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眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

家族電話

2025-03-24 20:20:00 | 眠れない夜に
 睡魔へ接続される道を歩いている内に迷ってしまった。道は激しく渦巻きながら、知恵をたずねているようだった。鍵は街の風の中にありげだった。手を貸してくれたのは行くあてのない猫、猫が猫を呼んでまた猫を呼んだ。雪だるま式に厄介なことになって、20グラムだった知恵の輪は、1キロを超えた。彼らは助ける振りをしながら、適当な輪を足していったのだ。鍵のレスキューに頼ると特急料は2万にもなるという。その時、僕が惹かれていたのは、むしろ石焼き芋の節の方だった。猫のおせっかいを振り切ると、繰り返されるしゃがれ声の方に近づいていった。

「熱いよ」

 鍋づかみはあるかとおじいさんは言いながら、石の中に潜ったきり見えなくなった。運転席の電話が鳴る。どういうわけか僕の家族からだった。皆で一人暮らしの心配をしている様子だ。

「風呂はあるか」
 あると言うと父は大層感心したみたいだ。そして次の話し手へ渡る。

「心配事はないか」
 何もないと母にうそをついた。

「ケトルはある?」
 姉のどうでもいい問いには答える気もしない。

「危ない物は持ってないか?」
 容疑者を匿ってはいないかと立て続けに聞くのは警官のようだった。勿論、答える義務なんてない。

「煙草はあるか? 火はあるか? 金はあるか?」
 兄が根ほり葉ほりと聞いた。僕が黙り込むと兄はバトンを投げた。

「夢はあるか?」

「えっ?」

 僕は聞こえない振りをした。やっぱりばあちゃんが一番まともで手強い。

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バランスの崩れた夜

2025-02-21 23:12:00 | 眠れない夜に
 空腹のあまり眠れずに僕は家を飛び出した。開いているのはもはやうどん屋だけだったが、うどん職人が不在のために食べられるのはカレーだけだった。カレーは一瞬で食べた。食後のコーヒーのためにコンビニに立ち寄ったが、運悪くメンテナンス中だった。マシンの上にパンダが乗ってアイスクリームを食べている。自分の家がわからなくなったので外泊することにした。宿ではチェックイン待ちの列ができていた。もう真夜中だ。スタッフの多くは交通違反で捕まって厳しい人手不足だという。僕は勝手に採用が決まり、フロントでしばらく働くことになるという。眠れない夜がまだ続きそうだった。

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ネズミの商店街

2025-02-09 21:20:00 | 眠れない夜に
 うとうとしかけると決まってネズミが出た。尻尾をつかもとすると手をすりぬけてしまう。もう許せない。頼りの猫はいない。ネズミを追って夜の街に出た。信号を無視して急行するパトカーが追っているのは、どんな凶悪犯だろう。ネズミは足跡を残しながら夜を通過する。商店街。自転車屋さん、花屋さん、パン屋さん、寿司屋さん。それぞれ深夜営業には求められる価値があるから。ネズミは寄り道もせずに寿司屋さんに駆け込んだ。
「ネズミを追って来ました」
「こんな顔ですかい?」
 振り返った男は、ネズミそのものだった。
「そいつはこんな顔でしたかい?」
 どいつもこいつもこういうことか。常連客を取り仕切っているのは、もはやネズミそのものなのだ。まな板の上に輝くあれは? 何でもいい。それより包丁を持つあれの方が問題だろう。
「お客さん、枕はいるかい?」
 ああ、ここはもうやばそうだ。


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出汁の匂い

2025-01-20 19:22:00 | 眠れない夜に
 眠れない夜、出汁の匂いに誘われて家を出た。こんなところに蕎麦屋ができたのか。こんな店の扉が開いている。準備中。おばあさんは、一生懸命蕎麦を打っていた。心得はなかったが、芯は熱く燃えるところがあった。僕は厨房に押し掛けて手伝いを申し出た。

「今終わる」

 おばあさんは、気遣い無用と断った。終わるのはうそだ。作業はきっと始まったばかりだし、人手は足りていない。(自分の世界に入れたくなかった)というのが、本音ではないか。頑固者だな……。
 おばあさんは、ずっと蕎麦を打っている。だから、今日も眠れそうになかった。
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親切な大人

