眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

ずっと隣に

2022-09-26 05:24:00 | リトル・メルヘン
 昔々、あるところにおじいさんが住んでいました。角には食堂があり、その隣には郵便局、その隣にはセブン、その向こうにはローソン、その隣にはファミマ、その隣には駄菓子屋、その隣にはローソン、そのまた向こうにはファミマ、その隣には銀行、その隣には歯科医、その隣にはヤマザキ、その隣にはローソン、その角には食堂があって、その隣にはファミマ、その隣には喫茶店、その隣には家具屋、その隣にはミニストップ、その隣にはスーパー、その隣には書店、その隣にはローソン、そのまた向こうには商業施設、その中にはケンタッキー、その隣には理髪店、その隣には珈琲館、その隣にはローソン、その向こうにはフードコート、その向こうには100円ショップ、その向こうにはエスカレーター、その向こうには駐車場、その向こうにはクリーニング屋、その隣にはローソン、その隣には肉屋、その先の角には食堂があって、その隣にはファミマ、その隣にはポプラ、その隣にはローソン、その隣には雑貨屋、その隣にはケーキ屋、その向こうには空、空の向こうには虹、虹の向こうに天国の扉、扉の中にはセブンがあって、おじいさんはとても便利でした。
 めでたし、めでたし。

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4色ペン人格

2022-09-25 02:51:00 | 短い話、短い歌
ブラックではライトな自分が動き出す


 辺境の星までたどり着いた意味を見失って絶望しかけた時にホンダ・カーブは肩と肩が激しくぶつかる音を聞いた。サッカーだと?(あるいはここでは球蹴りとも呼ばれていた)それは紛れもなくフットボールの一形態だった。あるじゃないか! 出場機会を求めるカーブの前にデュエルの王が立ちふさがる。しかし、ようやく希望を目にしたカーブの前では子犬同然だった。
「エンドゥーを3回抜くとは!」
 登録期限まであと3日の出来事だった。


 インクがかすれ文字が出なくなる。
(カチカチ♪)
 やむなく私は次のカラーに移ることにする。

レッドでは恋愛感情に傾く


 魔女の呪いによって蛙にされた王女は刺さるような視線を感じていた。
 好きなの?
 思われても思わない。
 種が違うの
 生まれた時から私はハイブリッド
 死のようにしつこい瞳
 その思い 来世まで取っておけば
 それなら少し考えなくもないわ
 他に行くところはないの?
 世界はぞっとするほど広い
 だけどあなたには翼もない
 ただまっすぐに伸びるばかり
 せめて一緒に歌うことができればね
 コーラスが始まった。
 蛙は畦道を離れステージに飛び込んだ。
 その音を聞いて蛇はシューシューと巻きながら家に帰って行った。

「また振られちゃったよ」

「本当に好きだったとでも?」

「だから泣いてるんじゃないか」

「お前は好きを隠れ蓑にしてただ居座っていただけではないか。泣いてるのはただの感傷だ。愛は微塵も存在せずお前はただ怠惰であっただけ……」


 声はかすれ反論することはできない。
(カチカチ♪)
 レッドの時間は儚い。
 次のカラーに移る他はないようだ。

グリーンで私は突然しりとりに傾倒する。


ゆず七味

みそ団子

ごまトカゲ

げそわかめ

メカタマゴ

こども酒

毛玉坂

「私の負けだ」

 私はあっさりと私自身に負けてしまう。
(本当はもっともっと遊べるのに)


 グリーンは始まりから既にかすれていた。
 一行を折り返すことが奇跡だった。
(カチカチ♪)
 次がなければ戻るしかない。

一巡したあとのブラックは少し息を吹き返している。


 スタジアム上空ではUFOと自衛隊機の激しい攻防が繰り広げられていた。まさかこんな田舎星までも追ってくるとは、カーブも予想していなかった。観衆は防弾傘を差しながら日本代表に静かな声援を送っていた。このまま行けば予選敗退が決まっている。
(監督、次のカードを切ってくれ)
 カーブは目でベンチ前の監督にサインを送った。
(みんなあとのことは頼んだぞ。俺がいたらこの星が危ない)
 カマーのコーナーキックが高速で入ってくる。ファー・サイドに構えたホンダ・カーブが高く飛んだ。他の選手よりも体1つ分抜けていた。ピンポイントで頭に合ってゴールが決まる。けれども、カーブは芝の上に落ちてこなかった。そのまま上昇して宇宙ドローンに飛び乗った。
ゴールーーーーーーーーーーーーー♪
 それはホンダ・カーブが地球に残した置き土産。
 ありがとう……


