眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

反逆のポリバレント

2022-11-27 21:11:00 | ナノノベル
 ピッチの中に入った俺たちが最初にやることは、俺が中心となって1つの輪を作ることだった。腕を肩に腕を肩に腕を肩に……。密に顔をつきあわせて、俺はみんなに伝えるべきことを短くまとまった言葉で伝える。昨日監督が言ったことは、もう忘れられている可能性がある。あるいは、色々ありすぎて最も大事なことがぼけてしまっていることもあるだろう。何を置いてもなくてはならないこと、事の本質を拾い上げて、俺は至ってシンプルな言葉として言っておかなければならない。それがキャプテンとして、絶対に欠くことのできないはじまりのルーティンだと言えた。今日の俺たちにできること。戦術を正確に守ること、個性を存分に発揮すること、プロフェッショナルとしての姿勢を忘れないこと、何よりも観客を楽しませること。どれも1つとして疎かにすることは許されない。

 それぞれの肩に回した腕から伝わる振動は、高まる興奮と熱い情熱を示している。ここにできた小さな円陣は、これから始まるダイナミックな運動の象徴なのかもしれない。俺は短い言葉によって戦術の理解と同時にプレーの冷静さを求めた上で、最後に気合いを注入する。気持ちで負けないことは、理屈を越えて試合を左右することにもなるからだ。
 輪の中に満ちた気が最高潮に達したら、ついにそれを解き放つべき時がきたということだ。風が吹いたら、桜は散るものだ。円陣を離れて、それぞれのポジションへと散って行く。たった1つのボールを追いかけて、今、終わりなき旅が始まろうとしている。

「行くぜー!」

♪♪♪


 フォワードは足下にボールを置いたまま、ゆっくりとこちらに向いて歩いてきた。何だ? 早くも相談事か。そんなことではボールが敵に渡ってしまうぞ。いったいどういうつもりなんだ?

「キャプテン、さよなら!」
「ん? さよならだって?」
 大事な試合を置いてどこに行くというのだ。

「今からベルギーに行ってきます」
「今じゃなきゃ駄目なのか?」
「そうです」

 フォワードは引き下がらなかった。もう心は決まっているのだろう。
「そうか。じゃあな。ステップアップにはいいところだぞ」
 退場でもなく1人が欠ける。長い人生にはそんな試合もある。

「僕も!」
「まさか君もか?」
「キャプテン、さよなら!」
「どこへ行く?」
「ラーメン屋になります!」
「急になろうとしてなれるものじゃないんだぞ」
「ずっと温めていた夢でした」
 そうか……。陰で何かこそこそしているとは思っていたが、そういうことだったとは。

「豚骨か?」
「いえ、そこはまだ」
 慎重な男だ。
「今度食べに行くよ」
「ぜひ!」

 攻撃陣が薄くなったが、逆に言えばスペースができたということだ。数に頼らないフットボールもあるのだろう。新しい陣とは、こうして生まれるのかもしれない。

「じゃあ俺もこの辺で」
「何? ポジションに不満があるなら俺から監督に……」
「俺、プログラマーになります!」
「そうか、視野が広いんだな」
「頑張ってください!」
「ああ、お前もな!」

 単なる司令塔と思っていたが、野心を内に秘めていたようだ。人は見かけによらぬものだな。それにしてもおかしなことが続くものだ。まだ前半戦も始まろうとしているところだというのに。

「キャプテン、お世話になりました!」
「どうした? まさか君も……」
「今から田舎に帰って酒屋を継ぎます」
 いつの間にかボランチはリュックを背負って立っていた。

「急ぐんだな」
「はい。今夜の列車で」
「そうか。切符は買ったか?」
「えっ? 切符ですか」
 今はもう切符なしでも乗れるのだとか。
 進化していくのは戦術ばかりではないのだな。
「じゃあ気をつけてな」
「さようなら」

 突然、俺は求心力を失ったことに気がついた。近づいてくるのはさよならばかりだった。

「先輩、ちょっといいですか?」
「ん? どうした?」
「僕、今からパティシエになろうと思います!」
「そうか。じゃあ行ってこい!」

「えっ? 今っすか?」
「好きなんだろ?」
「好きです」
「じゃあ今すぐに行ってこい!」
「はい!」

 俺はシャイなリベロの背中を押した。愛は熱い内に。人生には1つの試合よりも大事なことがあるのだ。キャプテンとして、みんなには幸せになってほしいと思う。

「おい! どこに行く? 試合中だぞ!」
 いくら何でも黙って行く奴があるか。俺は久しぶりに憤った。
「マラソンに出ます!」
 おかしなビブスをしていると思ったが、そういうことか。奴にとってアップはこの試合のためのものじゃなかった。ささやかな裏切りに俺はため息をついた。
「ああ、じゃあな。お前のスタミナなら大丈夫だ」

