折句ラッシュ・クリスマス

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、縦読み
クジラうえリクエストした水族館マダイが歌うスローバラード、クリスマス

空のコーヒー

2011-12-29 00:59:35 | 12月の列車
 ドレミの上を乱れ打ち、ドからドの上を行きつ戻りつして、ついに鍵盤を乗り越えてあらゆる場所を叩いた。鍵盤をひっくり返して、鍵盤の裏側を叩いた。棒を投げ出して、今度は指だけで叩いた。次は鍵盤を投げ出して、棒だけとなり歩き始めた。歩き出し踊り出し、徐々にそれは激しさを増して暴れ出していく。僕の肩の上に、ついにそれはやってきた。
「痛い、痛い」
 熊と一緒になって、歌いながら踊りながら僕を攻撃した。突然、電池が切れたように眠った。
(あっ、眠った)
 ソファーの端っこで、今はその寝息だけが聞こえる。タコが近づいてくるとソファーの横の床に座った。(ソファーの端っこから落ちたりしないように)
 目覚めた時、僕はいない。(僕はいなくなる人だ)



 何を書こうかと迷っている。何かを書き始めればいいのだが迷っているのが好きなものだから、しばらくは迷っていることになる。そうして迷っていると白くなり、僕は何でもなくなる。
 ゆっくりと空から落ちていた。ゆっくりと感じるほどに落ちてくるのならそれは雪に違いない。落ち葉ではない。そう確信したくて、しばらく外を見ていた。確信は得られないまま、木、ビル、壁、コーン、それは背景だけになり、僕は窓の外の警備員を見つめていた。警備員は少しも動かなかったのでどれくらいの時間が経ったのかわからない。雪だ。また雪が降ってきた。雪だ。確かに雪が降ってきたのだ。もうすぐ12月の列車が僕の体を貫いて行き過ぎるだろう。僕は書くことによって時間を遡って行くことができる。けれども、いったいいつまで行けばいいのだろう。
 池を覗くようにカップを覗き込むとその中に、空が見えた。コーヒーがなくなったので、真っ白い。雪は、もう止んでいる。

「切符を拝見いたします」





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トンネルを抜けて

2011-12-29 00:20:57 | 12月の列車
「少しだけ離れることはできますか?」
「一緒に中に入ることはできませんか?」
 それはできないというのでタコは自分の代わりにユウの胸にプーちゃんを抱かせた。
「嫌だ! ママがいい!」
 泣き叫んで抵抗するユウはドアの向こうに消え、それは堅く閉ざされた。けれども、泣き叫ぶ声はより一層激しさを増して、ドアを突き破った。必死に励ましたりなだめたりする看護師さんの声も、すぐにその嵐の中に呑み込まれてしまうのだった。
「大丈夫。」
 撮影に寄り添えなかったママが呼びかけた。タコは、ドア越しに昔話を始めた。



 トンネルに入り、トンネルを抜ける度に空は濃く深まってゆくようだった。バッテリーの残量が少なくなった。
「しあわせに暮らしました」
 過去形は、すべてを過去に葬ってしまう。今までにあった、何もかもが別れに結びついてしまう。
 僕は一冊の本を探して、12月の隅々を探し回っていた。膨大な数の本があった。人を避けたり、猫と話したりしながら、入り組んだ道を進んだ。徐々に自分の望むものが近づいているような匂いがして、胸が高鳴った。けれども、それは錯覚だった。似た形をしているけれど、それは微妙に離れたもの、あるいは全くかけ離れたものだった。これだけの数があるのだから、きっと大丈夫……。歩き始めた時に抱いていた気持ちは、少しずつ落ちて行き、次第に歩き疲れていった。同じ道に戻り、同じ人を見た。人は同じ場所でじっとしてただ一冊の本と向き合い続けていた。それは、僕がまだ見つけられないもの。これだけの数があっても、ないということがあるのか。どこを歩いていても、もはや意味なく同じ道であるように思え、やがて自分が探しているものが何であるか、思い出せない時が続いた。
 突然、雲行きが変わり、ベルが鳴り、夜が落ちてきた。
 トンネルを抜けると、そこは全く新しい別の色を持った表紙が並ぶ道だった。雨上がりの匂いが記憶を呼び覚ました。足は軽く、何かを知っているように、自らの進むべき方向に進んでいた。曲がり角を越えたところに、本はあって月の光を浴びて輝いていた。
「あるじゃないか」
 見つけたことがうれしくて、もう手を伸ばす必要もなかった。

