佐藤功の釣ったろ釣られたろ日誌

釣り・釣りの思い出・釣り界のこと・ボヤキ.etc

自分の歴史⑤(仕事の歴史)

2020-06-25 19:03:45 | 日々の思い

今振り返ると上下水道関係の仕事は38年間やってきている、

自分では32,3年と思っていたが、先日経歴をたどってみたら38年間もやってた。

良く続いたものです、同窓生からはいつの間に土木屋にとか言われてましたが、建築と

土木の両方をやってるのですが、どうしても大きさから言うと土木が主となるので、

若い人で建築を目指してきた人にとっては、長続きしません、でも頑張った人は今は

立派に独立して設計事務所をやっておられます。

振り返ると一番初めは昭和45年(1970年)に枚方北部と言う所の下水処理場を

設計させてもらったのがそもそもの初めでした。(当然下請けでの協力会社として)

それから処理場の水槽関係の沈砂池とか水処理場とかに絡んだ建物も設計しました。

46年から一気にこの関係の仕事が増えました先日書いた神戸の新多聞は46年から

47年にかけての仕事でした。

48年には下水から離れての泉北ニュータウンの計画が入り、私と親友の事務所との

合同で「和泉陽光台開発計画」として、大きな団地の模型迄作り、発表会まで行われ

ましたが、親元の会社が計画を中断しために実現しませんでした。

この時作家であった、石原慎太郎氏がゲストで来られるというイベントでした。

このような楽しい計画も入ってましたが、下水関係の仕事は次々とやっていましたので

大変忙しかった、今振り返るとこの年、処理場関係は6か所も設計していました。

全国的に下水処理場関係が国を挙げての仕事だったようですので48年49年は大きな

物件を多く手がけました。

写真は松山の本館棟(47年から48年にかけて)

 

 

 

 

 

 

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串本のかかり釣り

2020-06-24 19:12:41 | 釣り

先日書いた通り、串本の大島フイッシングにグレのかかり釣りに行ってきました。

和歌山の北山氏を誘って、彼は月曜日が休みなので、日曜日の夕方から白浜まで走り

お風呂に入って4,5時間仮眠して翌朝早くに串本に行きました。

和歌山の北山氏の所に少し早くついて彼に散髪をしてもらいすっきりして出かけた。

大島のかかり釣りでは、兼崎氏に内容を十分に聞いて出かけました。

早朝からパラパラと降っていた雨も止んできて串本に着いたときは上がっていたので、

雨の嫌いな僕にはやれやれという感じ。串本浅海でのカカリ釣りも久しぶりです、

昨年末いらいの、かかり釣りですが、いまグレがデカいのが出ているとのことで、期待

しての釣です。

写真の右はマグロの養殖いけす、前方は串本。

 

カセに乗り撒き餌をすると、いったい何万匹おるのかというぐらいの、エサトリの大群

コサバの大群です。聞いてはいたのですが、あまりの多さにびっくり、ペレットをエサ

にするのですが肝心のグレのところまでは100%届きません、そこで船のロープに

ついているアオサを千切って針につけてのエサ、これならそこまで底まで持ちます、

さすがのエサ取りもこれは食いに来ないのです。

北山氏がこんな葉っぱでグレ釣れるとは思わんと言いながら、第1号は丸々と太った

グレの48センチ、でかいなーと感じた、3隻並んだ船の真ん中での第1号でした。彼

の背中の、DUERのテスターの看板が目立ちます。

私も打ち返しを多くしたのですが、あたりもない、棚を探りながらウキ下も変えての釣

お隣の3号艇の一人の方が、グレのデカいのと思ったら50センチ近いイサキを釣り上げら

れた、雨もなく少し風が強いぐらいの上天気です。

また北山氏が竿を曲げている、棚を変えてないのだが少し動くと根がかりして仕方が

ないとぼやいていたが、どうやら根に近いところがポイントだったのかも・・・

こいつがなんと50センチを超えていた、あとで計測したら50,3センチでした。

納竿2時間前、あまりのエサトリの多さにまいって、ペレットをヌカダンゴに包んで

落とすことにしたら、なんとか下の方までもってくれたが、コサバはそんなことには

おかまいなくついてくる、その時にコツンと当たりらしきもの竿を構えた一瞬グイット

竿先が海中に舞い込んだと思ったら、3号のハリスが飛ばされていた・・・・

良しそれなら再度同じ仕掛けでと掘りこんだら、また来た今度こそと掛け合わせての

やり取り、先手を取られたが巻き返してのやり取り、横から北山氏が3号は簡単には

切れないから強引に巻けという、巻いた分だけ又出ていくの繰り返し、相手も必死

そして引っ張り合いの末負けました、ヘタヤナーと我れながら情けなかった。

相手の方が1枚も2枚も上でした、結局坊主に終わった残念またリベンジをと・・

北山氏のグレ

この大島の兼崎氏のお友達がいつも来てる

 