「キャプテン、そろそろ俺らも行きますね」
 行くことはもう決まっているようだ。
「宇宙飛行士になります」
「そうか。ここは狭すぎたか」
「どうもお世話になりました!」
「気をつけてな」
 続いてもう1人のセンターバックが口を開いた。

「僕は漫才師になります」
 相方は他のチームにいて今から合流するらしい。
「そうか。腹の底から笑わせてやれよ」
「じゃあ頑張ってください!」

 適材適所。人にはそれぞれいるべき場所というものがある。それを決めるのは当然、自分自身だ。

「どうも」

「ああ、君はどこへ?」

 もう、さよならにもすっかり慣れてきた。きっと俺の方が大きな思い違いをしていたのだろう。戦いのはじまり、あの円陣は送別会だったのではないか。そうでなければ、こんなにも続けて見送るものがあるはずがない。

「僕は作家になります」
「そうか。いつもメモを取っていたものな」
「ふふ」
 戦術か何かをまとめているものと思っていたが、そういうことだったか。

「今か?」
 念のために俺は聞いた。

「今から書き出したいんです!」

「君なら大丈夫だよ」

 作家は既に姿を消していた。よほど待ち切れなかったのだろう。俺は自らゴールマウスに歩いて行った。

「いてもいいんだぞ」
「やっぱり俺も……」
 誰がゴールを守る? 流石にそんな台詞は吐けなかった。

「因みにどちらへ?」
「ココイチに行ってきます」
「そうか。カレーはいつでも旨いもんな」
「キャプテン、さよなら!」

 ダゾーンのカメラがありのままのさよならを映していた。
 今夜、ここでパスもシュートも見られない。
 予定されているのは、ミスチルのライブだ。

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大変だったね

2022-11-27 06:26:00 | 【創作note】
病んでいる時ほど
夢を見る

夢を持ち帰れた時には
眠りも無駄ではなかったと
飛び跳ねたくなる

(覚えてなければ見なかったも同然だ)

夢の中では僕が主人公だ
日記の中の僕とも
小説の中の僕とも違う
半オリジナルな僕は
追われたり
消されかけたり
浮いていたりもするけれど
主人公であることだけは不変で
理不尽なことをしていても
ところどころは気持ちがわかる

大変だったね
(よく帰ってきたね)

夢から戻ったばかりの僕を
労わずにはいられない

そして 僕も 
始めないとね
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コーヒーに詩を

2022-11-27 02:14:00 | 短歌/折句/あいうえお作文
芸人の誰かに似てるマスターは売り出し中の感じいい人

マドラーがくるくるとなる夕暮れは終わりなき創作の始まり

一口の深い余韻に感謝して一編の詩をここに捧げる

コーヒーに湯気立ち上がるケルベロス、グリフォン次はユニコーンかな

ポスターが窓を覆った隙間からのぞいた街のジグソーパズル

コーヒーと僕の間に割り込んだポメラは世界観を求める

初めだけ温かいのが世の常と姿を消した湯気が伝える
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催眠将棋 ~負けました

2022-11-21 03:57:00 | 将棋の時間
 ものわかりの悪い人にはかなわない。普通の人なら潔く負けを認めるはず。10手も前に「負けました」と言いながら頭を下げているだろう。なのに、あなたは平然と前を向いている。負けず嫌いというだけならまだいいが、まさか私の間違いを期待してのことではあるまいな。だとすれば余計に腹立たしい。形勢は素人目にも大差。玉形、戦力、数字にするまでもない。あなたは手番を生かしてまだ何か言ってくる。どうあがいたとしても、無から有が生まれることはない。

「何? この歩は? 取ったらどうする?」

 こちらから厳しく主張すれば敵玉を追いつめることは可能だ。微かなリスクはあるとは言え、それはいつでもできることだった。だが、そこまでしなくても、あきらめてもらうのが一番手っ取り早い。何しろ有効な手段は1つもないのだから。あなたはあれやこれやと私の飛車にちょっかいを出してくる。

「何? この歩ただだけどな。まあ逃げておくか」

 どうやってもいいというのは、それなりに困る。険しい一本道の方が迷いがなくていい。あなたはなんだかんだと一貫性のない話を続けてくる。まあ、悪くなった方に最善手など存在しないから、仕方がないとも言えるのだが。

「何? と金作りたいの? まあそれくらい許してあげるよ」

 よっぽど好きなんだな。こんなになってもまだ言いたいことがあるなんて。寂しい人の相手をしている内に、奇妙に居心地がよく、また名残惜しくもなってきたようだ。(本当はあなたは悪い人ではないのかも)