(お世話になりました)
 僕は最初のタイトルを消し去った。そして、新しい名前をつけて、窓に向けて送信ボタンを押した。
 その時、12月の列車をトンネルが呑み込んだ。


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さよならごっこ

2011-12-28 00:00:52 | 12月の列車
 車から出る時も、道を渡る時も、階段を上り下りする時も、テーブルを見学する時も、土を運ぶ時も、ずっとずっと、飛び出さないように、迷子にならないように気をつけていたのに、玄関へ向かい駆けて行く途中、ドアのほんの手前のところでユウは転んでしまった。階段の端にぶつかり額からコツンと音がした。
「どうしよう、どうしよう」
 赤い血を見てユウは泣き出し、お医者さんの名前を聞いて更に激しく泣き出してしまう。
「どうしよう、どうしよう」
 バアバが帰る時間も近づいていた。
「ここに置いておくからね」
 バタバタして渡せなくなってしまうから、とバアバは玄関先にプレゼントを置いておくことにした。プレゼントよ。
「いやだー!」
 泣き叫びながら、ユウはリボンのついた赤い箱の方に歩きかけた。その瞬間だけ、涙は止まったように見えた。



 12月の列車はトンネルに入り、トンネルを抜けた。天井から零れ落ちるかなしみは、テープによって何とか食い止めることができた。トンもネルを抜けると、しばらくしてまたトンネルに入った。トンネルが多いのは、ずっと山の中を突き抜けて進んでいるためで、一山去ってはまた一山あり、また一山あっては一山去りというくどくどとした調子で山が続いているためだった。そうこうしている内に、12月の列車はトンネルに入った。一斉に窓の外に景色が外側の世界から内側の世界に切り替わり、僕の隣の窓に僕の姿が跳ね返った。何か言いたそうな顔をしている。その言葉を推測している途中で、列車は突然トンネルを抜けて、また外側の世界が戻ってきた。言葉は千切られて、過去の闇の中に持ち去れてしまった。いつもそうだった。12月の列車は、旅の間中、ずっと推測と喪失を繰り返して進んでいるのだった。もうすぐ、トンネルに入る。とっくに気がついていた。外側の世界に向かって、何度もさよならを言った。さよなら、さよなら、さよなら、さよなら、さよなら、さよなら、さよなら、さよなら……。
 ドアが開き、車掌さんが入ってくると、入り口のところで立ち止まり、指をさして空席の数を確かめた。確かめるまでもなく、席は空席ばかりで、空席の横に空席が空席の上に空席が空席の隣に空席が空席の中に空席が、かなしみに触れたせいで、空席はますます空っぽにあふれとめどなく空っぽに広がってゆくばかりだった。
「ここあと30チーム座れる!」
 手元の資料と照らし合わせながら言った。ありもしないゴミを拾い、伸び切った椅子の角度を直したりして、車掌さんは車内の秩序維持に努めていた。そうこうしている内に12月の列車はトンネルに入った。



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パラパラ

2011-12-27 21:08:00 | 12月の列車
「そういう話をきいて誰が喜ぶと思っているの?」
 朝からタコは怒っているようだった。
「嫌な思いをしたことだってある。でも、だからこそ、胸を張っていてもらいたかった。そういう風でいてもらいたかった」
 まだ空っぽのテーブルの前で、僕はパンやコーヒーが出てくるのを待っていた。朝にしては、少し濃い目のドラマを見ているような気がしたが、特に口を挟むことはなく、ただそれは昔懐かしい、あるいは遠い世界での出来事のように感じられた。今日は、晴れるだろうか。
「いったい誰が喜ぶと思うの?」
「まあ、私は何も思わずに言っているのよ」
 バアバが自分と言葉は別の場所にあるというように言った。