 

 

 

 

 

 

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串本のかかり釣り

2020-06-23 19:12:41 | 釣り

先日書いた通り、串本の大島フイッシングにグレのかかり釣りに行ってきました。

和歌山の北山氏を誘って、彼は月曜日が休みなので、日曜日の夕方から白浜まで走り

お風呂に入って4,5時間仮眠して翌朝早くに串本に行きました。

和歌山の北山氏の所に少し早くついて彼に散髪をしてもらいすっきりして出かけました。

大島のかかり釣りでは、兼崎氏に内容を十分に聞いて出かけました。

早朝からパラパラと降っていた雨も止んできて串本につたときは上がっていたので、雨の

嫌いな僕にはやれやれという感じ。

久しぶりのかかり釣りですが、いまグレがデカいのが出ているとのことで、期待しての

つりです。

カセに乗り撒き餌をすると、いったい何万匹おるのかというぐらいの、エサトリの大群

コサバの大群です。聞いてはいたのですが、あまりの多さにびっくり、ペレットをエサ

にするのですが肝心のグレのところまでは100%届きません、そこで船のロープに

ついているアオサを千切って針につけてのエサ、これならそこまで持ちます、さすがの

エサ取りもこれは食いに来ないのです。

北山氏がこんな葉っぱでグレ釣れるとはと言いながら、第1号は丸々と太ったグレの

48センチでかいなーと感じた、3隻並んだ船の第1号でした

 

 

 

 

 

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対馬釣行記2 1991年9月

2020-06-23 19:11:12 | 釣り

2日目、浅芽湾のキスを狙って出かけた。

エサにマムシをもっては来ていたが、ここのキスはオキアミでも食ってくるというが

船長に聞くとこの時期ではもう遅いという、4時間ほどキス釣りをした、丸々と太った

25センチ以上の型ぞろいのキスが20匹ほど釣れたので引き上げることにしたが、

昨日はコッパグレで嫌になったが、ここ対馬でのキスは方が大きとは聞いていたが

時期をまちがわずにくれば大型は確かに釣れるであろう。

新米の釣り師はこの程度であろうと、岡本氏と島内観光に出かけた。

周囲を海に囲まれた日本で、隣の国が見えるのはこの対馬、北海道、波照間の3か所で

あろう、特別に見物するようなところもあまりないが、、この地だけにある、石積の

屋根や、少々の金持ちでも建てることがむつかしい、総ケヤキ造りの家などがある。

あちこちと釣り歩いてはいるが、その地の観光はしたことがないので、これからは

少しでもその地の見学をして帰ろうかなと考えた。

この対馬もいい形のグレも出るというのでこれからが楽しみでしょう。

大阪を朝出ると昼からは磯に立っているという、帰りもPM3時頃の飛行機に乗ると

晩御飯を我が家で食べられるという距離。泊りは、クロイワ荘で釣り人の宿として

釣研丸の中村氏がいろいろと面倒を見ておられる。

 

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私の釣り日記(釣り三昧)

2020-06-22 19:11:44 | 釣り

対馬釣行記 1991年9月

2度目の対馬の釣、前回は、連盟の編集長の宮林氏とキス釣りの下見をかねていったが

キスどころか磯で丸坊主を食らい防波堤で良型のグレとサンバソウを釣りそれでお茶を

濁して帰ってきましたが、再度、今回はイカダの釣りが専門である親友の岡本氏とキス

を主にグレを副にという事で出掛けることになった。

9月22日朝9時過ぎの飛行機で大阪から福岡に飛び福岡から対馬行きの便に乗り継いで

午後1時前に対馬到着、クロイワ荘のおかみさんが迎えに来てくれた車で宿へ、そして

すぐ着替えをしてクロイワ荘の前で待ってくれていた渡船に釣具を積んですぐに出た。

岡本氏は磯は初めてなので、安全第1という事で、足場の良い磯を選んで渡磯、ここの

磯はグレは大きくても40センチどまりと聞いてるので、道糸2,5号、ハリス2号で

始めた、少しずつ撒き餌をしているとさっそくに赤ジャコのお迎え、岡本氏に仕掛けを

渡して、自分の仕掛けを作ってる間に、さっそく岡本氏がグレを掛けた、30センチに

満たないが、良く引く、磯際を除くと赤ジヤコの下に、小グレがチラホラ見えている

やがて2人して木っ端の入れ食いとなった。

90%が20センチ以下でおかえり願う方がはるかに多かった。

大きくても25センチどまりで、終日この木っ端を相手に楽しんだ。

ここの渡船と宿は以前尼崎に住んでおられた、中村氏が始められたもので、当時の

釣り雑誌「釣りの友」での出会いからのお付き合いで、その関係で一度行きますわとの

事から行くことにもなった。

 

 

 

 

 

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