「何どうした? さばきたいの?
 仕方ないな。通してあげるよ」

 ついに世に出るはずのないあなたの角が躍り出る。
 穏やかに話を聞いている内に、だんだん筋が通ってきた。聞き癖がついてしまった私は、催眠術にでもかかってしまったように言いなりになっていたのかもしれない。あれよあれよという間に、あなたの駒は息を吹き返した。今や全軍躍動だ。
 はっと我に返った時、手が尽きたのは私の方だった。

「負けました」

 そして私は空っぽになった。

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ミナミのゴースト・キング

2022-11-21 02:38:00 | デリバリー・ストーリー
「選ばずによくなりました!」善行を装う君の改悪に泣く

同じだけマーラータンを運んでも自転車だから300

たこ焼きは歌の店でも焼いている ミナミは言わばゴーストの街

「ココイチよ鳴ってくれんか」人波を縫うだけサウスロードを過ぎる

船場へと渡ったとこで引き返すタッカンマリはすぐ曲がり角

タクシーが果てなく続く堺筋第2が君の第1レーン

「島之内碁盤街には気をつけて。左右も見ずにチャリが飛び出す」

オタロード越えて道具屋筋を行く松屋の先が吉兵衛さんだ

あと5分かけて待ちーとお母さん去年の暮れは水をくれたね

「他店から同時に取って運べます!」「いや冷めてまう。誰得やねん!」

AIがダイスを振って振り分ける 同一労働適当賃金

タコキンの向こうにチキン ピンよりも信頼できる人間の声

吉野家が23時に呼んでいる サンキューここは眠らない街

春雨がよく売れているゴーストは輝くピンク階段の上

「ラーメンか、焼肉、寿司もいいですね」人は自ら選びたいんだ

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スパイシー・カルテット

2022-11-19 01:57:00 | ナノノベル
「いっぱいか……」

 テーブル・バジルがたずねてきた時、誰かが席を譲るのだという雰囲気になっていた。

「ここは当然私が」

 最初に立ち上がろうとしたのは、塩コショーその人だった。そこに待ったをかけたのは、意外にも塩と胡椒の二人だった。

「いいえ。混じり気のない私たちが行かせていただきましょう」

 塩コショーは驚きを隠せなかった。一旦は引き留めはしたものの、二人の堅い決意に押し切られて腰を落ち着かせた。

「どうも」

 二人に感謝の気持ちを示し、テーブル・バジルは空いた席の1つにかけた。

「あいつら算数できないんじゃない?」

 成り行きを見守っていた七味唐辛子が、ようやく口を開いた。何か二人に不満がありげだった。一瞬、塩コショーは七味唐辛子の方に鋭い視線を送った。テーブル・バジルは空いた席の方をまっすぐ見つめている。
 しばらく遅れてブラック・ペッパーがかけてきた。

「ちょうどよかった」

 そう言って余っていた席に着いた。塩コショーは、もう一度七味唐辛子の方に今度はもっと鋭い視線を投げた。たまらず七味唐辛子がせき込んだ拍子に席から転げ落ちそうになった。

「はじめてですね」

 テーブル・バジルがブラック・ペッパーに話しかけた。

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カテゴリの神さま

2022-11-17 02:33:00 | 夢の語り手
 後悔の渦の先に新しいチャンスがやってきた。飛び込む以外の選択はない。
「さあ!」
 優しい顔をしたおじさんは大きく両手を広げていた。その場所こそが僕が目指すべき着地点だ。優しい顔をした存在こそが邪魔者だなんて。
「チケットは持ったか?」
 自分に問題はないという顔をしていた。同じ座標に共存することはできない。世界の掟に背いて僕は飛ぶ。誰かを傷つけたとしても逃せないチャンスがあるからだ。
 階段から踏み切った瞬間、おじさんは消えて僕は温泉に浸かっていた。
「ああ芯からあったまりますね」
「ふん、ロボットの奴が何言ってる」
 中には心ない人間も浸かっているようだ。湯船のすぐ外では、かき氷を食べている人や卓球を楽しんでいる人たちがいるようだ。賑やかな音楽はジャズの生演奏だった。
「何になさいます?」
 近づいてきたウェイターがきいた。
「これがあるので」
 僕は既に手にコーヒーを持っていてマドラーでかき混ぜている途中だった。
「そうじゃなくて、何色の戦士になりますか?」
「いいえ、僕は結構です」
「1つは決めていただかないと」
「大丈夫です」
「戦隊には入らない?」
「ああ、はい」
「そんな自由があるとでも?」
 ウェイターは不機嫌な様子でトレイを湯船に浮かべて行った。全く酷い接客だ。僕はトレイの上からシロップを取ってグラスに入れた。
「あなたそれ角では?」
 気づくと隣にロボット風の丸顔が見えた。
「何が?」
「そのマドラー、鬼の角ですよ!」