 テープを買うために、停車駅でホームに降りた。途中、うどん屋に立ち寄って、肉うどんを頼むと列車に添うだけの早さでそれは出てきて、七味唐辛子を振りかけると天井から吹き付ける風に乗って猫の方に流れていった。「こんなところにいたのかい?」天ぷらをつつきながら、猫は目を瞬かせて首を振ったり、何度もくしゃりとした。何でもあるキヨスクで目的のテープを買っている途中で、12月の列車は動き出してしまったので、慌てて追いかけた。
 短距離走に選ばれた時、僕は足首に装着する金属の意味がわからなかった。そんなものは何となくは知っている程で、自分が触れることなど一生ないと思い込んでいたのだった。けれども、人生はどこでどうなるかわかったものではない。黒板の上の票が伸びるにつれて、自分が気がついていない才能が目覚めつつあることがわかった。狭い世界の中でなら、僕は随分と俊敏だし、一等賞になれる可能性だってあるのだった。触れると、がちゃがちゃと音がする、この金属は、いったいどういう意味があるというのか……。やれば、わかるのだ。みんなやっているのだから。短距離走者ならば誰だって自然とできることだから。そして、今、僕だってそちら側の選ばれた人間ではないか。できるのだ、僕には。僕はみんなの代表だ。たった一人の。スタートはみんなと同じだったし、その後、3秒か5秒くらい優勝を夢見た。僕は僕一人になったコースの真ん中で転んで、立ち直り、遥か昔に決着のついたレースの後、意味のわからない拍手の中に迎えられた。どうして、その中に入っていったのだろう……。引き返せばよかった。
 ゆっくりと走る12月の列車の背中に、僕は追いつき、飛び乗ることができた。車掌室に、猫を届けなければならない。

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買物ゲーム

2011-12-27 20:33:53 | 12月の列車
「次は何がいります?」
 イチゴ、カレー、ケーキ、手渡される商品を次々と手にとってスキャンが繰り返された。
「林檎が半分ですね」
 果物だって直接スキャンできるのだ。
「ありがとうございました」
 チーンとレジが鳴って、1つの買い物が終わると、すぐに次の新しい買い物が始まる。同じように繰り返されるが、同じように見えて同じ買い物は2度とはない。気持ちを切り替えて新しい商品を探さなければならない。
「カエルですね」
 ピッ。動物だって直接スキャンできるのだ。
「クマですね」
 ピッ。プーちゃんだって売れてしまうのだ。
「ありがとうございました」
 1,000円払うと、1,300円返ってくる。ユウのお店はとても良心的な店だった。



 天井からかなしみが漏れてくるので、隙間にテープを貼って防いだ。1つ隙間を防ぐと次の隙間を見つけて防いだ。最初はテープが長すぎたり足りなかったりしたが、徐々に慣れてきて隙間の大きさと合うようになってきた。トンネルの中に入っている間も、作業は休まず続けた。零れてくるかなしみの速度に競る意味もあったが、作業に夢中になることで自分の中から発散される熱量によってかなしみを溶かすことができるからだった。すべての隙間にテープを貼り終えると、また新しい隙間が現れて、かなしみを零し落とした。そして、すぐにそれは今までにあったすべての隙間の倍以上に思えるほどに広がった。その1つから、猫が落ちてきた。

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世界遺産マリオ

2011-12-15 20:32:06 | 12月の列車
「パチュピチ……、ピチュピュチュ……、そうマチュピチュ!」
 バアバがついに世界遺産を発見した。雪だるまを作るほど雪は降らなかった。降っても降っても積もらない雪だった。窓の外、鉢の中に花が咲いている。僕はサンシャイン牧場を思い出す。新しい服を着たユウは壁の前に立っている。カメラを向けられた時、彼女はなぜか精一杯の背伸びをしていた。
 1時間のドライブに出かけたのはイルミネーションを見るためだったが、地下駐車場から抜け出した地上には、恐ろしい冬将軍が待ち受けていて、シャッターを切ることもままならなかった。道行く人は、誰も用心を重ね合わせた格好をしていたけれど、それでも皆震えながら歩き、その寒さを声に出さねばいられないほどだった。
「あなた一番寒そうね」
 タコが言う通りかもしれない。僕は小さな冬を10分歩くほどの服しか用意してなくて、勿論0度周辺の将軍には対応していないのだった。ネックウォーマーを上げて、耳を隠した。信号のない道を僕らはラインを揃え、みんなで手を上げて横切った。ほんのひとときの間、光の中を潜り抜けて、再び地下駐車場に戻った。温かい食べ物が欲しくなった。



