見もの・読みもの日記

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聖と俗の交わるところ/居酒屋の世界史(下田淳)

2011-09-12 23:36:01 | 読んだもの(書籍)
○下田淳『居酒屋の世界史』(講談社現代新書) 講談社 2011.8

 古代オリエント、ギリシャ、ローマに始まり、ヨーロッパ中近世、近現代は国別にドイツ・フランス・イギリス・ロシア・アメリカを渡り、東に進んでイスラム圏、さらに中国・韓国・アジアまでを視野に収めた、壮大な「居酒屋の世界史」。新書1冊で、これだけの情報が手に入るのはありがたいが、当然、二次資料にしか当たっていないと思われるところもあり、多少、用心しながら読む必要もある。

 著者の専門であるヨーロッパ中近世の居酒屋に関する記述は、やはり、いちばん詳しくて読み応えがあった。著者は、中近世(12世紀から18世紀)を「ヨーロッパ居酒屋の最盛期」と捉えている。え~思ったよりも早い(古い)んだな。特に16世紀前後、貨幣・商品経済が農村に入り込んだことと、宗教改革によって教会で酒が飲めなくなったことが、居酒屋の発達を促したという。

 私は、結婚式場に教会が併設されるのは、宗教に無頓着なニッポンに特有のありかただと思っていたが、本書を読むと、そうとも言えないようだ。かつて教会は、礼拝の場であると同時に共同体のコミュニティセンターであり、宴会、飲酒、芸能、娯楽、寝泊まりの場でもあった。16世紀の宗教改革頃から、次第に教会は聖なる礼拝空間に純化され、俗なる機能は居酒屋に移されていく。だから居酒屋は教会のそばにつくられた。冠婚葬祭の儀式のあと、すぐに祝宴にいくためである。教会と居酒屋は「もともと同根であった」とまで著者は述べている。

 居酒屋は、他にもさまざまな社会的機能と結びついていた。賭博、犯罪、売春は言うまでもない。金貸し(銀行)、商談、裁判も行われた。宿屋も兼ねていたというが、ベッドは共用だったとか、ノミやシラミが衣服につかないよう裸で寝た(ナイトキャップだけは被った)とか、細かい描写に興味をそそられた。

 演劇、音楽などの芸能も居酒屋で行われた。しかし、イギリスでは、19世紀半ばの「劇場法」によって、演劇公演の際は飲食禁止が定められ、演劇(芸術)は、上流階級の通う劇場(シアター)のものになった。高校生の頃、音楽の先生が、ヨーロッパのオペラやコンサートでは、開演したら飲食厳禁です、客席で弁当を広げる歌舞伎や相撲とは文化的な伝統が違うんですね、と話していたことを思い出したが、実はそんなに古い伝統ではなかったのだなと、30年以上経って納得した。それから、医療行為(特に外科的な)が、一種の芸(見世物)だったというのには驚いたが、なるほどと思わないでもない。

 この幅広い通史を整理する視点として、どの文明圏にも「客人は無償で接待するのが当然」という精神が認められるというのは面白かった。その半面として、金銭を取って飲食を供する居酒屋は、下賤な場所と認識されたのではないかという。そして、非ヨーロッパ圏では、無償接待の精神が、より長く存続した。東アジアで、この精神が最も長く存続した(逆にいうと貨幣経済の浸透が遅れた)のは韓国であるという。

 居酒屋とカフェ(コーヒーハウス、中国では茶館)の比較も面白い。コーヒーハウスの研究本もいろいろ出ているが、私はやっぱり居酒屋のほうが好きだ。
コメント
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