(カチカチ♪ カチカチ♪)

すべてのカラーがフラットになりふりだしにもどる。


「AIによる診断が出ました。
あなたの作品はまだ誰にも読まれていません。
この作品を読まなかった人は次の作品も読まないようです。
お子さまからお年寄りからコアなロックファンからミステリーマニアまで幅広い層に読まれないようです」

「私は未来の読者に向けて書いてます」

「異世界に行かぬは作家にあらず。もっと毛色の違う作品を書いてみましょう」






更新のトップに君が躍り出る10秒間のファースト・ノベル

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チープ・ノベル

2022-09-24 03:08:00 | ナノノベル
 おじいさんは短いお話を書いた。書いては投じ、マネタイズされたサイトでささやかな収入を得ては柿の種を食べ、日々を生きていた。おじいさんのお話は、冬休みのようだった。あるいは、花火のようだった。

「それにしても高い」

 肉が魚が野菜がお菓子が、スーパーに買い物に行く度に、おじいさんは物が高くなっていくことに驚きながら、逆に値崩れが止まらない自分の小説のことを思った。
 前回は1万字のお話だったが、どうにも納得できず問い合わせるとすぐに答えが返ってきた。

「再計算した結果301円は正しく計算されていることが判明しました。最初の見積もりはあくまでも目安とお考えください。実際の報酬はその時々の需要と供給のバランスによって変化いたします。この度はご期待に沿うことができずに申し訳ございません」

 正しいのなら仕方ない。
 おじいさんは気にもとめずに夕立のようにお話を書き出した。


 夢の始まりは軽い好奇心のようなものだった。
 親切から子を助けると一尾の海老につれられて海底都市に招かれた。そこには美しい竜姫さまとの暮らしが待っていた。とりわけ幸福と思わせてくれたのは食卓を占める牛々だった。
 元より牛肉は好きだったが、ここにあるすべては美味すぎる。今までの自身の食に対する認識を根底から覆すような、破壊的な美味さだと言えた。
 F1の付箋牛、90LAロック牛、F25戦闘牛、70グラムロック牛、A3のコピー牛、A7の手帳牛、DM200のポメラ牛、R1ランクの笑い牛……。何に箸をつけても恐ろしくご飯がすすむ。いったいどこからこれほどの牛たちが仕入れられるのか。それは大きな謎ではあったが、ただいつまでも続いてくれればいいと太郎さんは願った。
 旨すぎる暮らしは時の経つのを忘れさせた。その間、太郎さんは急速に歳を取った。

「これで最後に」

「おかわり! もう1杯!」

「これで最後に。明日でお別れよ」

「おかわり! もう少しだけ」

 明日なんて大嫌いだ。なぜなら、太郎さんは全身で今日を愛していたからだ。竜姫さまの無慈悲な宣告に対して、際限のないアンコールで抵抗する。

「あなたはもう十分に膨らみすぎた」

 確かにその通りだった。訪れた頃に比べて太郎さんは巨大化していた。どれほどの時間だったろうか。たとえ幻だったとしても、もはや現実を凌駕して人生に定着してしまっていた。

「あなたしかみえない」
 離れることは恐ろしくて考えたくなかった。

「夢ををみている間は周りのことがみえなくなるものよ」

「だったらこれは……」

「さあこれを。絶対に開けないで」

「これは……」

 それは竜姫さまからの最後の贈り物だった。太郎さんは力なく受け取ると運命には逆らえないことを悟った。

「さようなら、太郎さん」

「さようなら」 

 ミノ・クルーズ2000に乗って国に帰ると新しい家をみつけて新しい暮らしを始めた。自分の過去を知る者がいないことは気楽と言えば気楽だった。留守にしている間に大きく変化した社会システムに戸惑うことは多くあったが、新しく覚えることがあふれていることは気を紛らわせることでもあった。竜姫さまの影が、ふと立ち止まった時によみがえるが、それは自らを苦しめるだけのものではなかった。さよならの前の贈り物はクローゼットの奥に隠している。中から手に負えない獣が出てくるのを恐れたからだ。約束はずっと守られることになるだろう。夢の終わりは人には選べないのだ。


