○野口武彦『鳥羽伏見の戦い:幕府の命運を決した四日間』(中公新書) 中央公論新社 2010.1
野口武彦さんの著書を初めて読んだのは、同じ中公新書の『長州戦争』(2006)だった。これでハマって『幕府歩兵隊』(2002)に戻り、本書が「歩兵隊三部作」の完結編になる。前二作は、幕末史の中で武士に代わって戦場の主力になった歩兵隊の沿革をたどってきたが、本書は「その歩兵隊を生かすか殺すかが歴史の分け目になった結果を見た」というのが、著者の「あとがき」の言葉である。
それとともに(それ以上に)著者が書きたかったのは、第2章「伝習歩兵隊とシャスポー銃」の一段ではなかったか。著者は『幕府歩兵隊』で、この伝習隊は最新鋭(後装式、元込銃)のシャスポー銃を装備していたと書いた。けれども、学界の一部では「シャスポー銃は幕末日本の戦場では使われなかった」という見解が根強いという。これに対して著者は、数多の資料を吟味・渉猟し、ついに内閣文庫所蔵の『慶明雑録』に「鉄砲本込」四文字を見つけ出す。いやー嬉しいだろうなあ、こういうとき。しかし、それ以上に、資料に描かれた戦いのスピード感が、元込銃でなければあり得ないという判断、これは印象批評のようで、文献資料より強い説得力を持っているように感じられた。
実はこの本、ワシントンDC出張中も読み続けていたのだが、アメリカ歴史博物館の「The Price of Freedom: Americans at War」というコーナーで、多数の銃を実見することができ、興味深かった。独立戦争~南北戦争の銃は、まだ前装式である。アメリカは、いつから後装式に変わるんだろう?
さて「歩兵隊を生かすか殺すか」の鍵を握ったのは司令官の器量、最終的には、最高司令官であった徳川慶喜が、戦い半ばに大阪城を脱出し、江戸に逃亡するという、ありえない判断ミスだった。と著者は考える。以前から、野口さんは慶喜に対して厳しいなあ、と思っていたけど、本書では、その厳しさが、痛快なまでに遺憾なく発揮されている。江戸で慶喜に対面した勝海舟は「アナタ方、何という事だ」と激怒し、歎息した。慶喜が大阪城に見捨てていった大金扇の馬印(2007年の『大徳川展』で見た!)を江戸に運んで帰ってきたのは、慶喜の供で上京していた侠客の新門辰五郎であったという。おお、ドラマ『JIN-仁-』の配役(勝海舟→小日向文世、新門辰五郎→中村敦夫)で見たいところだ。
野口さんが、慶喜の失敗にしつこくこだわるのは、最愛の「幕府歩兵隊」が空しく壊滅する主因を作った恨みだと思っていたが、本書の「あとがき」を読むと、そればかりでもないらしい。著者はいう、かりに慶喜が、大政奉還以後も権力の中心部に踏みとどまっていたら、「天皇制抜きの近代日本」もあり得たのではないか…。うわ、この発想はなかったが、いま、引き続き、幕末史の本を読んでいると、そういう「歴史のイフ」を構想してみるのは、無駄なことではないと思われる。
鳥羽伏見の戦いの「現場」の描写も、さまざまな資料と証言をもとに再構成されており、まるで映画を見るように五感に迫ってくる。吹き荒れる強風。舞う風花。酸鼻きわまる戦場で命のやりとりをしながら、若者たちは、すぐに銃戦のコツを呑みこんでしまう(人間ってすごいものだ)。名のある旗本の指揮官に役立たずが多かったのに対して、いくつかの資料は、歩兵隊の奮戦ぶりを書きとどめている。「惜しいかな、姓名を知らず」というけれど、たとえ、姓名を記されずとも、その働きが後世に伝えられたことは、せめてもの手向けだろう。できれば、私もこういう人生の終わりかたをしたいものだ、と思った。
野口武彦さんの著書を初めて読んだのは、同じ中公新書の『長州戦争』(2006)だった。これでハマって『幕府歩兵隊』(2002)に戻り、本書が「歩兵隊三部作」の完結編になる。前二作は、幕末史の中で武士に代わって戦場の主力になった歩兵隊の沿革をたどってきたが、本書は「その歩兵隊を生かすか殺すかが歴史の分け目になった結果を見た」というのが、著者の「あとがき」の言葉である。
それとともに(それ以上に)著者が書きたかったのは、第2章「伝習歩兵隊とシャスポー銃」の一段ではなかったか。著者は『幕府歩兵隊』で、この伝習隊は最新鋭(後装式、元込銃)のシャスポー銃を装備していたと書いた。けれども、学界の一部では「シャスポー銃は幕末日本の戦場では使われなかった」という見解が根強いという。これに対して著者は、数多の資料を吟味・渉猟し、ついに内閣文庫所蔵の『慶明雑録』に「鉄砲本込」四文字を見つけ出す。いやー嬉しいだろうなあ、こういうとき。しかし、それ以上に、資料に描かれた戦いのスピード感が、元込銃でなければあり得ないという判断、これは印象批評のようで、文献資料より強い説得力を持っているように感じられた。
実はこの本、ワシントンDC出張中も読み続けていたのだが、アメリカ歴史博物館の「The Price of Freedom: Americans at War」というコーナーで、多数の銃を実見することができ、興味深かった。独立戦争~南北戦争の銃は、まだ前装式である。アメリカは、いつから後装式に変わるんだろう?
さて「歩兵隊を生かすか殺すか」の鍵を握ったのは司令官の器量、最終的には、最高司令官であった徳川慶喜が、戦い半ばに大阪城を脱出し、江戸に逃亡するという、ありえない判断ミスだった。と著者は考える。以前から、野口さんは慶喜に対して厳しいなあ、と思っていたけど、本書では、その厳しさが、痛快なまでに遺憾なく発揮されている。江戸で慶喜に対面した勝海舟は「アナタ方、何という事だ」と激怒し、歎息した。慶喜が大阪城に見捨てていった大金扇の馬印(2007年の『大徳川展』で見た!)を江戸に運んで帰ってきたのは、慶喜の供で上京していた侠客の新門辰五郎であったという。おお、ドラマ『JIN-仁-』の配役(勝海舟→小日向文世、新門辰五郎→中村敦夫)で見たいところだ。
野口さんが、慶喜の失敗にしつこくこだわるのは、最愛の「幕府歩兵隊」が空しく壊滅する主因を作った恨みだと思っていたが、本書の「あとがき」を読むと、そればかりでもないらしい。著者はいう、かりに慶喜が、大政奉還以後も権力の中心部に踏みとどまっていたら、「天皇制抜きの近代日本」もあり得たのではないか…。うわ、この発想はなかったが、いま、引き続き、幕末史の本を読んでいると、そういう「歴史のイフ」を構想してみるのは、無駄なことではないと思われる。
鳥羽伏見の戦いの「現場」の描写も、さまざまな資料と証言をもとに再構成されており、まるで映画を見るように五感に迫ってくる。吹き荒れる強風。舞う風花。酸鼻きわまる戦場で命のやりとりをしながら、若者たちは、すぐに銃戦のコツを呑みこんでしまう(人間ってすごいものだ)。名のある旗本の指揮官に役立たずが多かったのに対して、いくつかの資料は、歩兵隊の奮戦ぶりを書きとどめている。「惜しいかな、姓名を知らず」というけれど、たとえ、姓名を記されずとも、その働きが後世に伝えられたことは、せめてもの手向けだろう。できれば、私もこういう人生の終わりかたをしたいものだ、と思った。