わせるにはまだまだ不充分だった。それはわかっていたが、今はこの高さが限界だったし、ひととき前に比べればこれだってずいぶんと高くはなったのである。それでも、猫は高いところにいるばかりとは限らない。それでも、あの猫は高いところが誰よりも好きだったし、今だって好きに違いない。好きなものがずっと好きな猫だったのだから。

「背の高い人おるわー」

冷やかしたければ冷やかすがよい。
それは僕にふさわしい。僕はそれで清々しくさえあるのだ。
竹馬に乗って歩いていると、以前より木が視界に入るようになった。
遠くに見える木々が、そよいで僕を手招いているように見えたのだった。

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退会の決意

2009-07-28 13:47:19 | 狂った記述他
 入会する時には、色々と決めなければならないこと、用意しなければならないものがあったりとなかなか大変だ。暗号がなかなか届かなかったり、スペルを間違えたりしてなかなか苦労することも多い。けれども、退会する時は特に何もいらない。その決意さえあればいつでもできるのだ。その「ボタン」を押しさえすればいいのだ。
 私はなかなか退会することができない。だから、幽霊のように存在している世界をいくつも抱えていて、長い間訪れていなかったり、時折思い出したように足を運んだりしている。
 退会する人に出会った時は、なぜという疑問の他に、その潔さを少し羨ましく思いながら見つめていた。けれども、それがただ潔いのかなんか傍から見ていてわかるものではない。その決断の中に、どれほどの理由、時間、葛藤が流れ含まれていて、そこにどのようにして至ったのか容易に想像することはできなかったのだ。そう思うように、なった。
 もしも退会するなら、私はその世界の中の一つ一つを、自分が持ってきた作品の一つ一つを消してからでなければできないように思う。一つの「ボタン」を簡単に押すことは簡単ではないような気が、なぜかした。
 私は、最近めっきり訪れなくなったサイトの中に入り、自分の部屋に置かれたままの過去を消そうと順番に作品たちを眺めた。以前、かなりの数を整理したのでそれはもう数えるほどしかなかった。しばらく眺めて、眺めるだけで出てきてしまった。順番に消していくつもりだったけれど、一つも今日は消すことができなかった。

   *

 私はできもしない退会の日記を書いて、それをあっさりと消してしまった。
「またつまらないものを消してしまった」
 つまらなくなければどれほどよかったことか。
 けれども、消すことは必要なことだ。
 私は毎日日記を書き、書き終えては消してしまう。
 そうして私は私を保っているのだ。


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