 湯船の底は巨大なスクリーンになっていた。ドラマは佳境で中断され芸人が詫びたところで通販番組に変わる。
「みんな一緒に吸い取っちゃいます!」
 ゴミも埃も過去も過ちも。苦しみの中に含まれる微細な喜びも含めて。顔を近づけると荒々しいプレゼンに吸い込まれてしまいそうだ。

 ああ、またわからなくなる。昨日笑えたことが今日は全くつまらなく思える。昨日ときめいた心が今日は少しも揺れてくれない。昨日が変だったのか。それとも……。うつろいから逃れられたことはなく、気づいた時には何を信じてよいのかわからなくなるのだ。

 公園にはたくさんの猫がいた。
 ついてきたら一緒に暮らしてもいい。猫はみんな自分のことで忙しい。ようやくついてきたと思ったら虎だった。虎は敵意をむきだしにして追いかけてきた。僕は軽快なフットワークで虎の攻撃をかわす。どれだけ鋭い牙を持っていても、1ミリだって僕に触れることはできない。レベルが違うことはわかっていた。動いているだけで虎の方が一方的に疲れていく。かなわないと悟ると虎は弱々しく引き上げていった。猫たちはみんないなくなり、虎はライオンにバトンをタッチした。その時、僕は自分が馬になっていることに気がついた。無敵のフットワークと気が大きくなりすぎたためか、本気を出されたライオンに一蹴されると少し目が覚める思いがした。

 屋根の上には蚊取り線香が2つ兄弟のように並んでいた。雨でも降らなければ危険だと僕はそれに唾を吐きかけた。夜というのに空はいつまでも青い。あの雲は雨雲ではない。巨大な絵画を包み隠して異国へと運んでいく。そのような雲に違いなかった。
「冷たい」
 自分が裸足であることにはっとした。あの階だ。上りエスカレーターが見つからない。戻らなければならないのに、どんどん下っていくばかりだった。
「エスカレーターはどこですか?」
 宝石は答えなかった。すべてのはじまりは10階にあるのだ。宝石ばかりではない。キャリアもマネージャーもみんな温泉宿のセッションに聴き入っていた。
パチパチパチ♪

 惜しみない拍手の中に靴下さがしの僕だけが浮いた。
「異端児め!」

 カヌーのカフェの前で猫はストレッチに夢中だった。屈伸、跳躍、浮遊、あくび。一通りの運動が終わるとゲームの始まりだ。僕は早々に四隅を占めて温泉気分に浸った。彼女は角を取られても気にしない。笑っているようにも見える。中盤までは互角。しかし、だんだんと怪しくなって、最後は完敗。何度やっても同じように負ける。今までの相手があまりに無力だっただけ。自分の知っている必勝法は幻に過ぎなかったのだ。だけど負けっぱなしで終わるのは嫌だ。
「恐れを知らぬ12級だな」
「僕が12級だって?」
 玉がループする。競技が変わっても猫は強すぎる。玉と飛車がリンクしながらの攻撃に鬼が加わって地下シェルターまで引きずり込まれる。王手が通用しない。反則級の手抜き。持ち時間が切れて僕は路上に放り出されている。

 ベルが鳴って馬のように走り出す僕はランナーだった。始まった頃にはまだ多くのものが準備中だったけれど、その中には既に飛びかかる前の猫のような躍動が見えていた。落とし物を拾うことは僕の役割の1つでエゴ規格の中に含まれていた。(すれ違った以上は幸せになってもらおうか)その他に手にする物と言えば、汗を拭うためのタオルとスポーツ飲料だ。気づくと沿道には手を振ったり「がんばれ」と叫びながらエールを送る人々の姿が見えたが、もうしばらくするとそれらはすべて背景に過ぎなかったことがわかる。コースのない道はどこまでも続いているとは限らず、今見えている内に進まなければならない。そうしなければ時間は消え、僕も一緒に消えて行く。不確かな時間の存在の中に僕は生かされていた。

 油断すると皆がメッシに変わる夢の街の中で、秩序を守るため説得を続けなければならなかった。君はメッシじゃない。消防士だ。あんたはシェフだ。あなたは市長。お前それでもお父さんだ。ねえ、あんたそれどころじゃないだろうよ。君は魔術師、あなたは医師。お前は鷲だ! こんなところで油を売るなよ。あなたはマジシャン。素敵な夢の作り手。あなたは教師! しっかりしな! あなたは大工です。そうだ。そうだった。さあ、家に帰って家を建て直そう。あなたは、あなたは、あなたは……。街を駆けながら、すれ違う他人のための職業案内を続けた。あなたは……。他人のことはいいとして、自分とはいったい何者なのだろう。