 トンネルを抜けて戻ってくると12月の列車の中には誰も乗っていなかった。
 天棚には何もなく、次の瞬間、マリオはそこを自由に駆けてゆくだろう。陽気な音を響かせながら、何の障害もなく、自由に、無敵で。時折、どこかから咳の音や、紙を舐める音が聞こえた。誰も乗ってはいないけど、誰かはいるのだ。ここは就寝前の病室の中なのかもしれなかった。静けさの中から漏れ聞こえる小さな音が、ちくちくと僕を刺して傷つけるのだった。

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一期一会

2011-12-14 22:17:13 | 12月の列車
 首飾りを作るための紙を集めては高く掲げて、それを突然宙に撒いた。部屋のあちこちに飛んで床に散乱する。そういう遊びだ。集めて投げて集めて投げてユウはそれを繰り返した。飛ぶ瞬間満面の笑み、それがこの遊びのクライマックスなのだろう。それはいつかのお手玉に似ていた。あの時は、お手玉が弾け中から小さな粒が飛び出した。ユウはそれをぶどうと呼び、部屋中をぶどうで散らかした。ついにタコに怒られて、今度はゴミ箱に向かって僕らはぶどうを投げたのだった。
 クラッカーを鳴らす。
 ユウの魔法によって筒は後にマイクとなり、紙テープはデザートになった。
 パパが開けたシャンメリーの音でユウは泣き出してしまう。どこにも当たっていなかったけれど、顔に当たったと訴えた。



 ふと気がつくと、せせらぎが聞こえた。
 12月の列車の隣には、黄色い列車が止まっていて、その上には青空、そして一直線に飛行機雲が走っていた。列車は動き出す。

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ゴーヤ

2011-12-14 21:36:12 | 12月の列車
「ヤーコンじゃない。ゴーヤだった」
 バアバが先の計画を修正した。



 トンネルを抜けると、列車はまたトンネルに入った。

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ヤーコン

2011-12-13 23:52:10 | 12月の列車
「ヤーコンを植えよう」
 バアバが次の計画を立てた。



 12月の列車はトンネルの中に入った。

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500マイル

2011-12-12 19:58:17 | 12月の列車
 歯を磨く。包帯を巻く。本を読む。眠る。目覚める。
 新しい家の壁は真っ白で、天井の電気の中には虫1つ住んでいなかった。緩やかな階段を下りると、タコはまだキッチンで片づけをしていた。
「ボリュームをちょっと上げて」
 僕は2つほど上げてもう1つ上げた。途中で楽器が加わって 曲が大きく盛り上がった。
 リモコンは袋に入れたままだった。タコがパンをあたためてくれた。僕はキッチンでペンを見つけ、広告の裏に白を見つけた。
「カナさんのところから500メートルのところ」
 チェックのパジャマのバアバが横でしゃべり始めた。
「遺跡から16世紀の盤が見つかったの」
 ボリュームを1つ下げる。
 小田さんの話とバアバの話を同時に聞いた。
「初めて松たか子をみた、最近」
 話は自由にどこへでも飛んだ。タコがしょうが湯を作ってくれた。



 トンネルが12月を呑み込んで月日を真っ黒に染めてしまった。けれども、時が経つにつれて列車が進んでいるのは柔らかい雲の中でもあることがわかった。僕は巾着袋に入れたから揚げを背中に背負って、光ある方向へ向けて歩いていた。「あたたかい」歩くたびに、から揚げが背を打ってあたたかかった。灰色の雲を切り裂くようにして自転車が入ってくる。「一番向こう側に行きたいの」父親は後ろに娘を乗せて、顔を見ることなく、答えた。「どこかでみんなあきらめないとな」
「どうしてさ」
 代わりに僕が答えようとすると、自転車は8月のホームを逆走していた。あの親子に何があろうと、あきらめること、あきらめないこと、選択の対象が何であっても、それはまた別のお話、僕には縁のない物語だった。戻らなければ……。闇雲に答えを追いかけると夏の中に捕らえられて戻れなくなってしまうかもしれない。11月のホームを通過する列車を追って、僕は雲をつなぎ合わせた。