「またつまらん話を書いてしまった」

 反省が次のお話の足がかりとなるのだった。
 書き終えて一服しているとメールボックスに新着メッセージが届いた。サイト運営からだった。

「長編を書いてみませんか?」
 下準備に100万円ご用意くださいだって?
 これには流石におじいさんもげんなりとした。

「そんなことなら冷ややっこでも食うわい」
 そう言っておじいさんは公園に散歩に出かけた。

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優しい人

2022-09-23 04:30:00 | リトル・メルヘン
 線路が細いから電車も細かった。前に座る男の投げ出した脚が僕のお腹を蹴った。僕は遠くに飛ばされた。閉ざされたポメラの上は村の外だった。魔物たちがうろついている。心強いのは勇者の顔が見えたから。魔物が雄叫びをあげる。勇者が剣を振り下ろす。血は流れない。勇者は独特の振りによって人間離れした愛情を植え付ける。憎しみはない。仲間仲間仲間。あるのは何よりも強い仲間意識。それは伝説にある和解の剣に違いない。仲間がいっぱい増えていく。勇者は広く仲間を募っている。魔物たちは減りはしないが誰がそれを気にするだろう。性質も関係性も日々光ある方に導かれていく。成長は望まない。
 それは優者のほんの小さな寄り道だった。

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魔法の壷

2022-09-22 02:41:00 | ナノノベル
「ぶん殴ってやりたい」
 私はT氏への不満を漏らさずぶちまけました。

「ことある毎に嫌みばかり言ってくるのです。しかも私にだけ目の敵のように言ってきます。他の人に対しては善人顔でどうやらいい人で通っていうようです。それが余計に腹立たしい。顔を見るのも嫌になってきて何かの拍子にかーっとなって殺してしまうかもしれません」

「それはよくないですね。そういう不可解な人というのは、どこに行ってもいるものです。遅かれ早かれそういう人は消えていきます。あなたが直接手を下せば、新たな悲しみとまた別の恨みを買うことになります。それは損というものです。何もしなくともいずれ消えていくのだから、あなたがすべきことは関わらないようにすることです」

 女は親身になって私の相談に乗ってくれました。
 そして、私の前に1つの壷を置きました。見た感じは何の変哲もないありふれた壷のようでした。

「あなたに必要なのはこの壷です。これを家の寝室に置くことで、すべての不幸からあなたを守ってくれるでしょう」
 壷の値段は30万円ということでした。

「なかなか高価なものですね。私の稼ぎだと……」

「まあ冷静に考えてみてください。この小さな壷があなたを幸福へと導いてくれることが約束されています。普通ならいくらお金を積んでも手に入るものではありませんよ。それに一生で割ると考えれば、果たして本当に高いと言い切れますか? 今日を逃したらあなたの幸福は逃げていってしまうかもしれませんね」

「確かにそうですね。考えようですね」

「わかっていただけましたか。どうやら私の目に狂いはありません。あなたは幸福になる資格をお持ちだ」

「決めました。今日持って帰ります!」

「おめでとうございます! 正しい決断ですよ」

「ありがとうございます」

「この壷は生き物と同じです。朝晩欠かさず水を遣ってください」

 私は壷を持ち帰り、女の言う通りに朝晩水を遣りました。T氏の言葉はあまり気にしないように、自分の仕事のみに集中するようにしました。心なしかT氏の嫌みも少なくなったような気がしました。時折、壷が鳴いたような気がしてはっと目が覚めました。それでなくても私の眠りは浅いのです。だんだんと寝坊をするようになり、遅刻を繰り返すようになりました。壷は深夜になるとはっきりと鳴くようになり、水を遣って少しさすっていると落ち着くようになりました。私は壷のことが気になって、完全に寝不足となっていました。1週間続けて遅刻するとついに会社を首になりました。仕事そのものは上手くいっていただけに、少し残念な気持ちがしました。私の人生はとても順調とは言えませんでした。