「お前は何をしに来たのだ?」

「自分をみつけるためです」

「どんな自分だ?」

「やっぱりあなたは神さまですね。道理で勝てないはずだ」

「お前は誰だ?」

「僕は物書きです」

「バスには乗ったか?」

「どうしてですか」

「バスの発着に合わせて書いてないのか」

「はい」

「規則正しくなければ書き切ることはできぬ。お前のしているのは小説ではないのだ」

「だったら何です?」

「ジョギングだ」

「笑っちゃいますね。どこにそんなカテゴリがあるのです?」

「ないと言うのか? みつからないからといってふふふ」

 笑いながら神さまは消えて僕はもう走ってもいなかった。どこか飲食店の中のようだった。
「何かお忘れではないですか。返却口はあちらになります」
「すみません」
 トレイを直接渡そうとしたが、彼女の両手は花束で塞がっていることに気がついた。何か体が軽すぎる。
 鞄がない!
 彼女が言ったのは、鞄のことか。
 しかし、ここではない。あの中には10年分の苦労が、熟成が、詰め込まれている。それは他人には何の価値もないものだけれど、僕には命のように大事だった。ビックカメラだ。そこで忘れたのだ。あるだろうか。小さな親切が。23時。もう閉まっているか。しかし、これが夢なら。突然、ふっと生まれる疑惑。夢ならば問い合わせて確かめることもできないじゃないか。思い詰めたまま手袋をして店を出た。

「お母さんを返して」
 駐車場に行くと猫たちに取り囲まれた。
「それよ。それは私たちのお母さん。どうするつもり?」
 かわいそうな子猫たち。寒さでどうかしてしまったのか。少し面影があるだけで、何だって自分たちの求めるものに映ってしまうのだろう。
「どうにもしないよ」
 僕は手袋を取って猫たちに投げつけた。
 それは鳴きながら駆けて行くと、子猫たちをつれ路地裏に消えた。

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カセットテープベイビー

2022-11-16 09:05:00 | 折句ののしりとり
怪獣の汗

セロリのスーツ

釣り人のコント

当惑の初手

天体のホープ

プッチンプリンの調べ

ベーグルの戦い

異星人のお忍び

ビル風の証人

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純粋振り飛車党の試練

2022-11-15 07:38:00 | 将棋ウォーズ自戦記
端角に浮き飛車玉は中住まい 久々君のアヒル戦法

こいなぎの猛者がのぞいた端角に一か八かの端攻め決行!

筋違い角に対して飛車を振る純粋振り飛車党の覚悟

中飛車を離れて振った向かい飛車 こいなぎ流の弱点はどこ?

嬉野の攻撃陣を軽くみて頼るは美濃の一路の深さ

厚みから押し潰されてさばけない振り飛車党の歯痒き未熟

ミレニアムかと思いきや怪しげな動きをみせて地下鉄飛車だ!

ごきげんに微笑み返し飛車を振る君も純粋振り飛車党か

戦法に名があるなんてすごくない? 君は飯島流の使い手

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眠れない夜の呪縛

2022-11-15 04:55:00 | 忘れものがかり
眠れない夜に
僕がすること


人を恨んだり

時計の針を眺めたり

ペンを取って詩を書いたり

見知らぬ人の日記に共感を寄せたり


そんなことは何一つしない
それは本当の望みじゃない


旅の計画を立てたり

ほうきに跨がって指輪を集めたり

魔法を覚えてドラゴンを倒したり

キーボードに触れてミスを重ねたり

永遠をたずねて気を病んだり

おやつを集めてリュックに詰めたり

音符を集めてメロディーにしたり

運命を責めてグラスを傾けたり

バイクに跨がって夜を切り裂いたり

コーヒーを交ぜて待ち人をたずねたり


みんなみんな違うんだ
眠れない夜の本分から
遠くかけ離れたものたち

今の僕にできないものが山ほどある
(これからもっと増えていく)

眠れない夜に
僕が許されることは
何もない


鴉の声に沿って歌ったり

猫の舞踏に飛び入りしたり

終わらないシネマに飛び込んだり

負けず嫌いの公園で球を蹴ったり

プレイリストを編んで共感を募ったり

指折り数えて十月を追い出したり

豆腐を割ってみそを絡めたり

メルヘンの最後に四つ葉を置いたり

許せない横顔に順位をつけたり

思い出を振り返って色を足したり

山にいるおじいさんを手伝ったり

山にいるおばあさんに寄り添ったり

煙草を積んで屋敷を作ったり

鍋を睨んで奉行になったり


そんなものはみんな
今できることじゃない

夢の夢
無力感が押し寄せてくる

眠れない夜に
出口はまだみえない

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もう熱々じゃない!