「切符を拝見いたします」
 トンネルを抜けると帽子の中で車掌の声がした。僕はまだあたたかいから揚げを1つ差し出した。

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グレイトホール

2011-12-12 01:49:07 | 12月の列車
「すごい建物ができた」
 とバアバは言った。
「1500人入る」
「文化ホール?」
「カルタ大会なら200畳も敷き詰める」
 バアバは質問には、答えずに次々と情報を小出しにしてくる。それらを組み合わせて、建物の輪郭を作るのは想像力。



「時間がないぞ」
 狭い通路の中をねずみたちが一列になって走りすぎていく。その後を猫が自信に満ちた足取りでついていく。
「ないところにこそ時間はあるぞ」
 猫は、急激に加速してはねずみの列を確認するために立ち止まる。
「切符を拝見いたします」
 各座席を回っているのは、イノシシの係の者だった。眠っている乗客にも、容赦ない突進を浴びせて職務を遂行している。
 ボールに乗った虎がゆっくりと入ってくるが、反対側から行進してくるのは象の一団だった。
「お先にどうぞ」
 象は片側に身を寄せて紳士的な態度で足踏みをしている。それでも虎はすれ違うことができず、ボールに乗ったままやはり足踏みをしていた。席を外した指揮者がオーケストラを停滞させているようだった。
「年が明けてしまうぞ!」
 12月の扉を突き破るような勢いで、象の背中を蹴って兎がなだれ込んできた。その時、天上から猫が落ちてきて、兎と鉢合わせになった。
「おまえは関係ない!」
 猫は、突き放された「!」を見つめたまま、固まっていた。

「切符を拝見いたします」
 ついに、イノシシが僕のところにもやってきた。けれども、その時、12月の列車はトンネルの中に突入したのだった。

 
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イチゴ遊戯

2011-12-08 22:29:41 | 12月の列車
 側面に向かって金銀青を投げつける。空中ブランコの始まり、うまくキャッチできなかったものは床に落ちてどこかに転がってゆく。
(気にするな。今は母体の方が大事)
 青は一番小さくて硬い。誰かがそれを発見して、ユウが青の密集地帯を作った。
 適当な場所にイチゴを散りばめた。後からまた大量のイチゴ群が到着する。
「使い切ってください」
 とタコが指示すると、下地は隙間なく赤で埋め尽くされた。



「切符を拝見いたします」

 遠くで誰かの声がするが、僕はカウンターの前で何かを待っていたのだ。やがて、上空からプロペラの回転する音がして風が植木鉢や、メニューや、調味料を蹴散らした。新聞がパタパタとページをめくり、女はお気に入りの帽子を手で押さえていた。吊り下げられたロープから、アイスコーヒーが下りてくる。
「高いところから失礼します」
 高いけれど、澄んだ声はよく通る。一口飲むと更に深く眠りに落ち込んでいくようだった。眠り込んで12月が終わってしまうとしたら、とても残念なことだ。
「ありがとうございます」
 邪念のない女の声がする。まだ僕はこの世の中にいた。


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大掃除

2011-12-08 01:31:02 | 12月の列車
 ベッドの上の紙のシーツを振り落として、大掃除が始まる。布団や枕を雑巾のように使って、ピカピカになるまで磨いた。終わるとひっくり返して、ベッドの底を磨いた。彼女にとって仕事は遊びで、遊びも仕事だった。一通り掃除が終わるとまた最初に戻って掃除が始まった。今終えたはずの仕事がまた最初の段取りに戻ってやり直しになるのは奇妙な気がしたが、遊びには終わりというものがないのだった。同じ手順に新しい気持ちで寄り添い繰り返すことが、僕の仕事だった。ベッドの上のキティやプーさんは、そこを留守にすることが多かった。そして、時々行方不明になったが、しばらくするとどこからともなく戻ってきた。