「そんなことで首だなんてブラック企業じゃないですか!」

「ああ、そうかもしれません」

「おめでとうございます! あなたがステップアップするための絶好の機会が訪れました。普通の人はなかなか経験できないことじゃないですか」

「はあ、そうですよね」

「壷がなかったらどんな悲惨なことになっていたでしょう」

「ありがとうございます」

 新しい仕事はなかなか見つけることができませんでした。何でもよければなくもなかったが、今までの経験を生かせるものとなると急に道が狭まるのでした。壷は夜毎鳴きが酷く、一日として安らかに眠ることができませんでした。将来について漠然とした不安の中をコンビニに立ち寄ろうと歩いていた時の信号はいつの間にか赤になっていました。気がついた時には右から曲がってきたワゴンにはねられて、私は全治3ヶ月の大怪我を負いました。

「よかったですね!」
 女は満面の笑みを浮かべていました。

「いいわけないじゃないですか!」

「いえいえ。普通だったら当然お亡くなりになってましたよ。こうして今ここにある奇跡が、壷の御利益でなければいったい何でしょう。これからあなたは素敵な出会いを経験することもありますし、とびきり美味しいものをいただくこともできます。だから感謝の心を持たなければなりません」

「ありがとうございます」
 私は気持ちを切り替えて家に帰ることができました。

 眠れない夜は続きました。将来への不安、壷の鳴き声に挟まれて逃げ場がありませんでした。今では水を遣ってさすったとしてもすぐにまた鳴き出すようになっていました。きっと何かが悪化しているのだと思えました。眠れない夜に何かに打ち込んでみるというアイデアもありました。けれども、何か生産的なことをするには集中力を保てません。遠い宇宙に住む知的生命体のこと、記憶もおぼろげなほど幼い日のこと、現在地からただ離れたくて、私は枕を抱きしめながら妄想的な思考にかけていました。

「助けて!」

 とうとう壷は鳴くだけにとどまらず、話すようになったのです。私を幸福へと導いてくれる高価な(有り難い)壷でした。

「助けて!」

「うるさい!」

 それは一瞬の衝動でした。私は自らの手で幸福の壷をかち割ってしまったのでした。残骸は寝室の隅々にまで散りました。そして、彼女が現れたのです。

「この時を待っていました」

「あなたはいったい何なんです?」

「私は捕らわれの王女ララ」
 鳴いていたのは助けを求めるサインだったようです。

「ずっとここにいたのですか?」
 ずっと独りだと思っていたので、私は奇妙な恥ずかしさを覚えました。

「さあ行きましょう! あの魔女の元へ」
 

 ララは私を伴って魔女の館へ乗り込みました。

「自分で自分の幸せを壊したか。愚かな真似をしましたね」

「お前は人の幸せを弄んでるだけだ!」

 ララは迷いなく魔女の胸を撃ちました。光線をあびた魔女は溶けて水になり、水が集まるとカブトムシの姿になりました。

「あれが真の姿か……」

「元はと言えば彼女も被害者だったのです」

 私はしばらくの間、現実を受け入れることができませんでした。王女ララは落ち着いたら王国へ私を招待し、大層な褒美を与えると約束しました。半年が過ぎた今はまだ連絡がありません。振り返れば恐ろしい壷でした。おかげで失ったものも少なくはありません。けれども、ララが私の手によって助け出される運命だったとしたら、私はあの時の衝動を誇りに思います。
 それにしてもあんな高額なものを簡単に買ってしまうなんて! 一度信じてしまえば、どんなことでも信じられる。信念とは、恐ろしいものなのかもしれません。これからは物に頼らず自分を信じて生きていこうと思います。そして、この経験を私は私のように弱い誰かのために話すことに決めました。

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超速の銀/一局の将棋

2022-09-21 03:39:00 | 将棋の時間
(この銀が間に合うだろうか)

 次の一手を求めるために先の先を読まなければならない。無数の物語の中から今の自分に必要なものを読み分け、最善を上書きしていく。

 読みには何より速度が重要だ。湧き出るイメージを束ねて取捨選択するには、速度がなくては。ゆっくり読んでいては脳波に隙が生じる。後悔、奢り、丼、うどん。様々な邪念が介入することを防ぎ切れない。最悪の場合、睡魔に襲われてしまうだろう。厄介な追っ手を振り切るためにも、読みは速度なのだ。ヒョウよりも速く私は銀の周辺を読み耽っている。