2022-11-14 04:39:00 | フェイク・コラム
 A店で商品を受け取った配達員Uは、すぐにAさん宅には向かわず、一旦B店へと向かう。Bさんが注文した商品を受け取るためだ。Aさんから見れば、配達員Uの動きは寄り道と言える。もしもB店で調理の待ち時間が発生した場合、Aさんは自分の注文とは関係のない分も一緒に待たねばならない。Bさんが注文した商品を受け取ると、配達員UはBさん宅へは向かわず、最初の注文者であるAさん宅へと向かう。Bさんから見れば、配達員Uの動きは寄り道と言える。もしもAさん宅で居眠り等による何らかの受け渡しトラブルが起きた場合、Bさんは自分の注文とは関係のない睡眠事情も含めて(恐らく10分は余計に)待たねばならない。Aさん宅への配達を無事に終えると、配達員Uは残りの商品を届けるためBさん宅へ向かい始める。寄り道型デリバリー(PPDD)だ。AIの判断によっては、先にBさんへの配達が優先されるパターンもあるという。

 寄り道をした分だけ(システムの上では通常の運転だが)、商品の到着は遅れることが約束されている。当然、100%だ。人手が足りないというならまだわからなくもない。けれども、この街に限って言えばとてもそのようには見えない。客が求めているのは、美味しいことは勿論、温かい商品でもあったはず。多少は性能の高いバッグだとしても、熱は時の経過によって失われていくことが避けられない。寒い季節に入れば、温かさはより強く望まれるものではないか。社会は、企業は、サービスは、どこへ向けて優しくあるべきだろう……。ベルが鳴る。こんばんは。どうぞ。


「お待たせいたしました!」
 配達員が手渡してくれた商品の入った袋からは、まだ微かな熱が感じられる。

「いえいえ、寒い中ありがとうございます!」

 今夜の私は、注文者Aだった。
 配達員は平行して(1つの機会で)2件の配達をこなしたとしても、その報酬は通常の2件分に遠く及ばないという話だ。

 仮にそれが本当だとしたら……、
 私たちが待ちわびた分、誰が、何を得たのだろうか?
 すっかり伸び切った麺をすすりながら、私は見知らぬBさんのことを想っていた。

「明日からは自分で作る!」

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折句の秋 コツコツと例えて過ぎる秋短歌

2022-11-12 04:39:00 | 短歌/折句/あいうえお作文
アザラシと
キノコで遊ぶ
宿を借り
涼めば空に
ミサイルの影
(折句「秋休み」短歌)

飽くほどに
棋士が頼んだ
山かけも
雀が指せば
美濃の好形
(折句「秋休み」短歌)

「あいてます?」
希望を秘めて
やってきた
スリムシュガーは
未知の形状
(折句「秋休み」短歌)

悪党と
金で結んだ
約束も
過ぎれば彼方
都の話
(折句「秋休み」短歌)

あたたかな
きつねが欲しい
やまがより
スリー唱えて
みえるおうどん
(折句「秋休み」短歌)

愛憎の
記憶を追って
矢を射れば
過ぎた昨日に
みぞれが当たる
(折句「秋休み」短歌)

悪法に
棋譜とまとめて
破られた
筋書きを追う
観る将の夜
(折句「秋休み」短歌)

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【コラム・エッセイ】マタギの美学

2022-11-11 05:06:00 | フェイク・コラム
 よく晴れた風のよい日には、公園に行ってボールを蹴りたくなる。しかし、どんな公園でもボールを蹴らせてもらえるとは限らない。禁止、禁止禁止、禁止! 今はあれも禁止、これも禁止という公園も多いらしい。もしも自分がいっぱいいたら、一人の自分は毎日のようにキャプテン翼スタジアムに通わせたい。しかし、現代の常識では、人間は同時に複数のスペースに身を置くことができないとされている。そのことを僕は時々とても残念に思うが、だからこそかけがえのない存在としての個を愛することができたり、決断を巡るドラマが生まれることも事実だろう。


 サッカーのプレーにはパスとドリブルとがある。パスは仲間がいなければできないが、ドリブルは自分とボールだけでできる。それはドリブルの魅力ではないだろうか。ゲームの中でドリブルをすれば、敵はドリブルを阻止するために立ちふさがる。それでもなお敵をかわしてドリブルしようとする時に、フェイントは有効な手段となる。


 シザーズはサッカーのドリブルにおけるフェイントの1つである。ドリブルをしながら右左と交互にボールを跨ぐシンプルなフェイントだ。まず、このフェイントを繰り出すための条件としては、第一に自分がボールを持っていることである。ボールを持っていない状況でのシザーズ(エアー・シザーズ)はほとんど無意味と言ってよい。第二に敵が前に立っている、またはボールに関与しようとしている状況であることである。(周りに誰もいない状況でのフェイントはほとんど意味を持たない)2つの条件が揃った時(自分がボールを持ちドリブルをしている状態で、なおかつ敵が前に迫った状況)、いよいよシザーズの出番である。