2023-10-31 21:38:00 | 眠れない夜に
 眠れない夜は子供にかえる。先生は一人だけだった。初めて名前を呼んでくれた。初めて丸をつけ、ほめてくれた。山の描き方、海のみつめ方、お茶の飲み方、雪の投げ方。先生から学べることは全部学び取った。先生は急に遠くに行くという。送別会には出なかった。みんなの先生だと証明されることに、耐えきれなかったのだ。「困ったら開きなさい」先生は別れの手紙をくれた。もう誰も先生じゃない。
 街にサーカス団がやってくる。僕はまだ子供だった。待ち切れずにすべての責任を手放したいと思った。先生の手紙には、よいことは寝て待てとだけ書いてあった。僕は先生のことを信頼した。送別会のことを、少し後悔していた。夢の終わり、街は祭りのあとだった。感動と興奮の余韻、サーカス団への感謝の言葉であふれていた。また会える日まで。絶対、また来てね! またねじゃない。酷い仕打ちは、この世に信頼できる者の不在を強く印象づけた。大人になるにつれて先に楽しいことなど何もなく、もう眠れないことがわかってきた。


テレビを消して
自分を立ち上げろ

それが映し出すもの
スキャンダル
反撃しないもの
弱ったもの
興味本位のもの

動画を消して
自分で動き出せ

それが映さないもの
強すぎるもの
不都合なもの
本当に救いが必要なもの

偉そうなのが横並ぶ
それは正義を代弁しない

お約束の小芝居に
薄っぺらい長話

延々繰り返して広告をまたぐ

断ち切れない
忖度が
真実に蓋をする

テレビを捨てて
自分で考えろ

みればみるほど
それは空っぽだ


 落書きだらけのシャッターを背に歌う路上詩人の前を通り過ぎた。スーパーは深夜まで開いている。広い通路の真ん中に積まれたお菓子の1つを手に取ってカートに入れた。先に進もうとすると男が手を取って止めた。1つ買うのは大損だと言う。大人なら2つ買わねば小腹も満たされないと言う。男の説明によると店内にあるすべての商品は、値上げしながら同時に中身が萎んでいるということだ。

「値段は倍、中身は昔の半分ですから」

「奇妙な話ですね」

 小腹が空いても大丈夫なようにお菓子を多めに詰め込んだ。必要なものをカートに入れてレジに向かう。有人レジだ。

「こちらはおひとりさま1日1回1本限りとなっております」

「は? 今日初めてですけど」

「ですがAI診断によると……」

 警備員が駆けつけて、カートは回収されてしまった。

「こちらへ」

 店長室にかけていたのは、先ほど色々教えてくれた男だった。

「店長さんでしたか」

「申し訳ないのですが、ビデオの方を……」

 映っているのは、確かに自分そっくりの男だった。午前中に来店しているらしい。

「利き腕が違う! 髪型も逆じゃないか!」

 重大な差異を指摘すると店長は非を認めた。

「これは大変失礼いたしました」

「いえいえ。間違えるのも無理はありません」

「アップデートによって改善いたします。お詫びと言っては何ですが……」

「ありがとうございます!」

 少しの足止めと引き替えに、ヤクルト80006本セットを手に入れることができた。スーパーから離れるほど街灯も減り闇が濃くなっていく。錆びついたシャッターを震わせながら、路上詩人が歌っている。針金のような猫がその傍で足を止めた。


俺の名前を知ってるか
俺の名前は名無しのジョニー

俺のすみかを知ってるか
俺のすみかは田舎のどこか

俺の涙を知ってるか
俺の涙は夕暮れの色

看板にある字が読めずに
頼めなかった飯があるかい
それは何ですか
何て読みますか
それを言うのはダサいと思った

君にも似たことがあるかい
教えてよ 君のアンサーソング

俺のかなしみを知ってるかい
俺のかなしみは俺のかなしみ

俺の歩きを知ってるかい
俺の歩きを道が知ってる

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