 物語が途切れた時、読みは記号になる。時に意味を失い、曖昧になり、未知そのものとなり、不安に打ち勝つ意志を問いかける。必ずしも、読むほどに勝利に近づくというわけでもない。ならば、読みは楽しみでもあるのだ。

 人間に読める範囲は限られているのではないか。すべてを読み尽くした気に浸っている時、実際は浅瀬にある小波をすくっただけかもしれない。宇宙に無限をみるとしたら、人間の頂点はまた一つの底辺にすぎないとも思う。ある程度のところまで行き着いたとしても、そこはまた一つのスタート地点ではないか。種々の仮説を立てながら、私は攻めの銀を前線に送り出さなければならない。先のことはみえない。それは生き物の根幹にある立ち位置なのだ。

(銀は最善までたどり着くことはできるのか)

 探究すべき物語は先入観の先に待っているのかもしれない。無理筋が開かずの扉の顔をして佇んでいる。果たしてそれは本筋かフェイクか。駄目だと思える先に、もう一歩足を踏み入れてみれば、そこから開ける世界もある。それはこれまでの経験からくる勘だ。

 今までに築いてきたものを何とかして生かしたい。前手の意志を引き継ぎたい。そう願うからこそ、人間にはどうしても読めない筋がある。神の仕掛けたトラップのように見失う筋があり、決して見通すことのできない物語がある。読みの曲がり角には栞を置いて、後から戻れるようにしておく。第一感が働かなくなった時には、比較検討する他に道がないからだ。

 読みのスピードを上げようとする時、自分だけの力では心許ない。そこで私は師匠から譲り受けた扇子を回しながら読む。扇子の回る速度が読みの指針となるだろう。回る扇子と脳を紐付けることによって読みにリズムが出てくる。読みとは運動なのだ。パチパチと扇子がリズムを刻み、脳は多量の汗をかく。深海の物語に迷子となり慎重に栞を置く内に空腹が募って行く。



 カツ丼とうどんを食べると私は息つく暇も惜しんで対局室に戻った。昼休中に盤の前に戻ってはいけないという決まりはない。
(銀の進路を決めなければ)
 最善の道を探究するために、まだまだ読むべき物語が多すぎる。

 一局の将棋を始めてしまったら、ひと時も心休まる時間はない。読みを止めることはできないのだ。読んでは捨て、また拾い上げては掘り下げる。そうして自分の中の最善を上書きして更新して行く。読み書きをただ研ぎ澄ますこと。それがこの物語の本文となる。
(歩を突き捨てて出て行く私の銀が……)

「誰だお前は?」

 記録机に着いているのは先ほどの青年ではない。みるからに猫だ。昼休中に猫が勝手にくつろいではいけないという決まりはない。
 猫は私の大事な栞をくわえているではないか。これは流石に看過できない。

「おーい! 待て待てー! 勝手にくわえるなー!」
「あんたの読みが遅いからさ」
「何だとー」
「それにこれは栞なんかじゃない!」
「返せ! まだ決めかねているんだ」
「よくみてみな! これはただの竹輪だよ」
 捨て台詞を吐いて猫は対局室から消えた。開け放たれた扉の向こうには、もはやその影さえもなかった。

(錯覚か……)
 もっとスピードを上げなければ。
 銀の進路に睡魔が忍び寄ってくるのがみえる。
 昼下がりは最も危険な時間だ。

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風の旅人(アドベンチャー・マインド)

2022-09-20 03:24:00 | ナノノベル
「隊長、この風では無理です」
 もの凄い風だった。進もうとしても押し戻される。どんな屈強な脚を持っていても前進を阻まれる。希にみる手強い風が辺り一帯に吹き荒れていた。
「それでも行こう。先が待っている」
 賢明なリーダーなら立ち止まるところかもしれない。隊長は足止めを好まなかった。他の隊員も進めるものなら進みたいと思う心は一つだった。
「駄目です。強すぎる!」
 想像を絶する風は、今までの敵のレベルとは次元が異なっていた。
 歩いても歩いても進まない道がある。未来の風景を開こうとしているのに、時間はまるで止まっているようだ。