 シザーズの効果は様々だ。敵を揺さぶる、幻惑する、驚かす、疑心暗鬼に陥らせる、尻餅をつかせる、眠気を催させる等、実に多彩な効果を上げることができる。跨ぎの動作に入っている間、右・左・右・左・右……というどの瞬間に右または左のどちらかに持ち出されることへの警戒を怠ることができず、敵は一瞬も気を休めることができない。かと言って跨ぎ動作の間にボールを奪おうと足を出せば跨ぎの足を蹴ってしまい、たちまちファールになってしまう。


 シザーズは決して難しいテクニックではない。しかし、少し使うだけで上手げに見せることができる。料理においては実際の味付け以外に、皿の選択や盛りつけ等が非常に重要だ。(例えばコーヒーを灰皿で飲んでみればよくわかる)見栄えによっても舌はだまされる。旨げであることは、旨味の一部になり得るということだ。サッカーにおいても上手いかどうかは置いといて、上手げに見せることで精神的に優位に立つことはできる。そうなれば敵は抜かれることを恐れ無闇に飛び込むことを避けようとする。ちょっとトラップをミスしたとしても、「高度なフェイントかも」と勝手に想像して、距離を詰めにくくなるのである。


 シザーズは決して難しいフェイントではない。言ってみればボールをただ跨ぐだけのことだ。そんなものは全く必要ないと言う人もいるかもしれない。効率やシンプルなプレーを重視する指導者の下では、パス→ドリブル→シザーズ(フェイント)の方向に進むに従って、無駄、遊び、(勝つために不要なもの)として非難され、そうしたプレーを好む選手は悪く目立ってしまうという現実も存在するのだ。効率やわかりやすさばかりを追求することが正しいのだろうか。勝つことばかりにとらわれて楽しさの原点・本質を否定することは、世界を狭め、可能性に蓋をすることかもしれない。


 ドリブルは理屈抜きに楽しいものであり、爽快なドリブルは見ている者を幸福な気分にすることができる。つながっていくパスは美しいものだが、ドリブラーにはそれとは違う魅力がある。一人で狭いところに突っ込んで行って、複数の敵に囲まれても怯むことなくすり抜けて前進していく。その勇姿は時代劇に登場するサムライのようだ。数の力に負けないプレーには夢があり、見ている者は磨き込まれた個の力に魅了され応援したくなるものだ。


 シザーズは何も難しいアクションではない。
 技術以前にするかどうかというところがある。言ってみれば意識の問題だ。「やればできるのに」やらないということは、世の中に腐るほどあふれている。もしも、あなたがシザーズをしたいなら、今すぐにそれをやってみることだ。何だって最初の一歩は勇気がいる。けれども、進み出したら案外楽だったということも多い。やっぱり無理だ。何か違う。自分はマルセイユ・ルーレットがいい。そう気づけたとしても、そのチャレンジには意味があったと言えるだろう。意識の中にずっとシザーズがあるのならば、一度はトライしてみる価値はある。


 シザーズの弱点は、ボールを跨ぐだけで実際には何も起きていないということだ。人間的に敵を揺さぶられるから効果的なのであり、すべてを見切れるAIや、未来を見通すことができる占い師のような存在に対しては全く通用しない。そうした並の人間を超えた存在にはそもそもフェイクは無効であり、これはシザーズに限ったことではない。ドリブル/フェイントとは、人間同士の駆け引きなのである。もう1つは疲労である。ただ跨ぐだけといっても、これは地味に体力を消耗する仕草だ。2度3度、繰り返し跨ぐほどに無駄に体力をすり減らしてしまう可能性がある。そうしたことを踏まえ、1つ1つの跨ぎに余分な力が加わらないナチュラルな動作になるよう練習しておくことが望ましい。また、ここぞという時のために切り札として取っておく姿勢も必要となる。


 ゴールに届けるならそこにパスを出すべきだ。シュートを打つべきだ。しかし、生粋のドリブラーはゴールなんて見てはいない。立ちふさがるものを抜き、前へ前へと進むことだけが重要だ。敵も味方も関係ない。ただ魂の赴くままに、止められても、雨が降っても、夜が明けても、自分だけのシザーズに磨きをかけながら、どこまでも行く。ボールと風があればそれでいい。どこまでもどこまでも、自分が消えていくほどに、自分に近づくことができるのだから。

 着地点を見ずに書き出すことがとても不安なことがある。恐ろしくて、noteを閉じて、毛布の中で、ずっと震えている。テーマはどうした? 読者はどこにいる?

