ある人にとっては1杯のコーヒーが必要だ。
それは絶対に欠かせないもので、人生の支えそのもの。言ってみれば「主食」だ。同じものがある人には「不要不急」に当たる。言い換えるなら「取るに足りないもの」だ。言葉なんて簡単に入れ替わる。そのようにして俺はベンチからエースストライカーに成り上がった。
俺は利き足という概念を持たず、どこからでもシュートを打てた。おまけにヘディングの滞空時間は浮き世離れしていた。ありふれたマークでは手に負えず、日を追う毎に敵チームの対策はクレイジーなものになっていった。
後半30分、俺はピッチの中で雁字搦めにされた。手錠をかけられた上に体中を縄で縛られ、箱の中に閉じ込められたのだ。すべては審判の目を盗んで行われたため、カードは出なかった。味方選手も静観するしかなく、時間だけがすぎていった。存在さえも忘れられ、俺はピッチの上で完全に孤立していた。
このまま引き分けになると皆が思っていたのではないだろうか。
「点が入りました!」
(いったいどこから?)
アディショナルタイムの終わり、俺は角度のないところからゴールを決めた。そして、次の瞬間には俺の体はベンチの前にあり、監督と一緒に浮き上がっていた。
本当に必要な状態になった時、俺の覚醒を止められる者はいない。
「いったいどうなってるんだ?」
試合終了の笛が鳴った後でくやしがる敵の姿を、俺はピッチ脇から眺めていた。
「箱をあけてみろ!」
「こ、これは……。コーチ、猫です。猫がいます」
「まあかわいい!」