「でも楽しいね」
 抵抗に逆らって進もうとするのは、楽しいことだった。生の感覚がこの瞬間に研ぎ澄まされている。私たちの冒険とは、そういうものだ。
「下がってる!」
 進んでいないどころではなかった。歩くほどに押し戻されていく。この強すぎる風は、足踏みさえも許してくれない。いっそ留まっていた方が未来に近づいていただろう。
 隊長の声に従って私たちは望まぬ後退を強いられた。ぐんぐん押し戻されて、過去来た道をたどった。
「強かったな」
 無力さを思い知る頃には懐かしい村の中を歩いていた。

 前進は失敗した。誰も誰かを責めなかった。
(そういうものだ)
 私たちは社会と人の構図を捨てて自然からみる。
 自然の中では誰もが小さくなる。大事にみえていたものも、より大きなものの中では霞んでしまう。
 悲しいことは悲しくて当然だ。
 自然を受け入れることで私たちは軽くなることができる。

「またあんたらかい」
 村長があきれたように言った。
「お久しぶりです」
「よほどここが気に入ったようだな」
 風がまた一つのお気に入りを作ったようだ。
 今夜はここで旅の翼を休めるとしよう。

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橋の下の釣り人

2022-09-19 06:30:00 | 新・小説指導
 教室を離れて町へ出た。
 吸い込まれるように橋の下へ降りた。釣り竿の前に釣り人は座っていた。

「いつから釣っているの?」
「生まれる前からじゃ」
 老人は生まれる前から釣り人だった。前世で釣り残した獲物があるのだと言う。執念が輪廻して川の前に導いた。生まれるよりも早く、生まれてからもずっと、釣り人は釣り人だった。

「何が釣れるの?」
「何も……」
 老人のバケツは空っぽだった。

「ここは駄目なんじゃないの」
「そうかもしれん」
「他にもスペースあるのに」
 老人は朝からずっとその場所にいる。

「自分から動く方がずっと楽じゃ」
「だよね」
「本当なら自分から川の中に飛び込んで網を振った方がずっと話が早い」
「だったら、なぜそうしないの?」

 老人は長い竿を指しながら答えた。

「わしが釣り人だからじゃ」
「ダイバーじゃないんだね」
「そうとも。あんたは何をしておる?」
「僕は物書きです」
「ふん。小説家か」
「まあそんなところかな」

「わしを書くつもりか? わしを仙人のようにするつもりか」
「違います。少し時間が空いたので」
「ふん。売れない小説家の気晴らしか」
 釣り人は決めつけるように言った。

「場所を変えないの?」
「どうして?」
「ここにはいないんじゃない?」
「そうかもしれん」
「だったらどうして……」

「ここではないという不安はどこに行ってもつきまとうものだ。ここではないのでは。今ではないのでは。あなたではないのでは……。だが、ここであるかもしれないのだ」
「でももしも……」

「一度動き始めたら不安の度に動かねばならん。あんたはそのようにして書いていくのか。行きたい場所もわからないのに」
「可能性のある方に行くと思います」
「それがわかればな」
「動かないのは怖くはない?」

「わしは釣り人だ。だから、動くのはわしではない。わしの周りを水が魚が時が、世間が動くのだ」
「監督みたい」
「わしが何もしていないように見えるか?」
 突然、老人はカメラをのぞき込む巨匠のように見えた。

「あなたは映画監督のようだ」
「望むものは望む時にはやってこない」
「ですね」
「だが、それは望みを捨てる理由にはならん」
「はい」
「何もなくてもわしは釣りをしているのだ」
「そうでした」

「魚は好きか?」
「うーん」
「煮えきれない奴だな」
「ふふ。釣れるといいですね」
「あんたも小説を書いているのだろう」
「えっ」
「何もしてない振りをして書いておる」
「書いていないよ」

「頭の中でわしを書いておるな」
「早くかかるといいですね」
「わしは魚だけを求めてはおらん」
「こうしているのが好きなんですか」
「目的と目標は違うということじゃ」
「微妙すぎてわからないな」
「あんたはまだ若いな」
「若くもないけど」
「ふん。まあ好きに書くことじゃ」
「はい」