「ゴミはありませんか?」

 ゴミはなかったが、女はゴミが作り出されるまで待っているようだった。

「列車とホームの間が夏休みのように空いております。隙間清掃のためしばらくの間、お待ちくださいませ」

 その間を利用して僕はコンビニに出かけることにした。間が空きすぎた時は、バイトの人は必ず現れなかった。「明日からでも来てくれ」という勢いでなければ、なかなか人は来てくれないという。間が空くことはなんと恐ろしいのだろう。空白や沈黙を保つことはとても勇気のいることだから、そこを言葉やパンで埋めなければならず、時にはそれは趣味や仕事や快楽であったりするのだろう。

「このままで」

 店員は間違えて、おにぎりを車に入れて送り出してくれた。ガソリンスタンドに入ると奥から勢いよく3人の男が飛び出してきて、素早い動作で整備を終えた。「灰皿を交換いたします」誰が吸ったのかわからない、無数の吸殻が出てきた。根元近くまで吸われたものもあれば、火を着けた瞬間に息絶えたようなものも交ざっていた。助手席から乗り込んできた男が後部座席に潜り込んで後ろの窓を拭いている。「早くしてください。電車が出てしまう」手厚い接客に、恐れを抱いた。他に尽くすべき車もなく、3人の男は揃って見送りについてくる。
「右ですか? 左ですか?」

「ホームまで」

「ゴミはありませんか?」
 おにぎりを食べてできたゴミを手渡すと女は黙って引き下がった。

「お待たせいたしました。間もなく12月の列車が出発いたします」


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硝子の旅

2011-12-07 03:19:37 | 12月の列車
 ワイングラスが割れてしまって、タコはバアバを責め続けていた。落としたのではない。ただ玄関先に軽く置いただけだったのだが、新聞紙で軽く包まれただけでレジ袋に入れられたそれは、ほんの小さな衝撃だけで割れてしまったのだった。そして、割れてしまった後の硝子の欠片の処理を巡っても、微妙に意見は食い違い、明かりがついたばかりの新しい家の中で延々と喧嘩のような言い合いが続いた。
 ユウはいつの間にか二段ベッドを手にして走っていた。うれしそうに店内を走り回ってタコに遭遇すると、再びレジへと走っていく。「ありがとう!」礼を言われた店員は、緑色のエプロンをして、完全な無表情を保ったままだった。
 プーの右腕だけが回らず、服を脱がせて着せてみた。キティを振ると音がして、服を脱がせて着せた。大きな首を外すと何かが入っているのかもしれなかったが、できなかった。

 渋滞に巻き込まれて、タコはもう一度バアバに電話するように言った。少し前にもうバアバはシェービングを終え、礼を言って店の外に出ていたのだ。車はのろのろと進んだ。車線もない狭い道では、車同士がすれ違うことができず、どちらか一方が一方のために停止して待ち続けていなければならなかった。停止した車の後についたタコの車は、その間少しも前に進まず、どうしてこちらばかりが待ち続けなければならないのかと言って、この道の不公平さを嘆き続けていた。
「まだ車が来ないみたい」
 電話の向こうでバアバは、店の人と話している。ありがとうを残したまま、さよならだけを取り消すのだ。

「昨日自殺があった。ビルの上から飛び降りた」
 身近なニュースをタコが話し始めていた。
「15歳だった。母と一緒だった」
 母、一緒……。単純な単語を、僕はすぐに整理して理解することができなかった。
「昨日クリスマスコンサートに行ったの」
「どういう脈絡があるの?」
 突然話題を変えたバアバにタコは驚いたように言った。
「それがいいかと思って」



「持ち主のわからない不審な荷物がありましたら、お知らせください。何を入れているのかわからない、誰が持ってきたのかわからない、そのような荷物がありましたら、お知らせください。車掌室は4月号です」

 プラットホームにはあふれるほどの人の姿があった。あれだけの人がいれば、結婚の機会さえも容易にあるだろう。結婚の準備をするため、僕は天棚から鞄を下ろした。けれども、人々は幾つもの扉に分散して、どこかへ消えてしまった。

「お待たせいたしました。間もなく12月の列車が動き始めます」
 それは恋ではなく、恋心に過ぎなかった。

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