 書くことはドリブルの一種だ。
 先の風景なんて見通せてなくてもいい。
 時にはボール1つを置いて、書き出してみよう。
 わからなくても、面白いことはきっとある。


「仕掛けなければ始まらない」

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眠れない夜のビート

2022-11-11 03:32:00 | 忘れものがかり
眠れない夜は

無数のビートに追われていく


秋が冬に近づく感じ

コーヒーが通り抜ける感じ

椅子が雨を吸って傾く感じ

即興が明日を追い越す感じ

ガチャが詰まってあり得ぬ感じ

空き地に広く迷える感じ

境界線に忍んだ感じ


生きてる
生きてる


眠れない夜に支配されて

だんだん研ぎ澄まされて行く感じ


誰かにそっと生かされている感じ

信号がいつまでも変わらない感じ

空に羊が流れる感じ

犬が並んで競う感じ

ポメラが秋に恋する感じ

プリンに猫がダイブする感じ

主審がコインを投げ出す感じ

スキにハートがしびれる感じ

路面に雨がキスする感じ

ハンカチに星が落ちる感じ

詩的に冬が集まる感じ

陽気に落ち葉が触れ合う感じ

波間に竜が輝く感じ

ドアノブに夜がこぼれる感じ


真理が行間をさまよう感じ

指がためらい震える感じ

コルクが飛んで転げる感じ

皆が前列を避けて行く感じ

冷たい視線に燃える感じ


ああ 今も生きてるんだな

決してあなたに伝わらない感じ


裏地に縫えば煌めく感じ

詩から宇宙がはじまる感じ

賢者が石を集める感じ

明かりが漏れていつかの感じ

渦巻く罪に怯える感じ

大河を月が横切る感じ

リフにごはんが止まらない感じ


風が木の葉をばらまく感じ

唇離れまたねの感じ

鏡にはねるはてなの感じ

募れば肘を抱える感じ

一行のみを愛せる感じ

涙に虹がかかる感じ


どこから訪れ
どこへ向かうのか

きっとあなたに伝わる感じ

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悩めるカフェ

2022-11-10 01:50:00 | ナノノベル
「気がつくと巡回しちゃってるんです。同じことばかり。うそと憶測ばかりが乱れてる。知りたいことより知らなくていいことの方が前に出てくる。ニュースっていったい何なんでしょうね。だけど終わりがない。スクロールには終わりがなくて、気がつくと小刻みに時間を盗まれっちゃってる。消しても消しても立ち上がるリンクが疎ましい。何だか時間がもったいなくて……」

「何かに恋することですよ」

 迷宮カフェには悩み多き人が集まってくる。それと同じほどに優秀な聞き手もいて、話し手と聞き手は自然とマッチングする。心を開いてつぶやいてさえいれば、その声の隣には親身になって聞いてくれる人が必ず現れるのだ。

「私はいつも間違われてばかりだ。私にマイクを向けてどうするの。期待されるような人間じゃないのに……」

「食べ終わった食器は速やかに返却なさい。だいたいそれで上手くいくから」

「係員に止められて私は前進することもままならなかった。日曜日は選ばれたランナーたちのものなのだとか」

「痛みは雨のように通り過ぎるもの。雨を知る人ならきっと乗り越えられるはず」

 店の中は迷うほどに広い。照明は暗すぎず明るすぎず、ジャズが高いところでかかっている。カウンセリング料は当然発生せず、コーヒー代だけで過ごすことができる。みんな誰かの役に立つことが大好きなのだ。コーヒーの味はインスタントより少し旨い。

「願い事を言い過ぎたために私は完全に無視されてしまいました。いったいどこがわるかったのか……」

「1つだけあればそれこそが希望です。たくさんあれば薔薇色? いいえ、失う時にはすべてを失ってしまうだけ」

「セットで買ったTシャツに穴が開いていました。くやしくて私は木の匂いを吸いたくて本屋に行くと一番高い梯子をみつけて登ったのですが、どこまで行っても春の本がみつからず、今は何も手につかないというわけです」

「最初は何でも形から入るものです。本という形を意識して隅々にまで触れている内に、いつかその奥に潜む声に惹かれる時がきます。形は消えてあなたの望むものに近づくこともできるでしょう。自分を解き放つスイッチは思わぬ形で訪れるのです」


「金を取れば飛車に逃げられる。飛車を取れば金の方に逃げられる。どうやっても上手くいかないんです。右脳も左脳もウニになっちゃいます。ショート詰将棋のはずなんだけど……」

「金を捨てて飛車を取るんだ! それで一間竜の詰み筋となります」

「あっ! そっかー! 捨ててから取るのか。すごいな。図面も見ずに答えるなんて何者ですか」

「いえいえ大したことではありません。私はただあなたの脳を読み切っただけです」

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