「あんたはあんたのスペースで」
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センター・サークル

2022-09-19 02:11:00 | ナノノベル
 審判が高々と投げたコインを追って見上げた。ボールかピッチかその選択を大事とみるか、些細なこととみるかは人それぞれだろう。公正を期すためかあまりに高く投げたために、すぐには落ちてこない。芝よりも青い夜空に吸い込まれそうになる。この時間はただ待つだけの時間だろうか。何かを学ぶにはとても足りないように思える。だけど、学びは時を引き延ばしてもくれるはずだ。

 何をするにも僕は人よりもずっと時間がかかる。本を手元に置いて一度も開くことなく寝かせてしまう。楽しみは先にあると思えれば、少し気が楽になる。新しい楽しみの候補が先に現れた時、ようやく手元にあるものに触れることができる。今かどうかがいつも定かではない。問題は解くよりも前にずっと時間をかけて読み込まなければならない。問題の本質を見極めて、密かに隠されたテーマがそこにあるのなら……。コインはまだ上昇の途中だった。

 月明かりの中に祝日の地下街が見える。二人は頬を寄せ合いながら、食品サンプルの入った窓をじっとのぞき込んでいる。「何食べよう?」祝日の旅人が愛おしかった。同じものに視線を送る二人。両者の視線を一身に集めるサンプル(きっとオムライスだ)。その構図があまりにまぶしくて僕は泣きそうだ。認められているという一点においてあまりにも人間らしい。ああ、なんだ準備中か。硝子が割れて閃光と共に円盤が降りてくる。センター・サークルに着陸すると宇宙人は僕を誘拐しようとしたが、ほんの青二才だとわかると歩いてピッチを出て行った。

「駄目だよ君、こんなところに停めたら。君だけのスペースじゃないんだから」
 緑の服の人が近づいてきて僕を責めた。

「違う! 僕のじゃない!」

「ゴール♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪」
 いつの間にかゲームが始まり、ゴールが認められている。
 そんなことがあるだろうか。
 センター・サークルを避けて世界がまわっていくなんて。
(1ー0)
 いいや、そんなことが許されてはならない。

「おい、みんな待て! もっとちゃんと始めなきゃ!」

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夏はまだ終わっていない

2022-09-18 08:29:00 | ナノノベル
夏が終わったなんてうそだ

フェスはまで弦を弾いてもいない

花火はまだ打ち上がってもいない

かき氷はまだ固まってもいない

お化けはまだ顔もみせていない

盆踊りはまだ振り付けてもいない

海はまだ満ちてもいない

証拠はいっぱいそろってる

だから夏はまだ終わっていないんだ!


「終わりましたよ。あなたが詩を書いている間に」

「うそだ! 詩なんて一日で書ける」

「いいえ。あなたは躊躇っていた」

「すぐにでも書けるんだ」

「いいえ。あなたは夢ばかりみてた」

「ここでも書けるぞ」

「いいえ。あなたは書き出せなかった」

「まだ終わってない!」

「いいえ。あなたが終わらせたのよ」

「これから始まるんだ!」

「みんなあなたの自作なのです」

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君しかいない

2022-09-17 06:45:00 | 短歌/折句/あいうえお作文
AIの弾いた弦に泣かされた僕の涙を返してほしい

偽りで升目を埋めて歩き出す放課後僕が薄れ行く道

夢すぎて押しつぶされてしまうなら小さく刻み刻み叶える

現実に退屈したらもう一度みたいよドリフもしもシリーズ

「好きでした」遠い昔に過ぎ去った僕らの愛はもはやメルヘン

廃れても廃れ切らずにそこにあるフードコートが僕の所在地

新聞を読み耽るのがマスターか「いらっしゃい」ほら君しかいない

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ミッドフィルダーの活躍

2022-09-17 01:11:00 | ナノノベル
 手についていたはずの職は時代と共にかすれ、気づいた時には何もなかった。職場は予告もなく消滅し、貯金はあっという間に底をついた。こうなることがわかっていれば、もう少し何とかならなかったか。後悔している場合ではない。困り果てた私の目にネットの広告が飛び込んできた。

「あなたにもできる! 簡単な仕事です」

 もはや深く考える余裕はなかった。顔写真と電話番号を送信すると契約が終わり、翌日私は現場についた。
 仕事内容は簡単なものだった。
 指定された場所で待っていて届いた荷物を足で蹴って箱に入れるだけだ。私は言われた通りの業務を淡々とこなした。数時間やれば、それなりの額になる。なかなかいい時代ではないか。夕ご飯のことについて想像しながら、私は目の前に届いた荷物を蹴飛ばした。荷物は順調に箱の中に入る。

 ピピー♪

 笛が鳴って、現場のセンターから人が駆けてきた。同業者だろうか。

「お前、オフサイドやんけー!」

 何か怒っているようだ。

「ずっとオフサイドなってるやんけー!」
「いや言われた通りにやってますけど」
「ここか? 現場確認したんか?」
「はい」

 男は少し首をひねりながら戻って行った。

 少し不安を覚えたが、私は仕事を続けることにした。
 次の荷物は少しスピードが出ていた。私は必死に反応しつま先で触れて何とか箱の中に押し込んだ。その時、けたたましいサイレンの音が接近し現場のすぐ傍で止まった。胸から赤いカードを出しながら警官が駆けてきた。さっきの男も一緒にいる。

「ご協力感謝します!」

 彼は同志ではなかったということか……。

「わかってるな?」

 警官が私の顔を見て言った。
 日本人ミッドフィルダーの活躍によって、私は逮捕されることになった。


「私はだまされたんだ!」

 捕まった後で私は何度も訴えた。しかし、「だまされる方が悪い」と世間の人は冷たかった。
 何がいったい悪かったのだろう……。
 鉄格子の内側で、私は過去を悔いながら勉強中だ。
 まだ、希望はどこかに残っていると信じたかった。

 人生にはきっと延長戦もある!

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背中の眠り人

2022-09-16 06:17:00 | 短歌/折句/あいうえお作文
眠れない夜を越えたらたどり着く夜明けは夢にすがってみたい

カテゴリーどこへ向かうか定まらぬ君のポメラがうとうとタッチ

眠れない夜の note に瞬いた詩情あなたは今を生きてる

「つまらない」100分過ぎて気がついた映画ラストは背を向けてみる

覚醒は遠い夜明けか閉ざされた君の note にとまるカナブン

幻の読者にあてた歌を編む波打ち際に夜明けの歌人

眠れない夜が朝まで伸びる頃 詩の神さまとチキンラーメン

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普通の味

2022-09-16 01:06:00 | 夢追い
 部屋にいると先生が何をしているのかとたずねてきた。僕はタオルの用意やお菓子の整理をしているのだと答えた。切符はまだ買っていなかった。切符などいつでも買えるからだ。

「今行け!」

 先生は今すぐ切符を買いに行くように言った。窓口に行くと半分明かりが消えて閉まりかけていた。自販機はまだ大丈夫だ。切符を買おうとしたがどれを買えばいいかわからなかった。

「みんなは何を?」

「博多でしたよ」

 窓の向こうの女は答えた。券売機に戻って博多を押すと43000円だった。
(うそだ!)
 どう考えても高すぎる。僕は食堂に駆け込んだ。同級生らしき男を捕まえて訴えた。男はとても冷静な態度だった。そんなもの高くも何ともない。僕ならいつも買っているよと言った。

 ぞうすいだけではすぐにお腹が空いた。僕はたこ焼き屋に駆け込んでたこ焼き6個を注文した。

「味は?」

 味は1から10ほどあり1番上は素焼きだった。僕は気になった5番目のしょうゆに決めた。

「しょうゆでっか?」

 店主は驚いたように言った。初めてしゅうゆの名を耳にしたようだった。

「ソースの方がいいですか?」

 不安になって僕はきいた。

「普通はソースでっけど」

「じゃあソースで」

 あっさりと僕は流されてしまった。

「350円です」

 適正価格に違いない。
 たこ焼きはすぐに出てきた。鉄器の中で僕を待っていたからだ。

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ひまわり畑

2022-09-15 07:13:00 | 折句ののしりとり
羊の睡魔

真心の昭和

ワッフルのソーダ割

理解者の豆柴

爆音のサンタ

魂のブーケ

毛玉の呪文

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